第5章 JOKERの気配 ― 宮野由維のもう一つの顔 ―
翌日。
リンクルのオフィスは、事件の影を引きずったまま、
静かすぎる朝を迎えていた。
環は受付で名前を告げ、
案内を待つ間、フロアをそっと観察する。
(……芦野結月さん、今日はお休みなんですかね。)
本来そこにいるはずの姿がないと、
空気の流れさえ違って見える。
案内役が来るまでのわずかな時間、
環は1人の女性がフロア隅で作業する姿に目を留めた。
宮野由維。
背筋を伸ばし、
モニターと指先の動きだけが存在しているような、
完璧に整えられた静寂の人。
「……あの方……宮野さんでしたっけ?
誰とも話さないんですね。」
環がそうつぶやくと、
横にいた凪が小声で答える。
「環さん。あの人、すごく“自分だけの世界”を持ってるタイプですね。
こういう人、たまに……います。」
柊が凪に目を向ける。
「凪。“技術目線”で見ても変わってるか。」
凪は眼鏡を押し上げながら小さく頷く。
「ええ。あの……手の動きが、事務の人じゃないです。
ショートカットキーの使い方が、完全に“プログラマの癖”です。」
環は驚いて宮野を見つめる。
「プログラマ……?
でも、宮野さんって事務職じゃなかったでしたっけ?」
「ええ。だからこそ、余計に目立つんです。」
(……何か、隠している……?)
◇◇◇
環、凪、柊の3人がシステム管理室に入ろうとした時——
すれ違うように宮野が扉から姿を現した。
環が反射的に声をかける。
「あ……おはようございます。」
宮野は足を止め、
ほんの一瞬だけ環の方へ顔を向ける。
しかし、返ってきたのは——
感情のない、まっすぐな無表情。
「……おはようございます。」
声は丁寧なのに、
言葉の温度は“氷”に似ていた。
環は思わず背筋を伸ばす。
その空気に、凪もわずかに眉を寄せた。
宮野は環たちを通り過ぎたあと、
廊下のカメラに一瞬だけ視線を向ける。
その瞳は——
静かで、深くて、どこか“試すような光”を宿していた。
(……さて。
あなたたちの“技術力”……見せてもらおうか。)
言葉にはせずとも、
宮野の背中はそう語っているようだった。
◇◇◇
システム管理室。
凪が端末のログを読み進めていたとき、
柊が環にさりげなく問いかけた。
「環。宮野さんの印象はどう感じた?」
環は少し考えてから、静かに答えた。
「……とても、静かな人でした。
でも……何か、“隠しているもの”があるように感じました。」
凪がモニターを指しながら言う。
「環さん。正しいと思いますよ。
これ……“仕掛けた人間の癖”が残ってます。」
「癖……ですか?」
「はい。
自分に自信があって、誰より頭が良いと思ってる人の癖です。」
柊が腕を組み、モニターを見つめる。
「……つまり、
犯人は“自分が仕掛けた証拠を、隠しきれていない”……か。」
凪はゆっくり、大きく頷いた。
「ええ。
見破られるか試すみたいに、
“わざと痕跡が残っている”んです。」
——JOKERは、
もうすぐカードを切るつもりだ。
その予兆が、
確実に形となり始めていた。




