第36章 影の牙(Fang of Shadow) ― “SHADOW”最初の攻撃、ぽかぽか邸へ迫る ―
ぽかぽか邸の夕暮れは、いつもより静かだった。
灯はミルクティーを煮出し、環と結月はクッションの並ぶソファに座っていた。
結月はまだ肩をすくめていたが、
灯と環が話す声に、少しずつ表情がやわらいでいく。
「結月さん……今日は、大丈夫?」
「……うん。
環さんの声、あったかいから……
なんか……落ち着く。」
灯は微笑んだ。
「結月ちゃんの心、ちゃんと動いてるよ。
ゆっくりでいいの。何も急がなくていい。」
結月の喉がかすかに震える。
(……こんなふうに誰かに優しくされたの……
いつぶりだろ……)
そのときだった。
◇◇◇
■“空気が変わる”
ぽかぽか邸の明るい照明が、
ほんの一瞬だけ“ flick ”する。
「……あれ?」
灯はすぐに気づいた。
「……停電じゃない。
“外から”だ。」
結月は胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
(……また……来た……
この“イヤな感じ”……)
灯がスマホを手に取ると、
画面に通知が入った。
《Unknown Sender》
環のスマホにも同時に通知が入る。
《Unknown Sender》
結月の端末にも。
《Unknown Sender》
「……っ、これ……」
環が息を呑む。
「……柊……」
◇◇◇
■ 柊の予感が“当たった”
ぽかぽか邸の玄関が鳴る。
―― ピンポーン。
灯がドアを開けると、そこに立っていたのは——
柊。
「柊……?どうして……!」
柊は環を見るなり、その手を握った。
「環。
絶対にスマホは触るな。」
「さっき……差出人不明のメールが……!」
柊はうなずく。
「凪にも蒼真にも届いた。
同じタイミングだ。」
結月の指が震えながらスマホを握っている。
「……あの……
私のにも……来て……」
柊は瞬時に結月の前にしゃがみ、優しく言った。
「大丈夫だ。
俺がいる。
絶対に……触れないで。」
その声音は冷静だが、芯は強く温かかった。
環は胸がきゅっとなりながら、
柊の横顔を見つめる。
(……柊……
来てくれた……)
◇◇◇
■ 米田圭介の“牙”
その瞬間——
環のスマホが勝手に光り出す。
画面に文字が浮かぶ。
《こんにちは、ぽかぽか邸の住人たち。
温かい家だね。いい匂いもする。》
「…………」
「……気持ち悪い……」
柊はすぐに環のスマホを手で覆い、
冷たい声で呟いた。
「……米田……
ここまで把握しているのか。」
スマホの画面に続く文字が表示される。
《三浦環。
君のことは、ずっと見ていたよ。
旧姓のままでしか記録がないのは——
“必要がなかった”からだ。》
環の身体が小さく震える。
柊は、環の肩をそっと抱き寄せた。
「環。見ないでいい。」
◇◇◇
■ “影”がぽかぽか邸を包囲する
画面の文字が変わる。
《まずは軽い挨拶だ。
俺の“牙(Fang)”は、ここからだよ。》
その瞬間——
ぽかぽか邸の照明が一斉に消えた。
外の街灯まで、すべて。
真っ暗になるリビング。
結月が小さく叫び、
灯が手を伸ばす。
環は反射的に柊の腕をつかんだ。
闇の中で、
柊の低い声が響いた。
「……環、大丈夫だ。
俺がいる。」
影だけが支配する空間に、
ぽかぽか邸の“ぬくもり”だけが残っていた。




