第28章 ぽかぽか邸の光 ― 灯と環、そして結月の心 ―
ぽかぽか邸のドアが静かに開いた。
環が帰ってきた瞬間――
灯と結月の表情が、ふっと緩んだ。
「環……おかえり。」
灯の声は、いつもより少し柔らかかった。
環はコートを脱ぎながら、
結月の方へほんの少し歩み寄った。
「ただいま、結月さん。
……怖い思い、したでしょう?」
結月は小さく首を振る。
けれど、震えた指先がすべてを物語っていた。
(……怖かった……
メールが届いたとき……
身体の奥が凍るように……
また“あの職場”での悪夢がよみがえる……)
結月の胸がぎゅっと縮むその感覚は――
環と灯には、はっきり聞こえた。
環がそっと目線を合わせる。
「……結月さん。
こわかったって、言っていいんですよ。」
結月は涙がこぼれそうになりながら、
必死に首を横に振った。
「……わ、わたし……
弱いところ……見せたら……
また……迷惑……かける……から……」
灯がそっと隣に座り、
結月の手を包む。
「迷惑なんて思わないわ。
あなたが“こわい”と感じたら、
そのまま私たちに言ってくれていいの。」
結月は驚いたように灯を見る。
「……でも……
泣いたら……叱られます……
“仕事中に感情を出すな”って……
ずっと……言われてきて……」
環の胸が強くしめつけられた。
(……そうなんだ……
昔のわたしと……同じ……)
環は結月の手にそっと触れた。
「結月さん。
ここはね、“叱る大人”なんていない場所ですよ。」
結月はこぼれる涙を止められなかった。
(……泣いても……いいの……?
ここで……泣いても……見捨てられない……?)
灯は軽く微笑んだ。
「涙はね、ためこんだ分だけ……出るものよ。
あなたが安心した証拠。」
結月は手で顔をおおって、
しばらく泣いた。
環はその背中をそっと撫でる。
「いっぱい怖かったね……
でも、大丈夫。
柊も凪くんも蒼真さんも、ちゃんと動いてる。」
「あの子たちはね、“誰かを守る”ことに迷わない子たち。
あなたを危険にさらすことは絶対にないわ。」
結月の心が静かに解けていく。
(……あたたかい……
環さんも……灯さんも……
どうして……こんなにやさしいの……)
灯は結月の髪を軽く撫でて言った。
「ねぇ結月さん。
あなた、強くなりたいって……思ってるでしょう?」
結月は驚いて顔を上げた。
「……え……?」
灯は微笑んだ。
「あなたの心の声、さっき聞こえたの。
“怖いけど、逃げたくない”って。」
結月は唇を震わせる。
(……どうして……
心の奥まで……わかるの……)
環も優しく続ける。
「“強い人”ってね……
怖くない人のことじゃなくて、
“怖さを知ってるのに前に進める人”なんですよ。」
その言葉に――
結月の涙は、またぽろっとこぼれた。
(……わたしも……いつか……
環さんみたいに……笑える日が来る……?)
灯はそっと結月の肩を抱いた。
「来るわ。
だってあなた……もう一歩踏み出してるもの。」
結月の胸に、
小さなぽかぽかが灯る。
(……怖いけど……
ここにいて……いいんだ……)
■ その頃、遠くでは――
黒幕の影が、静かに次のカードを切ろうとしていた。
ぽかぽか邸に流れる光と温かさ。
アークシステムズに迫る闇。
その差が大きくなるほど――
黒幕の企みは、より“鋭く”動き始める。




