第22章 灯と結月 ―「同じ痛みを知っているから、そばにいられる」―
ぽかぽか邸の夜。
楽しい夕食が終わり、後片付けの音が静かに響いていた。
柊はキッチンで鍋を洗い、
凪は皿を拭きながら楽しそうに環をいじっている。
蒼真は静かにその横でグラスを並べていた。
けれど——
結月だけが、少し離れた窓際に立っていた。
(……みんな……本当にあたたかい……
でも……わたし……ここにいていいのかな……
迷惑じゃないかな……)
胸がぎゅっと縮こまり、
息が浅くなる。
そんな結月の背中に、やわらかな声が届いた。
「結月さん、ちょっと座りましょうか。」
灯だった。
驚いた結月は目を丸くする。
「あ……す、すみません……
あの……わたし……邪魔でした……よね……?」
灯はゆっくり首を横に振る。
「いいえ。邪魔なんてことはひとつもないわ。
ただ……あなたが少し苦しそうに見えただけよ。」
その言葉に、結月の胸がつぶれそうになる。
灯はソファに腰かけ、隣をそっと叩いた。
「ここに座って?」
結月は迷いながらも、小さくうなずいて座る。
灯は結月の指先が震えているのに気づき、
優しく視線を向けた。
「ねえ、結月さん。
環もね……あなたと同じだったのよ。」
結月は驚いて顔を上げる。
「……え……?」
灯はゆっくり語り出した。
「自分ばかり責めて、
心の中を閉ざして、
誰かに迷惑をかけたくなくて……
ひとりでぜんぶ抱え込んでしまう。
あなたが今日見せた“痛みの表情”……
昔の環にも、まったく同じようにあったの。」
結月の目が大きくなり、息が漏れる。
「環さん……
そんなふうだったんですか……?」
灯は微笑む。
環を思う“母のような笑み”で。
「そうよ。
でもね、柊くんや凪くんがあの子を支えてくれたの。
そっと、あの子の手を取って……
“逃げなくていいよ”って教えてくれた。」
ぽかぽか邸のキッチンでは、
環が柊に何か話しかけて笑っている。
凪くんがその2人をいじって、また笑いが広がる。
灯はその光景を見て、小さく頷いた。
「いまの環は……
あんなふうに笑える子になったのよ。」
結月の胸の奥が熱くなる。
「……すごい……
環さん、すごく……明るくて……
優しくて……強く見えます……」
灯はそっと結月の手を包む。
「ええ。でもね。
あの子は強いんじゃなくて……
“強くされて、強くなった”の。
あなたもきっと、同じ道を歩けるわ。」
その言葉が、
結月の胸に“ぽたり”と落ちる。
涙になって、あふれそうになる。
「……わたし……
そんなふうになれるでしょうか……?」
灯は迷わず答える。
「なれるわ。
環が支えてくれる。
柊くんも、凪くんも、蒼真くんも、わたしも。
ここには、あなたが戻ってこれる場所があるのよ。」
結月は両手で顔を覆い、震える声で泣き出した。
「……こんな……やさしい場所……
わたし……知らなかった……」
灯は結月の背に手を添え、
ゆっくりゆっくりさすってあげた。
「ゆっくりでいいの。
泣きながら……ほどけていけばいいのよ。
だいじょうぶ。
あなたは、もうひとりじゃないわ。」
結月は涙の中で微笑んだ。
(……こんな言葉……
わたし……生まれて初めて言われた……)
そして結月は——
ぽかぽか邸に、
そっと心の足を踏み入れた。
その夜、またひとつ
“帰ってきた心”が増えた。




