第15章 真犯人の告白 ― 崩れ落ちた心が語るもの ―
薄い夕暮れの光が廊下を染めていた。
波多野樹は、壁に手をついたまま立ち上がれずにいる。
柊、凪、環、そして少し後ろに蒼真。
4人の視線が、静かに波多野を見つめていた。
逃げ道は、もうない。
隠す言葉も、もうない。
波多野は喉を震わせ、絞り出すように言った。
「……俺は……
最初から……あの“漏洩”なんて……
どうでもよかったんだ……」
◇◇◇
崩壊のはじまり
環は1歩前に出た。
「波多野さん……どうして……こんなことを……」
波多野は環を見る。
その目は怒りではなく——
もはや“空っぽ”の色だった。
「どうして……?
どうして……だと……?」
笑ったのか泣いたのか分からない、ひび割れた声。
「俺は……評価されなかったんだ……
10年……どれだけ働いても……。
俺より後に入ったやつらがどんどん出世して……
俺は……“便利なシステム担当”で終わる……」
凪は静かに聞く。
「……それで、横領を?」
波多野はむしろ憤ったように声を上げた。
「横領なんて……最初は考えてなかったんだ!
ただ……ただ一度でいい……
“俺にしかできない仕事”をしたかった……!」
蒼真が低い声でつぶやく。
「だから……宮野さんの能力に目をつけたんですね。」
◇◇◇
宮野由維の名前
波多野の顔が歪んだ。
「宮野……
あいつは……!
あいつは俺なんかより……技術があるくせに……
事務の仕事なんかやって……
“無難に生きている”つもりだったんだ……!」
宮野は、言葉の暴力に小さく身を震わせた。
(……そう思われていたんだ……
“わたしが……無難に生きてる”……)
波多野は続ける。
「俺は……技術がほしくて……
あいつを煽って……
“できるだろ?”って言って……
あいつにJOKERを作らせた!」
凪が静かに言う。
「宮野さんは……“あなたのために”作ったんじゃない。
ただ、自分の技術を認められたくて……」
蒼真が補足した。
「自尊心を利用された、ということです。」
宮野はその場で立ち尽くし、
小さく、弱い声でつぶやいた。
「……そうよ……わたしは……ただ……
すごいって言ってもらいたかったのよ……
すごいって褒められたかったのよ……」
その言葉は、誰よりも痛く響いた。
◇◇◇
波多野の“本当の目的”
柊が静かに問いかける。
「波多野。
本当に目的は“横領”だけか?」
波多野は歯を食いしばり、首を振った。
「……違う……
俺は……
“俺がいなくなっても困る仕組み”を……
作りたかったんだ……」
環は息を呑んだ。
(……存在証明……)
波多野の声は震えていた。
「俺が作った仕組みがないと……
会社が回らない……って、思わせたかったんだ……
俺がいないと……ダメなんだ……って……」
柊は静かに目を閉じた。
「……その結果、誰かが犠牲になることは……
考えなかったのか。」
波多野は震える声で叫ぶ。
「考えたよ!!
でも……誰も俺のことなんて……
見ちゃいなかったんだよ……!」
その叫びは、廊下の空気を震わせた。
宮野が、ぎゅっと両手を握った。
(……わたしと……同じ……
誰にも見られなくて……
誰にも認められなくて……
でも、やり方を間違えた……)
◇◇◇
そっと差し込む声
その場に、環の静かな声が落ちた。
「波多野さん……
苦しかったんですね……」
波多野は目を見開く。
「……なに……?」
環は優しい目で、しかし真っ直ぐに言った。
「誰にも見てもらえないって……
本当につらいです。
……わたしも……
昔、似たような場所にいましたから。」
その言葉には“経験”の重みがあった。
波多野は震える唇で何か言おうとしたが——
もう、声にならなかった。
凪が静かに告げる。
「でも、波多野さん。
“誰かを犠牲にして守る存在証明”は……
必ず壊れるんです。」
蒼真も目を伏せた。
「宮野さんも……
芦野さんも……
あなたの犠牲になる必要はなかった。」
柊の声が最後に決定的な線を引いた。
「波多野。
ここで終わりだ。」
波多野の肩が、完全に落ちた。
◇◇◇
事件は終わりへ、しかし心はまだ続く
廊下の静寂のなかで、
宮野は自分の胸に手を当てていた。
(……わたしも……間違った……
でも……こんな結末……望んでなかった……)
環はそっと宮野に歩み寄る。
「宮野さん……
大丈夫ですか……?」
宮野は震える声で答えた。
「……わたし……どうすれば……」
凪が優しく言う。
「……まずは、真実を話すことからです。
あなた自身のためにも。」
宮野はゆっくり頷いた。
──そして、事件はついに“核心”へ。
波多野の崩落。
宮野の告白。
芦野結月の罪の解除。
そして、この先に待つ“後処理”と“心の後始末”。
物語は、最終章へ向かって動き出す。




