第11章 Blue_echoの再起動(リブート) ― 静かなる天才、再び現る ―
アークシステムズの会議室。
午前10時。
空気は張り詰めているのに、どこか“整った静けさ”があった。
凪が端末を立ち上げながら言った。
「……蒼真さん、そろそろ来るはずなんですけど——」
その時、内線電話が鳴った。
環がすぐに受話器を取る。
「はい、アークシステムズです――あ、はい。お待ちしておりました。今、伺います。」
電話を切ると、柊のほうを見た。
「蒼真さんがいらっしゃいました。迎えにいってきます。」
「ああ。頼む。」
ドアが開き、
白いシャツに紺のジャケット、柔らかな気配をまとった男が入ってくる。
桐生蒼真。
ハンドルネーム《Blue_echo》。
「おはようございます。……遅れてすみません。」
声はいつもどおり静かで、
どんな状況にも飲まれない“深い水底のような落ち着き”を持っていた。
凪が嬉しそうに笑う。
「蒼真さん!お忙しいのにすみません!」
柊は穏やかに頷いた。
「来てくれて助かる。状況は伝えてあるとおりだ。」
蒼真は軽く会釈し、環の前で足を止めた。
「改めまして、環さんも……お久しぶりです。」
環は緊張しつつも丁寧に頭を下げる。
「はい。お久しぶりです。……よろしくお願いいたします。」
蒼真はにこりと微笑む。
「はい。もちろん、お力になれれば。」
その笑顔に、環の胸が少しだけ軽くなる。
(……蒼真さんの優しさ……前と変わってない……)
◇◇◇
席に着くと同時に、蒼真の表情が変わった。
柔らかさの奥にある“プロの顔”。
凪がログを映しながら説明する。
「今回の仕掛け……2種類の手口が混ざっていて——」
蒼真は凪の言葉を遮らない。
ただ静かに、深く頷きながら画面を見つめる。
「……Insert と Esc ですね。」
柊が驚く。
「もう見抜いたのか。」
蒼真は目を細める。
「ええ。
これは……“トリガーの仕組みそのもの”が目立ちすぎる。
丁寧につくったコードの上に、
“雑に塗られた別の意図”が混ざっています。」
環が息を呑む。
(蒼真さん……すごい……
凪くんですら1日かかった部分を……すぐ……)
凪も苦笑しながら言った。
「さすが……。僕が言いたいことを全部先に言われました。」
蒼真は照れたように目線を落とす。
「いえ……凪の解析があったから、すぐ気づけました。」
柊が話を戻す。
「波多野が宮野の“癖”を利用した……というのが、俺たちの結論だ。」
蒼真は静かに目を閉じた。
「……波多野さん。 あの人は、人の“自尊心”を利用するのが上手いんです。」
環がハッとする。
「宮野さんの……プライドを……?」
「ええ。 “あなたほどの技術者はいない”
“あなたなら正しく仕掛けられる”
そう言われれば、自信家の人は動いてしまう。」
蒼真の声は淡々としているのに、
その奥に“静かな怒り”が宿っていた。
「でも……利用されたことに気づいたとき、
宮野さんは——壊れます。」
環の胸がきゅっと痛む。
柊が低く言った。
「……だからこそ、急ぐ必要がある。」
凪が頷く。
「はい。波多野の“動き”がそろそろ出ます。」
蒼真は端末を閉じ、落ちついた声で言った。
「波多野さんは……
“自分の計画が揺らいだとき”に必ず一度、
動揺を隠すための行動を取るタイプです。」
柊が目を細める。
「つまり……そろそろ何か仕掛けてくる。」
「はい。
一度、波多野さんの端末……
僕が直接見たいです。」
環は驚いた。
「蒼真さんが……直接……?」
蒼真は微笑む。
「ええ。
ここから先は、“Blue_echo”としての仕事です。」
静かな声なのに、
その言葉は鋭い刃のように空気を切った。
アークシステムズの4人は、
ついに“波紋の中心”へと手を伸ばしはじめていた。




