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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蛍光ピンクの約束

作者: やまおか

 からんころーん。

 街の中央の教会の鐘が鳴り響き、真っ黒な服に身を包んだ人々がゆっくりと進んでいく。

 男も女も少年も老人もみなが表情を曇らせる中で鮮やかな色彩が目に入った。


 蛍光ピンクだった。

 一人の男は派手なドレスのすそを揺らしながら人々の間を進み続ける。その顔にはあふれんばかりの笑顔が浮かんでいる。ここがもしもパーティー会場なら余興の一つと思われただろう。

 

 男をとがめようと大股で近づこうとする人間もいたが、そばにいた人間の手がその肩をつかんで止める。止められた人間は気が付く。その表情が決して死人を侮辱する類のものではないことを。

 

 葬儀の参列者が彼にたずねる。どういうつもりなのか、と。

 彼は答えた。


『戦友との約束です』

 

 


 

 昔からあきらめが早かった

 

 いつも何かをあきらめる理由を探していた。大事な約束の日、親は帰ってこなかった。約束なんて破られるためのものだと思うようになった。いいなと思える人がいると、その人は姿を消した。友人や恋人なんて去っていくものだと思うようになった。

 

 だから、この場所は自分に合っている。戦場に満ちているのは諦めと惰性だけだ。

 想像してみればいい。鋼鉄の死が飛び交う場所を。遠く離れた場所から飛来する弾が低く濁った音で耳を圧迫し、十数秒立っているだけで人を簡単に肉塊に変えてしまう。

 次第になんのために人間同士で殺し合っているのかわからなくなる。兵士たちは死なないから戦い続ける機械になりさがる。


 今日も生き残り、灰色の墓石のような基地へと重い足を引きずるように歩いていた。

 

「なあなあ、ちょっと聞いてくれよ」

 

 またか、とうんざりしながら視線だけを横に向ける。隣を歩くのは同じ小隊に所属するヨハンだった。こいつがこの切り出しかたをしてくるとき、何を言ってくるかは決まっていた。


「息子が父親に車を買ってほしいって頼んだんだ。父親は息子が無茶な運転をして事故を起こすだろうと思って断ったんだよ。そしたら、息子は買ってくれないと死ぬぞって脅すわけさ。父親はなんて答えたと思う?」

 

 オレは黙ってうつむき気味に足を前に出し続ける。だが、ヨハンはかまわずに話を続ける。

 

「同じ死に方なら買わない方ほうがお得だなって」

 

 つまらないジョークを口にしては、どうだと言わんばかりにこちらの反応に期待してくる。命のやりとりをしているという緊張感が足りない。


「……今日のもつまらないな」


「なんだよ、これもダメかよ」


 唇をとがらせながら胸元から取り出したメモ帳にバツ印をつけている。それはおよそ戦場にふさわしくない態度だ。だけど、こういうやつが生き残るんだろうな。


 

 基地に戻るとにぎやかな声が聞こえる。その声は食堂に近づくほど大きくなった。

 兵士たちの趣味といえば、ドラッグと酒、それに賭博だった。支払われた給料はそれらにすべてつぎこまれる。

 兵士には給料は支払われる。しかし、相続のない財産は国に没収される。そして、その没収した金が新しく雇った兵士に支払われる。兵士の間での鉄板ジョークの一つだった。

 

 隊舎に入ると押し込むように並べられた二段ベッドが視界を圧迫する。重たいジャケットをぬぎすてて自分のベッドに体を投げ出した。スチールパイプを溶接して組んだ骨組みがぎしりと音を立てる。枕元には読みかけペーパーバッグが置かれている。ページを開けばオリエント通を気取るアメリカ人探偵が証拠を探していた。口うるさい助手からの指摘に肩をすくめながらジョークで返す。

 

 以前は笑えたそれを見ても何も感じなくなっていた。

 

「よう、戦友。混ざりにいかないか?」

 

 視線を上げれば蛍光灯の明るさが目に突き刺さる。本の上からひょいと顔だけをのぞかせたヨハンがこちらをのぞきこんできていた。楽し気な笑顔を一瞥して、文字が規則正しくならべられた紙の上に視線を戻す。

 

「寝過ごして晩飯食いそびれるなよ」

 

 足音が遠ざかると視界が元の薄暗さに戻る。

 それからすぐに食堂の騒がしさが増してこちらにまで声がとどくようになった。一番大きい声はヨハンだった。彼の声に応じて笑い声が沸き上がっていた。

 

 

 次の日も相変わらず生き残った。連日の出撃に体が休まる暇はないが敵はそんなこと気にしてくれない。周囲にも疲れは濃く浮かび上がり、ヨハンのやつも静かにしている。さすがのこいつも連戦で口を開く気力もなくなったか、それともジョークのネタがつきたのか。

 気になって横目で様子を見ると何かを考え込んでいるようだった。ふいにあげた顔と視線が合う。

 

「ん? ああ、少し考え事してた。いや、そんな大したじゃないんだ。ただ、気になることがあるんだ」

 

 その言葉に眉間にわずかばかりに皺をよせる。戦場ではささいなことが命取りになることを知っていたからだ。

 

「いいジョークを思いつかないときに、眼のない鹿を見たことがあるか?」

 

 このききなれた前置きによせていた眉間の皺を開く。オレの口からは自然にため息がもれてゆっくりと頭をふった。だが、この動作を質問への答えと受け取ったらしい。

 

「No eye deer (ノーアイデア)だ」

 

 こちらの反応に期待する視線に向けられる。たっぷり間をおいてから意識的にため息で返した。

 

「くっそ、とっておきだったのになぁ」

 

 手元の手帳に何かをかきつける。びっしりとそこにはジョークのネタが書き込まれていた。リストが尽きるまで聞かされ続けるのか。それともオレが死ぬのが先だろうか。

 

「だけどよ、一つ疑問に思うことがある。オレは今日で10のジョークを口にした。中にはいい出来のものもあったはずだ。だったら、あんたはもう笑っていてもいいはずだよな?」

 

 最初に会った時からこいつはこうだった。

 

『あんたさぁ、死ぬ理由ばっか探すなよ。もっと楽しいこと考えたらどうなんだ。そうしたらその仏頂面も柔らかくなるだろ』

 

 何を思ったか、それからずっとつまらないジョークを続けている。そろそろこのやりとりは終わらせた方がいいだろう。

 

「……はっきり言わせてもらう。おまえのジョークはどれもつまらん。嘘をいくら重ねても真実になることはない。ジャパンには塵も積もればなんて言い回しもあるらしいが、どんだけ積もっても吹けば飛ぶ塵なんだよ。100のつまらないジョークを並べたとしても面白くなるわけないだろうが。何度もいうが、ジョークについて考えるのはよせ。おまえには向いてない」

 

 ずっと思っていたことを言い切ると、ステレオタイプのアメリカ人がするような肩をすくめたポーズをとってあきれた顔をしてみせる。怒るかと思ったがヨハンは真剣な目でオレを見ていた。

 

「そうなだよな。昔からみんなにいわれててさ。でも成果はあった。あんたの仏頂面を変えられた」

 

 そういってヨハンは一人でうなずきはじめる。近くでやりとりを聞いていたらしい同僚がたまらないといった感じで噴き出した。とたんにその笑い声は伝播して中隊全員が笑いだす。

 

「おい! おまえら緊張がたりないぞ! ボーイスカウトのガキのほうがまだ真面目だ」

 

「えー、でも隊長も笑っていたじゃないですか」

 

 ヨハンはしなくてもいい反論をする。小隊長は多少の雑談を見逃してくれるが、中隊長はそうではなかった。

 その結果は基地での腕立て伏せだった。オレたちは並ばされて疲れた体を酷使させられる。全部こいつのせいだ。他の隊の奴らがおもしろそうにじろじろ見てくるのもこいつのせいだ。クソッタレ!

 

 くそったれなことはたいてい続けて起きるものだ。お偉いさんがブリーフィングと言ってオレたちの中隊を集めた。

 

「諸君らの役割は重要だ。島の北端へと移動後、埋伏。本隊の攻撃に合わせて敵陣左翼後方からの奇襲を仕掛ける」

 

 ピカピカの勲章をつけた少佐が指し棒で陣形を示す図形をぱしぱしと叩く。それはオレたちの中隊のマークである。胸クソ悪い。

 

「これまでの戦いはすべてこの作戦のための布石である。本作戦の完遂後、諸君らは本国へと帰ることができるはずだ」

 

 『帰還』という言葉に隊員たちからどよめきがあがる。ざわつきの中から手が挙げられた。

 

「この作戦の目的をうかがってもよろしいでしょうか?」

 

「直にわかる。これほど大規模でしかも即応性をもとめられる作戦はこれまで例がない。諸君の活躍に期待している」

 

 受け答えの声は冷たくこれ以上の質問も許さないといった口調でミーティングを一方的に断ち切られた。

 わかったことはひとつ。オレたちは三日後の作戦の後、死体袋となって本国に帰るってことだ。

 

「おい、これにサインしてくれ」

 

 ベッドで横になっていると突き出されたのは一枚の紙。それは宣誓書だった。出発前に酒蔵に忍び込んでちょろまかすという余興のためのもの。盗みがばれたら懲罰委員会送り。だが物資が減っているのがわかるのは作戦が終わった後だ。犯人は戦死したやつということにすればいい。そのための宣誓書だった。

 書類には『オレがやりました』という投げやりな文の下に中隊の名前がずらっと並んでいる。その中にはヨハンの名前もあった。

 

「……いつやるんだ?」

 

「お、参加するのか? 見張りと巡回のやつには話をつけてある。二〇〇〇(ふたまるまるまる)に秘密演習の開始だ。途中で交代任務のやつも入ってくる。浴びるほど飲んで夜が明けたら終了だ」

 

 予告通りに秘密演習は始まった。無事に任務を終えて成果を見せると隊員たちは歓声をあげる。ずらりと並べられた酒ビンが次々に空けられていった。酔いが回ってくると、いつもどおりに賭けが始まる。賭けるのは全財産、生き残ったやつが総取り。

 

「もしも、全員死んだら?」

 

「そしたら、引き分けだな」

 

 いつものやりとり。以前に参加したときと変わらない。死にに行く人間はみんな同じ顔をして同じことを口にする。陽気な振る舞いをするが、最後のほうは死ぬのが怖いとこぼしだす。酔っぱらってもドラッグをきめようとも、ここは戦場だという意識を消すことはできない。自分が無力だと思い知らされるたびに心が壊れそうになる。期待するのもされるのはもううんざりになる。

 

 だけど、違うやつがひとりだけいた。

 

「軍曹殿、提案があります!」

 

 ヨハンだった。ぴっと指先までまっすぐに伸ばして手を伸ばしている。

 

「ぜひとも自分の葬儀に参列するときは蛍光ピンクのドレスを着てほしいであります!」

 

 周囲はぽかんとした後にゲラゲラと笑いだしてさらに悪乗りしていく。靴下の色から顔の化粧、アクセサリーなども追加されていく。絵心のあるやつがそれをイラストに書き起こすと場の盛り上がりは最高潮になった。

 

「おい、ヨハン。こんなトンチキな恰好で来て『戦友です』なんて名乗る奴がいたら棺の中のおまえまで笑われちまうぞ」

 

「ご配慮感謝いたします!」

 

 ドレスのスカートをゆらす筋肉質でいかつい顔の兵士のイラストを肴に笑って騒いで、この夜の酒宴はいつもと違う終わり方をした。

 

 

 風がぬけて木々の葉がこすれる音がする。作戦開始まで一時間を切っていた。重い装備を背負って森の中を通り抜けて、島の北端でオレたちの中隊は指示通りに待機していた。もうすぐ本隊が戦闘を開始する手はずだった。それを合図にオレたちの部隊もパーティー会場へと参加することになる。

 

「どうした? さすがのあんたでも緊張してるのか」

 

「……なんでもない。昔のことを思い出しただけだ」

 

 上層部から命じられた作戦。開始の時間が近づくほどなじみのある感覚がよみがえる。痺れと痛みをともなった高揚感。また、ここに戻ってきた。

 それらは情緒もしくは偏桃体の働きによる生理現象の一種ともとらえることができる。深く息をすって吐く。鼓動をなんとか落ち着かせる。

 

「時間だ。気を引き締めろ。前へ、進めっ―――」

 

 中隊長の号令を言い終える前に、先に合図を出したせっかちがいたらしい。それは敵陣から飛んできた一発の銃弾。まともにくらった一人がふきとばされて地面に倒れる。そいつの名前はレイオット。胸にぽかりと穴をあけて信じられないという顔で口を開いたまま動かなくなっていた。衛生兵を呼ぶまでもない、即死だった。

 

「総員構えろ! 既にここは戦場だ!」

 

 奇襲するはずが奇襲されている。笑えないジョークだ。クソッタレ!

 無茶な作戦をたてた司令本部。クソッタレ!

 到着の遅い本隊。クソッタレ!

 なにより攻撃してきてる敵がくそったれだ。銃弾をぶちこんでやる。こっちに近づく奴らはみんな敵だ。クソッッッッッッタレ!!

 

「続く攻撃に備えろ。弾薬を惜しむな!」

 

 兵士たちは絶え間なく聞こえる簡潔な指示に耳を傾けながら応戦する。木々の隙間からじわじわと見える敵兵の姿は数を増していった。

 

 中隊の兵士はみんな果敢に戦った。ファックやジーザスと神に祈りの言葉をぶちまけながら、またひとりが地面に倒れた。

 弾幕の合間をぬって岩陰に体を隠し息を吸う。息を吐く。蒸れた汗のにおいといっしょに海の磯臭いにおいがした。後ろを振り向けば青い空が広がりその下には鉛色の海が広がっている。後ろに下がることはもうできない。

 

「はあ、ここまでか。タバコないか?」

 

 まだ生き残っていたヨハンに声をかける。敵の攻撃が続く中で隊はばらばらになっていき、近くにいる味方はこいつだけになっていた。

 

「あんたはあいかわらずあきらめが早いな」

 

「なにかいいアイデアがあるなら聞くが? また目のない鹿(ノーアイデア)の話でもいいぞ」

 

 こんなときこそくだらないジョークでも聞きたかった。今なら笑えるかもしれない。

 

「なあ、賭けしようぜ」

 

「賭け? なんだよ、言ってみろよ」

 

「同時に飛び出して生き残った方が勝ちだ。なんにも難しく考えることはないだろ?」

 

「……わかった。乗ってやるよ、その賭け」

 

 疲れたようなそれでいて安堵したようなため息を地面に落とす。

 このままここに引きこもっていても同じだ。飛び出すタイミングをきめる。

 

「……なあ、ヨハン。オレは誰かが死んで悲しいって思ったことなんてなかった。だけど、おまえのへたくそなジョークが聞けなくなるのは寂しいかもしれない。まだ残ってるネタがあるなら後で聞かせろよ」

 

「ははっ、なら絶対あんたを笑わせてやるからよ。だから、生きて帰ろうぜ。もしもあんたが死んだら蛍光ピンクのドレス着て棺の中のあんたを笑わせてやるよ」


「オレは絶対にそんな恰好しないからな」


「いいさ、それで。ドレスはどっちでもいいけど、オレの葬式には笑って参加してくれよ。湿っぽいのは嫌いなんだ」

 

 その言葉を最後にタイミングを合わせて二人で飛び出した。

 

 恐怖を奥歯でかみつぶしトリガーを引く。灼熱の銃弾をばらまく。マガジンはあっという間に空になった。残しても地獄には持っていけない。

 

「リロード!」

 

 マガジンの交換タイミングを叫ぶと隣を走るヨハンの援護射撃が敵に向かっていく。頭を低くしてマガジンを交換している間にも頭上を高速で何かが通り抜けていく。再び銃口を持ち上げて構えようとした時に左腕に衝撃が走り抜けた。

 撃たれた。左腕の感覚がない。

 だが銃を持っている右手じゃなくてよかった。ヨハンの援護射撃はまだできる。いけるとこまで行ってやるさ。

 

 撃ちながら走る。前に進むことだけを意識して銃弾をばらまいた。道中のことはよく覚えていない。

 

「救護班、英雄のお帰りだ!」

 

 敵部隊を通り抜けて本隊と合流することができたのは奇跡だった。

 ぽんぽんと肩をたたかれて救護室に送られた。そこには何人もの負傷兵が詰め込まれていた。ベッドの上で点滴をさされながらヨハンの顔を探した。

 だが、いなかった。いつ、どこではぐれたのかはわからない。ずっと聞こえていたはずの銃声がいつの間にか隣から消えていた。

 

『左手の処置急げ』

『骨までいってるな。神経もだ。これはダメかもしれない』


 救護班の会話は麻酔と共にぼんやりと消えていった。


 次にベッドで目が覚めた時、遠くから聞こえていた戦闘の音は止み、基地は歓声に包まれていた。終わったのだとわかったが、オレの心は何も感じなかった。

 

 

 やがて本国への帰還のための輸送ヘリが到着する。重傷者が優先されて乗せられていく。中隊の生き残りの多くは軽くない傷を負っていて同じヘリに乗ることになった。

 

「生き残っちまったなぁ。掛け金、総取りにはならなかったけど最高の報酬はあったな。あの嫌味な少佐の顔。まさか生き残ると思わなかったんだろうな。あれを見られたのはオレたちだけだ」

 

 軽口を交わしていると、やがてふわりとした浮遊感と共にヘリが飛び立つ。もう一台のヘリも飛び立つのが窓ガラス越しに見えた。そこにはパイロット以外に生きている人間は乗っていない。基地に残る兵士たちが一斉に敬礼を送った。オレたちも同じように敬礼を送った。

 

 

 本国への帰り道はこれといった感情は浮かんでこなかった。祖国の大地の上に立つと乾いた風が頬をなぐりつけてきた。左腕があったはずの場所は空っぽの袖がたなびいている。片腕は不便ではあったが、なくなったものに未練はなかった。死んだやつらのこともぼんやり思い出す程度のことだ。これからどこに行けばいいかなんてわからなかった。

 

 だけどやらないといけないことが一つだけあった。あいつとの約束を守らなかったら死ぬまで後悔するんだろうなという確信があった。

 

 

 都市の中心部にある教会で戦争で犠牲になった兵士の合同葬儀が行われていた。いずれもこの都市の出身だった。

 この日は礼拝堂に100人を超える市民や軍関係者が集まり棺に手を当ててそこにある死を悼んだ。教会前の路地にも花束を手に顔を伏せている弔問客があふれていた。

 

 その中をすすむ一人の男。兵士らしく頭を丸刈りにし、右手には花束が握られている。だが異様だったのはその格好だった。

 蛍光色のドレスが目を引き、首元には金のチェーンネックレスが揺れている。黄緑色の靴下、靴はビーチサンダルだった。あまりにもその場に不釣り合いな恰好。死者に対しては不敬であった。

 

 その姿をとがめてつかみかかろうとする市民がいたが、彼の道を守ったのは同じ兵士だった。首から三角巾をぶらさげて腕を固定している者、松葉杖をつきながらなくした足の代わりにしている者、痛々しい姿に人々は道を開ける。

 やがて、彼が棺の前にたどりつくと周囲はざわめきだす。『つまみだせ』という声も聞こえるが彼は構わず棺に手を当てる。

 

 彼は笑っていた。無理矢理に口の端を持ち上げているせいで口の端がぴくぴくと痙攣している。

 

「おい、ヨハン、約束通り来てやったぞ……」

 

 耐え切れなくなったように涙が棺の上にこぼれる。膝から崩れそうになる彼を同じ中隊の生き残りの兵士が支えた。

 彼は泣きながら笑っていた。その表情はピエロのようだった。

 


 彼は葬儀を乱したことを遺族へと謝罪にむかった。唯一の遺族である母親は戸惑っているようだったが、彼が本気で死を悼んでいるということは理解していた。

 

「本当に着てきたのね。事前に連絡をもらってはいたけれど、やっぱり聞かせて。どうしてそんな恰好を?」

 

 事情を説明すると、最初は呆れながらも笑みをこぼした。

 

「そんな約束を……? あの子らしいわね。そうね、わたしも笑ってあの子を見送ることにするわ」

 

 それは約束ともいえない約束。

 

『ぜひとも自分の葬儀に参列するときは蛍光ピンクのドレスを着てほしいであります!』

 

 彼は葬儀の列から離れると路地の陰ですぐに着替えた。それまで身に着けていた蛍光ピンクのドレスを地面にいまいましそうにたたきつける。

 

「あいつマジふざけんなよ。あんな約束したまま本当に死んじまうやつがあるかよ」

 

 彼につきそっていた仲間はぽんとその肩に手を置きながら笑顔を向ける。

 

「本当に着てきやがったって指さしながら笑ってるさ、あいつなら、きっと―――」

 

 

 

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