8.暗闇の焦燥
【コボルト村編】始まりです。
急いでダンジョンを駆け下りた。
音が大きくなるにつれ、胸騒ぎが高まる。
このような場合、あの御方ならどうされるだろうか。
焦燥の中に魔王様の顔が浮かぶ。
そして心の中の魔王様なら、もっと合理的な判断を下されたような気がする。なら、やはり自分がココにきてよかった。
「敵が中にいると分かっていながらお前は何を躊躇っているのだ? 」
あの御方ならばそう言った後、味方もいるダンジョンに毒ガスを流しこんだことだろう。 そんな作戦が実行されなかっただけ、中にいる輩にとっては幸いなことだ。
「この臭いは……松明か」
下層へ向かうにつれて松明に塗られる油の臭いが強くなっていく。
ダンジョンの壁伝いに、下層部の熱気が伝わってきていた。
足元にはダンジョンのモノではない外から持ち込まれた小さな石と松明が投げられている。
暗い中で生活しているコボルトに松明はいらない……嫌な予感が確信に変わった瞬間だった。
「冒険者がいるのか……それも複数」
デポットリングで助言を求めたいところだったけど、もう既にココは魔王様の支配領域外だ。
そして応援を呼ぶ暇もどうやらなさそうだった。
眼前には既に松明の光に照らされたコボルトの死体が目に入っていた。
「この先か……」と心の中でつぶやく。
傷痕から見て武器は短剣が一人に直剣が一人、それに後衛には弓使いがいるようだ。それに加えて凍傷のような痕もあるから魔法使いか、あるいは何らかの魔法道具を所持している危険性もある。
魔王城の近くまで来るような冒険者だ。ベテランとは分かっていたが、苦戦を強いられそうな予感がした。
「だからと言って…助けないという選択肢はない」
広い空間に出ると、中央部でコボルトが数匹、冒険者達と戦っている姿が見えた。
彼らは剣や弓で抵抗しているようだが、形勢不利な状況が続いているようだ。
相手の冒険者の装備は整っており、明らかに経験豊富な者達。
そして想定通り前衛には剣士の男、二振りの短剣を持つフード頭の女が立ち、後衛には魔法使いと弓使いの女が二人並び立っていた。
「四人か……随分少ない」
余程腕に自信があるのか、それともこれまでの道のりで数を減らしたか、定かではないけれどもコチラとしては好都合だった。
後ろから敵が来ても前衛二人が守れるような陣形が組まれているため、背後からの奇襲だけでは、あの陣形を崩すことは難しいだろう。
だからきっとこの姿のまま加勢に行っても、他のコボルト達と同じように一刀両断される。
唯一コチラに利があるとすれば、存在がまだ相手に気付かれていないことに加え、相手の背後を取れているという点だろうか。
今ならどんな大胆な行動もとれそうだ。
―――でも地頭が馬鹿のせいで、彼らの前に全裸のお姉さんになって突撃するとか、スライムになって天井から奇襲、といった方法しか思いつかない。
そしてそのどちらにせよ、次の一手で冒険者達に袋叩きにされる未来しか見えてこなかった。
未来しか見えてこない、見える……そうだ、彼らの目を見えなくすればあるいは。
投げ捨てられた三松明をみて閃めく。
コボルト達と戦うために彼らは武器を取り出した。だから必然的に彼らは手に持っていた松明を捨てる必要があった。
もしもあの松明をコチラに優位な形で利用できれば、ベテラン冒険者を倒す足掛かりがつかめるかも知れない。
―――だけどそんな方法が本当にあるのか?
前で戦うコボルト達は切傷や矢傷のせいで、後退すらままならない状況だ。
信号を送って松明を消すように頼むのは…おそらく無理だろう。彼らにはそんな余裕はなさそうだ。
だからコチラが動いて消すしかないのだろうけど…松明を体で消しに行くことに成功したとしてその後はどうする?
コボルト達は戦いを有利に出来るかも知れないけれど、僕は殺されてしまうだろう。
そうなっては本末転倒だ。