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美少女おにぎり  作者: 星島新吾
1章 デビルサイド編
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6.将校二人の会話

「我々もお声がかかると思っていたのだが」

 魔王城に数ある部屋の一室、そのテラスにもたれ掛かるようにして、一体の魔族がそう愚痴(ぐち)を零した。

 そして月が姿を隠す中、ガラス窓にかかるランタンに照らされ八足を操る大蜘蛛(おおぐも)が姿を現す。大蜘蛛はシャンパングラスを四本腕に持ち、両肘(りょうひじ)をつく。

 見下ろすと丁度、都の夜景を独占することが出来る豪華な部屋だ。

 その横で肩肘をついて夜景を眺める牛面の男もまた、今回のおにぎり小僧への勅命に対しての思いを語っていた。

「我らも軍を預かる身だ。気楽に単身での復興支援とはいかんさ」

 召使のウサギ女に角を磨かせながら、牛面の男は酒を一息に飲み干す。

 互いに軍服を身に纏い、共に肩パッドとマントを身に着けている。おにぎり小僧には許されない将官クラスの装備だ。

「魔王様は一魔物であった我らをこのような待遇で報いて下さっているが、こう大事にされていると、どうもあのように雑に命令されている少年を見て羨ましく思ってしまうのは、どうしようもないことなのだろうか。ガナード」

 大蜘蛛の杯には絶え間なく、召使のウサギによって酒が注がれる。

 牛面のガナードは、そんな酔いも回って口も軽くなった同僚(どうりょう)(たしな)めた。

「……馬鹿者、少し口が過ぎるぞ。アラーニ」

 しかし、そういうガナードも杯を仰ぐ回数が今日に限っては多かった。

 互いに今回のおにぎり小僧に対する特別扱いに思うところがあったのだ。

「…それにしても直々(じきじき)勅命(ちょくめい)陛下(へいか)が下されるとはな」

 大蜘蛛のアラーニがそう言ってグラスを傾ける。

「能力があることは間違いないようだがな」

 ガナードの目は、魔王様がおにぎり小僧に勅命を下したことを思い出しているようだった。

 彼らもまた、おにぎり小僧の式に参列していたのだ。

 あれほど期待と喜びの目をされた魔王様を見たのは何時ぶりだろうかと、ガナードは思い返したが、それに時間がかかるほどには久しぶりのことだった。

 魔王様はその日を待ち焦がれていらっしゃったのだろう。

 それを思うとなんとも言えない気持ちがガナードの気を沈めた。

「ほう、では彼を知る(けい)の意見が聞きたいものだな、ガナード」

アラーニは牛面の男に杯を傾けた。が、すぐにそれを少し後悔することになる。

なにも、アラーニだけが今回の勅命を妬ましく思っていたワケではない。

ガナードもまた、酒を飲んだ後にしか漏らすことの出来ない腹の底に隠した本音があった。

「貴族の、分けてもあのおにぎり元帥の御子息だ。実力は申し分ない。……だがな!だからと言ってそれだけが、勅命を受ける理由になると思うか!? えぇ、アラーニよ」

怒声と共に飛び散った唾を、召使のウサギ女が拭き取る。相手が怒りすぎているせいで、かえってアラーニは自分が冷静になることができた。

依怙贔屓(えこひいき)と言いたいワケか」

「そうと言わずして此度(こたび)の件をどう説明する!! おにぎり元帥は確かに初代魔王様の忠実な家臣であったろうよ。現魔王様がソレを欲するのもよく分かる。だがその息子までその精神が受け継がれているかどうかは(はなはだ)だ疑問だな」

「あぁその通りだ、ガナード。そんな二世よりも、陛下に忠を尽くしてきた我々にこそ、陛下は頼られるべきだ」

互いの思いはただ一つ、魔王様に頼られたい。それだけだった。

「…だが陛下のシナリオはこうだ。勅命が下ればおにぎり小僧に(はく)がつく。ましてや一人でその任をやり遂げたとなれば」

「なるほど。幹部への用立てもしやすくなるというワケか」

 ガナードの言葉を(さえぎ)ってアラーニは答えた。それはつまり魔王様が自分達に不信感を持っているということに他ならない。でなければ新しい幹部など必要とするわけがないのだから。

「考えるだけでも腹立たしい。―――もしかすると魔王様は、おにぎり小僧を始めに、組織を新しくしようとしているのかも知れんな」

 柄にもない魔王様を軽視する発言に、ガナードは自分で驚き、少し飲み過ぎたことを自覚して杯を手すりに置いた。

 そんなことはない、魔王様は昔より忠義を尽くしてきた我々を見放すはずがない、そう言い切れない心を、ガナードは押し殺していた。

「おいおい、私もそうだが、卿も相当飲みすぎのようだぞ」

 アラーニの言葉にガナードは額を押さえ、少し冷静になる時間が欲しいというサインを送った。それを可哀想に思ったアラーニは話題を変え、おにぎり小僧について聞くことにした。

「話を戻すが、おにぎり小僧の実力は申し分ないと卿は言うが、ソレは確かなのか? 変身能力や元帥の力だけではない、あの小僧の資質についてだ」

 アラーニは実際に見たモノしか信用しない魔族だった。実力もない三下が、おべっかで幹部の席に座ろうとしているのならば、この身に変えてもそれは阻止しなければならない。そんな義憤が彼の眼を赤く光らせていた。

 しかしガナードはそのことについてあまり話をしたくないようで、しばらく黙っていた。

 二人を暖かな夜の風が包み、眼下(がんか)では一つ、また一つと民家の灯りが消えていく。

「なんだ? 実力不足というワケではないのだろう」

 (こら)えきれなくなった蜘蛛のアラーニは、八つの目玉をパチパチさせながらガナードに問う。それになんと答えたものかと、少しばかり思案顔のガナードだったが、やがて口を開いた。

「…だから気に食わんのだ。おにぎり小僧はいたって平凡な魔族、誰からもそう見えるようアレは努めている。周りはそれに騙されているようだし、本人もそれを望んでいる。それをヨシとしないのは、能力至上主義の魔王様、あの方ぐらいだ」

 本人も望まぬ出世を果たそうとしている点に、ガナードは怒りを感じているのだとアラーニは理解した。

 もしもおにぎり小僧に野心があるなら、それは我々と同じことであってまだ許せる。

 しかし、能力はあるのに出世を望まない珍種というせいで、ガナードが困っているのだと理解した。

「度し難い魔物らしいな。おにぎり小僧というのは」

 アラーニは自分が「おにぎり小僧は依怙贔屓だ」などと喚いている間に、ガナードはこの国の将来について考えていたのだ。

 アラーニは同じ将校として少し恥ずかしくなっていた。

 そして誰かについてそれほど熱弁することのなかったガナードが面白くも思えた。

「お前さんあの将軍の(せがれ)のこととなるとえらく饒舌家(じょうぜつか)になるんだな」

 アラーニにそう言われてしまったガナードは、角をポリポリと()いたが、酒気を()びた息をフゥーとはいてから、

「もし機会があれば一度話して見るといい。魔王様が気に掛けるのも少しは納得がいくはずだ」と吐き捨てた。

 それに対してアラーニは、

「フン…武功の一つでもあげた暁には、そのような場を設けてもいいかもしれんな」

 と言って、更に口の中へ酒を流し込むのだった。

 納得はいかないが。

 空には煌煌(こうこう)と輝く月が笑っている。


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