50.下手な演説
「噴水前広場に着きました」と兵士が報告する。広場にはすでに人々が集まり、緊張した面持ちでこちらを見つめている。彼らの目には恐怖と期待が交錯していた。明らかに何かが起こることを感じ取っているのだ。
「セシリー、準備はいいか?」
アラーニ閣下が尋ねられた。その声で完全に冷静さを取り戻したのだと、どこかでホッとする自分がいて、それに少し口角が上がる。
「はい、頑張ります」と答えながら、僕の心臓は鼓動を速めていた。無事に終わらせることができるのか、そして何より、原稿はあるもののそれを心で伝えることが出来るのか。その気持ちでいっぱいだ。
そんな僕を見て、マーコは隣で明るい笑顔を浮かべていた。
「大丈夫だって。何ならアタシが代わりに話そうか? 」
問題ないと首を振って見せた。こうして大勢の前で話すことには慣れている。それは心配ではない。
魔族の期待には大手を振って応えてみせよう。
だが人間達はどうなのだろう。
彼らは氷の魔法使いの敗北を知り、そしてその代償を受け入れなければならない。果たして、どのように伝えれば彼らの心が少しでも和らぐのだろうか。どんな言葉が彼らに安心感を与え、恐怖感を払拭できるのだろうか。
考えれば考えるほど、ドツボにハマりそうな思考を振り払って出した答えは、誠実さだった。もう一層のこと馬鹿正直に言ってしまおうというワケだ。コレで閣下に怒られても、マーコに馬鹿にされても、これが僕の本音だと言い訳が出来る。言い逃れできる。
「ヨシッ…! 」
両頬を叩いて気合を入れる。僕は人間の女の子で、町のために戦った冒険者だ。それを軸に話を展開すれば何とか、逃げ切れるはず…!
「始めるぞ」とアラーニ閣下が言うと、広場の中央に設けられた壇上に向かって歩き出した。僕とマーコも後に続く。周囲の視線が一斉にこちらに向けられ、無言の圧力を感じて少し身震いをした。
壇上に立つと、アラーニ閣下が手を上げて静寂を求めた。
「人間の皆さま方、どうか聞いて欲しい。この町の運命についての重要な発表がある」
広場に響く閣下の声は、まるで嵐の前の静けさのようだった。人々は息を呑み、絶望と恐怖が入り混じった表情で見つめ続ける。
「氷の魔法使いは敗北した。彼女は戦いの中で負傷し、我々の手に落ちることはなかったが、その影響はこの町に及ぶだろう」アラーニ閣下の言葉が続く。
周囲からはざわめきが起こり、誰かが「本当に?」と呟く声が聞こえた。人々は信じられない様子で互いに顔を見合わせている。
「だが、我々はこの町を守るために新たな道を歩まなければならない。今後の支配は我々魔族に委ねられる」閣下は一瞬間を置き、続けて言った。「その前進のため、後日この町を支配していた貴族の処刑を行うこととする」
その言葉に人々の顔が青ざめた。恐怖が広がり、何人かは後ずさりする。
「そして我々は新たな時代を築くため、古い体制を破壊する。恐れず、我ら魔族と共に未来を見据えようではないか」アラーニ閣下は力強く言い放った。
その瞬間、僕の心の中で話の整理がついたような気がした。彼らの心を掌握するには今何が一番必要な言葉なのか、人間の私がまず初めに彼らにかけてあげられる言葉なんなのか。
アラーニ閣下の演説で、僕ではない私の声を聞かせる決意を固めた。
壇上を下りた閣下と入れ替わる形で、私は壇上に立った。
「皆さん、私の名前はセシリーです。ここに立っているのは、私たちの未来を共に考えるためです」声を震わせながらも、言葉を紡いでいく。
「まず初めに、魔族の方もいるこの場であえて言わせていただきます…魔族はクソだ」
人々は静まり返り、魔族の兵士達もまた、先ほどとはまた違った緊張のある面持ちで、コチラの話を聞いている。
この言葉遣い、この言い方でなければ響かない人達がいる。そう思って言葉を発信していく。
「先ほども皆さん聞いての通り、氷の魔法使いパオンは負傷し、撤退を余儀なくされました。それはなぜか? そう、魔王率いる魔族が彼女を瀕死の重傷に追い込んだのです。今日この屈辱的な日を、我々デビルサイドの民は忘れることはないでしょう」
数人の兵士が止めに入ろうとするところをアラーニ閣下は、無言で静止して下さった。近づいてきたらぶっ飛ばすつもりでいたので、ありがたい誤算だ。
「ですが、町は魔族の手に落ちながらも我々は生きています。それはなぜでしょうか? それは私達が正しい行いをしていたからに他なりません。勇者様が魔王を討伐する日を夢見て耐え続けてきたからこそ、今があるのです」
少しずつ、彼らの表情に変化が見え始める。希望の光が差し込むような瞬間だった。
「私達はなんど魔族や、魔物を相手に敗北してきたでしょう。しかし、何度も立ち上がり戦い続けて来ました。それが出来たのはなぜか。 アポライ神が我々に味方しているからに他なりません」
アポライ神の教義が何なのかは知らないが、こんな危機的状況だ。人の神なら人の心ぐらい救って見せろと言ってやりたい。
「そして私もまたアポライ神を信じ、戦った冒険者の一人です。しかし、最後の最後まで戦い残った冒険者はこの町で私一人となってしまいました。ですが私はまだ死んでいません。私がいる限り、この町が魔族に落ちることは有り得えません! 」
熱のこもった視線が町の人間達から向けられる。このままでは僕を先頭に人間達がまた暴れだしそうだったので、一旦ここで現実を見て貰うことにした。
「けれど、今の私には力が足りません。人もお金も、魔族に勝てるものは何もありません。……だから魔族に提案を持ちかけました。お前たち魔族は人食いの化物だろう、だったら人を増やした方がお前たちの得にならないかと」
この言葉が人間の口から出たというのが今でも信じられない。そう思いながら続ける。
「彼らは非常に悩んだ結果、私の条件を呑むことに同意しました。これが出来たのはなぜか……衛兵や冒険者が総力を挙げて最後の最後まで戦い抜いたからです。戦って戦って、最後まで戦ったおかげで彼らが根負けし、条件を呑んだのです。だから私はある大きな条件を彼らに飲ませることが出来たんです。コレは大きな一歩だと私は考えています」
「その一歩とはなにか、それはこの町への不可侵条約です。この町に立ち入ることを書面上とはいえ、合意させたのです」
町の人間達が聞き間違えかと、お互いの顔を見つめ合わせる。馬鹿でも分かる不可侵の三文字に、今までにない騒めきが噴水前広場に起きた。
そしてその熱のままに演説を続けた。
「いいですか、コレは大きな一歩なんです。私達はもう一度、共にこの町を守るために立ち上がることが出来るんです。近くに魔族がいるから不安かも知れません。ですが問題ありません。私達はアポライ神より試練に立ち向かう猶予が与えられたのです。今日は挫けてしまったかも知れません。ですが私達には明日があります。恐れず、一歩一歩を踏みしめて進んで行こうではありませんか! 」
そうして盛り上がりが広がるその最高潮で、締めくくりの挨拶を決める。
「この宣言を持って、最後の冒険者セシリーの言葉とさせていただきます。魔族ファッキュー! 」
そう言って魔族に中指を立て壇上を下り、僕の演説は終了した。この後味方の魔族に後ろから襲撃されたとしてもなにも文句は言えないな。
そう思いつつ人間達の方に目をやると、僕が中指を立てたことに一同騒然としていたが、やがて小さな拍手が起こった。生き残った人間の中でも小さな男の子だ。全然見たこともない子だが、その子がペチペチと大して音もしない手で拍手をしている。
そしてすぐそのあとに、その親や周りの人間が感化されるようにして拍手が連鎖していった。
人々の心が少しずつ解放され、僕の言葉に反応しているのを肌で感じられる、そんな不思議な体験をしている気がした。
そして問題の魔族の先輩方を見ると、凄い形相で何人かコチラを睨んでいたが、特に今からぶっ殺されるということはないようで安心できた。勝者の余裕というヤツだろう。
アラーニ閣下も、怒ることも喜ぶこともせず、肩に手を置いて下さった。
どうやら仕事は果たせたらしい。それでやっと安堵のため息をつくことが出来た。
人間達にモノを投げられることを恐れて彼らに寄り添った話をしたが、意外に好評だったようだ。
「やったね」
隣に来たマーコはそう言って笑って見せた。
「ありがとマーコ。おかげで上手くいったわ。お礼は弾ませて貰うから、一度宿屋に戻りましょ。元の体にも戻りたいし」
そう言ってウインクを返した。このまま帰して貰えるかどうかはまた別の話だが、そこはほら、アポライ神を信じよう。




