4.秘儀・おにぎり変化
「…うむ。それとおにぎり小僧、今一度能力の確認をしておこうではないか」
魔王様は指をパチンと鳴らすと、鎖に繋がれた美少女が一人、僕の前に運ばれてきた。
「放して! 痛いことしないで! 」
彼女の服は所々破れていて、中の白い肌着と乳白色の肌が覗いている。
「そいつは西の人間の国から来た勇者の仲間だ。勇者の情報をコチラに漏らし、寝返るつもりだったようだが、この有様だ」
魔王様の言葉に少女は激しく鎖を揺らした。
「なんでよ! 全部教えてあげたじゃん! なんで!? 」
暴れて太い鎖に血が滴り落ちると、玉座の間にいる誰かがゴクリと喉を鳴らした。
僕も彼女の赤い血を見て、唾液が湧き出る。
「吐いた情報によれば、魔族の村をいくつも焼いた関係者の一人だ。遠慮はいらぬ、おにぎりにしてしまえ」
その合図で、すぐに唾を両手に吐いて塩を作った。唾は特別製で、すぐに赤塩という特別な塩に変わる。
「クソッ、そこのマスコットみたいなお前! 何をする気!? くるな! こないで! 」
美少女の生意気な声が聞こえてくる。
―――『秘儀・おにぎり変化』を使うには、両手に塩と多少の湿り気が必要だ。この条件が揃わなければこの『秘儀・おにぎり変化』は使えない。
「ペッペッ―――ヨシッ。いきます! 秘儀・おにぎり変化! 」
言葉で言う必要はないけれど、周囲に分かりやすいよう、言いながら美少女に触れた。
「触んな! おにぎり頭! って! え!? なに!? 体が勝手に! ピギェ!? 」
彼女の体はグニグニと形状変化していき、それが落ち着く頃には僕のイメージした白米の三角おにぎりに変わっていた。
そして、三角おにぎりの具があるべき位置、おにぎり中央よりやや下の位置に、彼女の顔が現れた。
「わ、私の体が三角に!? 」
おにぎりになっても彼女は変わりない様子。品質に問題はなさそうだ。
「ただ三角になったのではありません。貴女はおにぎりになったのです」
そう告げた美少女の顔が絶望に染まるまでに、時間はそれほどかからなかった。
「う…嘘ッ!? あんた達まさか私を食べる気なの? 」
彼女の声には恐怖が滲んでいる。魔物が人間を食べるという話を、彼女たちが知らないはずがない。
民衆をその事実で煽って、大規模な魔物狩りを行う町もあるくらいなのだから。
だから無知というより、今の言葉は確認なんだろう。本当に今からお召し上がりになるのですか、という被捕食者としての確認の連絡だ。
だから僕は優しく返答する。「みんなで大切に食べますからね」と。
そしてホカホカの人間おにぎりをさらに小分けのおにぎりにして、玉座の間にいる全ての魔物と分け合った。
「アァ……私が……バラバラになっちゃう…」
彼女は全て共通した一つの魂に繋がっているため、彼女はこの場にいる魔物の数だけ食べられる体験をすることができる。
きっと今までの行いを悔い、後悔するには十分な時間だろう。
「それでは皆さん、ご賞味あれ。美少女のおにぎりでございます」
そんな口上が終わる前に皆はおにぎりに食らいついていた。
バラバラにしても彼女の意識は消えず、口の中に入れた後も彼女の声が聞こえる。「イヤぁ! 食べないで! イヤぁ! ゛あっ♡」
口の中から響く美少女の絶望の声。それは最高のスパイスだった。
「ハグハグッ……なんと美味な」
そう玉座の間にいる皆々が口々におにぎりを褒める。
美少女おにぎりの味は、その人間が経験してきた人生の味だ。
辛い経験をしてきた分だけ塩味が効いていて、楽しいことばかりしてきた人間おにぎりは、逆に甘味を感じることが出来る。
要するにバランスが大切だということだ。
そこで気になるのはもちろん、彼女のおにぎりの味。
始めは温かくて幸せな味だったが、ピリッと辛味が出た後、ほろ苦い味が続いた。そして最後は、大きな旨味を残して味は消えていった。
どうやらおにぎりの具として上質な一品を魔王様は提供して下さったようだ。
「ふぅー美味しかったな…」
僕が最も幸せを感じる瞬間が終わる。
―――そして玉座の間にいた音楽隊や魔王様も、味を確認して満足そうに軍隊式の敬礼をしてくれた。