30.春の終わりだというのに、この町はまだ少し寒い
酒場を出ると、急に手先と足先が冷えてきてそれから鼻が痒くなる。
手に息をは~と吐いてから、手を擦り合わせた。
「さて……仕事仕事っと……」
とある人間を探しながら歩いていると、どうしようもないほど瞼は重くなっていた。
「……ふぁあああ」
風呂にも入って、お腹もパンパン。
異常なまでの眠気と戦いながら、目的の職についた人間を探す。
「アレか……」
そしてその人間はすぐに見つかった。
鎖帷子を着込んだ赤い制服の男達。ようはこの町の衛兵だ。十人にも満たない数だが、ずっと街中を巡回しているらしい。
この巡回している衛兵の後ろをさり気なくついて行けば、武器庫のある兵舎に連れて行ってくれるのではないかというのが今回の狙いだ。
適当に寄り道しながら、相手に気付かれないように尾行を開始する。
―――っと、その前に…。
「兵舎につく前に業務連絡しておくかー……」
流石にもう魔王様はお城に戻っておられるだろうから、連絡はクロックドムッシュにして今後についても話合うか。
「おっす、コチラおにぎり小僧」
通信を繋げると、向こうからバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。仲間が走る音や紙束をドサッと置く音が聞こえて、それから椅子を思い切り引く音が聞こえた。
「……おおっ、おにぎり小僧。どうかしたかな」
「忙しそうっすね」
「変身中か」
「うっす」
「今どこにいる」
「おじさんに問題っす、僕は今どこにいるでしょう! 」
「聞いているのは私だ。本当にお前は一体どこにいるんだ?極秘の任務とは聞いているが―――」
これ極秘任務なのか。
いや、確かそんなこと言っていたような気がしないでもない。
というより、うちの情報共有大丈夫なのだろうか? 報連相出来てなくて、冒険者に返り討ちに会いました、なんて冗談にもならないぞ。
「今は人間の町中で、今から兵舎に火を放ちに行くところっす」
「…! 」
ざわざわと向こうが何か話している。
「一人で大丈夫なのか? 」
「冗談っすよ。まぁ、非情にハラハラする展開ではあるかもっすねぇ」
露店で手に入れた三文小説をめくりながら答える。この主人公、敵のボスと風呂に入ったかと思ったら今度は単身で敵地に突っ込むみたいだ。
浅慮というほかない気がするけど、コイツは何か考えがあってのことなんだろうか。でも見たところ、考えなしのようにも見えるし…一体どっちだろうな。
「増援に戦闘型の魔族を五体ほど送ろう。それで何とかなりそうか」
「過剰戦力っすね。それすると人間の町が滅びるっす」
戦闘型の魔族が一体いれば、こんな町は容易に滅ぼせるだろう。
あ…いや、ここにはいるのだった。
指先一つでエールを凍らせる、変態に寛容な魔法使い―――彼女ならこの町をもしかすると守ることもできるかも知れない。
「いっそのこと滅ぼしても良いんじゃないか。かなりの数増えたようだが」
「いやぁ、流石に賛同しかねるっすねぇ」
「なぜだ? コボルトの安全にも関わるし、ここは一度更地にしてから復興も効率的だろう」
クロックドムッシュは人間の味を知らないから、平気でそんなことを言えるのだろう。
せっかく近場に巣をつくって数を増やしているのに、わざわざその巣を壊して生産を止めるなんて…。
これじゃあ僕の思い描く、『土用の丑の日には人間を食べる』という小さな願いが遠ざかってしまう。
ここでもまた、言い訳を考えなければいけない。なんだか最近言い訳ばかりしている気がするな…。
「三つの理由で賛同しかねるっす。一つに、人間が魔王城に近いこの場所に町を作った、その価値が我々にとって非常に有益であるということ。二つに、冒険者の数が現在少ないこと。三つに、ハンバーグがあること」
「ハンバーグ? 」
「人間の文化が作り上げた傑作っす。この町が滅びるとハンバーグも歴史の闇に消えちまう。その損失は、小さな領地を失うことに等しい損害になるっす」
「そんなにハンバーグとやらが気に入ったのか? だが、コボルトのこともある。人間の町を残すというお前さんの提案だが、このままということは当然出来ない。それは理解できるな? 」
「だからよ、俺っちはこのデビルサイドを人間牧場にすることを提案するぜ」
「人間牧場? 」
「この町を繁栄させて、人間を増やす。そうして増えて溢れた人間を魔族が回収する。ハーブや染料なんかの高級資源と同じ扱いと思ってくれりゃいいっす」
「…ふむ、…で?どのくらいのスパンで回収出来るんだ? 」
「初めは数人、この町に来ている旅人なんかを生贄に捧げさせればいいと思うっす。それから月に数人、餓死寸前の人間なんかを生贄として我々に差し出す。その代わり、安全保障を約束すれば良いんすよ」
この町にだって当然貧富の差はある。富める者たちはこの提案を快く受け入れてくれるだろう。
「人間は必ず暴動を起こすと思うが? 」
確かにそれはおじさんの言う通りだろう。だとしても、それは恐怖で支配すればいい。
「それについてはいい案があるんで、後で書類にして送るっす」
「持続性はどう考える。子供を産まなくなったらどうするんだ? 町から犯罪者が出ないことも考えられるぞ」
「人間が我々のような思考回路なら確かにソレはあり得るかも知れないっすけど。見た感じ、それは問題ないっす」
この町は魔族の影におびえる人々の住む場所だ。
だからこそ、気性の荒い男たちが求められ、またどんなに無邪気で美しい女性でも、お金で体を売ることに躊躇したりはしない。
そんな場所に魔族が乗り込んだとして、その営みがまるでなくなるかと言われれば、そんなことはないだろうと僕は公衆浴場をみて確信していた。
「我々が占領していると知れば、旅人なんかは寄り付かないと思うが? 」
「それも問題ないっす。あくまで人間が統治しているように見せるんすよ。町の上層部だけ入れ替える、みたいな」
「ふむ、そういうものか? …一考の余地はあるか。すぐに会議にかけ、話し合いを始めるとしよう。そちらの任務が終わり次第またかけ直してくれ。その頃になれば返答も出来るだろう」
そう言ってリングから通信は切れた。
クロックドムッシュは、僕のような新米の意見にも耳を傾けてくれる最高の上司だ。ベスト上司章を授与したいぐらいだ。
なにせこの町を手に入れるということは、つまり既に経営状況の良い店を武力で手に入れるようなものなのだから。デメリットが低い。
補給部の彼なら分かってくれると思ったけれど、やはり彼に通して正解だった。
「よぉーし、未来は明るいぜ! 」
期待を込めて僕は兵舎に向かって踏み出した。




