魔王様とクロックドムッシュ
玉座の間には、国の重役たちが沈黙のまま顔を並べて銅像のように立っていた。たとえ誰か一人死んでいたとしても、今の緊張下ではたぶん誰も気づけないだろう。
それぐらい重たい空気の中、魔王様の御前まで絨毯の上を歩いた。
絨毯の両端にはラッパを持って静止する音楽隊の姿がある。
いつ頃演奏が始まるのだろうか。きっと鳴り始めは結構うるさいだろうから、耳は塞いでおきたいな…。
そんな無理な願いを胸に抱きつつ片膝をついた。
「よく来てくれた。伝説の英雄の息子、おにぎり小僧よ」
魔王様がそう言うと、リハーサルでもしていたかのように、音楽隊のラッパがヒュンと音を立てて持ち上がった。
く、くる!
「パパパパーン♪パパパパーン♪パパパパーン♪パーン~~~♪」
音楽隊の豪華な音色が玉座の間を包み込んだ。ワクワクするような冒険のテーマソングが大音量で耳に流れ込んでくる。
この音楽を聞いた後に、父は死地に赴いたのだろう。
だとすれば、祝福というより呪いを掛けられているような気がしないでもない。そんな音楽に耐えていると、ピタッと音楽が止まった。
「ココに来たということは、決心はついたと考えて良いんだな」
魔王様の声は低く、重みを感じさせる。そして大きな肉体と怖い顔は、一度見たら忘れられない。
「勅命を受け取りに参りました」
音楽が鳴りやんだせいか、物の少ない玉座の間に声が反響する。そして重鎮たちの誰かが唾を飲む音が聞こえた。
この場にいる多くの魔族の嫉妬の視線が突き刺さるようだ。
「うむ。クロックドムッシュ、説明を」
魔王様の言葉に応じて、コウモリの翼を持ったオオカミ男のクロックドムッシュが横に立って説明を始めた。
彼の持つオオカミ男特有のギラリとした釣り目は、獲物を求めて百戦錬磨の猛者を彷彿とさせるが、実際はその反対で、若くして事務処理のみで魔王様の側近となった、いわゆるエリートである。
その才を認められ最近では人材育成にも回されていたようだが、戻って来たらしい。
「かしこまりました」
クロックドムッシュは静かに羊皮紙に書かれた資料をめくり、重要なところに赤いマークを印すと僕に渡して見せた。
マーク部分には、『復興大使』という文字と、『食糧問題の解決』が囲まれている。
「おにぎり小僧には今日より復興大使となり、勇者によって破壊された魔族の村を復興する旅に出て貰う」
「復興の旅……」
「復興には多くの建材や食料が必要になる。しかしおにぎり小僧、貴殿は違う。そうだな? 」
魔族にはそれぞれ個別に一つ、能力を持つ。クロックドムッシュはそのことを言っているのだろう。
「はい、僕なら《《生物をおにぎりに》》できます」
おにぎりは栄養価の高い食事だ。この力で復興の基盤である衣食住の食を確保しようという算段なのだろう。