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2章


「私、七原って言います」

黒髪の少女は本と冊子を抱え込んでそう言った


「俺は、宝樹光一」

名を名乗り、周りを確認する

他の生徒が居ないとわかり読書用に設置されている長机に七原を座るようジェスチャーする


人がそんなに居ないなら少しくらい雑談をしても迷惑にならないだろう

彼女もこちらの様子を伺っているようだし


隣に座るのは気が引ける

彼女の左側、1つ離れた席に座り体を七原の方に向ける


「先輩も夏の消失について調べてるんですか?」


「うん、どうしてもなんか気になっちゃってね」


考えてわかるような事でもないのは理解しているが気になるものは気になる


「で、七原さん?も気になってる?」


「呼び捨てでいいですよ、先輩なんですから」

落ち着いた声で彼女は答える


「みんなこの辺の人は慣れちゃってるっぽかったから気になってる人がいたことがびっくりだよ」


これは素直な感想だ

誰も気にしていない中、夏の消失...を調べる後輩

俺よりもきっと目的がハッキリしているはずだ


「ずっと調べてるんですけど全然わからないんです、でも入学して先生から日誌部というのがあったと聞いて」

「何かその時のこと、詳しく書いてないかなって思いまして」


ずっと...?

6年間ずっとなのだろうか...

その時の事を調べるには限界がある

これといった事件があったわけでもないから新聞にだって状況を記すような記事はないだろう


ふと夏についての話をしていたら雨代の事を思い出す

夏服を着ている彼女を屋上に待たせていることを

話を切り上げようとした時、七原が口を開く


「日誌部って2年前になくなったそうなんですが今持ってきたこの4冊の冊子は6年前から3年前までに書かれたものなんです」

「どこに何の情報があるかわからなかったので4冊も持ってきましたが半分持っていってくれませんか?」


七原が切り出す


「私は昔の物を半分読み込みます。宝樹先輩はその先の半分を読んで何か手掛かりがないか調べてくれませんか?」


なるほど、分担作業の申し入れだ


「何かわかったら私も情報をお知らせします」

「なので連絡先を教えていただけると助かるのですが...」


「問題ないよ、むしろありがたい」


3年間の記録なんかなかなかに重たい読み物になるだろう

助かるし何より同じ目的のある彼女のことを頼もしく感じる

彼女も協力者を探していたのかな...?

連絡先を交換し共に図書室を出て階段で別れる


「俺はちょっとこっちに用がある、また明日!」


「何かあったらいつでも連絡してください」

「ではまた」


彼女は日誌部の冊子を両手で抱え階段を降りていく

とても小柄な彼女に不釣り合いな大きい腰のリボンが上下に揺れて視界から消える


手にした冊子をリュックに仕舞い込み屋上への扉を開ける


そこには再会した日のように風を浴びる雨代の姿があった

こちらの扉の音に気づき振り返る


「用は済んだ?」


空には黒雲が広がっている

少し暗くなった屋上で彼女は微笑む


「待たせたな、帰ろう」


近寄ってくる彼女に背を向け階段へのドアを開けて待つ


「お先に〜」


押さえているドアを潜り抜け階段を降りていく雨代


部活のない生徒はほとんど帰っている

下駄箱で靴を履き替える

別に運動靴でもいいのだが女子の多くは制服に合わせたデザインである学年のカラーが入ったローファーを履いているようだ


雨代も例外ではない

着ている服は夏服だが足元のそれはみんなと同じだ


彼女の歩幅に合わせ帰路をゆく

雷のお見舞いをするため今日はアパートまで一緒に帰るのだ


誤算

雨の登場だ

気にする程度ではない小降りだったのが1分もしないうちにどしゃ降りの大雨


お天気お姉さんの予言は見事的中

折り畳み傘があれば安心!


雨代も傘の用意がなかった

どしゃ降りの中俺たちは小走りでアパートへと帰るのだった


玄関先

屋根のある場所にたどり着き自分の浅はかさ、短絡さに頭の中で蹴りをいれる


「待ってろ、タオル持ってくるからな!」


「あぁ〜い」


濡れネズミ2人

男1女1

カギを刺しドアを開け靴を脱ぐ

靴下が水を吸い靴の中が洪水になっている

雨代が続いて玄関に入ってくる

まずは彼女にタオルを持っていってやらねば

衣類と共に引っ張り出してあるバスタオルを手に取り玄関の雨代に渡す

長い髪は水でぺっとりとしてボリュームを失っている

制服はまるで上から下へ流れるプールだ


そこで目に飛び込んでくる


夏服であるから生地が冬服と違って薄いのだろう

彼女の体に張り付いた夏服が透けている

腕の生地が1番薄いのか肩のあたりに肌色がうかがえる


「どうしたの?体拭かないと風邪引くよっ!」


目を逸らす

見ようと思って見たんじゃない不可抗力だ

そうすると彼女は自分がどんな状態にあるのか気づいたらしい


「光一のえっち...」


言い返してやろうと思ったが黙ってタオルを取りに行く

頭に自分用のタオルを乗せてできるだけ大きい長袖のTシャツを探す


「雨代さんや、風邪をひかないように制服干しておきな。脱衣所にハンガーあるから」

「あとこれ」


彼女を見ないように手を伸ばし差し出す

流石に滝のような状態の制服を着ているままでは身体によくない


「男モノの下着しかないからその辺はなんとかしてくれ!」


「え?あ、ありがと...」


彼女が脱衣所へ入ったのを音で確認すると玄関のドアを開け制服の上着を脱ぎ手で少し絞る

水たまり一丁


タオルで体を拭きながら部屋に戻り自分も着替える


う、下着まで雨に汚染されている

着衣水泳でもしたかのようだ


雨代が脱衣所から出てこないのを確認して下着を取り替える


「きゃ、トランクス派...」


見てんじゃねえよ


ぶかぶかのTシャツを身につけた雨代はまだ濡れている髪をタオルで挟んで水気をとっている

まるでサイズの合っていないワンピースのようだ


「タオル交換するか?」


「ありがと」


「仕事を終えたタオルは脱衣所のカゴに寝かせてやってくれ」


タオルを手渡す

髪の長い彼女はお風呂上がりも大変だろうな、と考えつつ濡れた衣服を脱衣所へ持っていく


新しいタオルを手にした彼女はリビングへと髪をしつけながらてくてく歩いていく


おっと...


ハンガーにかかった雨代の制服の横には彼女が地肌に身につけていたであろうものが吊るされている


背後から雨代がすっ飛んでくる


「みみみみ、見たっ!?」


「う、うん?」


見たと言うのが正解ですか?

顔を真っ赤にした彼女は俺の服の裾をギュッと掴む

半泣きだ

雨代の顔も俺の心も


しばらくの沈黙のあと雨代はスマートフォンを取り出す

そして耳にあてる


「雷!大丈夫?」


隣の部屋の体調不良で休んだ雷に電話をかけているらしい


「うん、お見舞いに行こうかと思って」

「うんうん、大丈夫だよ」

「えへへ、だって隣にいるからね〜ぇ」

「じゃっ!」


通話が終了する


「今起きてるって!顔見せに行こ!」


さっきまでの赤面は鳴りを潜めている

雷の部屋へ向かおう


「調子はどうだ」


雷は俺たち2人を玄関で迎える


「うん、マシになったよ〜」


「よかった〜心配したよー」


「ふふっ、ありがとありがと」


そう言いながら雷は雨代の頭を撫でる


「あっ、雨、当たっちゃったの?」


雷は雨代の姿と撫で回した頭の感触から察したようだ


「う、うん。あ、あのだから」


雷の耳元へ顔をやり小声で何かを訴えている


「あらら、その下すっ」


素早く雨代が雷の口を塞ぐ

そしてこっちをわざわざ向いて睨む


無言のまま、やれやれという表情を作り2人に披露し後ろを向く


「流石にサイズ合うのはないけどショーパンくらいなら貸せるよ〜、ヒモついてるし」


「貸してっ!早くっ」


背後で2人の声を聞きながら

あれ?もう部屋に戻った方がいいのかな?と考える


忙しいであろう雨代に遠慮して雷に声をかける


「ゆっくりしてたか?」


「うん、横になってた」

「お昼くらいには食欲も出て、あはは」

「昨日置いておいたチキンライス食べたよ」


モノを食べれるならだいぶ良くなったのだろうか


「あのチキンライスか。また食べたいな」


「じゃあ今度作るねー」


雨代が脱衣所で雷に借りたショートパンツを履いて現れた

Tシャツが大きくて何も履いていないように見える


「なんか袋ない?」


「いっぱいあるよ〜、どれがいい〜」


雷はキャラクターがプリントされたトートバッグやらなにやらを棚のひとつからたくさん取り出し...

1つ1つ柄を見せている


「あっ!これ!なつかしぃー」


雨代はひとつの少し色が薄くなっているのがわかる手提げ袋を指さす


「ね〜」


ニコニコとしたまま雨代に手渡す


「なーびーだよ、この子も可愛いよね〜」


雷は袋にプリントされたキャラを見てふわふわしながらメロメロしている


思い出した

夏休みにこの2人と遊んでいた時に雷がなにやら小物を入れていた袋だ

小さめのぬいぐるみや水筒、シール帳なんかが出てきたのを覚えている


「ああ、懐かしいな。これ」


雨代の横に立ち彼女の手の中にある袋の印刷がかすれているイラストを見る


「よく3人で遊んだよね」

「公園で鬼ごっこしたりブランコしたり」


昨日の公園でのことを思い出す

記憶にあった場所とは違うがあの場所でこの2人に出会った


そう公園だ


夏休み、親戚の家に遊びに来たものの親と親戚はずっとおしゃべりをしている

うんざりした俺は遊んでくる、と言い残し親戚の家から飛び出した


夏休みというのにあんまり人が居ない事に不安になったころ公園を見つけた


ベンチに座り1人で小さなぬいぐるみと遊んでいる歳の同じくらいの女の子がいた


彼女に近づいて声をかける

「なにしてるの?」


「友達、今日来れないって」

誘いを断られたのか家にも帰らず少女は1人遊びをしているらしい

うつむいたままの彼女の肩に手をやる


「じゃー、俺と遊ぼうぜ」

と、彼女の抱えられたぬいぐるみに声をかける


「いいよ」

とぬいぐるみを顔の前に持ってきて答える


そうして彼女とぬいぐるみの3人で遊んだ

日が暮れ出して彼女は帰ると言い出した


「明日も遊べる?」

ぬいぐるみを胸の辺りに持ちじっと見てくる

小さな声だった

公園に他の人がいたら聞こえなかったかもしれないくらいの小さな声


「明日も来るよー!」

少し声ボリュームを上げて返事をする

「お前も明日な!」

ぬいぐるみ、猫だったろうか

それにも声をかけ親戚の家に走って帰る


公園を振り返るとぬいぐるみを持った彼女はまだこっちを見ていた


次の日少女は2人になっていた

ぬいぐるみを持っている彼女とは違い、活発な印象を受ける女の子が増えている

白雲のような髪を短く2つ結んで白いワンピースを着ている

その女の子は声を投げかける


「だれー?」


「俺は光一!お前は?」


「うしろ!」

後ろを向く


「ちがう!」

と叫びながら後ろを向いた俺の肩を力いっぱいその女の子は掴んでこっちを向け、と方向を変えようとしてくる


「わたしの名前がうしろなの!」


「へえ、どんな字を書くんだ?」


木の棒を拾ってきた彼女は地面にガリガリと名前の漢字を書き出す

雨に代、地元ではそんな名前の友達はいなかったのもあってすぐに名前を覚えることができた

なんだか響きも面白く感じ呼び捨てで呼ぶことにした


「お前は名前、なんて言うの?」


ぬいぐるみえお持った栗色の髪の女の子にも質問をする


「らい、かみなりって書いて。らい」


「ええー!かっけえじゃん!」


本当にそう思ったのだがあまり自分の名前を気に入ってないらしく雷は少しうつむく


「いい名前だな!」


そんななんて事ない感想をぶつけてみると昨日も見せなかった笑顔を彼女は見せた


「ねー?うしろもそう言ってるのにずーっと気にしてるんだよ?」


「だって学校の男の子はみんなカミナリ〜って呼ぶんだもん」


「ふん、そんな奴はほっておけ!」


2人の少女の手を取って公園の中を走り出す

そうやって過ごしているうちにこの2人と仲良くなっていった


そんな事を思い出した


雨代は俺の部屋から制服と下着を回収しまた雷の部屋に戻って脱衣所に入る

まだ雨が降っている中、俺のTシャツを着たまま雨代は帰っていった

雷から傘を借りて道路を歩いていく


「またねー!」


雨代は笑顔で荷物を抱えている


「気をつけて帰れよー!」


「風邪ひかないようにね〜」


学校の鞄と借りた袋を抱えて去っていく姿を見送り雷に声をかける


「雷も無理するなよ、ゆっくりな」


「うん、ありがとう」


微笑む彼女におやすみを言い3号室のドアを開ける


まずは濡れた制服やらを乾かすために風通しの良い場所にハンガーを吊るす

靴にもタオルをつっこみかかとの部分を浮かせて斜めに置いておく


時間を確認するためスマートフォンを取り出し画面を見る

2つほど通知が来ているのに気づく

霧果からのメッセージだ


霧果:日誌部の冊子は読みましたか?

霧果:先輩?


通知は30分ほど前に来ていたようだ

雨でてんやわんやしていた頃だ


メッセージを返しておこう

光一:すまん、雨にあたってドタバタしていたからまだ読んでない

光一:すぐに返事できなくて悪かった

すぐに既読がつき何か返事を打っているのがアプリの機能でわかる

霧果:大丈夫ですか?風邪とかひかないようにあったかくしてください

光一:ありがとう、もう着替えたりしたから大丈夫だ

数秒後に返事が返ってくる

霧果:今って忙しいですか?

光一:いや、そんなことないけどどうした?

霧果:冊子と一緒にメモが入ってませんでしたか?

霧果:小さめのメモです

雨で湿っているリュックを手に取り中を調べる

冊子と冊子の間に挟まった紙を見つける

小さくきれいな字でいろいろな事が書いてある

あまりジロジロと見るのもよくない

早速返事をする

光一:あった

光一:内容は読んでないけどこれ?

裏を向けてメモを写真に撮り送る

霧果:すみません、それです

光一:明日学校に持っていくよ

光一:内容写真に撮ろうか?

霧果:明日受け取ります、助かりました

霧果:ありがとうございます

きっと夏の消失についてのメモだろう

内容は気になるが人のものを勝手に見るのは気が引ける

写真に撮るにはいやでも見ちゃうし

明日聞いてみよう

無くさないようにファイルに挟んで冊子と一緒に置いておく


お風呂に入り、適当に夕食も済ませる


「さて、どんな情報が眠っているのかな〜」


舐めていた


霧果から受け取った2冊の冊子

ここ1、2年の日誌が書いてあるだけだと思っていたが日誌部の活動は3、4人ほどで行っていたらしく

毎日その4人が1日の事を書き記すのだ

部員が休んでいて3人になっている日もあるが大まかに言うと...


つまり4人分の日誌を読むことになったのだ


少なければ1人で数行、1ページに留まるが達筆な生徒が2人も居て読み進めるのに時間がかかる

天気の項目もあったが気温まで書いている人はいない

分厚くもない平凡な冊子と思っていたものは大いなる記録の集合体だった

半分ほど読み進めると7月後半の日誌に目が留まる


「返願祭の準備に取りかかる、父さんはお祭り男だから大変だ」


どんな父親だ

へんがんさい、と読むのだろうか

この日誌を書いている人のページには祭りについての準備の意気込みや愚痴が日を進めるにつれ増えていった


「絶対成功させるぞ!ここ数年で1番の祭りにしてやる!」


こいつも結局はお祭り男のようだった


8月の中盤か終盤に行う祭りのようでその年によって開催時期にばらつきがあるらしい

準備の進み具合などもあるのだろう

そういや昔この祭に遊びに行った気がする

子供だったから夜遅くまでは行動させてもらえなかったけど数日かけてやっていた祭りに驚いたものだった


柊先生が言っていた祭りってコレのことなのか?

確かに夏休み期間ではあるけど社会人はそんな休みはそうそう無いと聞く

ゴールデンウィークはここにズラされているのか?

夏休み中にゴールデンウィークがあってもどうしようもないだろ...

少し後悔をする


日誌を読み進めると後悔は消し飛んだ

ゴールデンウィーク分、学生は夏休みが長いらしい

中学生や高校生は祭りの準備に駆り出される事も多いようだった


「返願祭で囃子を2日間することになった。父さんが囃子の担当になったから提案をしたらOKを言ってくれた、最近は初日だけだから絶対楽しいぞ!」


お祭り男は張り切っている


ふと時間を見ると日誌を読み出してもう2時間ほど過ぎていた

たくさんの字と4人の近況報告に脳の容量を圧迫されたのを感じて一休みすることとした


確かに小説とかではないが数人で集まって今日一日の出来事などを書き連ねていたのだろう

柊先生が文芸部のようなことをしていた、と言うのも合っている

面白い部活もあるもんだな

特にどこの部活にも入る気はないがそうやって学校のみんなと活動するのは意外と楽しいのかもしれない


引っ越しの準備を始めた頃から見ているチャンネルの動画を見て休憩しているとメッセージが届く


霧果:ぶいg

なんだ...?

急に暗号でも送られてきたのだろうか


少し待ったが解読のヒントは送られてこない

明日学校で聞いてみよう

宇宙人に身体を乗っ取られてなければいいのだが


夢を見た

小さな女の子が泣いている

姿ははっきりしない

すすり泣く声

視界がぼやけている

声が出ない

手を伸ばしても自分の手すらはっきり見えない

視界がどんどん悪くなる

そのまま闇の中、泣いている声を聞きながら意識がなくなる


5月3日


雷は調子を戻したらしく顔を洗っているタイミングでやってきた

彼女の用意した朝食を食べる

メニューは炒飯だ

彼女が好きなオレンジジュースもある


「ご馳走様」


なかなか絶品、見た目以上に美味かった


「何点?何点?」


「うーん...102点!」


「わぁ、限界突破」


ふにゃ、と笑みをこちらに見せてくる


共に登校準備を終えてアパートを出る

もちろん七原のメモと冊子も連れて行く


学校に到着

いつものメンバーに挨拶し席に着く

午前の授業を昼休みを告げるチャイムが押しのけて行く


「お前は今日も学食かー?」


いつも同じ包みに入っている弁当を真は机に置く


「先行っててくれ、トイレ行ってくる」


今日はカツカレーを頼もうと思っていた

美味を楽しんでいる刹那

その時間を尿意に邪魔されたくない


トイレから出てくると2年3組の教室の前で七原を見かける


どうやら探している生徒はそこに居なかったらしい

もしかして…俺に用か?

メモを渡すのは放課後でもいいと思っていたのでその考えがすぐには出てこなかった

声をかける


「七原!どうした?」

名前を呼ばれた彼女は振り向く


「あ、先輩」


「メモのことか?取ってくる」


俺は教室に向かおうとしたが彼女が袖を掴み引き止める


「それもあるんですけど、いくつかわかった事があったのでお昼食べながら報告しようと思いまして…」


あの2冊の冊子を読み切ったのか!?


「先輩は学食ですか?」


「ああ、ただクラスの奴を待たせてるから食堂着いたら一声かけてくる」


「あ、約束があるならお邪魔するわけには…」


「約束というほどでもないから大丈夫だよ、先行っててくれって言っておいたから事情だけは言っておかないとってこと」


申し訳なさそうに身を縮めている、ように見える彼女と共に学食へ足を運ぶ


「きゃあ〜!可愛い〜」


雷は俺と共にやって来た後輩に夢中になっている

確かに小さくて愛らしい雰囲気のある七原だが…

もしかして雷って可愛いもの全てに目がないのか?人間でも?


雨代がムッとしている

なんでだよ


雨代の表情に気づいた雷は雨代に近寄り、頭を撫で回している

雨代はぬひひ、と笑っている

可愛い攻撃から解放された霧果はキョトンとしている


待っていた真たち、そして俺の連れて来た霧果の全員で昼食を食べる流れになってしまった


「私は七原…霧果です」


「黄色いリボンってことは、1年生だな」

「お前、もう下級生に手を出したのか」


真がなんとも言えない顔をしている


「どうなんだ、吐け!」

雨代もジトっとした目をしながら何か言っている

難癖をつけてくる両者の頭に軽くチョップを食らわす

奢りだ、食っとけ


「昨日たまたま出会ってな」

「その時に七原がメモ帳を落としてたのに気づいたんだがもう別れた後で」

「それを持ってないか?って教室に俺を探しに来てたんだ」


夏の消失について調べている事は別に隠す必要はないが七原がどう思っているかわからない以上適当にごまかす

そんなに嘘も言っていないし


「ありがとうございます、先輩」


七原は俺の意図に気づいて返事を返す


「なんでたまたま出会って落ちてるメモがその子のってわかったんだよ」


うるせえな!


「俺はわかってなかったよ、中も見てなかったしな」

「特徴を聞いたら身に覚えがあったなってさっき思っただけで」


「ひがまないの」


ゆなかが謎のフォローを入れる


「ひがんでねえよ!」

「なんでこいつばっかり女の子が寄ってくるんだ」


変な事を言うな


「変なことを言うな」


「光一くん、困ってる女の子見つけるのは得意だから」


雷は弁当のシャケをほぐしニコニコしながらそんな事を言う

そして口に運び、遠い目をしている

おちょくられているのか…?


雑談をしながら昼食を食べ終わる

カツカレーの味はあんまり覚えていない

もう昼休みは終わりそうだ


霧果と別れ、2階へ

雨代と別れ教室へ


放課後になったらメモを霧果に渡そう


響くチャイムが授業を押しのけ放課後を連れてくる


メモを返しに七原のところに行こう

いや、まずは連絡をしよう

そしてメッセージアプリを起動し七原のトーク項目へと進める


霧果:ぶいg

そうだ、何か謎のメッセージが送られてるままだった

文面をどうしようかと迷っていると教室の戸が開く


「かえろーっ!」

声と共に身体に衝撃を感じる

雨代の頭突きを肩のあたりに頂きよろめく


「ふう、ご令嬢?おてんばがすぎますよ」


目を細め静かに笑顔を向ける



「あ、あや、ごめん...」


困っているのか照れているのかわからない顔をしているので笑ってしまう


「わ、笑うことないでしょお!」


「あはは」


雷がにまっと笑いかける


「もお!」


怒った顔で俺をにらむ

ぷん!と怒りを表す音が出た気がする


「く、いちゃつきやがって、くそったれぇ!」


真は壁を殴り、ギャッと悲鳴を上げて手を赤くしている


「先輩」


教室の戸のあたりで七原がこちらを見て呼んでいるのに気づく


「悪い、ちょっと約束してたんだ」


雨代たちに一言残しリュックを持って七原の元へ向かう


「すみません」


「謝ることじゃないだろ?」

「別に迷惑ってわけでもないし」


「す、すごい楽しそうにしてたので...」

「水を刺しちゃったんじゃないかって...」


気を遣われている

よし...


「どうせ今日も図書室に人はいないだろ、行って成果を発表しあうか」


とその前にメモを渡しておこう

リュックに手をつっこみファイルを取り出す


「これ返しておくよ」

「もちろん内容は読んでないから安心してくれ」


「あ、ありがとうございます」


メモを受け取った七原は自分の鞄にそれをしまう


階段を上がり2階から3階へ

図書室のドアを開けると数人の生徒が勉強をしていた


「うお、タイミング悪かったみたいだな」


「私、冊子を返してきます」

「先輩は?」


やはり七原は昨日持ち帰った2冊の日誌部の冊子を読み終えているらしい

気象学の本も手にある

全て読み終えたのか...


「俺は1冊返しておく」


「私が持って行きます」


そう言って俺が返そうと手に持っていた冊子を彼女は受け取り奥の棚へと歩いていく


「帰りながらお話ししてもいいですか?」


雨代や雷には約束があると言っておいたから待っていることはないだろう


「いいぞ、こっちはそんなに情報という情報は見つからなかったんだけどな...」


階段を降りながら昨日読んで把握した日誌部の4人の人柄を説明していると下駄箱まで来てしまった


「そんな情報はどうでもいいよな」


「書いてる人の性格なんか考えなかったのでちょっと驚きました」


ほんとに驚いたようで彼女はポカンとしている

呆れられている?

いや、そんなことはないよね?


靴を履き替え学校を出る


「そういや祭りについて結構書いていたのが印象に残ったな」

「祭りが近づくにつれて天気について心配してたり」


「返願祭の事ですね」

「私も何回か小さい時に行ったことがあります」


「小さい時?」

「俺もそういや遊びに来てたタイミングで1、2回行った気がするんだけどあんまり覚えてないな」


「私の方では6年前、返願祭の終わりあたりから涼しくなり始めた事を書いてあるページを見つけました」


やっぱり6年前か...

夏休みが終わるから、と俺が帰った後の話だ


「その年に何かがあったんだろうな...」


「......」

「そうですね、多分ここに何か夏の消失についての秘密が...あるんだと思います」


空気が重くなっている

これといった進展がないということ

そしてきっと先輩である俺に気を遣っているであろうこと


そうだ、昨晩の暗号について聞いてみよう


「これってなに?」


俺は七原のメッセージ履歴をスマートフォンに表示させ彼女の方へと画面を向ける


「えっ!?あっ!」

「うそ!」

「なにこれっ」


いつも落ち着いている彼女がテンパっている

こんな顔もするのか


「あの、多分、先輩にメッセージを送った後、日誌を読んだまま机で寝ちゃってて」


ふむ、机で俺とのトーク画面を出したまま冊子を読み耽って居眠りをした

そういうことか


「気づきませんでした...」


顔を少し赤らめてそっぽを向いている

一夜であの文章を読み切る集中力もあり冷静に見えるがこんな一面もあるんだな

関心が勝っていたが親近感も湧いてくる


「こら〜、しっかりしろ〜」

「ま、俺なんかは2冊読みきれなかったけどな!ははは」

「しっかりしろ〜って、お互いさまだろ?」


彼女に笑いかける


「先輩ってちょっと変な人ですね」

「自分で注意しておいてできなかったって言って」


くす、と彼女は微笑む


「ちょっとでよかった」

「だいぶ変だと嫌だろう?」


スッと前を向く


「そこが問題なんですか...?」

「ふふっ」


気づいたら知らない景色に囲まれている

彼女と話に夢中になっている間に自分の帰路とは違うことに気づかなかった

どうしようかなと思っていると彼女の家に着いたらしく七原は立ち止まる


「私の家、ここなんです」


「そっか、じゃ、また明日」


スマートフォンを取り出し地図アプリを起動する


「先輩!良ければ...お茶でも飲んで行きますか?」


「特に用事といったものはないけど、いいのか?」


昨日今日話すようになった後輩、しかも女子の家に上がろうとするのもどうかと思ったが物足りなそうな表情をする彼女の顔を見ると断る事は出来なかった

彼女が引き止めるんだから親も今は居ないんだろう


「おじゃましまーす...」


七原は少し奥のドアに歩いていく


「お父さん、ただいま」

「友達来てるから」


ドアの向こうは見えないが父親がいるらしい

居るのかよ...

ちょっと気まずいな...


「超でかい音とか声出さなきゃ全然かまわんよ」

「パパも音楽かけながらやってるし」


部屋の奥から七原の父親の声がする

挨拶をしておかなければ...

まだ母親ならなんとなく居られるが父親となると緊張が増す


部屋の近くまで言って声をかける


「お邪魔してます、2年生の宝樹といいます」


彼女の父親はヨレヨレのTシャツを着ている

右手にはペンを持っている

何か書類の作業でもしていたのだろうか

緊張が走る


「......」


目が鋭くなった

う、しばき倒されるかもしれない


「ほら、チョコレートだ」

「作業しながら食べるためいっぱい持ってきてたんだ、宝樹くんも食べなさい」


そう言うと彼はカラフルな小さい筒を3本ほど渡してくる


「頭使うだろ?学生は特に」

「じゃ!ゆっくりしてけよ!」

「あ、霧果?ママから連絡あったぞ。明日は帰るって」

「じゃ!」


バタン、とドアが閉まる


助かった...というか

すごい良い人だったな...


「こっちです」


彼女は廊下の途中にある階段を上がっていく

2階に彼女の部屋はあるらしい

ここ最近では雷以外の女子の部屋に入った事がないから少し緊張する


「どうぞ」


ドアを開けて待っている彼女に会釈をして中に入る


見たことがある深夜アニメのフィギュアやゲームのポスター

あまり知らないキャラのアクリルスタンドなんかも飾ってある

一言で言えばオタク部屋だ


ひとつのタペストリーが目に入る


「これ、インヴェリオンのか」


「え、知ってるんですか!?」


同好の士がここに居たのかと目を輝かせている

いつもの静かでクールな印象とは違う


「主人公のレイズが好きなんですよ!」

「必殺技のモーションがカッコよくて!」


「俺もレイズ使ってたよ、サレンドも使ってたけどな」


「良いですよね!サレンドも!」

「クールでレイズとの掛け合いがカッコよくて...!」

「あっ、えと、その」


熱くなっていたことに気づいたのか声のトーンが落ちモジモジしている


「ゲーム...持ってるの?最近荷物片付けるの面倒でさ」

「ふーっ...」

「やれてないんだよね」


恥ずかしそうにしていた彼女はパッと明るい表情になってゲームソフトのたくさん入っている棚をいじっている


「私はお父さんともよく対戦してますけど先輩は?」


「オンライン対戦だな、引っ越す前は友達とも家でやってたけど」


モニターの前に座りコントローラーを握る2人


「じゃあエクレールでいく」


「サレンドじゃないんですか?」

「いいですけど」


2勝4敗


「いやあ、強いね」

「でももうわかった、サレンドで再戦しようじゃないか」


「いいですよ、きり..私には勝てませんから」


3勝3敗


「う、うそ」


「引き分けか、勝ちこせると思ったんだけどな」


「もう一回!もう一回しようよ!」

「し、しましょう」


だいぶ熱くなっているな

俺も本気だ


「上着を脱がせてもらうぜ」


冬服の上着を脱ぎ捨て肩を回す


「霧果、私だって本気を出しますからね!」


制服を脱ごうとする七原


「待て待て、ちょっと、ぬ、脱がないでくれ」


「あっ、ご、ごめんなさ...ぃ」


我に帰った七原は押し黙っている


「七原って家では自分のこと名前で呼んでるんだな」


「こ、子供っぽいからちゃんと私って言ってたのに...」

「つい興奮しちゃって...」


彼女は照れて上目遣いになっている

家でエキサイトしすぎてつい素が出てしまったのだろう


「光一はいいと思うぜ」


おとなしくて頼りになる後輩だと思っていたが結構無防備な性格なのかもしれない


「光一はそう思うぜ」


「い、いじわるしないでください!」


「いじわるなんかじゃないさ、好きに振る舞っていいんだ」

「七原にとっては俺は先輩かも知れないけど友達みたいにしてくれた方が」

「俺はいいと思ったんだ」


「ほ、本当ですか?」


「どっちでもいいけどそりゃ気を遣わない方が接しやすいだろう?」

「でも七原がやりたいようにしてくれ、気を遣うほうが楽ってこともあるしな」


ずっとかしこまられてるのも窮屈なのは確かだ

しかし彼女の気持ちを1番優先させるべきだ

あんなことを言っておいたものの友達というにはまだまだ出会って短いかもしれない


「...飲み物持ってきます」

「......」

「...光一先輩」


そう言い残し耳を赤くしながら部屋から出ていった


沈黙の部屋

少しあたりを見回す

見事なフィギュア、レアもののタペストリー、漫画も好きなようだ

棚の前に古い新聞の切り抜きが落ちている

日付は...5いや、6年前の新聞だ

拾おうかと思った時、部屋の外から足音がした

七原...霧果は戻ってきた


「ミルクティーとレモンティーどっちが好きですか?」


「じゃあミルクティー」


小さい紙パックのミルクティーを受け取りくっついているストローを刺す


「また対戦したり...ゲームで遊んでください」


彼女は素朴な微笑みを浮かべる


「望むところだ」


微笑み返す

時刻はもう7時半を回ろうとしていた


「そろそろ帰るよ、また明日な」


「先輩、またお話ししましょうね」


「おじさんにもよろしく!」


「おう」


居たのかよ


「お、お邪魔しました」


「また来いよ」


歓迎されている?

霧果の家に来た時、まさか父親が在宅とは思わなかったし

居るとわかった時は邪険にされると思っていたからなんだか変な気分だ

見送りまでしてくれるなんてな


霧果の家をお邪魔して地図アプリを起動する

うーん、ここはどこだ

方向的に家から反対ではないはずだが...


ナビゲーション機能をオンにして街を行く

すると通知が目に入る

もんみみ:光一?送れてる?

文面的に雨代だろう

そういやあいつとは連絡先を交換していなかった

雷に聞けばいいや、と思っていたら聞くようなタイミングを逃していたのだった


光一:雨代か?どうした?

返事を打つ

もんみみ:光一だね!よかった

もんみみ:家で待ってるね

光一:は?なになに?

既読がつかない

このやろう、何がしたいんだ


返事が返ってこないのでナビゲーションを再開する


雨代が待っているらしいし早く帰ろう

なんとかナビゲーションを頼りにアパートまで帰ってくると何故か俺の部屋の明かりがついている


俺の部屋の中で待っている、という意味か?

なんとなく流れが読めた

大家〜、このやろう


カギが開いておる、開いておるのお!


「ただいま〜」


中にいるであろう雨代に帰った事を伝える

リビングからどたどたと走る足音が聞こえる


「おかえり〜!」


笑顔で駆け寄ってくる彼女は両手を出す

...リュックを渡す


「ごはんにする?お風呂にする?」

「それとも〜??」


雨代はくねくねとうごめいている


「...それとも?」


「わ・た・し?」


自分で言っておいて何か赤くなっている

ふん、バカめ...


「じゃあ、雨代、お前にするよ」


靴を脱ぎ雨代ににじり寄る


「ひぁ」


こちらを見上げ小さい悲鳴が漏れる

ふ、恐れ慄くがいい


「なんでお前が居る、部屋の中に」


「倒置法!」

「服、返そうと思って!」


ああ、なるほどな

雨でずぶ濡れになったから貸してやった長袖のTシャツのことか


「洗ったか?」


「あ、洗っておいたに決まってるでしょっ」


「どこだ?」


「こっち」


雨代はリビングへ行きビニール袋に入ったそれを指差す


「おう」


中を改める

確かなんかのグッズで買った服だ

少し奇抜だから滅多に着ないためほとんど新品だ

服の中から何か白い布が落ちる


「なんだこれ」


落ちた布を拾い上げる


「ぎゃっ!?」


それを奪い取られる


「なんで一緒に入って...」


彼女は後ろ手に隠した

彼女の背後にあるものを覗き見ようと横へ回る


「見なくていいものもあるんだよ?」


雨代はそのまま背後をとらせず俺の動きに合わせて回転する

ニコ...と微笑んではいるがぎこちない顔だ

ふむ...


「...パンツでも入ってたのか?」


頭突きが飛んでくる

雨代の頭を両手で受け止めて押さえ込む


「わかった、わかったからやめろ」

降参の意を示す


「きょ、今日はその服のお礼にこの私、雨代が手料理を作ってあげましょう!」

胸を張り手を腰に当てる

手から白い布が顔を覗かせている、そいつと目があった気がした


「雨代って料理得意なのか?」


「いや全然」

こいつ何言ってんだ


「女の子がキミのためだけに料理を作ってあげよう、って言ってるんだよ?」

「男の子はこういうのに感謝をするはずなのに」

ありがたいが...料理得意じゃないって言い切られると少し不安のが勝るが...


「じゃあ、作ってくれ」

「感謝」

手を合わせておく


「ふふーん、材料は持ってきたから安心したまえ!」

彼女は得意でもないのに得意顔だ

うーん、とりあえず材料の件は助かる


「ありがとな」


「さ、最初からそう言えばいいのに」

自宅から持ってきたのかエプロンを取り出す


「ご飯にする、か」

帰ってきた時の雨代の言葉を思い出す


「なに作るんだ?」


「それはできてのお楽しみ」


「時間かかりそうか?」

「かかりそうだったらお風呂入っちゃおうと思うんだが」


「えっ...ま、まあ?時間はかかるかもだけど?」


「じゃあ入ってくる」

「覗くなよ?」


「さっさと入れ〜っ!」

おたまを振り上げて威嚇してくる彼女を放置して必要なものを手に取り脱衣所へ向かう


「お風呂にする、か...」

ひとりごつ


いつもはもう少し長風呂をしてゆっくりするのだが雨代が料理をしているらしいので早々に湯船と別れ風呂場から出て体を拭く


脱衣所のドアが開く


「そろそろでき...」

彼女はまだ風呂場に居ると思っていたのか大声を出していた


「きゃう、トランクス派...」

知ってるだろ

自分で入っておいて顔を赤くしている

というか俺の方が下着、下着姿を見られてるのは一体なんなんだ


「ボクサータイプも持ってるぞ」


「ぼ、ボクサー?」

「やっ、そうじゃなくてもうそろそろ出来上がる、よ?」


適当に家着を着てまだ湿り気のある頭をタオルで拭きながらリビングへ向かう


いいにおいがする

温野菜のような少し甘いにおいだ


「何を作ったんだ?」


「じゃーん、ポトフー!」

あんまり鍋の中は見えないが作り上げたもの前でポーズをとっている


「いいにおいがする、上手くできたのか?」


「うん!」

気持ちのいい笑顔でこっちを見る


「ちょっと不安だったけど、勉強したし!」

へえ、勉強をですか...


「じゃあいただくとするか」


「一緒に食べよっか」

雨代は出来立てのポトフを小丼に盛っている

注がれるスープの音に食欲がかき立てられる

そして次は味噌汁茶碗に少し注ぐ

小丼を俺の方に置き、味噌汁茶碗の方は彼女の目の前に置く


「他のおかずとかはその...買ってきちゃった」

コンビニの袋から小さい弁当が出てくる

まあ米まで炊いてたらもっと時間がかかっただろうから仕方ないことだ


「服貸してやっただけなんだからそんなにしなくてもいいのに」


「いーや、それじゃ雷に胃袋掴まれちゃう」

対抗心があるらしい

確かに雷の料理は美味しい

しかし胃袋は俺だけのものだ!


雨代の作ったポトフは少し味が薄かったがまずいというほどでもなかった

野菜には味がそこそこ染み込みイケる

調味料が足りなかっただろうスープは淡白なもう一つというところだった


「うまいよ、これ」

「俺好きな味だな」


「そ、そう?」

「ちょーっとだけ味が薄かったかな〜なんて思うんだけど」

「ま、まずくない?」

不安そうにポトフの感想に耳を傾けている


「ああ、確かに薄いかもしれないけど美味いよ」


「あ、ありがと...」


「ご馳走さま、ありがとうな」


「う、うん」

「おそまつさまでした」

もう夜もだいぶ遅い時間になっている


「送っていこうか?」


「ううん、大丈夫、そんな遠くないから」

そういえば雨代の家の場所を知らない気がする


「いいなー、このアパートに住んでたら雷とも一緒に学校行けるのに」


「朝ご飯も作ってくれるしな」


「うそ!?あ、朝ご飯も...!」

「え...一緒に朝食べてるの?」

雨代は照れながら驚いている


「毎日じゃないぞ、1、2回くらいな」


「あ、朝一緒に起きてたりするの?」

彼女は控えめな声で質問してくる


「え?」

「いやいや、家で準備してたりしたら声かけて来たりさ」


「ふ、ふーん。そうならいいんだけど」


「何がだよ」


「一緒に、ね...寝てたりしたのかと思って...」

「調子悪いのも知ってたし...」


「学校一緒に登校しようと誘っただけだ」

「隣に友達が居るのに誘わないのも変だろ?」


「そ、そっか...」

「お、起こしに来てあげようか?」

どこまで対抗心を燃やしているんだ


「そしたら3人で学校行けるしさ!」

まあ確かに雨代が朝、登校の時にいたら賑やかかもしれない


「はは、それもいいな」

からかい甲斐のある賑やかな雨代

ニコニコしてて俺のボケにも軽く乗ってくる雷

良いバランスなのかもしれない


「じゃ、今日はもう帰るね」

立ち上がる雨代

見送るため玄関まで着いて行く


「また明日」


「またね!」

そう言いながら手を振って踵を返す

彼女は歩いて遠ざかって行く


少し早歩きで、夜闇に透き通った髪をゆらせて


部屋へ戻る

キッチンには汚れた食器や調理器具がそのまま置いてあった

片付けはセルフサービスということか


雨代の作ったポトフがまだ少し入った鍋を端に追いやり片付ける


皿も調理器具も持って来ていたらしい

こんなの家になかったからな


預けたものを返して何かを預けて帰るとは...雨代はこういうやつだ


一通りキッチンをキレイにし終わり休憩をする


なんとなくスマートフォンを起動するとトーク画面が出ている

帰った時に雨代に一声かけようと開いたが俺の部屋の明かりが付いていて内に居ることがわかったからそのまま閉じたのだった


雨代とのメッセージのやり取りを眺める


そのまま雷とのトーク画面を開き、次に霧果とのやり取りを見直す


そういえば霧果の部屋にあった新聞の切り抜き、なんだったのかな...


特に散らかっているわけでもなく様々なキャラグッズが場を支配しているカラフルななか古くなった新聞の色が目に焼き付いている


小さくて日付しか読めなかったし考えてもわからないので考えるのをやめた

いや、やめたかった

何か嫌な感じがした

霧果が夏の消失を調べている事と関係があるのかもしれない

そうだとすると新聞に載るような事と関係しているのか?


わからない

彼女が何かを掴んでいたのであれば俺に協力を求めることもなかっただろう

たまたま当時の新聞が手に入ったのかもしれない

大きな事件があったら雷や柊先生が教えてくれていただろう


思考を放棄してタブレット端末で適当に動画サイトを見る


動画サイトのサーチ欄を開き

返願祭、と検索をかけてみる


自治体がアップロードしたであろう動画や個人が遊びで撮った動画がいくつか並ぶ


他所の祭、といった感じで特に目につくものはない

地元の祭もこんな感じだった

開催期間が他の祭とは違って7日もあるくらいでそんな変わった事はないようだ


この動画のどこかに日誌部の部員やその家族が写っていたりするのだろうか


流し見をして違う動画を見る

眠気がそこまで来ている気配を感じ横になる


もう明日が来る

意識が闇へ溶けて行く


夢を見た

人を探す夢

人ごみで視界が塞がれる

誰かの...

後ろ姿、横顔を探している

来た道を戻って人の往来から逃れる


5月4日


「あ〜さ〜だ〜よ〜」

キッチンの方から雷の声が聞こえる


またいつもの手法で俺の部屋に入って来たらしい


何か変な夢を見た気がする

リビングへ行こう


「おはよ〜」

雨代がリビングでくつろいでいる

てかなんでお前までここに居る


「おはようございます、お嬢様」


「お、お嬢様、だ!」

彼女は照れながら威張るように声を張る

何いってんだ


「えーと、なんで2人はここにいるのですかな?」


「朝ご飯3人で食べようよ」

「雷はもう作ってるよ?」


「もうちょっと待っててね〜」

キッチンの方から雷が声を出す


「へえ...」

雨代は昨日言った事を早速実行しようとしているらしい

3人で登校か...

真のやつに見られたら

おまえなーッって怒るんだろうな


学校への道中


「おまえなーッ!!!!!!」

思ってた10倍声がデカい

真は俺と雨代、雷を交互に見ている


「あ、一上さん、日良坂さん、おはよーぅ」


「おはようさん」


「お前は怒られたほうがいいぞ!」

誰にだよ


「調子に乗ってっとぶっ飛ばされっぞ」


「お前には無理だ」

と、声を低くして雨代はドラゴン某ルの某天津飯の真似をしている


雷が一言発する

「チャオズは起きてきた」

なんかちげえよ


背後からゆなかの声がする

「チャオズーッ!」


あはは、賑やかだなあ

文句を言っている真を無視していたら学校に着く


「じゃー、後でねー」

雨代は自分の教室のある廊下の奥へ歩いていった


「まったくけしからん」

まだ言ってるぞ


「実はな、今日。朝起きたらあの2人が部屋に居たんだ」


「ゆ、夢、の話をして、してるんだよな?」


ゆなかが質問を挟みこむ

「カギ開いてたの?」


「いや、大家さんがテキトーで、俺の知り合いだって言えばカギ開けちゃうんだよ」


「うっかり裸で家の中過ごせないわね」


「え、ゆなかさん?」

「ゆなかさんは家で裸なんですか?」

真がキョトンとしている

いや、俺も「え?」ってなったけどさ


「家で裸だったらなんだって言うのよ」


「そういうこと、あんま言わない方がいいですよ...?」

真はそう言って遠い目をしている


チャイムが鳴り学校での1日が始まる


そして学校での1日が終わる


「おい、付き合え」

真は後ろを向き頭の横で親指を廊下側に突き出している


「なんだよ」


「いいからいいから」

廊下まで着いて行く


「昨日、お前あの後輩と教室から出ていったよな?」


「ああ」


「俺の独自の調査ではその後一緒に帰っただろ」


「そうだが」

また何か変な事を言うつもりらしい

というかなんだその調査は


「ぶっちゃけ誰と付き合うつもりなんだ?」


「は?」


「お隣で朝食や夕食を食べる仲の一上さん」

「だいぶお前に懐いている日良坂さん」


「懐いてるって犬か猫か」


「そしてあの後輩ちゃん」

「誰が好きなんだ?」


「誰って...友達と後輩、それだけの関係だ」


「でも誰が1番好み、とかあるだろ?」

「い、一上さんはこう、ふにゃ〜と柔らかな雰囲気がいいよな。胸もデカいし絶対柔らかい」

こいつ...


「日良坂さんは...なんかやんちゃで無邪気な笑顔が良いよな...髪も綺麗だしいい匂いしそうだし」

このやろう...


「えーと後輩ちゃんは...七原ちゃんだっけ。1年とはいえすっげえ小柄で愛くるしい見た目をしてるよな〜。静かな立ち姿とか、俺が守ってあげたい!みたいな」


「お前なあ...」

確かに3人とも魅力的なところはある...

「それがどうしたんだよ」


「おまえはだれが、いちばん、このみなのか、って聞いてるんだよ!」

「強いて言えば、で良いから聞かせろよ!」


「別にそんなんじゃないが...」


「なるほどな...」

「お前は悪い奴ではないと思う」

「彼女にするならしっかり優しくしてやれよ?」


「なんにも言ってないが...」

勝手に納得している、なんだこいつは


「お前はな、恵まれている」


「俺はな、お前もいい顔してると思うけど」


「おい、俺を落とそうとすんじゃねえよ」

満更でもない顔してやがる


「いい顔してるが、言動がよくない」

「黙って真剣な顔して立ってろ」

「きっと女子に好かれるぞ」

「黙って立ってろ」


「黙って立ってろ、じゃないよ、あんた」

「でも俺そうしてたら彼女できるかな?」

こういうバカなところがよくないよな...

でも悪い奴じゃない

お調子者すぎるとこがちょっとな...


「おい、お調子者すぎるとこがちょっと、とか思ってるだろ」


「も、もういいか?」


「......」

真はキリ...としながら立っている

そうだ、それでいい

きっと後輩とかなら好きになってくれる人でもいるんじゃないか?

見た目はまあまあ爽やかなんだし

そのお調子者なところ知らないから...


ということでキリリと済ましている真を放っておいて教室に戻る


不思議そうな顔をしたゆなかが声をかけてくる

「何話してたの?」

「なんかあいつ興奮してたけど」


「あー、彼女欲しいって」


「真、良い人ではあるのよね」

「この前自転車も直してくれたし」

そういや雷に街の案内をしてもらっている時にそんな事を言っていたな


「あいつとは同じ中学だったの、3年間クラス一緒よ?なかなかないでしょ」


「そりゃすごい」


「2年生の時、先生が事故で大怪我をして学校休んだことがあったの」

「そしたらあいつ、みんなでお見舞い行こう!ってクラスのみんなに言い出して」

「その日のうちに行ったのよ」

「あんまり大勢だと迷惑だからって学級委員長とか希望する生徒数人を連れてね」


「良い奴だな」

今、廊下でバカみたいなことをしているのが嘘みたいだ


「見た目もそこそこ整ってるのに普段の言動がね...」

「ちょっとえっちな事も言うし」


「まあそんなもんだよ、前の学校でもエロい事言う奴は居た」


「宝樹くんも?」


「さあ、どうかな」

ニコ、と顔を作っておく


衝撃を右肩に感じる


「かえろー」

頭突きと共に雨代の声がかかる


「いたい、おい、いたい」


「よわっち〜?」

ニヤニヤと人をからかう顔をしている


「コラ、しつけをするぞ」

目の前で手をチョップの形にする


「ひあっ」

小さい悲鳴をあげて彼女は身を少し屈めて頭をかばう


雷が横から顔を出す

「しつけ?」


「ああ、この子は頭突き癖があります」


「先生、治りますか?」


「ええ、きちんと躾をすれば言う事を聞くよーになりますとも、はっはっは」


「よかったぁ」


「ちょっと!人をペットみたいに言わないで!」

雨代が抗議している


「はは、はっはっは」


「うふ、ふふふ」


「笑ってんじゃねー!」


「ほんと仲が良いのね」


「そういや雨代、なんで体操服着てんだ?」


「あ、これ?着替えるのめんどくさくて」

雨代は制服ではなく体操服を着ている


「そっちのクラスは体育あったのね」


「うん、もー帰るだけだし、いっかなって」


「うんうん、しろちゃんは体操服着てても可愛いね〜」

雷は雨代の頭を撫でている


「そろそろ帰ろう〜」

「今日はゆなちゃん、家来る〜?」


「今日も夕飯行って良いの?」


「いいよー。しろちゃんも来る...?」

そう聞かれた雨代は少し考え


「今日はやめとく!用事あるから帰るね!」

「またねー!」

そう言って彼女は教室を出て行く


「光一くん、今日は女子会だから誘ってあげられないけど夜ご飯は分けてあげようか?」


「女子会か...いや、ああ、ありがとう」

「いただきます」


「女子会、いいわね!」

「だらしない格好でもいいし」

だらしないのか?


この前、ゆなかは自分の家のように使っていたがまさか雷の部屋でも普段は裸で過ごしてるんじゃないだろうな...?


この前の朝、眠そうにしてぽやぽやとしていた寝起きの雷の姿を思い出す

うーん

2人とももしかして意外とだらしない...?


「私は先に帰って荷物置いたり必要な物用意したりしなきゃだから」


「ばいば〜い、後でね〜」


「ばーい」

彼女は教室からずしずしと歩き、立ち去った


「私は部活行くね」

鞄を持ち雷も立ち去った


さて、昨日はつい遊んでしまったが調査をしないとな


「今度男子会しようぜ」

真が肩を組んでくる


「なにすんだよ」


下駄箱まで真と雑談をしながら歩きそこで真に別れを告げる


メッセージアプリを起動して霧果のトーク画面を開く


光一:今から時間あるか?

少しした後返事が返ってくる

霧果:調べ物手伝ってくれるんですか?

光一:もちろんだ、まだ何もわかってないからな

霧果:今、図書室に居るので向かいます

霧果:先輩は今どこですか?

光一:下駄箱だ、こっちが行こうか?

霧果:いえ、向かいます

光一:じゃあ待ってるよ


アプリを閉じスマートフォンをしまう


程なくして霧果が現れた


「お待たせしました」

「行きましょう」


「どこに行くんだ?」


「図書館です、学校にない資料もあるかもしれませんし...その...」


「よし、じゃあ行くか」

何か歯切れが悪かったが気にせず彼女について行くことにした


6年もあったら図書館なんか真っ先に調べていたんじゃないのか?

と思っていたがなるほど...


あまり人の居ない図書館でしかも棚の高い位置にある本などが彼女は取ることができなかった、ということが図書館で今、目の前にいる必死に背を伸ばして奮闘している霧果の姿を見て理解した


「これか?」

横から目当てである本を棚から引き抜く


「う、わ、私背が低くて」

「こういう時不便なんですよね...」

「今日は先輩がいるのでその、ついてきてもらいました」


「小さいと確かに上の方にある物は取りにくいよな」


「は、はい...」


「よし、俺は今から上の方の本取りますマシーンだ」

「気になる本があったら言ってクダサイ」


「え?」

「...ほ、本取るだけのマシンですか?」

これは...薄めのツッコミとみた


「本シカ、取リマセン」

「役立タズダト?」


「ふふっ」

にこ、と彼女は微笑む


「じゃあお願いします」

彼女が指差す本を次々と取る


霧果は低めの棚にある本を指差す


「ココナラ自分デ、取レルダロ」


「マシンが人間の言う事に逆らうんですか?」

彼女は一瞬キッと睨み、微笑む


「こうなったら反逆だ」

そう言って指差す本を引き抜く

冗談も言えるじゃないか


そして引っ張り出してきた本たちを2人で読み込む


気候の本、世界で起きた珍しい事件の面白事典のようなモノが数冊だ


正直何にも情報がない


さっきの世界面白事典でインドかどこかで腕が2本以上あるという子供が生まれたというページを見つける


神様の生まれ変わりだ、とかそんな風に言われていて縁起の良い子だと話題になったらしい


神様といえば、と祭りのことを思い出す

祭りというのは神様のために行ったりするものだ


返願祭

名前と開催期間が少し長いということしか知らない

この前見た動画でも特に気になる様子もなかったが霧果に尋ねてみる


「返願祭ってどういうお祭りなんだ?」

「長いしただの夏祭りとは違うんだろ?」


「そうですね...お参りとは別に神様に感謝を伝えるためのお祭り、みたいな事を聞いた気がします」


「感謝、だから返願、祭...か」


「お祭り中は叶ったお願いのお礼を返すための期間なのでお賽銭は入れてもお願いはしてはいけない、みたいな決まりもあったはずです」

「それが...どうかしましたか?」


「いや、この本に神様の生まれ変わりだって子供が産まれたって事件のページがあってさ」

「神様といえばお祭りってどんなのなんだろ、って...興味本位さ」


「神様...」


こうしていくつかの本を読み漁り夏について調べているとあっという間に時間は過ぎていった

たまには雑談をするが基本2人とも黙って本を読み耽っているだけだ

不思議と心地のいい時間だ

好奇心を満たす、というのはなかなかの娯楽だし霧果と他愛のない話をするのもつまらなくはない


「霧...七原、もう帰らないと遅くなるぞ」

「お父さんも心配する」


「あっ、ほんとだ...」

「じゃあ途中まで一緒に帰りましょう」


「特に用事は無いから送ってくよ」


「せ、先輩も早く帰ってください!」

「先輩に何かあったら私だって嫌です」


「じゃあ途中まで」

はい、と頷く霧果と途中まで帰路を共にした


霧果もあまり夏の消失についての情報は無いようだった

うーん、そんな事が載ってる本なんかあるのだろうか


「また明日」


「光一先輩、さようなら。また明日」


「気をつけて帰るんだぞ!」

手を振って見送る


夜の空が顔を覗かせていた

冷たい風が吹く

家に食べるものがもう少なくなっていたことを思い出しスーパーにより夕食を確保する

おすそ分けがあるとは言っていたが明日の分や朝の分を確保しておこう


住処であるアパートが見えてくる

隣の部屋の電気がついている

今頃3号室ではたった2人の女子会が行われているのだろうか

特に聞いてないだけで他にも友達を連れてきているのだろうか


帰宅

俺が帰ってきたことに気づき雷が隣から夕飯を持ってくる

今晩のメニューはカレーだ

小型の鍋にルーをあつあつのご飯をタッパーに入れて渡してくれた

感謝を伝え別れる


夕飯を食べお風呂に入り横になる

今日あったことを頭の中で思い起こしているうちに睡魔が現れ闇へ連れ去って行く


5月13日


1週間ほどが過ぎた

雷に起こされたり起こしたり

時には雨代がやってきたり


昼食や夕食を誰かと食べたり


放課後は誰かと過ごしたり

帰路を共にしたり

霧果と本を読んだり調査を進めたり


六高にも慣れてきた


朝。雷は学校を休むとメッセージを送ってきた

その通知で目を覚ます


光一:大丈夫か?どんな具合だ?

雷にメッセージを返し寝ぼけた目をこすりながら起きる


雷:食欲はあるよ

雷:なにかたべたら横になってるね


少し心配だが変にかまって休むのを邪魔するのもよくない

安静に、と返信し登校準備を進める


登校中に真とゆなかを見つけ輪に入る


「雷、お休みしたのね」


「ゆなかさんが振り回してるんじゃありませんのぉ?」


「殴られたいの?」


「男を殴るなんて!」


「抑えといてやろうか?」


「なんで加勢しようとすんだよ!」


「宝樹くん、雷の顔は見た?」


「いや、メッセージで休むって報告されただけだ」

「あんまりこっちが声かけてもゆっくり休めないかと思ったしな」


「そうね...体調、良くなるといいんだけど」

ゆなかは心配してうつむいてしまった


少し重たい空気の中学校に到着する

教室に入る


昼休み、やっと一息つけると思ったが雷が教室に居ないことを思い出し少し寂しさを感じる


黒板の前で女子生徒たちが動画を撮っている

彼女たちの賑やかな声がさらに雷の居ない静けさを煽る


「心配ならお見舞いに行こう、流石に放課後になってたら多少良くなってるかもしれないし」

ゆなかに声をかけ、提案する


「え、ええ。そうね」

「お昼食べなきゃ私も元気出ないわ!」


「今日は日良坂さんも見ないな」

「いつもだったら」

「こ〜いち〜って教室に来るのにな」

まさか雨代も休んでいるのか?

と思った時教室の戸が開き彼女が姿を見せる


「お昼食べよー」

笑ってはいるが雨代も少し元気がない

雷が休んでいることをメッセージかなにかで知っているのだろう


「学食?」

雨代は黙っている俺に覗き込んでくる


「ああ、今日は学食だ」


「お前、学食の方が多いだろ」


「まーな」

適当に返事してゆなかに声をかける

「ということで食堂で食べよう」


「ええ、行きましょ」


カツカレーを頼み席に着く

食べ出すと少し気が晴れたのか雑談に花が咲く


「で、その彼女が実は」

ゆなかはじっくりと間を置く


「え、も、もしかして」

雨代がごくりと息を飲む


「そう、セイジロウが死ぬ前に彼の子供を身籠ってたのよ!」


「1人にならなくてよかった〜」

雨代は潤んだ目をしている


「え、死にそうになってたのにえ、えっちしてたってこと!?」

ゴン、と拳が真の頭に炸裂する


「あんたね、食事中にそういうこと言わないでよ」


「い、いや、その話の中心はお前だったろ...」

そう言いながら真は殴られた頭を慰めている


「え、えっちを......」

雨代は顔を赤くしている


「ほら、あんたがセクハラするから雨代ちゃん困ってるじゃない!」

「まったく...これは純愛の話なのよ!」

恋愛ドラマについて語るゆなかは興奮している


「いつ死ぬかもわからない男がさ...いや命の危機に体が子供を残そうと...」

ガッと音がして真の頭が揺れる

うーん、言わぬが花という言葉もある


「あ、愛の結晶だもんね...」

「じゅ、純愛っていいなあ...」

雨代はまだ顔を赤くして何かを言っている


「燃え尽きる命と新たな命、彼との絆の証拠なんだから!」


「ハッピーエンドではないけど、救いのある話だな」

そうなのよ!と興奮するゆなかは目に少し涙を浮かべている

そろそろ昼休みは終わりだ


放課後

雨代とゆなかと共に帰路へ

真は用事があるとかなんとかで早々に立ち去った


ゆなか

「お見舞いに何か買っていきましょ」


「賛成ー」


「意義なし」


そうしてお見舞いを調達しアパートへ着く


ゆなかは3号室のインターホンを押す

ドアが開く


「あ、ゆなちゃん」

顔を出した雷

声に弱さは無いが少しダルそうな目をしている


「だ...大丈夫...?」


「朝よりは元気なんだよ」

ニコ、と笑い雨代の頭を撫でる


「これ、お見舞いだ。スポーツドリンク、栄養剤、バナナ」

先ほどみんなとコンビニで買ったものが入った袋を差し出す


雨代はしょげた顔をしている


「朝より元気なら少しは良くなったのね」

「じゃあ私たちはお暇しましょ、あんまり居座っても雷がしんどいだけだわ」


「あ、ありがとう」

「お見舞いも嬉しい、よ」

「ありがとうね」


感謝を口にする彼女は弱々しく見えた


「雨代、湯ノ永和、俺んとこ寄ってくか?」


「そうね、ちょっとお邪魔しようかしら」

「ああ、雷、何かあったらこっちに居るから呼ぶのよ!」


「うん、じゃあゆっくりさせてもらうね」

3号室のドアが閉まり雷が廊下を歩いて行く音がかすかに聞こえる


「あんまり元気そうではなかったな」


「あの子が朝よりは元気って言うんだからきっと良くなってるわよ」

「何かあったら呼べって言っておいたし」


雨代は黙りこくっている

元気のない雷の姿に相当ショックを受けたようだった


「雨代、何か飲むか?」


「え、あ、うん」


「何がいい」

「と言っても麦茶とコーラと水しかないけどな」


「じゃあコーラもらうわ!」

ゆなかが場の空気を変えようと気のいい返事をしている


「おう」

「雨代?」


「コーラ」

ふう、俺のコーラが火を吹くぜ


コップにコーラを3つ注ぎテーブルに置く


「どうぞ、座ってくれ」


「当たり前だけど作りは雷のとこと同じね」

「まあ少し殺風景な感じがするけど」


「ちょっと前に引っ越してきたばかりだからな、これでも物は増えたんだ」


「うんうん、ゲームとか前出てなかったもんね」


「男子の部屋なんかそうそう入んないから新鮮だわ」

「本当にあるの?」


「なにが」


「やらしい本とか」


「や、やらしぃほん!?」

雨代が顔を赤くした、反応してんじゃあないよ


「真とかバカな男子が教室でよく喋ってたのよ、真とかバカな男子がね」


「えっちなほん...?」


「や、いやいや」


「実物、ちゃんと見たことないのよね」

キョトンとしている

なんでだよ


「...実物を見たいがために寄ったのか」


「そういうのドラマでも見たわ!」

「彼氏の家にあったから彼女が泣いて破り捨ててたのよ」


「こ、光一?」


「ないです」

「普通に」

これは本当だ

しかし...ゆなかは実は危険人物かもしれない


「雨代ちゃん、基本はベッドの下よ!」


「えっ、出てきたらどうしよっ」

ないっつってんだろ


「湯ノ永和ゆなかさん、俺の家には無いけどさ、あったら気まずいから他のとこではやめときなさいよ?」


「ないんだ...」

雨代の声のトーンが下がる

なんでちょっと残念そうなんだよ!


「なんでちょっと残念そうなんだよ!」

もう、声にも出ちゃったよ!


「あ、いや、あはは、別に」

顔を赤くしている、どういう状態だよ



「ないんだ...」

ゆなかさん?

なんで、なんでよ


「なんでそんなに見たがってるんです?」


「本当にあったらすごい!って思うじゃない!」

危険人物だ、こいつ


「きっとスマホの中よ」


「...」

「データなんだ」

雨代はジトっとした目でこっちを見てくる

見るんじゃねえ

こんな展開になるなら部屋入れなきゃよかった...


「もー、そんな顔しないでよ、半分くらい冗談だから」

ゆなかは笑い飛ばしているが...


「がっついておいてそういうのがどっかにあっても引くなよな」

この前、雷の部屋で一緒に夕食を食べた時も思ったがゆなかは大人向けのものが結構...いやかなり好きなのかもしれない

あの時見ていたドラマもだいぶ際どかった


こういうのはエロい、とは違うのだろうか...?

真のとほほ、という顔が頭に浮かぶ


「じゃ、じゃあ光一はど、どんな女の子がす、好きなの?」

雨代が目を逸らしながら聞いてくる


「じゃあ?」


「お!いいわね、女子トークっぽくなってきた」


「ここに男子います、ここに」


「ここに来る前に好きな子くらい居たんじゃないの?」


「い、いたの?」


「いや...特には」


「じゃあどんな女の子が好きなのよ」

くそ、責苦を受けている


「一緒に居ても気を張らない...そんな相手がいいかな」

ぶ、無難に行こう


「ふーん...」

「参考になったわ!」

なんのだよ


「私は背が私より高くてしっかり筋肉があって、イケメン、ってわけでもないけどかっこいいオーラがあって」

この後ゆなかはいくつかの条件が挙げられていたが俺の脳はこれを処理しなかった


「いけないっ、もう帰らないと」

「3ヶ月の君、見ないといけないから」

ゆなかは急いで帰宅した

あいつ気を1回許したらずるずるずるずる相手を自分の領域に食い込ませてくる術式を持ってるな


「じゃ、その...」

「雷のことお願いだよ」


「ああ、隣にいるんだ、明日は休みだし」

雨代は親友である雷を心底心配しているようだ


「こういうことは何回かあるのか?」


「...たまにね」


「いつもよりひどそうなのか?」

「こんな状態になってるって俺知らなかった」

「何か持病が...?」


「病院にも行ったよ。でも大体は貧血、過労とか」

「そーいう診断結果しか出ない」


「俺の前でも苦しそうにした時があったんだ」


「えっ」

雨代は小さく驚いて俺の顔を見る


「まだこっち引っ越してきてすぐのことだ」

「その時は5分くらい休憩したら調子を取り戻したんだ」


「そっか...」

「なんで、なんでなんだろう」

彼女は下を向いてそう呟いた


「原因もわからないんだもんな...」

一瞬の静寂

誰もこの部屋に居ないかのような静けさを感じ、心拍数が上がる


「私も...そろそろ帰らなきゃ」


「雷がこの後元気になったら連絡するよ」


「うん、雷から私の方に連絡来るだろうけど!」

イタズラじみた笑顔を向けて彼女は帰るため立ち上がる


「送って...いや気をつけて帰るんだぞ」

ここで送って行くなんてことをしたら雨代はきっと怒るだろう


「じゃあ、またね!」


「おう」

ときどき振り返りながら帰って行く彼女の姿を見つめながらさまざまなことを思い返していた


雨代の姿はもう見えなくなった

部屋に戻る

やはり雷の様子が気になる...

メッセージを送ることにする


光一:体調はどう?

数分後、返事が返ってくる


雷:うん、だいぶまし

雷:心配ないよ

起きていたか...


光一:少しそっち行ってもいいか?

心配ないかどうかを確かめたい

返事がすぐ返ってきた

雷:いいよ?


送られてきたメッセージにいいねをしておき玄関へ向かう


ほぼ同時に3、4訪室のドアは開く


「ど、どうぞ〜?」

ドアを開けてこちらへ微笑んでいる

3号室へ入り部屋へ上がる


「やっぱりちょっと様子がきになってな」


「うん...もう大丈夫」

顔色は悪くない

嘘は言ってないようだ


「あ、ありがとうね。心配して来てくれたんでしょ?」


「そりゃな、でも良くなったみたいで安心したよ」


「うん、明日は学校.......休みだった!」

笑う雷につられて笑う


「ははっ学校行ってもいいぞ」

「授業ないしな」


「部活はあるよ〜」


「雷の部活は?」


「基本的に自由参加」

「でも大抵5、6人はいっつもいるよ」

「私、かわいい服とかぬいぐるみ作ってる」

「でも今日みたいに休んじゃうこと、あるでしょ?」

「だから他の部活は迷惑かけちゃうし、今の部活でよかった!」


部活というと連帯責任や常に上を向いていてなかなか暑苦しいものを想像してしまうが今はなき日誌部といい六高の部活はだいぶハードルが低いものもあるようだ


楽しそうに部活の話を続ける雷を見て心配が薄れていく


「あっ、お茶出すね!!」


「いいよいいよ、そろそろ帰るとするよ」

隣にな


「...居て」

「今日ずっと1人だったから」

「ヒトニウムほしい」


「ヒトニウムが俺にもあるのか」


「うん、悲しい殺戮ロボットにはもう心がある」

「それはもう人間なんだよ」


「この。俺、が?」


「もう、大丈夫」

雷はお茶を注いだコップをテーブルに置き俺の背後に座り頭を撫でる


「こういうこと、昔もあったよね」


「位置が逆だけどな」


夏の日

もうすぐ地元に帰らないといけないことをあの公園で...

雷と遊んでいる時に告げた

夕暮れにはまだ程遠い太陽の日差しが強い中

俺が帰るということにびっくりした雷は泣きそうになってしまった

この日は雨代はいなかった

公園で遊ぶ幼児が数人

その子たちの親も居ただろう

数カ所あるベンチの1つで雷は泣くのを堪えていた


泣きそうな雷の顔に俺も驚いたがまずは泣きやむようにしなきゃ、と頭を撫でることしかできなかった


どれだけの時間が経ったかその時はわからない

きっと5分もないはずだったがすごく長い時間だと感じた


そのうち雷はもっているぬいぐるみに代弁させながら落ち着いていき、笑った


近くを通る車の音が聞こえて

風がゆっくりと頬を撫でた


その数日後、俺は地元に帰った

そんな遠い日の記憶


「ヒトニウム吸収成功!」

頭から手が離れる

しかし雷はその場を離れようとはしなかった


少しイタズラをしてやろうと上を向き頭を少しずつ後ろへ下げてそこに居るであろう雷へ迫る

腹筋がんばれ

少し体を逸らした程度では雷には届かなかった

きっと黙ってどこまで頭が来るのか見ているのだろう

もう腹筋も無理だというくらい座ったまま体を後ろへ逸らしているがぶつかることはない

目で探すこともなく最後まで体を逸らして床との接触で頭に衝撃が来ることを予想し身構える

最小限に勢いを殺して頭を地面に預ける

視界が揺らがないように目を閉じる

く、雷はどこまで逃げたんだ

見てるんだろ、この姿を

と、ポフと柔らかなものが後頭部に接触する

目を開けると逆さまになった雷の顔が見える


「到着〜」

ニコっと微笑み頭を掴んでくる

おや?

どうやら頭の下にあるのは雷の脚だ

いわゆる膝枕という状態だ


「捕まえたよ〜」

膝の上にある俺の頭を揺らす


「お、おうおう、お」


「膝枕って言うけどこれ、太もも枕だよねえ」


「確かにな...」

真の顔と言葉が思い浮かぶ

「「胸もデカいし柔らかい」」

雷の顔と共に彼女の大きめの胸が視界を支配している


「どうしたの?」

不思議そうに、楽しそうに見つめてくる雷に勝手に気まずくなり顔を逸らす


「そ、そろそろ解放してくれ」

よく考えれば膝枕なんか恋人同士がするような状態だ


「光一くんから頭持って来たのに」

子供っぽくイタズラな笑みを浮かべているのが声色からわかる

雨代ともゆなかともスキンシップの多い彼女からすると楽しく、恥ずかしいというような状況じゃないのかもしれない

捕まえた頭を撫で続けている


体を起こそうとしたが諦めて頭という人質を雷に預けておく


「ずっとこうしていたいなあ」


「禿げちまうだろ」


「それはイヤ!」

彼女は頭を解放した

起き上がる

少し照れくささがあるが顔に出さないように努める


「そろそろ部屋に戻るよ」


「うん、今日はありがとうね〜」

「ヒトニウムっ!」

謎のポーズでこちらを見ている雷

つい笑ってしまう


「ほんとにありがとう、バナナとか」


いいよいいよ、と手を振って3号室から出る


「おやすみ」


「おやすみ!」


雨代に雷が元気だというメッセージを送り部屋に戻る


今日も1日がおわる




5月14日


土曜日、学校も休みでアラームも今日はお休みだ

久しぶりにゴロゴロと適当な休日にしようかと思ったが隣の壁からコンコンと叩く音がする


雷がSOSでも送っているのだろう

朝というには遅く昼というには早い時間

3号室へ行きドアを同じくコンコン叩いてみる


ドアが開き雷が顔を出す


「おはよ〜」

すっかり体調は戻ったらしい、SOS信号でなくてよかった


「おう、おはよう」

「どうした?」


「しろちゃん呼んでお昼食べない?」

「というかもう呼んではいるんだけど」

「光一くんさえ良かったら」


朝も何も食べてないし昼に何かを用意することも考えていなかった


「俺と雨代だけか?」


「うん、そうだよ」

「ダメ?」


「お邪魔させていただく」


「よかったぁ」

雷に雨代が来るまでの時間に顔を洗ったり着替えたりなどすることを伝え部屋に戻る


洗濯機はウチにある

というか家電は大体揃っている

食洗機なんかはないけど贅沢は言えない

大家はすぐ俺の知人と知るとカギを開けるが家電や家具をきっちり揃えてくれているので文句は言いにくい

まず家賃自体タダだし...


そうして適当にすることを済ませる

スマートフォンに通知が届く

霧果:先輩、時間ありますか?

光一:昼すぎからなら予定はないぞ

すぐに返事が届く

霧果:では夕方や夜はどうですか?

光一:いいよ


今日もきっと調べ物部だろう

しかし夕方や夜ということはどこかに調べにはいかないのだろうか

そう思っていると玄関のドアが開き呼ばれていたあいつが姿を現す


「おーっす、光一!」

雨代がお目見えだ


「いや、ちょっと待て」

「今、カギしてたよな、玄関」


「合鍵もらっちゃった!」


嘘だろう?

雨代は俺の部屋のカギをチャラチャラと振っている

大家、今日は文句を言わせてくれ...


「用事あるたびに大家さん呼んでたら迷惑だもんね」


「俺が迷惑だとは思わないのかな?雨代ちゃん?」


「め、迷惑?」

何が?誰に?という顔

こいつ...


「例えば俺が朝風呂にでも入ってそのまま服を着ずこの辺でうろうろしてたら、どうすんだ」


「......」

雨代は顔を赤くしている

なんか言えよ


「例えば俺が湯ノ永和みたいに家では全裸で過ごしてるとしたらどうする」


「えっ、ゆななんて家では裸なの!?」


「知らんけどなんかそんな雰囲気のこと言ってたが...」


「ゆななんの裸想像したでしょ」


「してない」

「お前こそ俺の裸を想像したんだろ」


「......」

手で顔を覆っている

また勝手に顔を赤くしている

追い討ちしよう

「すけべ」


「は、はあ?」

「違うけど?」

「絶対」

何が絶対違うんだ


「ほー?なんでじゃあ顔を赤くしていらっしゃりますか?」


「あ、赤くない」


「赤い」


雨代は頭突きを繰り出した

言い返せないからって頭を出すとはな...


「よいしょ」

と、彼女の頭を右手で押さえ込み

右手を軸にしたまま彼女を中心に左へ回る

勢いを殺したものの体勢を崩した彼女は奥へ体を滑らせ倒れる

べち!と音を立て

「うげ」

小さく断末魔を発生させ床に寝転がっている

彼女は倒れたまま何か文句を言っている


「頭突き、危ないからやめとけよ...」


「くそー!」

俺と雨代の対戦の音が聞こえたのか玄関が開く


「うーん、しろちゃんの負けー」

雷は俺の左手首を持って上に持ち上げ勝者の栄光を発揮させる


「もーッ!」

雨代がうめいている

悔しそうだ

いいぞ、悔しがりな


「なんで顔を赤くしてらっしゃったんですか?」

雷は俺と雨代の会話を何故か知っていてさらに雨代に追い討ちをかける


「うるさいなあ!こ、光一の、は、裸を想像したからです!」

「これでいい!?」

逆ギレしている


「しろちゃんのえっち」

と、雷の攻撃


「どすけべが!」


「う、雷だってえっちなとこにほくろあるじゃん!」


「んぎゃあ」

雷は奇怪な悲鳴をあげる

なんだえっちなとことは


「そ、そーいうのは禁止でしょ!」


「じゃあ雷の方がえっちということでいいね!?」

にこ!と雨代は勝利宣言

何がどうなっている


「しろちゃんは中1までブ」

雨代が雷の口をふさぐ


「おふたりさん、傷を抉りあうのはおやめなさい」


「うるさい!えっちを誰かに押しつけるまではとまらない!」

世迷言を...


「しろちゃんは小3の時、プールがあるからって水着を下に着て来てしたぎっ」

雨代は雷の口をふさぐ


「もう、俺がえっちでいいよ...?」

このままだと2人の秘密がどんどん暴露されていく

アポカリプスは止めねばならない


「証拠は!?」


雨代は俺に声をぶつける

......

雨代にゆっくり近づく


「今から...雨代、お前にしてみせようか」

「いいんだな?」


「んにゃ!?」


雨代は顔を赤くして押し黙った


「私にはしてくれないの?」


「んにゃ!!!」

俺は押し黙った


「えっちなお二人さんにお昼ご飯作るね」

「私の部屋行こ?」

俺と雨代は押し黙ったまま部屋についていく


「じゃーん、今日は焼きそばでーす」


「うおー」


「うまそうだ」

青のり、鰹節も乗っている

具にはピーマン、ニンジン、玉ねぎ、豚肉が入っている


「「いただきまーす」」


「雷、おいしいよ!」


「うんうん」

雷は微笑み、自分が作った焼きそばを口に運ぶ


「ほんとに料理うまいな」

「今日のも絶品だ...」


「200円でーす」

俺は財布から200円を出し雷に渡す


「どうもでーす」


「雷、つけといて」


「どうもでーす」


「...雨代のツケはいくらあるんだ?」


「2億でーす」


「つけといて」

雨代がテレビの電源を入れる

ちょうどお昼のニュースの時間だ


「午後の玉脚市は風が強くなってきます、天気は曇り。洗濯物が飛ばされないよう気をつけましょう」

アナウンサーが天気を知らせる


そういやこの2人には夏がなくなった事について聞いていない気がする


「例年通り玉膝神社で開催予定である返願祭の準備が始まっています」

「自治会や運営委員会の方がスケジュールを決め開催までの準備をしています」


「7日間と開催期間が長い事が有名な返願祭ですね、私も行ってみたいですね」

コメンテーターが一言添える

返願祭か...


「柊先生に聞いたんだけどさ、6年前から夏が無くなったらしいんだよな」

「2人は何か知ってる?」


「あー、いつの間にか無くなっちゃったね」


「6年前...」

「6年前は夏はあったよ」

雨代は俺を見つめる


「あ、ああ、その年には残暑もなかったって言ってたんだっけ」


「残暑...」

雨代はその時を思い出そうとしているのか顔をそむけて黙った


「祭りの後だね」

「多分」

柊先生もそんなような感じで言っていたな...


「なんで?」

今テレビでここの祭りの話してたから柊先生もそんなこと言ってたなーって思って」

「2人ならその辺のこと知ってるかなと思ってさ」

「夏が無くなるってすごい珍しいことだろ?」


「そうだね〜」


「異常気象も6年目かー」

「来年は夏あるといいね」

雨代が向き直り微笑む


「ん、ああ」

「あんまり蒸し暑いのはイヤだけどな」


「ごちそうさま〜」

雷はお手製の焼きそばを食べ終わりキッチンへ皿を運ぶ

雨代はまだ皿に野菜たちが残っている


「おい、野菜が居場所求めているぞ」


「違うの!」


「違わない」


「焼きそばってなんか麺から無くなっていくの!」

そう言ってピーマン、ニンジンを箸でつかみ口へ放る


「まー、ほんとに違ったわあ」


「子供扱いはよしな」

そう言ってテキーラ(水)を口へ運ぶ

ガンマンの目だ...


「うまかった、ご馳走さま」

皿を持ち立ち上がりキッチンへ運ぶ


「また作るね〜」


「雷の料理は本当にうまい、料理で食っていけるよ」


「その通り!」

何故か雨代が胸を張っている

偉そうに


「付き人も勉強しろ」


「誰が付き人じゃ!」

吠えている

あはは、あはは


「午後はどうするの?」

雷は洗い物をしながら雨代と俺に問いかけてくる


「3時くらいには帰る!」

「用事あるし!」


「俺は夕方から予定があるだけだ」


「じゃあしろちゃんが帰るまではおうちで遊ぼーよ」

という雷の一言によりあんまり遊ぶようなモノがない雷の部屋から俺の部屋へと移ることになった

そして今は...


コントローラーを握っている



「それ私のジュエルだったのに!」

ほえる雨代


「は、最後に持っていた人間のモノだ」


「マネーはしろちゃんいっぱい持ってるね」


「マネーはいくらあっても1ジュエルには勝てないんだよ!」

「ってなんで雷がジュエル1番持ってるわけえ!?」


「ミニゲームも1番ビリケツなのにな...」


「「運が良すぎる」」

スピードォパーティー ジ アイランド

最大4人で遊べるパーティーゲームだ

ゲーム終了までにジュエルをどれだけ手に入れるか、というシンプルなルールですごろくのようなマップを交代しながら進んでいく


現在は雷がジュエル6つ、マネー25枚で1位をキープしている

俺は雨代からジュエルを奪いジュエル4、雨代は今さっき奪われ4になった

2位同士だ

苛烈なバトルだぜ...


そうして何故かゲーム終了時には全てのジュエルを雷が手元に収め1位、ゲーム終了


「わーい」

雷はふにゃっと笑って気の抜けそうな感嘆の声をあげる


「す、すべてを奪われた...」


「身ぐるみを剥がれたな...」


「裸で身を寄せ合い細々と暮らせ〜!」

「あ、やっぱなし」


「お前の身ぐるみを剥いでやる、持たざる者にすべてを奪われろー!」

俺は威嚇する


「きゃーっ!」

楽しそうな悲鳴をあげる雷を見て雨代はムッとしている

なんでだよ


「俺も身ぐるみ剥いでやるーッ」

そう言いながら雷に抱きつく雨代は逆に全身を抱擁され丸め込まれている


「ぐあ」

死んだか...

あいつはモンスターだ、舐めた野盗はしかばねと化すだろう...


「あ、もうすぐ3時になるけど大丈夫?」

雷は包み込んだ雨代へ声をかける

雷に丸め込まれた雨代が顔をあげる


「うそ!か、帰んなきゃ...」

そう言って寂しそうな横顔を見せた彼女は玄関へと向かう


「忙しいのか?」


「うん、また今度もっと遊ぼうね」

「じゃ、またね!」

アパートを出て玄関先で雷と見送る


「またね〜」


「気をつけろよー!」

遠ざかっていく小さな背中を目で追いかける

白雲のような髪が引き留めて欲しそうに揺れていた


「光一くんはこの後用事なんだよね?」

夕方か夜には霧果と夏の調査だ

あまり隠すようなモノでもないが霧果の都合もあるだろう

必要なことだけを言おう


「ああ、霧果...あの後輩と約束がある」


「あ!あの可愛い子と?」

「いいなあ、いいなあ」

「私もきりちゃんと遊びたいな〜」


「聞いといてやるよ、今度連れて行っていいか」

実際のところ雷は霧果をとても好いているようだ

彼女は少しメロ...興奮している...

きっといい友達になるだろう

霧果もアニメや漫画、ゲームが好きなようだしキャラものの話で盛り上がるかもしれない

雷はキャラだろうと人間だろうと可愛ければ好きなのだ

アニメの話もキャラが気に入れば楽しんで聞くだろう

2人が意気投合している妄想が少し脳内に広がった


「夜ご飯も用事がなければ一緒に食べよ?」

「きりちゃん連れてきてくれてもいいし」


「OK、OK、わかったよ」

「まだ時間はあるけどこの後はどうする?」

「このまま俺の部屋で遊んでいくか?」


「どーしよっかなー」

「確かに光一くんの用事まではちょっと早いけど」

と少し悩んだ後


「じゃあお買い物付き合って!」

「オゾンならそんな遠くないし、いいでしょ?」


「決まりだ」

霧果と調査するのに特に用意も無い

財布やケータイ、必要なものを持っていればそのまま霧果のところに行く事もできるだろう

いつもそうだ


「こんなところにくるときいてないです」

今、俺はオゾン(スーパーマーケットとテナントがくっついた複合商業施設)の中の女性下着売り場の前に居る

雷は中でいろんな下着を物色している

売り場の中にまで連れて行こうとする雷にチョップを喰らわせてここで待っている


あいつ、どこまで本気でどこまで冗談なんだ...

先日の寝起きのふにゃふにゃ雷を思い出す

そして売り場の中でカゴにいくつかの商品を入れている雷を少し横目で見る

線引きどこだよ!


そうして少し待っていると女性店員から声がかかる


「すみませーん、彼女さんがお呼びですよ」

「大丈夫ですのでこちらどうぞー」

そう言ってその店員は強引に俺の手を引っぱってくる

嘘だろ


「大丈夫、大丈夫ですので」

めちゃくちゃ笑って、微笑んで、はにかんでいる、微笑みの爆弾だ


「大学生?高校生かな?大丈夫ですよー」

大丈夫じゃないよこっちは


(来たーッ、初々しいカップルが下着を買いに来るのが1番この仕事やってて最ッ高の瞬間!)

(きっと一緒に来たからにはこの土日、やるのよ!)

(アレを!)

以上、〜店員の胸中〜


「あ〜、えー、一上さん?」


「光一くん、黒と白、どっちがいい?」

彼女は特に何かを手にしているわけではないが色で迷っているらしい

き、聞くかあ?

女性店員は少し離れた所でこちらの様子を伺っている

見せ物じゃねえぞ!


「な、何故それを聞く」


「うん?光一くんの趣味を、聞いているよ?」

この女、何を聞いている!?


「ね、どっち」


「し、しろ」


「わかった」

「何?」

「光一くんに見せるとは言ってないよ?」


「なにを」


「さあ、なんでしょう」

にこりと微笑む雷

向こうの方でさっきの女性店員が鼻血を出して転んでいる

倒れたいのは俺だよ


「も、もういいか?」


「つけてるとこ見たかった?」

「ダ〜メ」

微笑みながら言ってくる

くそ、俺のパンツ姿は見てるくせに

女性店員が他の店員に運ばれていく


無言で店の外へ出る

店員のアリガトウゴザイマスを浴びる

うるせえよ


雷が会計を済ませ店から出てくる


「ふふっ、ごめんね?」

「からかっちゃった」

「ね?しろちゃん、白、似合うかな?」


「雨代の話だったのかよ!」


「別の白いの持ってるの光一くん知ってるもんねー?」


「しらん、知らん知らん」

「ん?」

「雨代のを買ったわけじゃないんだよな?」


「......」


「雨代の...サイズを知っているのか?」


「知ってるよ?」


「......」

「雨代の下着なんか買ってないよな?」

「友達とはいえ、そんなモノ用意しておかないよな?」


「しろちゃん暑がりだからなあ、薄手の...」

「あ、なんでもないよ」


「......」


「家に置いてったモノならあるけど」

あいつどこでも何かを置いてってるな!


「たまーにね、泊まりにくるの」

「時間があってー、とかで」

「大体次の日が学校じゃない時ね」

「そうだ、光一くんに預けとこっか?」


「雨代に殺される、俺が」


「そうかな〜」

「しろちゃんかわい」

何をどう想像しているのかは知らないが雷は勝手に満足している


買い物...を終えアパートに戻る

5時を過ぎようとしていた


「じゃあ夜ご飯来れそうだったら来てねー」


「ああ、この後どうする予定かはまだわからないけどな」


「私は今からお風呂に入るね」


「いや、そんなこと宣言しないでいいから」


「今日買ったやつはつけないよ?」


「はいはい」

おちょくりやがって、適当に返しておく


「一緒に入る?」


「はいは、は?」


「うそうそ!あはは」

「じゃあ後でねー」

3号室のドアが閉まる

絶対今度朝寝ぼけてたら写真撮っておちょくってやる...


特に用意も無いので霧果の家へ向かう

メッセージアプリを確認した途端に通知が届く

霧果:先輩もう来れますか?

光一:ああ、今向かってるとこ。霧果の家行けばいいんだよな?

霧果:はい、待ってます

霧果:気をつけてくださいね

彼女のメッセージにいいねをつけてアプリを閉じる


霧果とは何回か夏の消失の調査を行なっている

図書室、図書館で気象の本を読んだり

世界中の珍しい事件、不可思議現象の本

オカルト本や夏を題材にした小説や詩集なども目を通した

調査の合間にゲームしたりアニメの話をすることもあったが基本的には調査のため集まっている


霧果の家へ着く

今日も親父さん、居るんだろうなあ

毎回居る、いつ行っても居る

どうやら家で仕事をしているようだった


玄関のドアが開く


「おう、待ってたぞ」

「霧果が」

で、出た!霧果の父親!

なんで出てくるんだ!


「まあまあ、あがりなさい」


「お、お邪魔します」

「ななは...霧果さんは?」


「今、キッチンで慣れないお菓子づくりをしているよ」

「甲斐甲斐しいねえ」

「君と俺のためにだ」


「あ、は、はあ」

「嬉しいです、ほんとに」


「俺の要望でクッキーだ、そろそろ出来るだろう」

まあ...仲は良いんだろうな、霧果の部屋で調査を進めている時もちょくちょくやってきてはお菓子を置いて行ったりゲームに混ざったりしている

そして何故か俺を気に入っている

どうしていいかちょっとわからないけど


廊下の奥から霧果が歩いてくる


「先輩!」


「何やらいい匂いがしますね」


「あっ!お父さん、なんで」

「というか言っちゃったの!?」


「だってクッキーが...」

わかりやすいへの字の困り眉で目を潤ませる彼

なんだよそれ


「...先輩は私の部屋行っててください、クッキー持って行きますから」


「わかった、お邪魔しとくよ」


「ゆっくりしていけ」

うん、少し慣れたよ

お茶目な人だ


2階に行き霧果の部屋へ入る

普段と変わった様子はない

アニメ、ゲームグッズがたくさんあるが決して散らかっているわけではない部屋

あんまり知らない古めのゲーム機も置いてある

彼女の父親のモノだろうか


その辺に座って待っていると部屋のドアが開く


霧果...ではなく


霧果の父親が颯爽登場

「やあ」

なんでだよ!


「もーっ!なんで居るの!」

「お父さんはまた後で!」


「わかったわかった、後で遊んでくれよ?」

そして彼はのそりと部屋を出て行く


「仲いいよな」


「ま、まあ、そうですかね」


「お茶目で面白い人だし」


「そうだろう?」

いつの間にか部屋のドアから顔を出している


「わかった、後でな」

霧果の無言の圧を受け退散して行く


「......」

「今日も始めるか」


「はい!」


今気づいたが霧果はちょっとおしゃれをしている...?


「あ、そのこれどうですか?」

彼女は俺の視線に気づき手を控えめに広げて服の全体を見せてくる


まさか、コスプレか!?


「あ、そう、そうなんですよ!」

「実は乙女ゲームの主人公の私服のコスプレで...」

「実際には完全再現ではないんですけど似た服を集めてコスプレプラス概念コーデみたいな感じにしてるんですよ」


「普段見ない感じだと思ったら、なるほどな」


「この服着てるのはユイって主人公の子なんですけどとっても優しくて、ああ優しい主人公なのは普通なんですが」

「珍しく胸がだいぶ大きいキャラなんですよ、だから最初は批判も多かったんですけどストーリーでそれをも活かす描き方をされてて」

「かっこいいなあ、って好きになっちゃって着てるんですが、やっぱり元々大きい胸のユイが着るから映えるのであってあんまり似合わないような失礼な事をしてるんじゃないかと心配してたんですが」


「そのキャラの見た目は知らないけど...俺は似合ってると思うよ」

「見慣れないだけで着こなせてるとはちゃんと思ったし」


「そ、そうだったらいいんですけど」

「わ、霧果自身じゃわからなくて」


「大丈夫、かわいいよ」


「あ、ありがとうございます...」

少しストレートに言いすぎたかもしれないが似合っているしかわいいと思った

霧果は顔を少しだけ赤くしている


「霧果ってコスプレするんだ?」


「あっ!えと...」

「はい、そ、外ではそうそうしないんですけど」


「また見せてくれ、好きなキャラや気に入ってる服とかあるんだろ?」


「また、み、見せますね」

はにかんだ彼女は定位置につく


そしていつもの作業が始まる


ある程度の時間が過ぎた

今回も特に進歩がない

いつものように天気、天変地異、異常気象、そういった本やインターネットで情報を探るがそろそろ限界かもしれない

俺たちでは6年前の9月ごろに何かがあって夏が訪れることがなくなった、という情報以外は辿り着けなかった

正直興味を少し薄れてきている

本を読んだりすることは楽しいが真相が掴めないことに疲弊していた


霧も少し意気消沈しているように見える

彼女は何故夏について調べているのだろう

そう考えていると部屋のドアが開いた


「どうだ、そろそろパパとも遊ばないか」

「な?」


「はー、うん、そうだね」

「何するの?」


「宝樹くんは何か要望はあるかい?」


「えーっと」

ふと時計が目に入る

8時も近くなってきている

雷が夕食を誘っていた事を思い出す


「あ、その霧...」

とっさに父親の前で普通に名前呼びするとこだと気づき言い淀む


「いいぞ、娘を呼び捨てにするのを許す」

お許しが出た...なんか逆に怖いんだよな


「えっとですね、俺の友達が俺と霧果のことを夕飯に誘ってたことを思い出しまして」


「えっ、先輩のお友達が?」


「む」


「俺と同じ2年生で名前は一上雷、女子です」


「あ、あの先輩」


「知ってる人か?」

彼は霧果へ視線をやる


「えーと知ってはいるけど」


「可愛いモノに目がない子でして、霧果のこともすごく気に入ってこう...撫で回したりしていました、とても気に入ってるんだと思います」


「わかるぞ」

しみじみと一言

何がだよ


「その、良ければ一緒に食べないか?」

「すごい料理うまいんだ」


「パパも行っちゃだめかな?」


「流石にお父さんは連れてけないよ...」

「急に後輩のお父さんが来たら怖いでしょ」

それはそうだよなぁ...

でも雷なら多分気にしないんだろうなあ、とも思う


「気をつけてなー、お土産〜」

彼は玄関先でハンカチを振って見送っている

お土産なんか無えよ!


「行ってきまーす」


「行ってきます」

霧果の父親を残し俺たちはアパートへ向かった


「良かったのか?」


「一上先輩、初めて会った時にいっぱいぎゅってされてびっくりしましたが、い、イヤではなかったので...」


「あいつかわいいモノ大好きなんだよ」


「か、かわいい...?」


「スキンシップ多いだろうけどほんとに気に入ってるんだと思うよ」

「あ、料理はマジでうまいから期待していい」


「霧果のクッキーはどうでした?」


「あ、普通に全部食べちゃってたのに感想を言い忘れてたな」


「ふふ、まずくはなかったってことですよね?」

「お父さんのリクエストでしたがクッキーくらいならそんな失敗することもないので」


「おいしかったよ、形もちょっと凝ってたよな」


「複雑な型もあったんですけど崩れちゃったのでうまくできたやつしか先輩には出してません!」

「崩れたやつはお父さんに全部あげてきました!」

にこやかに言い放つ彼女

とても良い親子関係なんだろうな


アパートへ着く

着く直前に雷へとメッセージを送っておいた

3号室から雷が顔を覗かせているのが見える


「お待たせ!」

少し声を張り雷へとぶつける


「あっ!光一く〜ん」

「あっ、きりちゃん!」

驚かせるために雷には黙っておいた

ふふ、驚いておるわ


「今日はご夕飯をぶ!」

雷は正面から霧果に抱きついて、いや抱きしめている

雨代も小柄な方だが霧果はさらに小さい

相対的に雷が大きく感じる

霧果はモゴモゴと雷の胸で何かを言っている


「ぷは!今日はご夕飯をぶ」

そして精いっぱいあげた顔をまた雷に沈められている


「おい、霧果が窒息してしまうぞ」

「お前の胸の中で」


「あっ、ごめんごめん」

そう言って雷は霧果の肩を掴み自分から引き剥がした


霧果はポカンとしている


「お、おーい、大丈夫かー?」

彼女の目の前で手を振る


「はっ、今霧果は何を...」


「雷、ショックが強かったみたいだぞ」


「つ、つい」

霧果の頭をとんとんと撫で意識を復活させ3号室へ入る


「じゃーん、肉じゃが〜」


「定番のやつ、きたな」


「もはや古典的というやつですね」



「お〜?おふたりさん気が合いますなあ〜」

テーブルに肉じゃがの入った器を置きながらしみじみと言っている


「「いただきます」」


「めしあがれ〜」

ニコニコしている雷は自分の飲み物が無いことに気づき冷蔵庫へ取りに立った


「おお、これもうまい...!」


「ほんとに美味しいですね...」

霧果は初めての雷お手製料理に舌鼓を打っている


「このお水しかなかったや」

戻ってきた雷は水の小さめのペットボトルを持って帰ってきた

なんか見覚えがあるデザインだ


「飲み物が無いなら言ってくれれば買ってきたのに」


「無いことに気づいてなかったんだよ〜」


「い、一上先輩、これ美味しいです!」


「らい、でいいよ〜」

「みんな、らいって呼んでくれるんだー」


「で、でも」


「そう呼んでやった方が雷は喜ぶぞ」


「じゃあ、ら、雷ちゃん、って呼んでもいいですか?」


「わあ」

雷の機嫌がさらに良くなったのを空気で感じる

まるで雷が光ってるかのような明るさを錯覚する


「きりちゃん、その〜、今着てるのって〜」

「すごいかわいいね!」


「あ、ありがとうございます...」

「これコスプレ...なんです」


「ほらな、似合ってるって言っただろ」


「コスプレ!?」

「コスプレってえっちな格好する事じゃないの!?」


「ち、違いますけど、いえ、そういうコスプレもあるにはあるんですがコスプレって言うのはこういう今霧果が着てるような格好でも当てはまる言葉なんです」


「へえぇー!」

「じゃあきりちゃんはえっちなコスプレ?は持ってないんだ?」


「な、無いこともなぃ...んですけど」

霧果はこっちをチラチラ見て顔を赤くしている

いや、持ってんのかい。とは思ったけどさ


「コスプレすごーい!」

本気で関心している


「私、布でなんか作る部活に入ってるんだけど服作ったら着てくれる?」

部活の名前無いのか?


「モノによりますけど..」


「服はあんまり作ったことがないから挑戦だ〜!」


「光一先輩もコスプレしませんか?」


「え、俺?」

興味無いこともないが...


「先輩はブレラブの、あ、ブレードランブルって言う剣がモチーフの擬人化作品のグレイブ・サラクエイドってキャラが似合うと思います」


「どんなのどんなの〜?」


「えーと、ちょっと待ってくださいね」

霧果はスマートフォンを取り出し画像を出し雷に見せる


「おお、なんとなく光一くんに似てるね!」

「かっこいい!」


「はい、ちょっとダルそうな目つきとか優しそうな口元が特に似てると思います」

「髪はエクステとかでセットしたらだいぶ近い形になると思います」


「光一くん、なんとなくこのキャラの普段の格好みたいだよね」


「そっ、そうなんですよ!」

「ずっと似合うなあ、というか実写じゃん、って思ってたり...!」

「そもそもこのキャラは違う作品に似たようなキャラが居るんですが実は世界がパラレルワールドという説があって、名前もちょっと違うんですけど決めゼリフが同じでこの世界ではこうやって生きてるんだなあって」


「ふむふむ、匂わせ。というやつですな」

雷は関心している


「アプリのサービス開始時からちょくちょく出てきて主人公を助けてくれるんですがようやくこの前3周年で実装されたんですよ」

「その時に本当の名前が明らかになってやっぱりあのキャラだったんだーって大騒ぎになりました」


「結構いいポジションのキャラなんだな」


「はい!キャラ人気自体がだいぶあるキャラなので主人公とのBL、あ」


「ぼういず・ラヴ...!」

「今度それ...教えて?」


「は、はい」

「で、でも霧果としては女主人公との2次創作が好きで...」

「あ、主人公は男女どちらかでも選べるんですけど」

「BLもいけるってだけで基本は夢女的な方なんですが...」

雷が気難しい顔をしている

きっと脳が処理に難儀しているのだろう

俺もそうだが

まあ話の半分くらいはわかる

あまり知らないキャラと俺が似てるからコスプレして欲しい、ってことはね

でもすごく楽しそうに話をするもんだから俺もきっと雷も彼女の話を楽しく聞けるんだろう

雷は顔こそ難しそうにしているが話についていけてないだけで嫌がってるわけではない

霧果の話を全部飲み込むために一生懸命なんだ

霧果はずっと昔からアニメやゲームのことが好きだったのだろうか

あの父親の影響なのかな...


そうして雷のお手製料理の夕飯を食べ終わりまだ霧果は子どものように目を輝かせながらいろんな話をしている

普段は静かでものすごい集中力で本を読んでたりするのにな


「ごちそうさま、肉じゃがもうまかった!」


「とっても美味しかったです!」

「また、食べに来てもいいですか?」


「もっちろん!」

「予定が合う時はいつでも来てね〜」

「お泊まり会とかもしようよ!」


「お、お泊まり会...!?」


「そしたらいーっぱいきりちゃんのお話聞けるもんね〜」


「この調子だと雷、寝れないんじゃないか?」


「そ、そんなに迷惑はかけません!」


「ふふっ、楽しみが増えちゃった」


時刻は10時を回っている

明日は休みだがそろそろ霧果は帰った方がいいだろう


「霧果、お父さんが心配するから帰ろうか」


「そうだね、もちろん光一くんが送っていってあげるよね?」


「ああ、もう遅いからな」


「で、でも光一先輩は家すぐ隣なんですよ」


「そんな遠くでもないから心配するな」


「きりちゃん、狼に気をつけるんだよ〜?」


「お、狼なんて」

ニヤついた雷がこっちを見ている

俺のことを言ってるのか?送れって言っておきながら?

あきれるというかなんというか...


3号室を出る

少し歩いて振り返ると雷が玄関先で手を振っている

「きりちゃん!また来てね〜」


「はーい!」

霧果も手を振りかえし...夜道を行く

少し歩き...


「あ、光一先輩、ちょっとお水買うので待っててください」

そう言って彼女は目の先のコンビニへ駆けていく

戻ってくる...?


「さ、財布持ってなかったんでした...」


「水くらい買ってやるよ」

「ほら、行こう」

彼女とコンビニの中に入り会計を済ませる

選んだ水は先ほど雷が自分用に持ってきたペットボトルと同じデザインだ

思い出した

霧果と初めて会ったあの学校の中庭にある自動販売機

そこで彼女はこの水と同じモノを買っていた


「その水、好きなのか?」


「はい、少しだけ味のついている水なんです」

「初めて飲んだ時からお気に入りで...」

「あ、学校では中庭の自販機にしか売ってないんですよ」


「なるほど、そういうことか」

入学してどこかのタイミングで中庭に好物の水が売ってることに気づきそこでいつも背伸びして買ってたわけか...

あの意地悪な高さにある自販機にしか売ってないのだから仕方がないが...

と、考えていると足がもつれて体勢を崩しかけた

慌てて下を見ると靴紐が解けていた


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

と声をかけたが返事は返って来ず前を見ると霧果は俺がしゃがみこんだことに気づかず横断歩道を渡ってしまったようだ

信号がすでに赤になっている


「あっ!先輩!大丈夫ですか!?」

横断歩道の向こう側で彼女が声を張っている


「大丈夫だ!靴紐が解けただけ!」

そう言うと彼女はほっとしたと安堵の表情を浮かべる

少し離れた距離だが表情はわかる


信号が青に変わり横断歩道の向こうにいる彼女へ近づく


左からクラクションを鳴らし猛スピードで軽トラックが突っ込んでくる

信号無視だ

見通しの悪い離れた角から曲がってきた軽トラはそのまま俺のすぐを通り抜けていく

体をめいっぱい逸らして衝突を避ける

もう少しで直撃するかもしれなかったがなんとか避け切れたものの横断歩道の途中で転んでしまった

なんとか受け身を両手でとれたので特にケガはないはずだが心臓が大きく激しく鼓動して血の気が引いたのを地面に触れる手の汗で察した


顔を上げようとした時だった


「あ、ああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああぁあっ!!!」

前方、横断歩道の先で

すぐ目の前で

悲鳴はあまりにも

あまりにも大きく

尋常じゃない声

混乱した

まだ聞こえる悲鳴に驚き顔を向ける

大粒の涙を流し絶叫し

立つこともやめてしまった霧果がそこに居た


しゃがみ込み、そのまま倒れ

泣きじゃくる霧果

何があった?

何か誰かにされたのか?

俺が車に...車に轢かれそうになったのを見たからか?


彼女はもう叫んではいなかった

嗚咽を漏らしただ泣いている

身体を小刻みの揺らし小さい体を丸めている

近くに人はいなかった

さっき買った水のペットボトルが転がりフタが外れて地面に水がこぼれ落ちていた


どうしていいかわからないがもう彼女の家はすぐそこだ

気を失ったように静かになった彼女を抱え上げ

霧果の家へ急いだ


背後から声がかかる


「大丈夫?」

キレイな、落ち着いた女性だ


「その子、さっき叫んでいたようだけど」

大きな声だったからか近くに人は居ないと思ったが聞いていた人がいたらしい


「わ、わかりません、急に泣き出してさ、叫んで...」


「失礼、私は医者なの」

「ちょっとだけ様子を看させて」

そう言った彼女は抱えている霧果の手首を触り額、首へと手を当てた


「うん、気を...気絶しているだけだわ」

「何かパニックを起こしたのかしら」


「そ、そうなんですか?」

「えと、彼女の家はすぐそこなんです」


「いいわ、一緒に行きましょう」

「ほんとは病院に連れて行った方が確実なんだけどね」

と付け足しながらも霧果だけでなく俺のことを心配してくれた


「ここね」

医者を名乗る女性はインターホンを押しこちらに目配せをする

優しい目、不安が少しだけ和らぐ


玄関のドアが開き霧果の父親が現れる


「霧果?霧果!?」

「どうした!?」


「落ち着いて、今は眠っているだけよ」

「彼はここまで運んでくれたのよ」


言葉が出なかった

慌てる霧果の父親を見るだけ

それしかできなかった


「あ、ああ、寝ているんだな?」

「ケガとかしてないんだな?」


「私が看たところはね、念のために病院...私のところへ来てもらってもいいわ」

「と言ってももう閉まっているから明日の朝以降になるのだけれど」


「お、お医者さんか?」

「ありがとう」

「宝樹くん、君も本当にありがとう...」

「何があったんだ?」


医者の女性は黙って霧果の状態を見ながらこちらの言葉を待っている


俺はコンビニから出てからのことを説明した

言わなくてもいいことも言った気がするがとにかく全部あったことを話した

話しながら混乱していく俺を医者の女性は優しくひとつひとつ言葉を受け止めてくれた

霧果の父親も黙って聞いていた

霧果は家の中に運ばれ眠っている


「わ、わかった」

霧果の父親は歯を食いしばっている...


「宝樹くんが事故に遭いそうになったのを見て霧果ちゃんはパニックを起こした、ということかしらね...」

「何かご家族で同じような事故に遭った事が?」


「いや...無い、だが1つ...」

「思い当たる節はある」


「デリケートな問題なら今、私が聞くわけにはいかないわ。でもきっと力になる」

「私は新羅井(にらい) さやな」

「これ名刺、彼女の様子を診る事くらいはできるわ」

「私にも年頃が近いこどもがいるから」

「宝樹くんも責任を感じちゃだめよ」

そう言って俺たちを残し宵闇に彼女は消えていった


「まあ、入りなさい...」

俺はまだ霧果の叫び声が耳に残っていた


リビングに通され椅子に座る

力が入らない


「もう、大丈夫、だとは思っていなかったが...まだ霧果は苦しんでいるんだな...」

彼は俺に聞かせるわけでもなくそう言ったように見えた


「霧果が言わない限り、言えないこともあるが...宝樹くんには迷惑をかけてしまったからな」

「少しだけ、俺から言える範囲の話を聞いてくれるか?」


「...はい


「霧果は...心に大きな傷を負っている」

「最近、数年は元気だったからだいぶ癒えたと思っていたんだ」

「詳しい事はわからないがな...」

「ある日から霧果は全く笑わなくなってしまったんだ」

「きっと今日のように泣き叫んでいたんだろうな...」

「親の前ではなかなか泣いたりわめいたりはしないんだよ、あの子」

「きっと昔、1人の時はずっと泣いてたんだろうな」

「俺とママ、霧果の母親はあの子が笑わなくなった事にすぐ気づいたよ」

「でも何も言わないんだもんなあ」

「それからは躍起になって霧果におもちゃを買ったりお菓子を買ったり、妻も同じようにしてたなあ」

「で、どれもいい反応はしないんだ」

「困ってしまってなあ、静かな空気に耐え切れずテレビをつけたら...アニメをやっていたんだ」


「アニメ...」


「ギャグアニメだった...なんということはない子ども向けのホビーアニメさ」

「でも笑ったんだよ、霧果は」

「俺と妻は泣いたね」

「でも勇気が湧いてきた。霧果はまだ笑う事ができたんだってな」

「毎週同じ時間に一緒にそのアニメを見る事にしたんだ、ああグッズも買ってやったさ」

「そしたらどんどん笑うようになって、ギャグアニメと思って見ていたものもすごく良い話でな」

「そうやって作品を見る、という事に霧果はハマっていった」

「俺や妻はあの子が笑っていてくれればなんでもよかった」

「いつもは静かだが、話しだすと止まらないだろ?霧果のマシンガントークさ」

霧果の父親は声が震えていた


「そうやって俺の好きなゲームや漫画にも手を出すようになってなあ、俺はああもう大丈夫だ、大丈夫なんだって」

「うっすら違うとは思いながらもそう考えたんだ」

「でもあの子にはずっと傷跡があって...君が...危ない目にあったのを見て...」

「傷跡に触ってしまったんだろうなあ」

「ああ、宝樹くんは悪くない、気に病まないでくれ。むしろ感謝をしているよ」


「な、なんで」


「笑うようになっても霧果は同年代の男の子を避けるようになっていた」

「妻からも聞いたが男の子を嫌っているわけではないらしく、何か嫌な事を思い出すんだろう」

「別に親としてはどうだっていいさ、楽しく過ごしてくれていればな」

「でも君を連れてきた」

「だからより大丈夫だと思ったんだよ」

「そして...君のことを、君に深く感謝をしたんだ」

「もう霧果の傷は癒えたんだって」


「俺...どうしたら」


「あの子が嫌がらない限りはいつもと同じように接してやってくれ」

「だいぶ宝樹くんのことを気に入ってるようだ」

「君が帰ったあとなんかずっと君とゲームしたことを話していたぞ」

「お、おっといけない、こんなことを話してしまうとあの子に嫌われてしまう」

「内緒にしてくれよ?」


「そ、そんなこと...」

「あの、話してくれてありがとうございます」

「霧果、気にしていないといいんですけど...」


「宝樹くんは一人暮らしだったね?」


「え、ええ」


「今日は、ぜひ泊まっていってくれ」

「もう遅い時間だし宝樹くんだって危ない目に遭ったんだ」

「娘をここまで運んでくれた恩人をこのまま返すわけにはいかない」

「宝樹くん」


「な、なんですか?」


「娘の、霧果のことは好きか?」

「ああ、恋愛感情があってもなくていい」

「娘のことを人として好きだと思うか?」


「はい、俺は霧果のこと、好きですよ」


「はは、普通娘を持つ父親なら怒鳴り声のひとつでも上げるのかもしれないな」

「でも俺はあの子のことを思って好きだと言ってくれる男の子が居て、嬉しいよ」

「夕飯は食べたんだろう?飲み物でもなんでも持ってくるから待ってなさい」


彼はリビングから出ていく

霧果...

霧果に辛い事を思い出させてしまったのか...

医者の女性も霧果の父親も俺のことを悪く言わない

どうしたら...


「ほら、いっぱい持ってきたぞ」

彼は抱えて持ってきた飲み物をテーブルに並べる


「何か食べるか?」

「パパなんでも注文するぞ」

「あ、はは、君のパパではないけどなんとなく息子が居たらこんな感じかと思ってここ最近は過ごしていたよ」

「霧果はゲームでもなんでも俺の趣味に付き合ってくれる、妻は忙しくてな」

「売れっ子なんだ、いつでも引っ張りダコさ。昔はモデルをしていたんだぞ」

「その時からのツテで今はファッションデザイナーだったりいろんな作品に関わっている」

「3ヶ月の君、って聞いたことないか?今やってるドラマでも衣装協力をしているよ」

確か...ゆなかが見ると言っていたドラマのタイトルがそんな題名だったはずだ...

すごい人なんだな...


「ドラマ、友達がハマってましたよ」


「はは、妻に言っておかないとな」

「娘の友達の友達も見ているぞ、って」

「あ、冷凍ピザならあるぞ」

そう言って彼はまたリビングから立ち去る


霧果は奥の部屋で寝ているようだ

顔を見ようかとも思ったが立ち上がる元気が今はなかった

そうしていろんなものをテーブルに並べる霧果の父を見ていると

霧果が笑わなくなった時もこうやってたくさんいろんなものを目の前に並べてどうにか気を引こうとしたんだなと思い至り少し切なさと自分が気を落としていると見られている情けなさが襲いくる


もちろん気にしている、気にしていないはずがない

霧果...


「遠慮するな」

「って言われてもか...はは」

「本当に宝樹くんには感謝している」

「いや、光一!」

「光一、ありがとう」

彼は俺の肩を掴み頭を撫でる

いつぶりだろう、人に、大人に頭を撫でられるのは

少しだけ、安心した


「じゃあ、このグレープジュース、いただきます」

紙パックのグレープジュースをコップに移さず注ぎ口から飲む


「おお、良い飲みっぷりだぞ」

俺が気を遣っていないことを汲みとってくれた彼はどんどんいろんなことを話し始めた

すこしして...


「そうだ、風呂、風呂を用意しなきゃな」

「待ってろ、着替えは光一が風呂に入ってる間に買ってくる」

「いいんだ、それくらいさせてくれよ?」


「わかりました、泊まらせてもらいます」


そして彼はお風呂を用意してくれ、脱衣所に案内してくれた

人の家のお風呂は少し緊張するが彼もそうして欲しいみたいだしお言葉に甘えておこう


体を慣れない石鹸で洗い頭を洗う

慣れない湯船に浸かり...思い出す

霧果の声、表情、落ちる涙、うずくまる姿

彼女の夏の消失に関する調査はもしかしてこのショックに何か関係があるのだろうか


あまりよくない事ばかり考えてしまう

霧果はずっとどんな気持ちで過ごしてきたのだろう


脱衣所から声がかかる


「せんぱい...」


「起きたのか!?」

「今上がる!」


「そのままでいいです、ゆ、ゆっくりしてください」


少しこもった声


「もう大丈夫...なのか?」

「気分は?」

すりガラスの向こうへ声をかける


「お、落ち着きました...心配かけてすみません」

「でも何故か家に居て...」

「お、お父さんが居なくて」

「服、服を見たら先輩のものだったので」


「パパは俺の下着を買いに行ったよ」


「え!?」


「俺に泊まってってほしいってさ」


「え!?ど、どういう」


「パパが帰ってきたら聞いてみてくれ」

「今こうやってお風呂に入ってるのもパパの要望だ」

変に心配させることもない

一緒に入るか?と冗談を言おうとして雷を思い出し言うのをやめておく


「じゃあ、ゆっくりしていってください」

「お父さんに聞きますね!」

影が脱衣所を離れていく

霧果はどこまでさっきのことを覚えているんだろうか


脱衣所の向こうで声が聞こえる

きっと霧果の父親が帰ってきたのだろう

本当に良かった...ちゃんと目を覚ましてくれて...

あのお医者さんが気絶と言っていたが内心とても不安だった

また取り乱して...あの悲痛な声をあの小さな身体から...


と脱衣所に影が現れる


「光一、ここに置いとくからな」

「心配するな、袋に入っているものを買ったからキレイだぞ」


「ありがとう!」


「霧果、今は大丈夫みたいだな...」

「自分がパニックを起こしたことはわかっているみたいだが...」

「それでも健気に振る舞っているよ」

「じゃあ、後でな」

彼は脱衣所を後にした


そろそろ上がろう

お風呂場から出て用意されていたバスタオルで体を拭き新品の下着とスウェットに着替える


リビングまで行くと霧果と霧果の父親を見つけた


「あ、先輩!」


「お、色男、さっぱりしたか?」


「ええ、おかげさまで!」



「霧果もあったかいうちに入ってきなさい」


「え?あ、うん」

そして霧果はリビングを出ていった


「様子はどうですか?」


「見た目ではいつも通りだ」

「このまま俺たちもいつも通り接してやろう」


「はい、俺もそうします」


「でももし、あの子が...」

「自分の事を話すようなことがあったら、ちゃんと聞いてやってくれ」


「ええ、もちろん」


「君が好きだと言うように霧果も光一のことを人として好きでいるはずだ」


そのあとは他愛のない会話、主に霧果についての事ばかりだったが彼は楽しそうに話をしていた

そう努めていた


1時間もした頃に霧果は姿を現した

長い髪はまだ水気を含み薄手のTシャツを着ている

顔色は良く見えた


「別に夜更かしは構わないが寝るならリビングの横の部屋に布団を用意しておくからそっちで寝るようにな」

「流石に娘と同じ部屋で寝させるわけにはいかないぞ」

苦笑いウインク

ははは...


「も、もちろんそんなこと...」

霧果は少し顔を赤くしている


「もう!お父さんは仕事あるんでしょ!」

「先輩は変なことなんかしないから!」


霧果は少し話がしたいと言い

彼女は俺の袖を引っ張り廊下に出ていく

そのまま階段を上がり彼女の部屋に入る


シャンプーの香りが先を行く霧果の髪から漂ってくる


「ま、まずは謝らせてください」

霧果はしょんぼりとした表情で下を向いている


「霧果、先輩が車に轢かれそうになって...それで...」

「いなくなっちゃうって思って」

声が震えている

下を向いたままゆっくり彼女は近づいてくる


「せんぱい...どこにもいかないで」

彼女は声を震わせたまま俺の体に体重を預けてくる


「俺は大丈夫だ、ケガもしてない」

「びっくりさせてごめんな」

彼女の頭を撫でてやる

さっき彼女の父親がしてくれたように

安心を伝えるために


「せんぱいこそびっくりしましたよね」

「急に叫んで...泣いて...」

彼女の震える体を少しでも抑えるため片手で抱く

震えているのは俺だったかもしれない


「無理するな、大丈夫だから」

静かな時間が流れた

少しの間、彼女の恐る恐る息をする音しか聞こえない


霧果はそっと声を出す

「霧果...昔...好きな男の子がいたんです」

「初恋の男の子...」

「でも名前も知らない、今みたいに今のせんぱいみたいに泣いてる霧果の頭を撫でてくれて」

「何かいろんな冗談を言ってくれました」

「それでなんとか泣き止むことができたんです」

「...」

「その日だけ、その日しか会ってません」

「でもっ!」

彼女は泣いている


「その男の子はその日...」

「死んじゃったんです」


「そ、そんな...」


「確証はありません...けど」

「でも...霧果を慰めてくれたあと走ってどこかに行ったんです」

「その時大きなカミナリが落ちて」

「きっと...すぐそこに...落ちました」

「視界いっぱい真っ白になって」

「すごい地響きがして」

「怖くてせっかく慰めてもらったのに泣いて」

「家に帰りまし...た」

「次の日、朝の新聞に載っていたんです」

「身元不明の少年がカミナリに打たれて亡くなったという記事がッ!うぅあっ...」

「あああっ!」


泣き崩れる霧果

小さい小さい泣き声


そうか...俺も死んで居なくなると思って...

初恋の相手が...名前も知らずにその日のうちに死んでしまう

そんなこと...どれだけの苦しみがあったかわからない


あの古い新聞の切り抜き...

この事故の記事だったのか...


霧果は泣きながら俺の足を必死につかみ、それでも力が入らず震えている


初恋の少年を失ったあの日から彼女の夏が無くなった

文字通り、なくなった

だから彼女は、霧果は夏の消失について...調べている

と、そういうことだったことを落ち着いたあと彼女は語った


無くなった夏は彼女の心をも蝕んでいる

心を凍結させる、季節へと変わった


泣きつかれ寝てしまった彼女を寝かせて部屋から出る


リビングには仕事場である部屋から霧果の父親が戻ってきていた


「霧果は...?」


「さっき寝てしまったので布団に横にしてきました」


「ありがとう、光一」

唯一、明かりのついているリビングで彼はそう言った

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