1章
恋愛ADV「夏のさいかい-in lost summer-」の小説版です
4月30日
「光一!荷物は大丈夫なの?そろそろ送って行くよ」
母親の声が玄関の方から聞こえる
「大丈夫大丈夫、あらかた送って置いたからこれだけだよ」
廊下まで出てリュックを顔の横まで掲げる
「せっかく転校の手続きが済んだのにごめんねえ」
「父さんが倒れちゃったからほとんど1か月無駄にしちゃったでしょ?」
「そんなの母さんのせいじゃないじゃんか、まあ確かにこれじゃ5月に転校したみたいに見えちゃうか...」
「あの人過労ってお医者さんに言われたけど寝不足なのよ、いっつも遅くまでテレビ見て」
「ああ...父さんて深夜の謎の番組めっちゃ好きだからな」
「でもま!1ヶ月もサボれてよかったじゃないの!あはは」
「ああ、向こうに行って1人だからってダラけてちゃダメよ?」
「わかってるよ」
「ああ、あんたの生活費は心配しないで!父さんの入院費は保険で全部賄えてるし、あんたのこれまで預かったお年玉を毎月送ってあげるから!今までお年玉の80%を徴収してきたのもこういう事があるだろうなって思ってたからなんだから!」
「とんでもねえおかんだ」
俺は宝樹 光一
高校2年生
この俺は今から少し離れた街「玉脚市」へ向かう
「私立 六ノ手高等学校」通称「六高」へ通うためのアパートに引っ越すからだ
親戚のツテでなんとタダで卒業するまで住まわせてくれるって言うんだからなんともありがたい事だ
なんでもその親戚が競馬で大勝ちして土地を買いなんとなくアパートまで建てて知り合いや同じようなツテのある人ばかり住まわせているらしい
いやあ、すごい人もいるもんだ
玉脚市、普通の街だけど俺にとっては少し思い入れのある場所だ
いろいろドタバタしなければ進学自体を六高にしたかったんだけど...
まあ今となっては過去の事
転校できたんだからこれからだ、これから
住み慣れた街の風景から知らないものへとガラスの向こうで変わって行く
「送ってくれてありがとう、母さん。ちょくちょく連絡するよ!」
「写真も送りなさいよ」
「なんのだよ」
「じゃあ、かーさんは帰るから!」
そう言って颯爽と爆速で車を走らせ元来た道へと姿を消していった...
いつも元気な人だなあ
「えーっと、部屋番は...4号室か」
カギを取り出しドアを開ける
大量のダンボールに出迎えられながら
「うーん、荷解きくらい手伝ってもらうべきだったかなあ」
ドアを閉めようとした時アパートの隣の部屋のドアが開く
今日からご近所さんなんだ
ここで無視して部屋に入って行くのは印象が悪い
挨拶だけはしておこう、笑顔は得意だ
ドアの向こうから声がかかる
「あっ、お隣さ...」
隣の部屋から出てきた彼女は六高の制服に身を包んでいる
「宝樹 光一くん?」
彼女は不思議そうな顔をして俺の名前を呼ぶ
「えっ」
目の前の彼女は自分の事を知っているようだった
キレイな栗色の髪、目立つ大きな胸...
記憶にあればすぐ...
深く記憶を巡らせる、はるか昔...
まさか...
「雷?」
「やっぱり!?光一くん?」
「そういう君は一上 雷」
思い出した、というか合致した
彼女は昔、小学生だった時の夏休み遊びに来たときに、たった2種間だけ滞在したこの玉脚市で出会って友達になった一上 雷だ
「久しぶり〜!えっ、ここに引っ越して来たの!?」
「ああ、すごい久しぶりだなあ、6年ぶり?」
「今さっき引っ越してきたんだ、マジ今」
「光一くんがお隣に引っ越してくるなんてびっくりした〜」
「その、それはそうとなんで制服を?今日は休みだろう?」
彼女は通学カバンも持っている
「あー、学校に用があってなんとなく私服で行くのってなんかアレかな...って」
「あー、ね」
「ほんとだ、荷物だらけ」
そう言って彼女は部屋の中を覗き込んでくる
「見られてしまった...お嫁に行けない」
「あははっ、何言ってんだか〜、荷解き手伝おうか〜?」
「いいのか?学校に用があったんじゃ...」
「そんなのまた明日行けばいいんだから!手伝っちゃうよ〜」
「ありがとう、だがこの箱にだけは手をつけないでくれ」
「えっ...ま、まさか入ってるものって...」
彼女は少し困惑し照れた表情を浮かべながら見上げてくる
「パソコンとか機械類だ、雷ってちょっとこういうの壊しそうだから...」
「こらっ!お〜こ〜る〜よ〜っ、あははっ!」
雷は昔と変わらないようだった
見た目こそだいぶ成長したようだけど穏やかで明るい性格で...
何かこう、癒しのオーラを発しているのだろう、拝んでおこう
「ありがたや〜ありがたや」
「拝んでないで荷解きしなってば〜」
俺と雷は談笑しながら荷解きをして半分ほど片付けた
「お茶を献上します」
「ありがと〜、もうこんな時間になっちゃったね」
と時計を見ると時刻は4時になろうかとしていた
荷解きに3時間も付き合わせてしまった
「夜ご飯はあるの?」
「いや、そういや考えてなかったなあ」
「じゃあ一緒に買いにいこうよ!学校にもついでに寄れるし」
ううむ、急ぎの用を邪魔したようだけど迷惑をかけてしまったかな...いやじゅうぶんに迷惑か...でも学校の道も知っておきたいから甘えておこう
「何がこの辺にはあるんだ?あとあったかいもの買うなら学校の帰りのが冷めなくていいと思います」
「そうだね〜、マクドゥとか〜?」
どこにでもあるだろ
いや、無い街もあると聞く
驕りはやめるべきだろう
「シェイク飲みたいしそこで決まりだ」
残ったダンボールに留守番を頼み俺と雷は学校、六高へと向かった
確かに周りが制服や体操服で部活をしているなか私服で学校の中に入って行くのは抵抗感がある
1人だけで目立つし、お前は異質なんだ
というような目で見られている気がする
普段こういうのはあまり気にしないが住んだことの無い土地、転校先の学校のなかとあっては居心地が悪く感じる
教室に忘れ物があるという雷を廊下で見送り学校の外で待ってようかとも思ったその時
廊下の先で1人
異質な彼女を見かけた
自然と目に入ってきた
軽そうな髪の先
廊下を曲がって階段を上がって行った彼女を思わず追いかける
階段は屋上へと続く
ドアを開け放つ
見覚えがある...彼女がそこには居た
そう、夏の日差しの中浮かぶ雲のような透き通った髪
学校の中で見覚えの無い格好
彼女が異質だった事を納得した
彼女だけが夏服を着ている
屋上で風を浴びる彼女はこちらに気づいて振り返る
「光一?」
こちらに気づくと彼女は飛び跳ねたうさぎのように素早く駆け寄ってくる
「う、雨代か?」
この街は俺を歓迎しているのかもしれない
引越し先でも
その日のうちに行く事になった学校でさえも友人と再会することになった偶然
偶然って2回も続かないって言うじゃないか
街が歓迎してくれている、そう思った
「光一!そうだよっ!光一!」
彼女は日良坂 雨代
雨に代で「うしろ」と読むのだ
雷と同じく6年前にこの街で友達になった
雷の友達だった雨代はいつのまにか一緒に遊ぶ仲になっていた
下手したら最終的には雷よりも一緒に遊んでいたかもしれない
と俺が感慨深くなっている間、雨代は俺の周りを忙しなくぐるぐる回って舐め回すように見ている
「会いたかった...光一に!」
「久しぶり〜元気してた?」
「光一に会えたから元気になった」
「なんだよそれ、元気なかったのか?」
ぐるぐる回る彼女の肩をグッと掴んで動きを止める
「どうしたの!なんで学校に居るの!?もしかして転校してきたとか!?」
「どうだろうな〜、下見かもよ」
「なんの!?」
「ここは絶好の撃ち下ろしポジションだからな」
「スナイパーかよっ!もーっ!ほんとのこと教えてよおっ」
ひとつ呼吸をして彼女は続ける
「でも本物だ...この意味のわからない冗談を言う感じ、本物の光一だ!」
「このやろ、何の基準だこのやろ」
「でもああ、そうだよ、引っ越してきて...ここに転校してきた!」
「わあ...」
彼女は信じられないという顔をした後すぐに満面の笑顔を向けてきた
「本当にうれしいよ、ありがとう」
「どういたしまして」
「俺も心細かったけど雷にもお前にも会えたんだ、知ってる人が居て安心したよ、今日の出来事だぞ」
「えっ!雷にも会ったの!?」
「ああ、なんか忘れ物があるらしくて学校に寄ったんだ、いや、どこから話すべきか」
「あっ!居たーっ!」
「探したよ〜」
屋上から階段に続くドアが開く
「雷!」
「ごめんなすって、ごめんなすって」
「なすって」
イタズラっぽく雨代は俺に続く
「しろちゃんとも会えたんだ〜!?というか2人ともここでなにしてたの」
「雨代の姿が見えたから追っかけて来たんだ」
「そういや雨代はここで何してたんだ?」
「涼んでたの、宿題のノート提出するの忘れたから先生に預けに来てたんだよ、でも先生ちょっと出かけてるみたいだったから」
「涼んでるったって、この辺ってもうそこそこ暑いんじゃなか...」
ふと気づいた
この辺りは4月ごろから結構な陽気に包まれる梅雨が来る時期なんかだいぶ暑くなったのを昔、親戚の家に来た時学習したはずだった
でも全然暑くなんかなくて
なんなら屋上は風が吹いて寒いくらいだ
異常気象かもしれないが...
そう、まだ暑くはない
みんな冬服を着ていた
アパートから学校に来るまでも
学校の中も、運動している生徒はともかく
その中で雨代だけがまるで夏の真ん中で出会ったかのように
「じゃあまた明日ねー!」
「また明日〜」
「しろちゃん、またね〜」
雨代に夕飯を一緒に食べないかと誘ったのだが用事があるらしく断って帰ることにしたらしい、かなり悩んだ様子だったけど
走り去っていく雨代の姿を見送り俺と雷は2人の住まいであるアパートへ向かい歩き出した
「明日って、日曜だったな…」
「盛り上がっちゃって明日もなんか学校に来るんだと勘違いしちゃったね」
まあ学校もこの土日が終われば嫌でも始まる
その時に会えるだろう
「雨代、夏服を着ていたな」
「夏服も可愛いよね〜、ここの学校の制服がかわいいからって入学する生徒もまあまあいるんだよ?」
確かに…
「俺って制服をどちらかというと敵だと思っていたんだけどその考えを改める」
「私の着てるのもかわいいデザインだよね〜」
そう言いながら彼女は腕や体を揺らしてフリルを弄ぶ
「アー!ソンナニフラナイデヨ-!」
と、制服の代弁をしてやる
「制服がしゃべった!」
彼女の制服には青いリボンがいくつかある
背中側、腰にはどデカいリボン
そして二の腕のあたりには細いリボンがあしらわれている
さらに同じ青い色のファスナー、ローファーにも青い意匠が目立つ様配置されている
さっき六校、学校の中でも見かけたがこのリボンや意匠は3種類ある様だった
後から雷から聞いた話だが学年によって色が決められているらしく
3種類の色が年毎にローテーションされている
今の3年生はピンク、2年生は青、そして1年生が黄色だ
現在の3年生が卒業し、新入生が入ってきたらその子たちがピンクの色を纏うことになる
変な事でもしでかしたら一瞬で学年を特定されてしまうな
ただでさえ白が基調で目立つデザインだ
談笑しながら俺は彼女の歩くスピードに合わせながらついていく
6年ぶりの玉脚市は全く記憶と一致しない
土地勘ゼロ
帰り道でさえ彼女について行かないと迷ってしまうかもしれない
今日、明日のうちに学校までの道と帰り道を記憶しておかないと…
そう思っていたら道の先に目当てのハンバーガーショップが見えてきた
どこでも出立ちの変わらない姿に少し安心感を覚える
「て事は〜、一人暮らしになるんだ?」
「ああ、学校に通うために引っ越して来たんだ」
「大家さんがウチの親戚で良くしてくれてね」
「私もそうだよ!あ、一人暮らしってことね」
「家、近くなかったっけ」
「うん、でも、進学するしいい機会かな〜って一人暮らししてみたい〜ってお母さんたちに相談したらあそこ住んでいいよ〜って」
「じゃあ去年から一人暮らしかあ、ソロ住先輩だ」
「ソロじゅう先輩…?」
「じゃあ明日とか学校行く時起こしてもらえたりするかい?」
特に朝が苦手、というわけでもないけど
「いいよ〜」
いいんかい
くだらない話をしてハンバーガーを食べ終わり帰路に着く
外はだいぶ暗くなってきていた
「早く帰ろ〜」
そう言いながら彼女は、はぴはぴセットのおまけでもらえる「ぐーよん」の手のひらマスコットを顔の位置に掲げ遊んでいる、というか会話を代行させている
ぐーよんというのは最近流行っているフグのキャラクターだ
奇々怪界な展開とは裏腹に可愛らしいキャラクターが女子を中心にウケている
「ウェ!ウェ!」
俺の奇声に反応し彼女は答える
「あ〜、上からペンギン落ちてくる〜ぅ」
ぐーよん12話のシーンの真似だ
雷は昔からかわいいものが好きなようでよく小さなぬいぐるみと一緒に行動していた子だった
6年前、雨代や俺と遊んでる時のその姿を思い出す
「変わってないな!」
「光一くんこそ体だけ大きくなった様な感じがするよ?」
「ふふふ、お互い様だ」
「私は背も伸びたし」
「なんで俺が背が伸びてない様な言い方なんだよ」
「変わってないよ、昔と一緒!」
「光一くんの話してる時の雰囲気や目線、ふざけかたもね!」
6年ぶりだというのに変な雰囲気にならずに済んだのは雷のふんわりした雰囲気のおかげかもしれない
知らない道や学校の事で少し不安もあったがもうそんな心配はつゆほどもない
アパートまで変わらず談笑しお互いにおやすみを言い合ってそれぞれの部屋のドアへ帰って行く
おかえり光一
ただいまダンボールたち
最低限の荷解きは雷のおかげで済んでいる
お風呂に入ってNoTubeでも見て寝るとしようかな
4月30日
うっ
圧迫されている…
なんだ…
「おはよ〜」
「起こしにきたよー」
「おはよ〜」
「ぐっ、安眠妨害の悪魔…」
「悪魔だぞ〜起きろ〜」
なに、部屋の中に居る!?
目を開けると「のしかかり」をする雷がそこに居た
「おはようございます、お嬢様。はしたないでございますよ」
雷はあの目立つデザインの制服姿ではなく私服を着ている
ゆったりした春らしいデザインだ
「やっと起きたね」
「なんで部屋に入って来てるの、この子は」
「大家さんに友達起こしたいんです、って言ったら開けてくれたよ?」
うそだろ
いや、待て、逆に考えよう
雷が信用されていると...
「えーっと、日曜日なのに起こしに来てくれたのか」
「街の案内でもしようと思って」
「ああ、なるほどね」
「しろちゃんにも連絡しておいたよ」
そういや連絡先を聞くのを忘れていた
「顔を洗ってくる」
洗面所で顔と口を水で洗いリビングに戻ってくる
「おはよ!」
そこにはもう雨代がリビングに座っていた
白いワンピースを着ている
じゃあみんなで食べよっか、と言う雷の手にはおにぎりがたくさん乗ったお盆が輝きを放っていた
「うまっ、このおにぎり群、雷が作ったのか?」
「おにぎり群て、でもほんと美味しいね!全部シャケなのもいい!」
「お前の好みだろ」
美味しそうにおにぎりを頬張る雨代
雷はお盆から旅立って行くおにぎりを見て微笑んでいる
「良かったねえ、光一くんが戻って来てくれて」
「も〜っ、ご主人様を待ってたペットみたいに言わないでよーっ」
「私も嬉しいんだよ〜、光一くんが転校してくるなんて思わなかった」
「しかも雷の隣の部屋に引っ越して来たなんて、聞いてないよ!」
何を言えばいいんだ
「引っ越して来ました、お嬢様」
「おじょっ!?」
雨代は照れたり笑ったりしている
昔から感情豊かで考えてる事がすぐ顔に出る
6年前も今もそれは同じようだ
雷の手作りおにぎりを食べ終わり11時が過ぎようとしていた
「この後、雷に街の案内をしてもらうんだけど」
「知ってる、雷に今日の予定聞いたもん」
「じゃあ一緒に案内してくれよ!担いでやるから」
「担がなくていい!」
「でも、う、うぐぐ、うーん」
「今日はやめておくよ、午後から用事があるから!」
「じゃあまた学校でねーっ」
と昨日も見せた苦悩の表情を繰り広げた雨代は寂しそうな顔をしながら帰って行った
ドアの前で見送ったが何とも言えない気持ちになるな
何か忙しいんだろうか...
「私が言える立場じゃないけどしろちゃん、たまに学校を休んでるんだ」
「何か調子が良くないのかもね」
「元気そうに見えたけど、そういうもんか...」
「そうだね!元気だったよ、光一くんと朝ごはん食べたの嬉しかったみたいだし。いつもより楽しそうだった」
特にそんな風には思わなかったけど俺より一緒にいるであろう雷がそう言うならそのはずだ
「じゃあそろそろお頼み申すかね」
「左手に見えますのは〜光一くんの脱ぎ散らかした服でございまーす」
「昨日脱いだままなんだよ」
そうして街の案内が始まった
学校は昨日見たから省略すると言われたけどまだ道に自信がなかったから案内をリクエストした
街を行く人、誰も見覚えがない
冷たい風が吹くなかみんな着込んでいる
六高、公園、たこ焼き屋、アイスショップ、小物屋さん、図書館
「まあまあ古い図書館だな」
「学校はなんか新しかったけど」
「学校はね〜建て直しがあったの」
「建て直し?」
元々そんな古い建物だったのだろうか
「数年前にね、六高にカミナリが落ちたの。それで学校めちゃくちゃになっちゃって、いっそ新しくするぞーって」
「だいぶ新しいよな、廊下もチラッと見える教室もキレイだった」
と話していると雷は前から歩いてくる女性に声をかけた
「ゆなちゃ〜ん!」
「雷、偶然ね。そっちの彼は?」
「あっ、光一くん。この子はゆなちゃん、ゆなちゃん、この子は光一くん」
...無駄が一切ない紹介だ
「初めまして、雷の友達の湯ノ永和 ゆなかよ」
「初めまして、宝樹 光一だ。昨日引っ越して来たんだ」
「明日からは六高の生徒だ、よろしく」
「へえー!こんなタイミングで転校!?珍しいわねー、何年生?」
「光一くんは私たちと同じ2年生だよ〜」
「実は4月中に転校手続きは済んでたんだけどいろいろ用事が重なって1ヶ月サボっちゃいましてね」
「あれ、もしかしてずっと登校してこない宝樹ってあなたのこと?」
「そう思いますねえ...」
「じゃあ同じクラスだね〜」
じゃあってなんだ、知ってたんじゃないのか!?
「じゃあ街の案内をしてたってわけね、アタシは真に直してもらってる自転車を取りに行くところ」
「あー、直してもらってたんだ〜、よかったねえ」
「さよならー、2人ともまた明日学校でね!」
ずしずしと歩いて去って行く湯ノ永和 ゆなかを見送って俺たちは時間が遅くなってきたから帰ることにした
少し歩いてからのことだった
「ううッ…」
小さくうめき声を出して雷はその場にうずくまった
「雷っ、どうしたっ!」
手で肩を支えながら顔を覗き込む
苦しそうな顔をしている雷と目が合う
「大丈夫、ちょっとふらついただけだから」
雷は困った顔をしながらも微笑んでいる
目の前にあった自動販売機から水とお茶を買う
「どっちがいい?フタ開けれるか」
「お茶」
雷にお茶を手渡す
落ち着いたのかフタを開けてゆっくりとお茶のペットボトルに口をつけ、ノドへ流し込む
そしてこっちを弱々しく向いて口を開く
「貧血?」
「い、いや聞かれても…大丈夫か?」
雷の息があがっていたのが静まって行く
「うんっ、もう平気だよ」
「お茶ありがとね」
「水も飲むか?」
「お腹ぽちゃぽちゃになっちゃうよ〜」
ふふっ、と笑う彼女を見て一安心する
ゆっくり歩いて家、アパートまで帰る
家でゆっくりすると言う彼女と連絡先を交換し、別れ4号室のドアを開ける
ただいまダンボール
学校までの道は覚えたぞ
今度ゴミ捨て場に連れてってやるからな
さっき帰りに買った夕飯をテーブルに置いてお風呂の準備をする
今日は残りのダンボールを片付けてから寝るか
忘れないうちにスマートフォンのアラームをセットしておく
5月1日
今日から新しい学校だ
私立 六ノ手高等学校
特別、進学校というわけでもないがこの玉脚市では校舎が大きいからかまあまあ有名な高校だ
俺は知らなかったが数年前にカミナリが落ちたとかで街では騒がれていたようだし
という事を考えていたらアラームが鳴る前に起きてしまった
緊張しているな...俺...
雨代と雷という友人が居る事で不安はないが緊張はするもんだ
顔を洗ってうがいをして昨日夕飯と一緒に買っておいたカレーパンを頬張る
「温めてもいいけどカレーパンすごく熱くなりそうだしなあ」
と独り言を残し着替えを済ませる
女子の制服と違って男子のはなんか、こう微妙な感じだな
学生服とブレザーが合わさったような中途半端な感じだ
俺の制服にも青の衣裳が施されている
六高2年生の証だ
思ったより早く起きてしまったので隣のあの子を起こしてやろう
電話をかけてみる
向こうからむにゃむにゃと声が聞こえる
「今あけてるよぉ〜」
ドアを開けて3号室へ
そこにはまだ着替えも済んでいない雷がデカいぐーよんのぬいぐるみを持ってフラフラと立っていた
「うわっ、朝弱くないよな?」
「夜更かししちゃってえ〜〜...」
いつもふわふわしているが別格のふわふわ感だ
「ちょ、ちょっと君ィ、そんな格好で表に出ようとしないの!」
「いまなんじ〜〜」
相当遅くまで起きていたみたいだ
少し目のやり場に困るが肩を揺らして意識を現世に連れてこよう
「うなにゃにゃなにゃなななな」
揺られながら何かを唱えている
安眠妨害の悪魔と戦っているのだろう
「ちょーっ!?」
起きた起きた
「なんで居るの!?」
「君が開いてるから入ってこいって言ったんですよ」
「も〜、なんか恥ずかしいとこ見られちゃったんじゃないの〜?」
肩にへなちょこパンチを受けながら玄関のドアを開け外へ出る
「はいはい、外で待ってますよ〜」
数分後ドアの向こうから声がかかる
「入っていいよ〜」
3号室の中へ入る
制服に着替え終わっている、早すぎないか
「そんな急がなくても良かったのに」
「だって待ってるし...」
「ね!それよりも朝ごはん食べてかない?」
カレーパンだけで午後までは持ちそうにはなかったと腹が答える
「「いただきます」」
雷の用意した朝食は食パンに味噌汁、バナナと冷たい麦茶だ
うーん、和洋折衷、南国を添えて
テレビを見ながら朝食を食べ
アパートを後にする
そうだ、雷が居るんだから帰りはともかく行きは一緒に行動すればいいんだ
覚えた道を確認しながら隣に向かって話しかける
「学校着いたら職員室の場所教えてくれ」
「手続きの時に来てるけど流石に忘れちゃったよね〜、うふふ」
「忘れちゃうよね〜ふふふふ〜」
ふわふわ会話をしているうちに六高へ到着
初登校だ
「じゃ、職員室に行ってくるからまた後で」
職員室に向かうと担任の先生は休みらしい
どういうことなんだ
「あー、君かな。今日から通学する、えー宝樹光一くん?」
「俺ぁ、柊 緑副担任だ。よろしくなー」
くたびれたような出立ちの30代そこそこくらいの男性教室はそう告げる
「よろしくお願いします、宝樹光一です。柊先生」
彼はイスから立ち上がり書類を持つ
「よし、担任も居ないから俺からクラスのみんなに挨拶するから着いておいでな」
教室まで案内をされ共に中へ入る
「という事で4月から席はあったがいろいろあって今日から通うことになった宝樹光一くんだー」
「宝樹光一です、1ヶ月空席でごめん、引っ越してきたばかりだからみんなよろしく」
「席は4月中居なかったからあの後ろのやつだ、黒板とか問題あれば後で言ってくれぇ」
前や中の方に使ってない席があったら邪魔なんだからそりゃそうだよな、でも好都合だ窓際の後ろの席なんて特等席と言えるだろう
前の席の生徒が声をかけてくる
薄めの茶髪、チャラそうにも見えるが転校生である俺に話しかけてくるから気を遣えるいい奴なのかもしれない
「俺、南方 真よろしく!」
「1ヶ月もどこに行ってたんだ?」
「火星を守るのに忙しかったんだ」
「ほほお、お前面白い奴だな。初登校でそんな冗談を言えるなんて」
「なんで1ヶ月も火星に居たんだ?」
「父さんが倒れちゃってな、増援待ってたんだ」
「え?マジなの、冗談なの、どっち」
「両方」
くだらないやり取りができる相手は見つかったようだ
昼休み
雷と街で出会ったゆなかが席に寄ってくる
「えっ?2人ともこいつと知り合い!?」
「私は昨日、街で会っただけ。雷は昔からの友達らしいわよ」
「うそ!一上さんの友達だったのお前!?」
なんだよ悪いかよ
「なんだよ悪いかよ」
そういえば昨日のゆなかの会話で出てきた「シン」ってこいつだったのか...
「雷から聞いたんだけどもう1人知り合いが居るんでしょ?」
「流石にもう1人は男の知り合いだよな?」
「いや」
「なんだよこいつ!モテ男なのか!?なんで引っ越し早々に女の子の友達がいるんだよ!」
「あんたは関係ないでしょ、何があっても」
「何があっても!?」
「光一くんとはだーいぶ昔に友達になったんだよ〜、ね〜」
「ねー」
「ねー、じゃねえよ!クソ〜はべらし太郎くんがよ〜!」
「逆に言うけど10歳くらいの時、女の子の友達いなかったのか?」
「ただそれが今になって再会したってだけだから」
「な、なるほどな...あえて時間を置いてから会った方があちいってやつか」
バカはほっとこう
「お昼食べようよ〜」
「そうね!雷たちの昔の話も聞きたいし!」
「飲み物ってここ売ってる?ちょっとそれだけ欲しいんだけど」
「1階の中庭に自販機あるぞ、ついてってやろうか?」
「よし、頼む!」
そうして真に案内されながら中庭までやってきた
「ちょっと俺トイレ!先に教室戻っててくれ!」
騒がしい男だな
でも案内してくれたお礼に何かジュースでも買って行ってやろう
そう思いながら自動販売機を探していると先客が居た
黒髪の少女が上の方の飲み物を買おうとしているが手が届かなくて困っているようだった
「これが欲しいの?」
彼女の押そうとしてる隣の同じ商品パッケージが載っているミネラルウォーターのボタンを押す
ガコンと音が鳴ると黒髪の小柄な彼女はしゃがんでペットボトルを自販機から取り出した
「あ、ありがとう...」
彼女は俺の方へ顔をあげる
すると目が合った彼女は少し驚いたような表情を見せたあとフッと下を向いてしまう
「いえいえ、なんか困ってたようだし」
彼女の制服には黄色いリボン
どうやら下級生、1年生のようだ
確かにこの自販機なんかやたらと高い位置に置いてあるな...
雨などの浸水を避けるためかコンクリートの台に自動販売機が置かれている
黒髪の少女はもう一度小さく感謝の言葉を置いて踵を返す
一際大きな腰のリボンの端がゆらゆらと揺れていた
コーラを2本買って教室へ戻る
「遅かったじゃないか!」
真が吠えている
「妖精が困ってたから」
適当に返事を返して缶コーラを1本、真に手渡す
「ほら、案内代だ!ありがとう」
「なんだお前...いい奴か?」
ゆなかが笑いかけて弁当を広げる
「お昼食べましょ!」
雷、ゆなかと真は弁当を持ってきていた
俺は昨日買っておいたパンをいくつか持ってきている
本当は小腹が空いたら食べるために買ったが今朝は朝食をご馳走になったから残りのパンを家から連れてきたのだ
「雷、弁当なんかいつ用意してたんだ」
「夜置いといたやつを入れただけだよ〜」
なんか朝はほわほわしてたのにする事はしっかりしているな
「そう言うあなたはコンビニのパン?」
「そんなんじゃもたないでしょ、男の子は」
「では、お恵みを...」
「いいぜ、これ食えよ!」
弁当のフタに唐揚げとミートボールが乗る
こいつの弁当は肉がメインらしい
「おにぎりあげるね〜」
「ポテトサラダどーぞ」
そうしてフタの上に即興の弁当が出来上がる
真がカバンから何か取り出す
「割り箸もあるぜ!」
なんで持ってんだ、助かるけど
「感謝、永遠に」
手を合わせ拝む
みんなから寄付された弁当を平らげ昼休みが終わろうとしていた
「トイレ行ってくる」
後ろからついて行こうか〜と真の声が聞こえる
背後にテキトーに手をふらふら振って遠慮の意志を示す
トイレから出て一息つくと隣にある階段を上っていく中庭で背伸をしていた黒髪の少女の後ろ姿が見えた
もう昼休みは終わるというのにどこに行くんだろうか
気にはなるが追いかけるのはやめておいた
もうチャイムが鳴るだろう教室に戻ろう
そういえば今日はまだ雨代を見かけていないな
昨日は用事で帰って行ったがまた学校で、といっていたのに
放課後
ふう...授業どこまでやってんのかわかんね〜よ〜
家で予習...?とかをしないといけないかもしれない
しんどい思考を頭から追い出した
ダンボールと一緒にゴミ箱に連れて行ってやるからな!
雷は部活に入っているようだった
裁縫とかなんか服とか作るような部活らしい
ゆなかは用事があるからとさっさと帰って行ってしまった
真はまだ前の席でぼーっとスマートフォンをいじっている
「なんだ?帰らないのか?」
「先生、質問です」
「なんでも聞きたまえ」
「日良坂 雨代って生徒は知ってるか?」
「ああ、6組に居る子だな。でも最近はあんまり見かけないな」
「去年もそんな感じだったっけな、まだ2年生に上がる前よりは見かける事は多かったけど」
「まさか、お前のもう1人の友達ってあの子か!?」
そうだが、という顔をして見せる
「かーっ!一上さんというふんわり美少女とも昔から友達で日良坂さんとかいう透明感少女とも仲良いのかよ!」
「昔、ここに来た時友達になっただけだっての」
「なるほどなあ、彼女候補はもう2人もいるわけだ」
「じゃ、帰るわ、ありがとな!」
「ちょ、そんなバッサリ斬り捨てて帰ろうとすんじゃねえよ」
「じゃあ一緒に帰るか?」
「おうよ、一上さんも部活行っちゃったし相手がいなくて寂しーんだろ〜?」
「あ、ちょっとトイレ行ってくる」
ここは2年1組の教室だ、黒板と反対側の扉から右へ真は歩いていく
1〜4組の教室を挟んでトイレがありその横は階段だ
階段を通り過ぎると5、6組の教室がある
そうか...トイレから向こうには行かなかったな
軽く廊下から教室を覗いてみようか
廊下に出ると真がトイレに入って行くところが見える
そのままトイレを通りすぎ5組の教室をなんとなしにサッと覗く
そして廊下に出てくる生徒たちを避けて6組の教室の前に来る
6組の教室の内には生徒が数人残っておしゃべりをしている
雨代の姿は見当たらない
聞いてみようか...
中にいる男子生徒に声をかける
「ごめんよ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何?」
「日良坂って今日来てた?」
「ああ、来てたよ。今日は3時間目あたりから教室にいたな」
3時間目?
遅刻でもしたのだろうか
「どうした?知り合い?お前もあんま見ない顔だけど」
転校してきた事を伝えお礼を言う
雨代、もう帰ってしまったのかな
廊下の先でトイレから出てきた真が見えた
「こっちだ、こっち」
手招きして存在を示す
「日良坂さんが居ないか確認してたのか?」
「ああ、今日は3時間目あたりから来てたってクラスのやつに聞いたよ」
「もう帰っちゃったんじゃないのか?」
「そうかもな...」
ふと土曜日の事を思い出す
雨代と再会した屋上での事を
「ちょっと屋上見てくる」
「なんで屋上なんだよ」
待ってなくてもいいぞ、と伝えすぐそこの階段を上がる
階段の下から「下行って日良坂さん居たら教えてやるよ〜」と聞こえてくる
結構世話焼きなんだな、あいつ
3階は音楽室やら実習系の特別教室がある階だ
校舎がまあまあ大きく3階のどの教室もそこそこの広さがあるらしいというのを昼休みに聞いた事を思い出す
3階には今は用はない
そのまま屋上への扉を開けてみる
そこには屋上の塀に背を預け座り込んでいる雨代の姿があった
「こんなとこで何してたんだ?」
歩み寄る
「あ、光一!」
「ちょっと夕涼み」
「どうしたんだ?」
「学校、遅れて来たらしいじゃないか」
座り込んでいる彼女の前に立つ
「あはは、ちょっと寝坊しちゃって」
ぎこちない空気を感じる
真が言っていた事を思い出す
「ああ、6組に居る子だな。でも最近はあんまり見かけないな」
「去年もそんな感じだったっけな、まだ2年生に上がる前よりは見かける事は多かったけど」
ー回想終了ー
「クラスのやつから聞いたんだけどさ、もしかしてあんま学校来てないのか?」
「えっ!?」
「いじめられてるとかじゃないだろうな?」
雨代は正直でいい奴なのは知っている
でもいい奴っていうのは結構目の敵にされることもあるのを俺は知っている
「いじめ!?そんなのないよ、そんな事されたら頭突きしちゃうもんね!」
確かにただいじめられるような奴ではないか
だが何か隠しているのはわかる
こいつは正直だからな
しかし言いたくない事もあるだろうし詮索はやめておいた
調子の悪い日くらい俺でもある
「そうか、ならいいんだ。学校で会えると思って探してたんだよ」
「ごめん、心配かけちゃったね」
「でも大丈夫!」
雨代は立ち上がって見上げてくる
「一緒に帰らないか?」
「うん!そうしよ!」
真も待っているかもしれない
雨代にその事を告げて一緒に下駄箱まで行くと真がそこで待っていた
「お、来たな...って会えたんだな!」
「下駄箱に日良坂さんの靴があったから学校の中に居るってわかったからここで張ってたんだ」
「宝樹が探してたぞ〜って教えるために」
ありがたいがなんか気色悪い事をしてるな
「ありがとうよ、でも靴覗くのはなんか変態っぽいからやめておけ」
「こんなもんじゃないぜ」
何を胸を張っている
「いいよ、気にしないよ」
「光一ったらもうクラスの友達できたんだ?」
「うお、呼び捨て!?」
「もしかして結構お進みの仲ですかいねえ!」
「そ、そんなんじゃないよお、昔からこう呼んでたからだし」
「お前、恵まれてるぞ」
何をしみじみ言っている
「わかったよ、俺、先帰る!つもる話もあるんだろ?」
じゃあな!と元気に言い放ち真は自転車置き場へと走って行った
なんなんだ
「帰るか」
「うん!」
雨代は歩いて学校に来ているらしい
確かに土曜日もそのまま帰っていたな
「ね?ちょっと寄り道しない?」
左で歩いている雨代がこちらを覗き込む
「いいけど、どこ行くんだ」
「ついてくればわかるよ!」
楽しそうな笑顔を向けて少し前へ駆けていく雨代を小走りで追いかける
ここっ!と手をいっぱいに広げて彼女はこちらの反応を待っている
「公園?」
あんまり記憶にない場所だ
「一緒に遊んでた公園だよ!」
「覚えてない?」
うーん、こんな...
「こんな大きかったっけ?」
記憶とはあまり一致しない
「あ、そっか。光一が居ない間に増築?なんかおっきくなったんだった」
「でもここが昔遊んでた公園だよ!」
「なんで大きくなったんだ?」
子供の人口でも増えたのだろうか
「カミナリがね、落ちて近くにあった建物が燃えたの」
「ほとんど廃墟みたいなものだったらしくて片付けが終わった後そのまま公園の土地みたいになっちゃったの」
「カミナリがねえ...」
「だからその時燃え移った遊具は取り壊されて新しいのになったり配置が変わったんだ」
そう言う彼女の少し寂しそうな横顔を見て表情が移ってしまう
確かにあった思い出の場所が違う形になっていることに感傷を感じるのはわかる
「ブランコをしたよな」
「俺がブランコに乗った雨代の背中を押してさ」
「うんうん」
頷く雨代
「勢いが強くなって怖がって泣いてたよな」
「うんう...な、泣いてないよ!」
膨れっ面で訴えてくる彼女を放っておいて新しく配置されたであろうブランコに近づく
「じゃあ今度は逆に押してくれ」
ブランコに腰を落とし雨代に顔を向ける
「いいよー、一周させちゃうぞー」
そう言って笑う彼女は背後に回る
背中に小さな圧力がかかる
「押すよ〜」
背に置かれている手から温かなものを感じる
ゆっくりと動くブランコに足でわずかにブレーキをかけておく
「うぐぐぐっ...」
背中が熱くなるくらいの力を感じる
負けないぜ?
足に力を入れて前方へと向かう威力を相殺していく
「ああっ!ブレーキかけてるう!?」
気づかれたか
そうして彼女はぐりぐりと頭を背中に押し付けてくる
「いて、いてて、背骨が無くなる!」
「背骨削りの刑だっ」
押し付けてくる頭から逃げると勢いの押し付けるものがなくなった雨代がすっ飛んでくる
「ひゃっ!?」
転びかけた彼女を受け止める
「ごめんごめん、大丈夫か?」
「急に逃げないでよ〜」
涙目になっている温かな生き物の肩をぽんぽんと叩いてやる
「そ、その、もう離していいよ...?」
顔を少し赤らめた雨代がうつむく
「あ、すまん」
周りに人がいなくてよかった
昔からの友達とはいえセクハラをしてるように見えたかもしれない事を反省し少し後ろに下がる
雨代はまだ顔が赤い
なんだかこっちも照れそうになる
「じゃ、今日はもう帰るね!」
「ウチ、こっちだから!」
はにかんだ彼女は走って公園の外へ出て行く
「光一〜!またねー!」
石鹸のような香りを残したまま
透き通った髪と夏服のリボンをなびかせて遠ざかって行く後ろ姿を見送った
受け止めた手にまだ彼女の体温が残っている気がした
「あれ、ここどこだ?」
連れてこられた公園はアパートからは少し離れていたようだった
なんとか地図アプリを使いアパートまで帰ることができた
雨代め〜〜〜
ポケットにスマートフォンをしまうと同時に通知が鳴る
雷から何かメッセージが来ている
雷:今どこ?
3号室には電気がついている
雨代と公園で過ごしてる間に雷は家に帰っていたらしい
雷の部屋のドアの前に立ちインターホンを鳴らす
「こ〜こ〜だ〜よ〜」
某日曜日家族の家に来た小学生のように声を張る
ドアが開く
「おっす、オラ光一」
「あっ!帰ってきてたの?」
「今な」
「夜ご飯一緒に食べない?」
話を聞くとクラスメイトの湯ノ永和ゆなかと夕飯を食べる約束をしてるらしい
雷の家にゆなかが来るという事で隣の部屋に居るんだから一緒にどうか?と誘ってくれたようだ
まだゆなかは来てないらしく雷は暇を持て余していたようだった
「荷物置いたりする事してからお邪魔させてもらうかな」
自分の部屋のドアを開けながら隣で話を聞いている雷に声をかけていると横から開いた4号室のドアへスッと彼女は入っていく
「じゃあおじゃましまーす」
なんでだよ
「まーまー片付いたね〜」
まあね、という顔を見せてリュックを置く
洗面所で手を洗い、うがいをする
この後には雷の部屋でご相伴にあずからせてもらうわけだから私服に着替えておくか
ダンボールから出しておいた服のビルから適当なものを探す
「あ、その、おかまいなく〜?」
制服の上着を脱いだ事で着替える事に気づいた雷は特にどうも思わず居座っている
自分は寝起きの姿を見られて焦っていたくせに
「トランクス派......」
しっかり見てんじゃねえ
「セクハラですよ、お嬢様」
「お嫁に行けない?」
今朝の姿を写真にでも撮っておいてやればよかった
さっき発掘した適当に過ごしやすい服を着て冷蔵庫に向かい雷に麦茶を出す
「ありがとね〜」
「そういや何を食べるんだ?」
ディナーのメニューをリッスンだ
「今日はね〜チキンライス祭り〜!」
なんだそれは
ちょっと面白い事を言っているのに雷は真剣だ
「そういや料理、得意なんだな」
「光一くんは料理しない?」
あんまり縁がないが胸を張ってこう言う
「ラーメン作るぜ」
インスタントのだがね
「ラーメンも良いよね〜」
「美味しいしー」
取り留めのない会話を繰り広げていると雷のスマートフォンが謎の歌を発する
着信だ
「もしもし〜」
「あ、うん、おっけー」
「そうそう!光一くんも呼んだよ〜」
「はーい」
通話終了
「もう近くまで来てるって」
「今更だけど俺が居てよかったのか?」
「邪魔じゃない?」
「ゆなちゃんも良いって言ってたよ〜」
「光一くんの事心配してたし」
へえ、雷とゆなかの間でどんな会話があったのだろう
「やっほ」
ゆなかから雷に着いたとメッセージが送られて俺の部屋を出るとゆなかが荷物を持って玄関の前に立っていた
「本当に仲いいのね、この子いつもニコニコしてるけどいつもよりニコニコしてるわ」
「もっ、も〜!早く家入ろ〜」
笑ったまま八の字に眉を曲げながら雷はカギをドアに差し込む
4号室から3号室へとフィールドを移す
朝はあまり気にならなかったが明るい雰囲気の部屋だ
ゆなかは勝手知った自分の家のように洗面所へ行き手を洗うそしてリビングへ進んでいく
「結構一緒に夕飯食べてるのか?」
ゆなかの背中に質問を投げかける
彼女はそのままリビングにある低いテーブルの前に腰を下ろしてテレビの電源を入れる
マジでお前の家かよ
「ええ、雷のご飯はおいしいもの!」
言い放ちニカッ、と笑う
「確かにな...」
うんうん、おにぎりはなんとも美味かった
そうこうしていると雷は料理を始めたらしくキッチンからいろんな音が聞こえてくる
ゆなかに習いテーブルの前に座りテレビに映るバラエティ番組を目に入れる
何か手伝おうかとも思い声をかけたがゆっくりしてて〜と返事が返ってくる
「宝樹くん、昔から雷とは友達だったけど最近までは連絡もとってなかったのよね?」
「ん、ああ、出会った頃はケータイ持たせてもらってなかったし」
「あの子、元気そうだけどたまに学校を休むのよ」
「聞いても立ちくらみがして、とか」
「風邪気味で、とか言うんだけど」
彼女は心配そうな顔をする
「気のせいならいいんだけど、昔より休む頻度が上がってるから気にしてあげて」
「私も気にしてるけど全然あの子弱音を吐かないから」
昨日雷が立ちくらみを起こした事を思い出す
持病でもあるのだろうか
「あなたには結構気を許してるらしいからもし何かあったら教えて?」
「もし無理をしてるなら私だって何か力になりたい」
あまり確かな事はわからない
6年前はそんな素振りはなかったと記憶している
でも自分もガキだったからそんなことに気を配ることなんかしてなかったかもしれない
「雷が言わないならなんでもないのかもしれないけどね」
と付け加えテレビのチャンネルを変える
芸人の炸裂するギャグから男女の言い争う声に切り替わる
私これまあまあ好きなのよね、と言いながらゆなかはドラマを観ている
それから数分後
「お待たせ〜」
綺麗に盛り付けられたチキンライスを手にした雷が現れる
ほほう
見るからにうまそうだ、と脳が訴えてくる
「「いただきまーす」」
テレビの中では男が手にいっぱいのバラを泣いてる女に渡している
「そうよ!カオリはそうして欲しかったのよ!」
ゆなかはドラマを観てエキサイトしている
自分の家か?
「ご馳走様、おいしかったよ」
チキンライスを食べ尽くし皿を持って立つ
「あ、いいよいいよ、私が下げるからゆっくりしててー」
雷は俺から皿を受け取りキッチンへ持って行く
「いいわ!そのまま連れ帰るのよ!」
エキサイト続行
まだ彼女の皿にはチキンライスが少し残っている
俺は雷を追いかけキッチンへと歩いて行く
「湯ノ永和っていつもお前の家であんな感じか?」
「そうだよ?」
まあ...気を遣わない関係ならそれでいいか...
ドラマを観終わったゆなかが空になった皿を持ってキッチンへやってくる
「今日もおいしかったわ、ご馳走様」
「2人が美味しく食べてくれたならよかったよ〜」
雷はニコニコとしながらゆなかから皿を受け取る
「洗い物、するわ!」
「あ、宝樹くんは空になったコップ持ってきて」
仰せのままに
時刻は10時を回ろうとしていた
また明日も学校だ
ゆなかと俺は雷にもう一度ご馳走様を言って3号室を出る
「じゃ、また明日学校で、さよなら!」
「また明日〜」
「気をつけて帰れよ〜」
手を振って去って行くゆなかを見送る
「光一くんもまた明日ね」
「おう、おやすみ」
4号室のドアを開け、雷を一瞥し手を少し上げて中に入る
さて、お風呂に入ってゆっくりしよう
とスマートフォンをリビングに置こうとした時それが目に入った
ピンクの背景にぐーよんの描かれたスマートフォンが転がっている
ゆなかを待っている時に雷が置き忘れたのだろう
俺はぐーよんスマホを持って3号室のインターホンを鳴らす
「らーい、忘れ物してるぞー」
ドアの向こうに声をかける
雷がドアの隙間から顔を覗かせる
「ご、ごめ〜ん、ありがと〜」
少しだけ開いたドアの隙間から腕が伸びてくる
「どした」
出てきた手に問うてみる
「い、今お風呂入ろうとしてて...」
さっきまで長袖だったはずの腕にはそれがない
「じゃっ!あ、ありがと!」
ドアが閉まる
......
もしかして脱いでた?
どこまで?という疑問を無理やりかき消し部屋へ戻る
俺もお風呂に入ろう
やっぱり湯船はいい
さっぱりした最高の気分でベッドに倒れ込む
そしてSNSを適当に流し見し
最近忙しくて起動していなかったソシャゲをタップする
一通りやり尽くし充電ケーブルに差し込み
共に眠る
5月2日
アラームの鳴る
叡智グラフィティの名曲、ゴーストガールの激しいイントロが脳にガツンと響く
もう朝か...
何か懐かしい夢を見た気がする
体を起こし支度を始める
テレビの電源を入れる
ニュースがやっていて天気予報のコーナーだ
「玉脚市晴れときどき曇りで去年と同程度の気温の21度。折りたたみ傘があると安心です」
傘...
そういえば傘なんか用意するのを忘れていた
今降ってないなら大丈夫だろう
晴れときどき曇りなんだからな
支度を済ませ、ふと思いつぶやく
「雷、今日はお越しに来なかったな」
昨日は俺が早く起きたもんだからいいとして...
少し気になったので登校にはまだ早いが隣の部屋のインターホンを押す
インターホンがブツツとノイズを混じらせて音を出す
「光一くん?」
「起きてたか、いや起こしに来るものかと思って」
それもあるが昨日のゆなかの言葉を思い出す
「あ.......光一くん、今日は私、お休みするね...」
「だ、大丈夫か!?」
「ちょっと貧血?...みたいだから」
インターホンの向こうで少し笑ったような表情をしながらもしょぼくれた様子をしているのが目に浮かぶ
そんな声色だった
「横になってたら大丈夫だから、そんなに心配しないで」
「そ、そうか...?」
「先生にはもう電話しておいたから大丈夫」
「わかった、しっかりがっちり寝るんだぞ!」
「ふふっ、はーい」
後ろ髪を引かれる思いだがそろそろ出発しないと遅刻する
学校近くの道で真の後ろ姿をみつける
「おっす、おはよう」
「おーおう、おはようさん!」
「なんだ一上さんと一緒じゃないのか?」
「ああ、今日は休むってさ」
「おい、大丈夫なのかよ」
「貧血らしい」
「ああー、一上さん結構か弱い感じするもんなあ」
「血を見たらクラクラするような感じのさ」
真は目を閉じ何かに浸っている
心配してんだかしてないんだか
周りには六高の生徒の姿が増えてきていた
「ちょっと気になるんだけど」
「何が?」
気の抜けた声で返事が返ってくる
「雨代が夏服着てたんだけど、衣替えってどうなってんだ?」
「ああー、確かに日良坂さんは夏の制服着てるなあ」
「ウチのガッコ数年前から衣替えってもんが無くなったんだよ」
「え?そういうのアリ?」
「ん、ああ。この辺ってさあ、気候狂ってんのか夏がないんだよ。春、秋、冬」
なに?
「えーっと、ん?」
「そりゃ7月や8月は来るよ」
「でもなんか全然気温上がらなくなってなあ」
「だから3年前くらいには学校の衣替えってのは市が丸ごと無くしたんだよ」
「学生にふさわしい格好であれば良しとする、ってね」
「ウチなら制服ならどっち着てても良いし、最悪体操服でもいいよ。ウチのガッコそういうのゆるゆるだから」
そんなことがあるのか…
「でも好きに着てていいのは楽だぜー?」
「衣替えあっても暑い日とか寒い日ってあったじゃん?そういう不便がないし」
ま、ここ夏無いんだけど。と真は付け足し歩を進める
どうもここの生徒や住人にはそれがもう日常になっているらしい
そりゃ気候に合わせて着てれば良いんだから不満もないし衣替えが無い事は生徒にとっては良いことかもしれない
「まー、夏服の方が?露出が増えて目の栄養にはなるんだけどな〜」
「もーウチの女子たちはほとんど冬服でカッチリ腕も脚も隠しちゃってさあ」
「でもこう、ラッピングされた様な感じもして乙な、粋なとこもあるよな?」
右で歩くこいつはアホの同意を求めてくる
学校の門を潜り抜け下駄箱で靴をしまいこみ階段を登る
今日も1日が始まる音がした
夏の消失、か…
授業を受けている間もその事が頭の中にずっと残りなんだか気が散って仕方がなかった
昼休みを知らせるチャイムの音が鳴る
雨代のいるであろう6組へと顔を出そうと思っていたら向こうからやって来た
「おはよー、光一〜」
「おはよう、っても昼休みだけどな」
「日良坂さんも一緒にお昼食べない?」
「いいわね、宝樹くんも食べるでしょ?」
2人は弁当を取り出す
「お弁当じゃなくて今日は学食いくつもりなんだけど…」
雨代は誘ってもらったのに、と狼狽えている
「俺も今日は学食を食べようと思ってお昼代持ってきたんだ」
「だから学食に行ってみんなで食べよう」
「ふむふむ、弁当持って食堂で食べるのも乙なもんかもな」
「そうね、せっかくだから一緒に食べましょ!」
「こ、光一、ありがとう」
別にお礼を言われる様なことでもないがこう返しておく
「構いませんよ、お嬢様」
「おじょっ!?」
雨代はまた変な鳴き声を出し照れている
ゆなかが笑う
うふふふふ、あははははと笑うみんなと共に学食へ向かうため廊下に出る
反対の校舎にはいつかの背伸び少女が歩いているのが見えた
また水でも買いに行くのだろうか
学食に着くと半分の席は生徒が陣取っている
「私たちが席取っておくから買って来なさいよ!」
「頼んだっ」
真とゆなかに席取りを託し雨代に注文方法を聞く
「おばちゃんに言えばいいんだよ」
めちゃシンプル
注文を言い、その場でお金を払う
メモをちぎったであろう手書きの番号札を持ち受付の近くで待つ
人気メニューはカツカレーらしく雨代はそれを注文する
たくさんの生徒に囲まれているとやはり雨代だけが夏服を纏っている
体操服の生徒もいるがほとんどはジャージを着ている
彼女だけが一足早い夏の中にいるようで何か胸がざわつく
急に感じた不安をかき消すように雨代が明るく声をかけてくる
「光一もこれにする?おいしいよ?」
ああ、と一声かけて受付にいるおばちゃんにただのカレーを注文する
雨代が背後で「なんで普通の!?」とツッこんでいる
それ、それそれ、その反応が欲しかった
まだカツカレーは時期尚早、このノーマルカレーで食堂の味を確かめてやる
雨代が何かわめいている
ははは
彼女と出来上がった注文の品を持ち弁当組みを探す
こっちだぞ〜っと真が立ち上がりアピールをしてくる
見つけたぞ!
「あら、カツカレーじゃなくて普通の頼んだの?」
「まだ早い」
「なにがだよっ」
テーブルを挟んだ向こうでカツを口に運びながらバシッと雨代のツッコミが入る
「ああ、お前にはまだ早い!」
弁当のおかずの唐揚げを箸で掴みながら無駄に真剣な顔で何かを言ってくる
「はい、師匠」
「なんのだよ!」
カレーを口に頬張りながら雨代がツッコミを炸裂させる
くすくすとゆなかが笑っている
しかし思い出したように表情を曇らせ
「雷、心配ね」
「昨日の夜は元気...だったのに」
「ああ、夜は元気そうだったな。今朝は起きてた、家でゆっくり寝るって言ってた」
少し不安さが蘇る
「心配だなあ、っておい!」
「なんでお前が夜の一上さんの様子知ってんだよ!」
こいつ...
「雷に誘われて夕飯を一緒に食べたのよ」
湯ノ永和さん?ヒートアップさせるようなこと言わないで?
「一緒に夕飯を食べる仲だってえ!?」
「友達だって言ったろ」
「そ、そうか...なんかうまく丸め込まれてる気がするけども...」
雨代は1人、カレーと格闘している
「ほら、喋ってないで食べきっちゃおうぜ」
まだ弁当が残ってる真に声をかける
「じゃーねー、また後でー」
6組に帰っていく雨代の姿を見て胸のざわつきが再燃する
冬服の生徒に混じり小さな体で夏を体現する彼女を目で追う
なぜ、夏がなくなったのか
ここで過ごしてる人たちはもうこの状況に慣れきっている
まだ5月が始まったばかりだと言うのに夏の心配をしている自分に少し苦笑しつつ午後の授業を受けるため教室へ戻る
夏について後で、調べてみよう
授業は終わり放課後が顔を出す
まずは近場の人間に聞いてみよう
目の前にいる真へ声をかける
「夏がいつから無いって?」
えーっとなあ...と考え込む横で話を聞いていたゆなかが割り込んでくる
「5年くらい前じゃないかしら?」
「ああー、それくらいだったかなあ」
俺の背後にいつからか立っていた副担任の柊先生が俺とゆなかの隙間から顔をひょこっと出して言う
「6年前だ」
「うわっ、柊先生!?」
ゆなかが隣で驚く
「6年前ですか」
「ああ、間違いない。その年の9月...あたりから気温が急に下がった」
「普通は短くても長くても残暑があるだろ。だがしかしその年に夏のような暑さは1日もない」
柊先生はどこか遠くを見ながら次、口にする言葉を考えているようだった
「確かに暑さがなくなりましたよねえ」
「そうそう、急に春とか秋みたいになっちゃってママが文句を言ってたわ!」
柊先生は俺を見て訪ねてくる
「宝樹は...なぜそんな事を気にしている?」
「なんか無性に気になっちゃって」
「俺がこの街にある親戚の家に今頃遊びに来てたんです、ゴールデンウィークだったこともあって」
そういやこの学校にはゴールデンウィークが無いのか?
世間では大体休みのはずなのに...
そんな考えが顔に出てしまったのか先生が「ああ」と一言
「玉脚市にはちょっと特殊な祭りがあってな。市がゴールデンウィークをそこにズラしてる」
普通に休んでる企業もあるがな、と付け加え話を戻すよう目で訴えてくる
「あー、だから、えーっとその時はもう夏の始まり?みたいな気候だなあってのを思い出して...」
「確かに不思議な話だよな、夏がなくなっちまうなんてよ」
「夏服全然買わなくなっちゃった」
「まあ夏の暑さを懐かし〜な〜って思うこともあるけど暑いよりはいいしな!」
柊先生はまた紡ぐ言葉を探しているのか口元に手をやる
「ウチの学校には日誌部があった」
「毎日の些細な事を書き留める...文芸部に近いような活動をしていた」
「そこで書かれた日誌はまとめて冊子になっている、3階の図書室に収められているはずだ。気になるなら見てみるといい」
「あんな冊子は誰も借りて行かないからな」
気が済んだのか先生はゆっくりと背中を見せて後ろ側の戸から教室を出ていく
左手を肩のあたりまで上げている
挨拶の代わりだろうか
「先生があんなに授業やホームルーム以外で喋るの初めて見た」
「いっつもだるそうにしてるもんなあ」
先生が出て行ったところから雨代がやってくる
「こーいち〜、一緒に帰ろーよー」
「悪い、ちょっと図書室に用ができた。待っててくれたら一緒に帰れるけど」
「じゃー、屋上に居るから帰る時声かけてよ」
着いてくるかと思ったけどその気はないらしい
「雷のお見舞い行こうね」
と言った彼女を残し教室を出ていく
「じゃあ俺は帰るわ」
「私もそうしよ、宝樹くんもあんまり雨代ちゃんを待たせないようにね」
そう言い残し2人は教室から出て行った
よし、3階の図書室を目指そう
図書室の戸を開け中に踏み入る
話に聞いた通りやたら広いがあまり人が居ない...
それもそうか
学校の本に用があった事なんか全くと言って無い
俺だけかもしれないけど...
背の高い本棚がずらりと並ぶ中、上に記載されているジャンルの項目を見る
端から項目を見て目当ての物を探す
本棚でひしめく決して広くはない通路を突き当たりまで歩き曲がろうとしたとき
何かにぶつかった
上を見てよそ見をしていたが衝撃に驚き下を見やる
そこにはいつかの自動販売機の前で背伸びしていた黒髪の少女がいくつかの本とともに地面に転がっていた
「ご、ごめんなさい」
「いや、よそ見をしていたこっちが悪い!」
「ごめんよ、立てるか?」
手を差し出す
床に尻もちをついている彼女引っ張り起こし床に散らばった本を拾うためしゃがむ
「どこかケガしてないか?頭打ったとか」
申し訳なさそうに立ち尽くす彼女に顔を向けたまま本を拾う
「いえ、大丈夫です、先輩はあの時のお水の...」
少し分厚い本と共にいくつかの薄い冊子がそこにはあった
冊子に書かれたタイトルが目に入る
六高日誌部 活動誌
薄い冊子全てにそのタイトルが記載されている
俺の目当ての物だ
「君も日誌部の冊子を借りに来たんだな」
「え?」
少女は不思議そうな顔をする
理由を話したら冊子はどこにあってまだ借りてないものはあるか聞けるかもしれない
「君はここにずっと住んでるのかな?俺はつい最近こっちに引っ越してきたんだけど」
「ほら...夏がいつ頃かから、なくなったらしいじゃないか」
「先生に聞いたらその時の様子が記録されてるかもしれないって教えてくれてな」
少女の表情が変わる
体を前に乗り出すように1歩近寄ってくる
「先輩もこの街の夏について調べてるんですか!?」
黒髪の落ち着いた目の少女は真剣な顔をしてそう言った
彼女が落とし、俺が手にした分厚い本にはタイトルが刻まれていた
よくわかる気象学について、と
全6章の予定です