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48. 再拘束 2

投稿が滞ってしまい、大変申し訳ございません。

体調をしっかり目に崩し、ベッドから動けずにおりました。また更新頻度を戻せるよう気合いを入れ直してまいります。

もう少ししたら、閑話と題しまして、小話を入れさせていただく予定です。

その際に、また気になる狼の話でも。


48. Retether 2


私がどこまで催し物を見物していたかどうか、ですって?


誤解なさらないでください。

面白くなくて、離席したんじゃない。

できれば、最後まで見ていたかったと、本気で思っておりますとも。


興味がなければ、そもそも再び、私を奴隷に仕立て上げた彼らの前に姿を晒したりなんかしませんよ。

決着がつくのを見届けるために。あのヴァイキングどもの冷ややかな視線にも耐え、わざわざ特等席のチケットまで買ってやったのです。

僕の身代わりが、きちんと役目を全うして、

狼に喰い殺されるのを、この目で見届ける、それだけのために。


手に汗握る展開など端から期待などしていませんでした。

私だって、人間ですから、感情の移入がなかったと言えば嘘になりますが、別にどちらを応援するでもありませんでした。


ああいうので暇を潰すのは、大衆の娯楽の中でも、最も下劣な者であると知っていましたし。

案の定、時間よりも前に到着しようとする心配性が仇となりました。

前の試合の、まあつまらないこと。少しは躊躇があっても良いとは思いますが、飲み物を手に戻ってみても、まだ、だらだらとやっている。


この調子で、お目当ての試合も繰り広げられてしまっては堪らない。

私の対戦相手が、無慈悲であることを懸命に願おう。


…そんな私が、耐えきれずに離席したのは、狼が剣闘士の喉に覆い被さったところでした。

ああ、終わったな。

やっとだ。存外に、はらはらさせてくれた。

その先は、見ていられないと思った訳では、決してありませんでしたが。

しかし観客の下品な歓声に耐えきれず、私は一人、会場を後にしたのでした。


「……。」


夜空の見える闘技場にも関わらずむさ苦しい空気だった。外気に頬を晒され、ようやくまともに自分の心の言葉が聞こえるようになる。


別に、やっぱり今の試合に対する感想は浮かばない。


「でも、これで私は自由だ。」


そう、マントの裏で、手を握りしめて実感を喜ぶので良い。

特段、複雑な心境を抱えた訳ではないが。でも、と私が心のうちで口にしたのだという事実ほど忘れたいものはなかった。


さあ、これから、どうする?


とりあえず、私が捕えられる前のままでいてくれた屋敷に、戻るとしよう。奴隷も手放したことだし、この数週間の間に、私が享受し損ねた特権の全ての価値を確かめたい。

忌まわしい教会が、目の前に建てられていたのを見た。きっとヴァイキングの趣向だろう。別に良い、窓の景色など見たいと思ったことはない。


きっとあの狼は、再び私に接触を試みることだろう。

私を生かした理由が何かを確かめるのは、その時だ。

尽きぬ食い扶持などではないだろう。

値打ちが自分でも分からない地位を借り、人間にはたらきかける為の交渉材料にするだろうか。


私を救うために一役買ってくれたという妹君と引き合わせようとするのはほぼ確実で。そこからだ。

彼女の方の血筋は、一体どれほどヴァイキングによって辱めを受けているのか知らないが、できれば関わりたくないのが本音だ。

再建など、何の興味もなかった。

今までと変わらず、私がヴァイキングなど知らなかった頃と同じように、何不自由ない余暇を享受させてもらえれば、私はそれだけで良い。


嫌だと言えば、喰らわれるだろうか。

願わくば…



ヴァァァーーーン…



その直後、耳にしたことのない爆音が空を裂き、幾羽ものカラスの鳴き声だけが西を舞う。


「……!?」


それが、武器であるのかも分からなかった。そうだとして、誰が、どいつに向けて放ったものかも、想像が付かない。


「なんだ…今の…?」


しかし、それは、まだ試合が終わっていなくて。

その上、勝敗が変わることが起きたことの、何よりの証左なのではないか。


戻らなきゃ。

何か、よくないことが起きている。臆病風に吹かれている場合ではない。

確かめる理由が、身代わりの安否であるとは思わなかったが、今後の自分のためにも、確かめなくてはならないような気がしたので。


「あ、あ……」


振り返った僕は、その景色が目に焼き付いてしまう前に目をきつく瞑り、マントを翻して走り出す。


フードが顔を隠さずとも、もう関係ないだろう。

僕は、死んだんだ。きっとそうだ。そうに違いない。


夜景に、燃え盛る闘技場が燭台の蝋燭を眼球に押し付けられたようだった。


たった一夜で、狼と人間が取っ組みあっただけで?

あの場を去ることにして正解だった。あれに巻き込まれていたら、どうなっていたかわからない。


「とんだ外来種が…」


やはり、このような形ばかりの寛容を示してはならなかったのだ。

徹底的に排除せよとの父の意向は正しかった。

ヴァイキングの徒党どもは、とんでもないものを、この国に持ち込んだらしい。


本当に、私が戦うことにならなくてよかった。

あんなの、ただの人間が太刀打ちできる代物ではない。

八百長なんてものではない、一方的な嬲り殺しで会場が湧く。


(はた)から見ている限りでは、実体験はまた、違うように供述するだろうが、それは取り憑かれていると形容する他なかった。


どうやら、あのFenrirと名乗る狼、神様かどうかは置いておいて、人外の力の中でも恐るべきものを備えていることは疑いようがない。


そしてその顕現に、何らかの憑代を必要としているらしかった。

それが、私の身代わりとなった、あのSirikiという青年であるのだ。


そして、それに相対する狼、あれにも、後ろに、誰かがいる。


そいつも、戦線に出てきたのだ。


そして、その結果が、これだ。



「はぁっ…はぁっ…あぁっ…」


早く、早く帰らなきゃ。

屋敷の中に篭って、決して狼が街を彷徨く時間に出歩いてはならない。


火の粉の熱気が、背中を焼くような錯覚に襲われる。

狼の影が、私を追い越して、先回りをしている気がする。


「わ、私だっ…早くっ…!」


「あ、けろっ…」


「おい…誰かいるか!戻ったぞ!」


「どいつもこいつも、主の帰りに…!」


案の定、門に夜警をする騎士も、玄関の灯りを絶やさぬ召使いもいない。

怒りに身を任せて、庭木の根を蹴ってやろうと足を引いて。

ゆっくりと空を見上げる。


「……。」


ただ、そこにいたのは。


「あ、ああ…」


「遅かった、ですね…」


そう。

巨大な、巨大な、狼の姿をした、精霊だったのです。



「…こいつの監禁は任せた。」



幾重にも重なって、変調されて聞こえたが、紛れもなく、私を奴隷市場から救い出した狼の声に相違なかった。

これが、貴方の真の姿。

確かに人前に晒したくないと思うのも、納得だ。

燃えるようなゆらめきと相反し、吹雪の向こうに見える景色のような不透明な毛皮の中に、不気味に熱を帯びた黄色の瞳だけが、私を捕えて離さない。


「俺が再びお前の元に姿を現すまで、絶対に逃すんじゃないぞ。」


「お前の、得意分野だろう?」


「…はい、お任せください。」


こうなってしまった以上は、従う他にあるまい。


「それと、その間、こいつに何も喋らせるな。」


私は、片方の眉を顰めて、不満をそれとなく示す。


「…なぜです?」


「こいつに許して良いのは、呼吸だけだ。」


「糞尿も、漏らさせておけ。食事はおろか、水も与えなくて良い。」


「こいつと会話をしようと思うな。」


「今までこいつがしてきた仕打ちを思って、何か楽しみたい気持ちは理解するが、それも俺が、もう一度お前の前に現れてからにしろ。全てが台無しになるようなら、お前と接触した意味もなくなる。お前に見返りを齎してやりたいと思う気持ちもな。」


「いいな?」


ふうん、理由は教えたくないって感じですか。

私は震える膝を外套の裾に隠し、心のうちで強がるのに必死でした。


「…わかっています。仰せの通りに、致しますとも。」


「ただ、一応、聞いておきたいのですが。」


「これ、誰なんです?」


「重要参考人、とでも言っておこう。」


「それは、私ではなく、貴方にとって、ですか?」


「お前にとって価値がなければ、宿泊料を払わなければならないのか?」


「まさか。貴方がお連れになった方は誰でも、丁重に扱わせて頂きますとも。」



「…その死体も、よろしければ、こちらでお引き取りしますよ?」


「そいつだけで良い。逃げる可能性があるから、お前に任せているんだ。」


「それ、どうするんです?」


「貴方が、食べるんですか…?」


食い下がったが、険しくなった視線を見て、やめておけばよかったと思った。

ただの狼がそうするのと、こんな巨大な怪物に見下ろされるのでは、あまりにも勝手が違う。


「…わかりましたよ。絶対に、貴方がいらっしゃるまで、こちらでお預かりしておきます。」


「逃げ出したら、ただじゃ置かないからな。」


「信用されていないんですね。…ですが、ご心配には、及ばないかと。」


「というか、でないと、私に頼みませんよね。」


知っているのでしょう?私のこと。趣味とか。

神様と言うからには。


「ふん…」




「また来る。それまで、妙な動きはとるなよ。」


軽蔑の眼差しが、僕に対する信頼の証だ。

そう言い残すと、狼は西へ向かって、不愉快な寒風を残して駆けて行った。


「行ってしまった…」


尻餅をつかずに、対等を気取れただけでも大した度胸だったと、自分でも思う。

目の前には、彼が口元に咥えていた戦利品が、横たわっているだけ。


『おいっ、そっちに行ったぞ!追えっ!追えーっ!』


その直後、聞き取れぬ言葉で、ヴァイキングの怒声が前の大通りに響き渡る。


『弓矢兵はまだかっ!?西側に行っちまったら、流石に俺たちでも手出し出来ねえぞっ!』


このボロ切れのような男を追おうとする者が、いることが驚きだった。


どうやら、これ、ヴァイキングにとって、かなりのお偉いさんらしい。


であれば、狼の忠告は逆らい難いながらも、かなり強烈な誘惑になる。


「そう言うことでしたら、ええ、いつでもお待ちしていますよ…」


ガチャ…


私は腹で二つに折って肩に抱えると、足を引き摺りながら、わずかに開かれた大扉の隙間に滑り込んだ。


「…ぼっちゃま、こちらに…!」



これで、もう外の景色なんて見ずに済む。ヴァイキングも徒党どものことなど、考えずに。

ずっと、私がお招きしたご友人と向き合うことだけに身を賭していれば良いのだ。


「是非とも、Sirikiさんとご一緒に。」


私は閉じられる扉の前に観客の列を想像して、恭しくお辞儀などすると、幕裏へとするりと退いたのだった。





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