44. 雪柳の安息所
44. Willowheaven
“……。”
鳥も眠り、雪中での蠢きも聞き取れぬような微睡みの中だ。
雪底奥深くに沈められたように、身体は重たく動かない。
長い、変な夢を見ていた気がする。
俺が、二本足で、立って歩く夢。
咄嗟と言えど、慣れないことを、するものではない。
“Fenrirは、何処に…?”
そうだ、俺は、走らなくてはならないのだった。
人間の弓矢が届かぬ、深い森の奥へ。
此処は、どこだ。
一瞬、まだ俺は視界を奪われたままであるような不安に駆られた。
だが眼球の上を、瞼はざらざらと滑る。
“……?”
目を開いた途端、俺の視界は、柔らかな光に潰された。
“ここ、は……”
ここは、まさか。
まさか、本当に。俺は。
“……。”
帰って来たのだ。
もう戻ることは無いと、本気で決意した縄張りに。
仄かに青い地平線。
背後には、日の出はもうそこまで迫っているだろう。
しかし、振り返るのが怖かった。
あんな、悪夢のような日々に、もう一度引き戻されるんじゃないかと。剥がされきった本能は、情けないほど委縮して怯えている。
だから、じっと青が明るくなるのを待った。
俺の瞳が、同じ色に染まるまで、
色が戻って来る実感が伴うまで。
平穏を夢見た俺が創り上げた幻だと、俺が納得できるまで。
“……?”
暫くその場に立ち尽くしていると、果たして奇麗な一線は乱れた。
黒く、ぽつ、ぽつと蠢く。
やがて、数が増える。
そして、彼らは、
“ウッフ……!ウッフ!”
吠え始めたのだ。
俺は、歩き出せなかった。
容易く奪われると思ったからだ。
また、目が醒めれば、終わりの知れない人間との闘いが始まる。
そう言う風に、完全に調教されてしまった俺が、束の間の休息として見る夢。
“…ボス?ボスなのか…?”
“ああ…ボスっ!ほんとにボスだっ!”
一匹、一匹と、走りだし、しまいには、転びそうになるほどの全速力で、
皆が涙を靡かせながら、煌びやかな雪原を駆けて行く。
“ボスだぁっ!ボスが帰って来たぁぁっ!!”
やめてくれ。
“やったぁぁぁぁっ!無事だったんだぁぁぁっ!!”
俺と一緒に来てくれた皆は、俺のせいで
“心配したんだぜボスっ、本当に死んじゃったかと…!”
お願いだ。
俺はもう、お前達のボスじゃない。
そう心の中で吐き、隣に確かにあった俺でない足跡に視線を落とす。
“Vojaっ!!Vojなのねっ…”
“ぼじゃぁっ…会いたかったぁっ…!!”
“……。”
“ああ……”
ぎゅっと目を瞑り、眩暈に転ばされぬよう、
擦りつける毛皮の臭いの抱擁に押し倒されぬよう、
口々に歌い始める彼らをこれ以上泣かせぬよう、
“ただいま。”
できるだけゆったりと尾を揺らして応えるので精一杯だったのだ。




