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43. 損魂

43. Soulwound


朧げな意識の中、僕が横たわっていたのは、霜で覆われた冷たい毛皮だった。


耳元で風を切る音だと気付くまでは、僕は未だ、ヴァイキングたちの聞き取れぬ歓声の元、まだ四肢を振るい続けているのだと思っていた。


内側で制御の利かない自分を眺めているぐらいには、もう己との結びつきは途切れかけていた。


「Fenrir、様…?」


終わったのですか?

全て、貴方の理想とした通りに。



貴方との混ざり合いが、まだ境界を紡ぎなおせていないように思います。

貴方の視界が、聴覚が、なんとなく、僕の脳裏に見える。


両脇を、灯りの無い夜明け前の街並みを、ただ猛スピードで駆けて行く。

背後、遥か後方で、僅かに聞こえる喧騒。僕らは闘技場を後に逃走している最中であると分かった。


巨大な狼が、突風だけを残して、誰にも気付かれることなく夜を渡っている。

その背中で、僕は眠っているんだ。


「……。」


何だろう、この感覚。


凄く、安心する。


入り組んだ街道を縫うように進んでいる筈なのに、不思議なほど揺れない。

毛皮を掴むどころか、摩る握力も無くて。

その上、貴方の体温を感じられないのが寂しい。



変な感じがするなあ。

どうやって僕がそれを感じているか分からないけれど、

貴方の口元で、一匹の狼を抱えている。

きっと彼だ。

僕も一緒に咥えていれば良いのに、同席させなかったのは、貴方の配慮でしょうか。


でも、ということは良かった、僕は間違っていなかったんだ。

どうか、無事でいて。


…そして、貴方自身のことも、僕は心配でなりません。


ぼろぼろになったFenrir様の身体を思い出して、胸が軋んだ。

あの身体で、僕らを救い出しているのだとしたら、目的地へ辿り着く頃には、精魂尽き果てているかも知れない。

傷を癒すため、僕がすべきは、出来るだけたくさんの貢物を捧げること。


でも、僕らは今、何処に向かっているのだろう。


これから、どうなってしまうのだろうか。


もうこの国に、僕の居場所は無いでしょう。少なくとも、暫くは。


Fenrir様によれば、僕はマルボロ侯爵家の子息の身代わりとして奴隷となり、その身の生き残りを賭けて、戦った。

奴隷が脱走したとなれば、持ち主が捕らえるのが普通だろう。

その持ち主はFenrir様に従う者であるとは言え、自分を奴隷から解放して貰うことを前提にすり替わった身だ。命の優先順位を考えれば、治外法権の港管区に潜むことはもう出来ない。

僕を身代わり死体に仕立て上げようとした、同じくマルボロ家の息のかかっている王都膝元も。

無論、僕のふるさとにも、見せる顔は無い。


…そうだ、Sebaは?

僕が見た限り、会場には姿を見せなかったようだ。

こんな結末になってしまったのだから、初めから臨席しない方が良かったとは思う。

Fenrir様がお連れしていない辺り、今頃、大事な奴隷を失った哀れな飼い主として身分を偽りながら、マルボロ家の血縁と合流を図っているのだろう。

そうであって欲しい、利用された側であるのだから。お人好しに聞こえるかも知れないけれど。

或いは、重要な人間との第2の繋がりとして、再び主従関係を結ぶことになることだってあり得る。

その時は大人しく、這いつくばって、また靴への接吻を忠誠の証とするまでだ。


そして、そうなれば…


残された道は、亡命。

向かう先は、ヴェリフェラート西部の貴壁の果てということになる。


少し前の僕なら、国外は危険に満ちている。ヴァイキングもそうだが、盗賊の格好の獲物にならざるを得ないと躊躇っただろう。でも今や、状況は寧ろ逆転し、外の方が安全だと思った。

しかし僕は、狼のようには暮らせない。寒さと徒党から身を護る家が、拠り所が無ければ、数日と持たない。


でも僕を匿ってくれる者がいるとしたら、それこそFenrir様が救い出した狼、その縄張りぐらいだろうか?


仮にも殺そうと迫った僕を、あの狼が許す筈は無い、か…

けれど、Fenrir様が一緒に連れ去ってくださるのだから、僕の為に彼を説得してくれることを少しは期待しても良いかもしれない。


どれもこれも、僕がまだFenrir様にとって利用価値のある存在であることを前提にした話だ。


そんな取り留めのない思考も、貴方に共有されているのでしょうか?

そうだとしたら、僕らは今、貴方の身体を通して、3人で混ざり合っているのかも。

もしかすると、僕の体に流れ込む、狼の言葉を噛み砕けていないだけで。


Fenrir様は、僕とこの狼の意識が聞こえてくるのに。

僕は貴方が狼の言葉で思索を行うせいで、ただ貴方の感覚だけが伝わってきている。


会話とは程遠い、おぼろげな意識の共有があるのは、二匹の狼同士だけ。

そうだったら、面白いのに。


でも、Fenrir様の心の中を覗くなんて、畏れ多いと言うか、恥ずかしいや。

代わりに貴方がどうか、僕の心の中に、信頼できるものを見つけて下されば。


そして、次の一手を決める手掛かりとしてください。


全ては、ほどけた夢の中。

心地よく揺さぶられる思案。

僕の意識は毛皮の上で溶ける雪礫と共に途絶えた。




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