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42. ウルフィーの銀心

42. Wolfir Silverheart 


吊るされた亡骸の友を見たのだ。


お前が降り注ぐ鉄矢の盾になろうと覆い被さる刹那に見上げた空に。


俺と共に、人間を狩ることを誓ってくれた友が。

断末魔は聞こえても、

彼らの最期を見ることは許して貰えなかった。


友の死を、俺は想像に感けて(かまけて)いた。

これは血かも知れない。頬を伝うこれは、涙であったとして、今更過ぎるとは思わないか。


“……。”


“あ、あ…”


“お前達は…”


“こ、こんな…酷い目に…遭っていたのか…”


このように戦利品として晒されるなど、到底耐えられる凌辱ではない。

狼の亡骸は、雪の中に埋められるべきだ。

誰も臭いを嗅ぎ当てる程の出来ぬほど、深い深い豪雪の下で、春を待つ。

そんな最期を迎えさせてやるのが、


長に与えられた、最低限の役目では無かったのか。



“済まなかった…お前たち…”



“Fenrir…”


“どうにかして、間に合わなかったのか…?”


喰い物の臭いを漂わせている。

彼らが生きていると縋ることも出来なかった。


“何故、貴様は俺だけを救おうなどと考えた!?”


“俺さえいれば、群れの再建はどうにかなるとでも?”


“もし、そう考えているのだとしたら…”


“お前の群れは、やはり崩れて当たり前だ。”



この人間に、手を貸せだと?

以ての外だ。

しかしそれ以上に、お前の為に尽くすなど、

死んでも願い下げなのだ。


お前に、群れの長の自覚が芽生えぬ限り。


今のお前は、到底その域に足らない。


お前は只の、暴君だ。力だけを振り回して仲間を従わせ、統制が取れたつもりでいても、きっといつか、お前より強い奴が現れる。

居心地の良い群れの辺境を求めて良い器では無い自覚を持っていながら、その頭角を隠せなかったが為に、俺の群れにやって来た。違うか。


俺は、そんなお前に寛容であろうとしないぞ。


だが、俺がお前を群れの長に足ると認めるまで、その座を護ってやる。

そんな決意の芽生えさえも、貴様の予見した通りであると言うのなら。

俺はお前が心底気に喰わない。


此処で全員狩り殺されることは、群れの為にも不本意ではあるのだ。それだけは、避けねばなるまい。

しかし、それだけだ。


人間、お前に借りを作るのも癪だ。

お前は、俺が殺す。そこに命乞いの余地があっては面白くない。

Fenrirに気に入られているようだからな、護って貰える内は、手出ししないが。


俺はお前が、Lukaに毒入りの料理を食べさせた人間…

それ以上の害獣だと知っているぞ。


言いたいことは、それだけだ。




ザシュッ…


「あ゛っ…あぅっ…!?」


人間は、無数の矢を針鼠のように生やし、四つん這いのまま動こうとしない。

その首を狩るのは俺だと押しかけるヴァイキング。


ぼっ…ぼと…


飛び散ったのは、彼らの腕だった。

明らかに、短刀の切っ先を大きく超えた剣筋。

場の雰囲気に酔わされた彼らの表情は、一変して硬化する。


“俺を唆してくれた人間は、俺の動きにそれなりに合わせてくれたぞ。”


“お前も当然、俺に従うのだろうな?”


“ついて来れぬのなら、やはりお前は狼として俺に及ばぬ。”


“…せいぜい神様として、俺を捻じ伏せているが良いさ。”


『なっ、なんだっ…?おいっ、今のっ!!』


『ぎゃぁっ腕がっ…あ゛あ゛っ…?』


“同じ狼どうし、肉体距離が近いために、動きがリンクし易いという話では無かったか?”


“俺の動きさえ、こうも予測出来ぬようでは…”


“そりゃあ、あの時、俺にボコボコにされる訳だ。”


『こ…こっちが、まだ憑いてやがる!気抜くと殺られるぞ!』


“良い機会だ。お前に教える手間が省ける。”


“きちんと、俺と同じ視点で、見ておくのだな。”


“必ずお前も、必要になって来る筈だ。”


“人間相手の立ち回りを…”



お前は目を醒まさない。

表情も、毛ほども読み取れない。


まあ、くたばっていないのなら、構わない。

そのまま尻尾を引き摺って、彼女の元へ送り届けてやる。

願わくば、俺の同胞の亡骸と共に。


当ててやろうか。

お前がこの人間の住処に潜伏を始めてから、一度も彼女の遠吠えを聞かなかっただろう。

彼女はお前が思う以上に忍耐強く、それ故生き残り、お前との邂逅を可能にしたのだ。


しかしあまり、待たせるものじゃない。

彼女は、勇気の塊みたいな狼だ。寂しさの余り、お前の言いつけを破ってしまいそうだぞ。

後で、散々に吠え殺されると良い。


…嫌だなあ。そんなものを眺める為に、俺は、帰るんじゃない。


“……。”


きつく目を瞑れば、瞼の裏にこびり付いた残像も、圧し潰せると思った。

けれども、その笑顔は歪むどころか、ますます美しく俺の喉元を抉るのだ。


“はぁー…”


緩んだ頬を引き締め、口元に挟めた刃物を咥え直し、


獲物を見据える。



『……ふーん。』


『君は、僕を裏切ると言うのだね。』


人の王が、醒めた表情で、此方を見降ろしている。

この距離でも、お前の言葉は正確に聞き取れるし、お前もまた、俺の頭の裏に巣食ったままらしい。


『残念だよ。君となら、上手くやって行けると思っていたものだから。』


“他の狼とも、上手くやって行けなかった口ぶりだな。”


俺はFenrirを一瞥し、にたりと笑って見せる。

後でこいつに、色々と聞いておかねばならぬと思った。


『所詮は狼…利益に忠実な獣ということかな。』


“ああ、そうさ。人様に飼い慣らされる駄犬には、成り下がれなかった。”


『それで誇り高いとか、思っちゃってる感じかい?』


“…結局のところ俺は、群れの利益のことしか、考えられなかった。”


“Fenrirには悪いが、俺は…俺の個人的な気持ちを大事に貫き通せるほど、強くも無かった。そうと知っていた。”


“それをこうして肯定されても、俺には、腹が立つだけとしか…”


『では、何故今になって、彼の肩を持つような…』


“それは…”


“それは、‘俺が群れを率いようとする気持ちは、当然だったか’ という問いかけでもあったからだ。”


『……?』


“群れの繁栄とは、ある種、どんな生き物にもある根源的なものだと思っている。それを疑問に持つようなことをしたいんじゃない。”


“だが、少しばかり力が強くて、図体の大きい俺が、沢山の狼の先頭に立って動こうとするのか。”


“その問いは、確かに考える余地があった。”



“愛して貰えるのは、当然だと思い込んでいた…か…”


お前が犯したとかいう過ち。

何があったとか、そんな野暮なことは聞くつもりも無かったし、興味が無かった。


しかし、先のあの言葉で、ようやく知ることができたのだ。


こいつは、群れを追放された。自ら去ったのではない。

産まれた土地を、彼の家族によって追われたのだ。


“…であれば、話は別だ。”


“お前はやはり、此処に来るべきだった。”


『……。』


“いつだって…迎えてやるとも。”


“俺の群れで、そんなことを尋ねる奴は、一匹もいないぞ。”





“だから…”


“だからお前が、きちんと俺の座を奪った暁には、”


“お前が当然では無いと思った時に、何度も思い出せるような、いつでも立ち戻れるような、強い拠り所として。”


“この群れのことを、思い出してくれるか。”


“…Fenrir。”



ふっ……そうかよ。



“まあ、そういうことだ。人の王。”


“俺がお前を裏切る理由は…お前では、群れのことを護れない。それだけだ。”


一匹だけの命を駆け引きの手札として見せるような器が、狼の群れに役立つと思うな。


『あっそう…』


“どうだい、お前とFenrirは、そもそも利用としている相手を間違えていたのでは無いか?”


そう不貞腐れるなよ。俺はお前に感謝もしているんだ。

しかし気になる。人間は人間を誘惑し、狼は狼を唆す。どうしてそれでは駄目だった?


“とはいえ、この人間。Fenrirに心酔しきっているようだから、お前の話術でも無理かもしれんがな。こいつらの間に何があったのかなんて、知りたくも無いが…”


『答える義理は無いね。もう君は、この闘技場で人気の猛獣では無くなってしまったから。』


“ああ…もう、此処で餌が放り込まれるのを待つのは、もう沢山だ。”




“さて、一つ聞く。”


“このヴァイキングの徒党のことを、お前がどれほど大切に思っているかどうかは知らないが…”


“お前が、お前の力を代弁してくれる誰かを寄越さない限り、こいつら全員死ぬぞ?”


“…それで良いのか?”


『その必要は、感じられないね…』


つまり、手駒はもういないのだ。

なんだ、俺だけが頼りだったのなら、もっと丁重に扱っておくべきだったな。


“では、降りて来てくれるのだよな?”


『そっちが這い上がって来れば?』


“ククッ…そうさせて貰う。”


獲物は、自分で獲りに行くさ。

俺は持ち手を牙の間で滑らせ、刃先を逆に持ち帰る。




“もう、一匹もお前達に殺させはしない。”






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