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41. 狼煙を上げよ 2

41. Ignite the beacon 2


「あ゛あ゛あ゛あ゛っっーーー!!」


「触るなぁ゛ーっ」


「Fenrir様から…離れろ゛ぉっーーー!!」


毛皮に埋まった槍の切っ先を掴み、あらん限りの怒号を上げる。


僕の片手で、槍を握りしめているヴァイキングを動かすことなんて出来なかった。


ジュゥゥ…


『…?あっ、熱っ…!?』


だが、突如として、槍が赤熱したかのように、そいつの両手から煙が上がり、槍から手が離れた。


「Fenrir様っ…すみませんっ…」


ぶちゅり、と柔らかな音と共に、真っ赤な刃先が現れた。

同時に吹き出す血を、僕は貴方を抱き寄せて胸元でどうにか止めようとする。


「ごめんなさいっ…痛いですよね…ごめんなさいっ…」


痛みに呻いてください。

もう少し丁重に扱えと、叱咤を。


「Fenrir様……」


貴方を腹這いにそっと寝かせ、僕は呟いた。


背中に広がった、穴だらけの毛皮。

ぐったりと目を瞑ったまま、動かない主の眉間から鼻先にかけてを、そっと撫でる。

こんなこと、普段の貴方にしようものなら、手首より先を喰いちぎられてしまうでしょう。


「お願いです…どうか、どうか、見守っていてください。」




―――


「いいか?Siriki。」


「お前がもし、劇場を脱出する必要に駆られたなら、堪えろ。」


Fenrir様が、僕をSebaの奴隷に仕立て上げた時、自分にだけ伝えた言葉の意味が分かった。


「お前が逃げ腰になる理由の如何に拘らず、だ。」


「は…はい……」


それは、単なる臆病な僕の退路を塞ぐため釘刺し、忠告というよりも、嘲笑に過ぎないのだとばかり思っていた。


しかし、こうなって今、僕に与えられた役目とは、根本的にそうだったのだと分かる。


確かに、貴方様の言葉が無かったら、僕は迷わず、救出劇の筋書きを描こうと必死だっただろう。


きっと僕はこの大きな大きな狼を、それも二匹抱えて会場を抜け出すことを考えていた。

胴は僕の身長より長く、一匹を抱っこするだけでも、後ろ脚を地面に引き摺るだろう。おんぶは圧し潰されて僕が四つん這いだ。そんな状態で、まず観客席にさえ這い上がれない、この絶望的状況で。


しかし、違うのだ。

勝負に徹しなくてはならない。

でなければ、活路は見出せない。


この展開が、Fenrir様の想定内であると言うのなら。

僕は堂々と、勝者として、この闘技場を後にする。

全員を、屈服させなくてはならない。


勝って来い、勝敗を、覆してやれ。

その言葉の意味が、ようやく分かった。



そして、僕が勝つとは、この狼を倒すことでは無いのだ。


貴方がそうさせられてしまったように。


相手側も、戦場に引き摺り出す必要があった。


此処までが、八百長試合だったのだ。




神様のステータスは、数だ。信仰する者の数で決まる。

Fenrir様は、そう言いきった。


一人一人の意志など、その程度のものだ、と。

誰しも、日常の一部に神への祈りを捧げる時間を、何らかの儀礼と合わせて取り入れているだろう。

けれど、そんな時間、全体に比べれば、ほんの一瞬だ。聖職者のような、本職に比べればな。

だから、数が必要なのだ。Siriki。

小さな祈りでも、それが日常に比べれば取るに足らない意味を持っていたとしても、束になれば、とんでもない力を発揮する。

それが神様の拠り所とする力の源。



教会を隠れ蓑にした、偽りの偶像。

そして、戦場でさえ決してお目に掛かれない、神々の力の一端を垣間見られる、この闘技場を神聖化し、一種のビジネスにまで仕立て上げた張本人は、


同じ世界から降りて来た神様であり、台頭の機会を狙っている分派《Sect》。


勢力を広める前に、叩き潰す。

結局は、勝者総どりゲームだ。



「だが有望な信徒とは…この数の法則から外れ、それこそ本気の取り合いになる。」


「…どういうことです?」


「俺が同業者と呼んだ相手が、こうした小規模の代理戦争に没頭する理由と言えば、信徒を増やし、神の力の一端を分け与える影響力を常態化することだ。」


「汚い言葉を選べば、カリスマ的な指導者。」


「その選定には、多少なりとも、本人の素質が関わって来る。」


「俺だって、お前を選んだのには、それなりの理由がある。」


絶対的な服従を要求出来て、

且つ、僕には、貴方の看板となる資質がある?

貴方の力を、この世界に広めるための…


「どうしても、最初の内は、な。」


「お前が周囲に崇められ、勘違いするほどにちやほやされ、彼らによって齎された権威が形骸化するまでは、俺はお前を大事に扱ってやらねばならないのさ。」


「Siriki、俺はお前に、期待しているんだよ。」



―――



ずるい物言いをなさる。

そんな風に呟かれては、誰だって、勇気を貰ってしまう。


「だからお前だって…!Fenrir様(ご本人登場)は、望まぬ展開だったんだ!」


「出て来い゛っ…何処だっ…」


「逃げるなぁっー…!降りでごいっ…!!」


必死に喚き、自分から理性を奪い、ヴァイキングに向かって突進する。


『なんだっ…こいつ…奴隷のくせしやがって?』


その屈強な身体に体当たりしたところで、何もならなかった。

腹の辺りを、壁を掻き毟るように殴る。


「逃げるつもりなら…」


『おいっ…そいつも、試合中の戦いぶり、見ただろ?油断すると…』


『ごっ…ぼっ…?』


聞いたことの無いくぐもった破裂音が。鎧の下から聞こえた。

胸元に、口から垂れた吐血が滲む。


『あ…が……?』


『言わんこっちゃない…殺せっ…!!』


遅れて臨戦態勢に入った残り数名、

彼らが槍の代わりに携えていた武器なんて、何も見えてなかった。


ドスッ…


ドチャ…


「痛いもんか…痛い訳…こんなの…!」


傍らで叫ぶ二人に、槍よりも小回りの利く短剣を突き出され、

肩を貫かれようが、腹部に切創を負おうが、

こんなの、Fenrir様が一身に受けてくれた全部に比べれば、掠り傷にもならない。


「こんなものでっ…!こんなものでっっ…!!」


イメージは、僕を襲った暗殺者たちの戦いだった。

自分の指先にある、爪だけが狼のそれだと信じて、

闇雲に振り回し、彼らの身体の内側に触れる。


『ぐっ…ぅっ?』


「僕はぁぁっ!!」


ドゴッ


「げほっ…神様を…」


「失う訳には行かないんだぁぁぁぁっっーーー!!」


ぐちゅるるっ


『あ゛あ゛っ…やめっ…ごばっ…ごっ…?』


あと一人、

腹の辺りに飛び込み、背中を何度も刺されながらも、両手を回して捕まえる。


ぷす、ぷす、ぷす、


『ぎゃあぁっ!?てめっ…やめっ…あ゛あ゛っ…!?』


まるで自分の身体という気がしない。


『あ゛、あ゛っ…』


どちゃ…


「……」


全員の(はらわた)がかき混ぜられた頃には、

折角貴方が治してくれた身体は、元通りになってしまった。

帷子を引っ掻いた爪先は剥がれて血が滲み、刺し傷という刺し傷に砂利が食い込む。


「はぁっ…はぁっ……お゛っ…げぇぇ…」


膝を折り、反吐を吐き、ふるえる口元を拭う。

二度目の回生は無い。


「う…うぅ……」


僕は、Fenrir様でない、もう一匹の狼に触れようと手を伸ばす。


「…リスクを承知の上で、神様は君を、Fenrir様と引き合わせたんだ…そうだろう?」


彼はびくりと身体を震わせ、一歩後退る。

過剰すぎる、当然と言うべき反応。両頬を触らせてくれたあの一瞬に、彼が余程僕を痛めつけるのに夢中だったことが伺えた。

出来ることなら、君の背中の残骸物も、取り除いてあげたいが、叶わなそうだ。


「でも…でも…失敗に終わった。そいつは、君たちの仲を引き裂くことが出来なかったんだ。」


“さ、触るな…”


返り血一つ被らぬ両目の鋭さ、やはり貴方に似ている。

しかし、威嚇の唸りも、委縮の表情も、見せない。


その眼差しには、目隠しの下で宿し続けていたであろう憎悪はなく、どこか、戸惑いが混じっていた。

変わったのだ。貴方の言葉によって。

いや、行為によって。見せた愛情によって。


「ねえ…君…」


“……?”


「君に、Fenrir様を殺すよう唆した神様はどこ?」


「何処にっ…?僕の…本当の敵がいるんだ?」


“……。”


“…あ、あれが…”


“お前の標的でもある、と?”


狼は、それ以上の逃避の姿勢を見せぬまま、睨み続けていた視線の先を、ゆっくりと僕の背後へと送った。


「……。」


彼の睥睨(へいげい)の先、最奥に設けられた屋根付きの特等席の中でも、ひと際栄える、玉座とでも呼ぶべき豪華な席。そこから立ち上がって、僕らを眺めている者がいる。


あろうことか、そいつはヴァイキングでは無い。その一点で同類だった。

ほっそりとした体格に、整った風貌。貴族であると言うのなら、Sebaよりも信用に値する。

街で見かけたなら、きっと女を侍らせて遊ぶのが上手い。


『へえ…これは驚いた。』


そいつは、僕を見るなり、唇の端を歪めた。


『流石。どれだけ堕ちても、それなりって訳だ。』


何処かで会っただろうか、心当たりがあるとすれば、奴隷市での貧席の顔触れの一つ。

そんな気がしただけかも知れないが、彼の眼差しは、非人間を見るよりも、侮蔑を含んでいるような気がした。


「つまり、あれが…」


相手の本玉が、裏で力を行使できる手駒を失った、この状況。


「丸裸の王様。」


それが、どれだけ好ましくない状況であるかは、逆の立場に置き換えれば、否応なしに理解できた。

Fenrir様が、僕を通して暗躍をする理由そのもの。


自分の力を、大手を振って行使できるのは、ヴァイキングたちの信仰する、主流の神様だけ。

貴方のような分派が、空から見つかるような、大きな動きの中心になることは、彼らによる排除の対象になるということ。


「相手の神様は、自分の力で応戦が出来ない…そうですね?Fenrir様?」


指し手のつもりが、いつのまにか、盤上に立たされている。

そして、盤上では、人間(Queen)を越えた性能は許されないのだ。


「僕じゃない、相手が、逃げる立場なんだ…!」



僕にも、狼が認めてくれるような狩りが、出来るだろうか?



「だから獲物を、逃がしてはならない。」




「…此処で、お前を仕留める。」





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