33.ひと皮剥けば 2
33. Under the Skin 2
「だからその教父は、見せかけの教導に励んでいるだけだ。」
「そんな…!」
Sirikiは、俺の物言いに、絶句して口元を抑えた。
「あんなに熱心に、自分の役目を全うしようとしている人が、報われないだなんて…」
「何だ、たった一度良くしてもらっただけで、そんなに共感を覚えるのか?」
「そりゃ、可哀想ですよ。僕にだって、とても良くしてくださった…」
「だったら、俺にももっと、まともな信頼を寄せても良いと思うがな。」
「し、してるつもりですけど…」
「では何故、どうしてそんなに、俺の宴に絶望の眼差しを向ける。」
「そんなに自分の懐が狼の糧になるのが辛いか?」
「心配するな。お前に金のことなどが、問題にするような暮らしをさせるつもりは無い。その内、お前の腹を、ぶよんぶよんに太らせてやるよ。」
「僕を…食べる為ですか?」
「はっはっはっ…!お前は不味い。俺には分かるんだ。吐き戻しを腐らせたような味がする。とても口にしたいとは思わぬよ。」
「それに、俺は、そいつが憐れだとは思わないぞ。寧ろそいつは、幸せだ。」
「ヴァイキングによって成り立つ教会、それ自体は屈辱的だったろうがな。だが、そいつの立場こそが、本当は在りたかった姿ということだろう?本望だろうさ。」
「それなのに、彼が捧げるすべての信仰は…」
「お前にその紙切れを寄越した、神様の糧となっていること、それ自体は、哀れだろうがな。」
「それが、耐えきれないのでは、無いでしょうか?」
俺が血も涙もない狼では無いことは、それどころか、慈悲深い北欧神話の神様であることは、重々に理解しているはずだが。突然差し向けられた鋭い眼差しに、彼はたじろがずには、いられなかったらしい。
実際、その言葉は、俺に何かを隠していなければ、出て来ない言葉だと思ったからだ。
「そう考えるのであれば、その老人が、その教会を任せられた時点で、気が付いていることになる。」
「自分が偽りの神を信仰していることに。」
「お前がそう考える根拠は、何だ…?」
「えっと…」
「それは、僕に、助けを求めているように、見えたからです…」
「ほう…まだ言っていないことがあったのだな?」
「いえ…そういう訳では無いのですが。」
彼は大きく首を振って、手元に大事そうに抱えていたパンの入った包みに目を落す。
「僕に、その紙を渡す時、教父様はどこか…救世主に縋るぐらいの、気迫でした。」
「…自分たちが、危険に侵されていることを、悟っていたのでは無いかと。そう思ったのです。」
「ふうん……」
「俺にも、誰に怯えているのかを推測するには、情報が足りない。」
「ただ一つ、言えることがあるとすれば、そいつらは、寝返った側の人間だ。裏切ったのだから、恐れるべき存在がいるのは、当然のことだと、俺は思うぞ。」
「それにしても、同じカトリック教会同士なのに、目の敵にされるというのも、大変だな。」
「どういう…意味でしょうか?」
「これではっきりしただろう。」
「お前を襲った集団は、やはり老い先短い国の為に戦っているのだ。」
「……?」
「お前の寝込みを襲おうとした、暗殺部隊のことだ。」
「…!あ、あれって…!」
「お前は一人であっても十分に有害な国賊だ。この国の人間から見れば、ヴァイキングが齎した神の存在を広めかねない訳だな。」
「で、ですが…」
Sirikiはその言葉をゆっくり飲み込むと、しばし口を閉ざし、手元の包みを無意識に握りしめた。
「でも、どうして僕が、Fenrirへの信仰というか…こうして関係を持っていることが、分かったのでしょう?」
「それは、俺にも正直わからん。…彼方が俺の存在に気付くこと自体は、想定内ではあったが。」
「いや、何となくの想像は付く。それを確かめるのがこれからという訳だ。」
そして、その後に来た奴らが、俺がきちんと相対するべき相手、同業者の手先ということになるだろう。
俺は心の中で、そう付け加えた。
彼らがあの場でSirikiに対して執拗な追跡を行わなかったのは、引っかかる部分はあった。
だが現に、こうして彼方側から、神の残滓を、痕跡を分かる程度に残して、そっと拭き取るような真似をした。
俺の存在を認識し、誘っている。
まあ、仕方がない部分もあったとは言え、俺も立ち回りが上手く無かった。ボロを出してしまっていたことは認めよう。
「その前に、その神父様とやらは、本当に、他に何か言っていなかったか?」
俺はベッドの上をばしばしと叩き、Sirikiを問いただす。
「この父より、とは、どういう意味だ。」
「そのメモに、そう書かれているのですか?」
「そうだ。お前に、送り主について、何か話しているはずだ。」
「……。すみません、心当たりは無いです。しかし、父と言えば、カトリック信者であれば、間違いなく、キリストを指します。本当に教父様が信じたい神よりの、お言葉、ということじゃないでしょうか…?」
「全く、腑に落ちないが…何も言われていないのなら、仕方がない。」
「Fenrir…僕からも一つ、確認したいのですが。」
「何だ?それが終わったら、俺は夕方まで眠るぞ。」
「貴方について、なのですが。」
「Fenrirは…その国教会が寄越した暗殺部隊だけでなく、北欧神話の神々にも、一匹だけ狙われている存在なのでしょうか?」
「……。」
「勿論そうさ。」
俺は、歯の奥に残った肉塊を呑み込むのに、時間をかけた。
お前が、真意を突くとは思わなかった。何でもないと言う風を取り繕うのに、言葉を選ぶ必要があったと言っておこう。
まさか、そこまで頭が回るとは。
喰い物を与えてやった甲斐があったということか。
一匹だけ、
その言葉が出て来るとは。
「ちょいと、元居た世界では、嫌われ者だったものでね。俺がこの世界で目立とうとするのが気に喰わないらしい…」
「だから、お前には、迷惑をかける。」
「しかし、お前が負けることは無い。お前が俺を信じている限り、絶対にだ。お前には、そういう力がある。」
「…?どういう、ことでしょう?」
「そうでも言わないと、お前も変な気を起こすんじゃないかと思っただけだ。」
「だが、周囲は、狼を殺せと言うだろう。」
「何らかの教義の元、見つけただけで、捕らえ、毛皮を剥ごうとするかも知れない。」
「お前は、そういう奴を、一人残らず、改宗させる役目がある。」
「どんな非道な手に走っても、だ。」
「…分かったな?」
「こんな陰湿な小部屋を、長らくの拠点とするつもりは、毛頭無いのだ、Siriki。
俺と同じ世界から降りて来た神様が建てさせた教会に比べれば、随分と簡素で、みすぼらしいと思わないか。
個人的な信仰とは、そう言うものだ。
誰かが、この世界を変えてくれることを願っている。
或いは誰かが、自分をこの世界から取り除いてくれないかとさえ、都合よく希うのさ。
そんなんじゃ、神様は応えてくれない。
神様は、立派で煌びやかな聖堂が好きなんじゃない。
沢山の信仰が集まる場所が欲しいのさ。幾世代にも渡る祈りが、そいつを未来永劫生かすから。
お前と俺とで、仲良しやって行くのなら、これくらいのこじんまりした礼拝所も良いだろう。
俺は、お前の喋り方や考え方が、実はそんなに嫌いじゃない。
それなりに、楽しい旅路が待っていそうだ。
だが、お前は、こんな所で、ひっそりと両手を合わせて祈るような存在じゃない。
日々を耐えるだけの奴隷に、俺は興味なんぞ無い。
お前は、見返りだけを目的に、俺を救って貰わなくちゃならないんだ。
それを忘れるなよ。」
「はい……Fenrir…様。」
「あ、嫌がらないで、下さいね?」
「貴方に、神様としての命を遣わされた時ぐらい、こう返事をさせて欲しいです。」
「ふん…勝手にしろ。」
「次の目的地も、はっきりした。お前には、また一仕事して貰うぞ。」
「…ええ、何なりとお申し付けください。」
彼は居ずまいを正して、片膝を立てて跪くなどする。
だが、次にこんな命令を下されても、同じように、Fenrir様などと、恍惚な表情で俺を見上げることができるかな?
「それで、具体的に、僕は何をすれば良いのですか?Fenrir。」
「まずは…」
「奴隷に、なって貰おうか。」




