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32. 二の足踏みのノルニル 2

32. Norn the Wavy 2 


「それでは…この教会は、正しく、我らが主が護ってくださる…」


「ローマカトリック教会であると…?」


「そう言っても、信じて頂けないであろうことは、重々承知致しております。」


礼拝堂の身廊を、修道女に続いて歩きながら、僕はもう一度、最奥に掲げられている十字架に目をやった。


此処だけは、僕の知っている教会の風景だった。


Fenrir様に出逢う前までは、神様が一人じゃないなんて、考えもしなかった。

けれども、信じる人の集まりの数だけ、彼らの神様がいる。

自然なことであるようで、超越的なせめぎ合いが故の、必然のような気もする。

実際、そういう世界の中で、神様どうしでも、人間を盤上の駒のように動かし合っているのだから。

ちょうど、僕みたいなやつが。この世界のどこか…いや、それどころか、うじゃうじゃと溢れかえっているのかも知れない。


そう考えれば、内装の違いなど、確かに些細な違いなのかも知れない。

要は、どのように姿かたちを変えようと、迎合されさえすれば良いのだ。

最終的に、解釈の違いが産まれたとしても、力を齎す信仰の先は同じならば。


だがそれでも、建築様式に、異国の―ヴァイキングのそれを取り入れているらしいことは、訪れる者に、僕が抱いたような印象を与えるだろう。


「で、でも…じゃあ、何故…」


僕はそこで、声を潜めずにはいられなかった。


「2階にいたのは…ヴァイキングと呼ばれる者たちでは、ありませんか?」


そう、彼らは、北欧神話に基づいた恩恵を受けている。

改宗の余地は、あるのだろうか?


「ええ、その通りです。」


存外に、彼女の、アーデリンの返答の声は大きかった。


「私たちは、逃げも隠れも致しません。」


「彼らは、私たちに試練を与えて下さったのだと、教父様は仰っております。」


「私たちは、そうした側面があったとしても、究極的には、国に仕えているのではありません。」


「国が亡ぼうとも、我が主への信仰が、途絶えることは決してない。」


「そのことを示すため、神は我々に与えて下さったのだと。」


だからこそ、一見、無謀で、大胆に見えるかも知れない行動に出たのです。

遥か果ての国の趨勢を見て来たわけでは、決してございません。

しかし、私たちが、弾圧の対象となることは、目に見えているのでございます。

改宗を迫られるだけなら、まだましだとお思いになるかも知れません。

それさえも、神はお許しになるかも知れない。


ええ、皆様は、そうすべきとさえ思っています。

ですが、少なくとも私たちが、ともに広めようとしている立場の者が、そうであってはならない。


「攻めの一手だ、と…」


「そう言っていただけると、内心嬉しいのです。」


「何処であろうと、わたくしどもの使命は変わらない…主の導きを求める者を迎え入れるだけにございます。」



「そして、こうして、我々の誠意を理解し、それに応えて下さる方を、見つけることが出来たのでございます。」


「彼らは、パトロン…この教会を建てる為の、殆どの出資を担って下さいました。」


「そして本当に、私たちが、務めを果たそうとしているかを、見定める為に、ここにいらっしゃいます。」


つまり…変な考えを起こさないかを、監視されているのだ。



それでも、堂々と、己の務めを果たそうとしている、と。


「……。」


ヴァイキングの息がかかっている。それ自体は、間違っていない。

けれども、彼らによって踏み躙られるくらいなら。

小さいながらも、その存在を認めて貰えるように、一見、屈辱的な迎合を選んだ、ということか。


「ですから、我々は、ローマカトリックからの分派を、自認しているのでございます。」


「ヴェリフェラート自体にも、その下に属する…相互自認のあるカトリック教会は存在していた訳でございますが。東西を更に超えた分派として…」


「北方…北欧、カトリック教会…とでも?」


「…はい。あくまで俗称として、ですが。」




「状況が、状況です。わたくしたちが、務めを果たす術は、これしかない。」


彼女は、指を組み、十字架に向かって、密やかな祈りをささげていた。


「と言っても、小さな小さな、これっきりの教会でございますけどね。」


「…ですが、数では、ありません。信仰とは。」







「お怪我は、痛みますでしょうか?先ほどの、彼らの無礼を、お許しください。」


「どうぞ、此処でお休みになってください。何もない場所ですが…外よりは、安全でしょう。」


外よりは、と言う言葉が引っかかったが、実際、少し横にならないと、もう持ちそうになかった。

次にこんな目に遭えば、もう助からないかも知れない。


「実は…先日ですが、近所で放火が、あったのでございます。」


「え……?」


落ち着け、何を過剰に反応しているんだ。

流石に近所というには、遠すぎるだろう。


「立て続けに、3件も。それからというもの、敏感にならざるを得なくなりまして…申し訳ありません。」


「あはは…それは、僕が悪かったですね。明らかに、怪しいように見えたでしょうから…」


「ローマカトリックの厳格な信者にとっては、我々が目の敵であることは疑いようがありませんから…」


「え…?ええ…そう、なんですか…」


騎士たちが言っていた、あいつらとは、そういった勢力を指しているのだろうか。

であれば、ヴァイキングでは無く、現地人に対しても、同じかそれ以上の警戒心を示すのにも納得が行く。


そして何故、騎士たちがこの教会を守っているのかも、ある程度は理解できた。


どちらの援助も受けられる立場であるのだ。


ヴァイキングに対しても、無害な、それでいて、国民の拠り所として欠かすことのならない一宗教であると主張しながら、

ヴェリフェラート国教会もまた、彼らの存続が絶対であると自覚しているからこそ、こうして門兵を設けている。


あれは、強盗騎士では無い。本物の衛兵であるのだ。

つい先ほど目にした惨劇が焼き付いていたせいで、完全に誤認させられてしまった。

てっきり、国民の信仰の対象を、捻じ曲げる為に、見た目を折衷させた教会を建て、ヴァイキングに忠誠を誓った者たちに護らせているのだと。




とは言え、まだ、幾つか疑問点は残っていた。


「でも何故、僕のことを、同志などと…?」


会衆席にも、まばらに人が座っている。

前の席にもたれ掛かり、ぼんやりと僕らの方を眺める者。

長席に横になって、じっと眠る者もいた。


彼らも、僕と同じ、同志なのだろうか。それだけの意味なら。良いのだけれど。


「それについては、私よりも、詳しく説明して下さるかと思います。」




ガチャ…


入り口の扉が、再び開かれた。


「教父様…!」


「やあ、戻ったよ。アーデリン…」


「おや、お客様かな?これはとんだ失礼を…」


紙袋を手にしている様子からして、食糧の買い出しに向かっていたのだろう。

立地は頗る良い。寄付がどれくらい集まっているのか分からないが、お金さえあれば、物資には困らないだろう。


紙袋から零れかけているリンゴに、思わず腹がぎゅるりと鳴った。


お、お金は、まだ持ってるんだ。物乞いは流石に…



席に横たわる人たちに、食糧を自ら配る様は、見ていてとても眩しい。

手伝うことは、出来ないだろうかとさえ思わされる献身だった。


「教父様、このお方が、そうでございます。」


「なんと…!」


「それは…本当かね。アーデリン。」


「ええ、ルーン文字を。」


「読むことができます。この眼で、確かめました。」


「そうか…」


「お導きに、感謝しなくては。」


そう。その嘆息。

それが、どうやら、重要であるらしいのだ。


「お名前を、お聞かせ頂いても宜しいですかな?」


「えっと…シリキと言います…」


「シリキさん。本日はようこそお越しくださいました。お待たせしてしまって、申し訳ない…」



「素晴らしい教養をお持ちのようですね。ご自分で、勉学に励まれたのでしょうか。」


「まあ、そんなところです。元々、異国の品々を扱う料理店を営んでおりまして…」


「なるほど。では、知人に、彼らの文字を良く知る方がいらっしゃるとか?」


「それも、あると思います…自分ひとりでは、到底無理でしょうから。」


「仰る通りです。そのご友人は、今日はご一緒では…?」


「ああ、今は生憎…」


今朝までは、というか、ついさっきまで、本当は一緒だったんですけど。


「そうでしたか。申し訳ございません。」


「いえ…とんでもないです。」


「この教会の異質さについては、彼女から聞かれましたでしょうか?」


「はい…新しい形で、神の教えを広めようとされていると。」


「我々の立場は…異端に過ぎないと思うかも知れません。教皇庁に正式に認可されたものではないことは、百も承知です。」


「一人でも、多く。それが、誰であっても。異国の民でも、罪人であってもです。猶更とさえ、父は仰るでしょう。」


「この教会に、何かあれば、私が、そのすべての責任を、父に代わって取るのです。そのつもりで、私は、こうして、白い眼を向けられながらも、此処に立っている。」


「…その務めも。こうして誰かに共有できたことこそに、意味があるのですよ。」


「……。」




「シリキさん。せめてもの御礼と申し上げれば良いでしょうか…」


「これが、貴方のこれからの、何らかのお力になればと。思う次第でございます。」


教父は、演台に皺枯れた右手を添えると、その上に置かれていた教典を開いた。

何かの、説教を、して下さるのだろうか。


「ルカ福音書では…ルカは週の初めの日の明け方にイエスの墓を訪れた女性たちの姿を描いております。」


第一声の震えに、一体何事かと思わされたが、次の瞬間には、それは安心できる朗読へと変わっていた。

端的に言えば、眠くなる、いつも教会で聞かされる、抑揚の無い説教の調子だったのだ。


「彼女たちは、安息日が終わるのを待ち、イエスの遺体に 香油を塗るために墓へ向かわれた。これはイエスへの深い敬意と愛に満ちた行動でしょう。

墓を訪れた女たちは、イエスを死者の中に探しました。しかし彼は、そこにはいなかった。ことの顛末は、説明する必要もありませんね…」


「彼女たちに告げられた言葉は、‘なぜ、生きておられる方を死者の中に探すのか?’という問いかけだった、ということができるのです。これは、主イエスを過去の記憶として自分の中に留めるのではなく、外に出て生きておられる主を探し、主と出会うように促される言葉です。」


「そして実は、この問いは、わたしたちにも向けられている言葉でもあります。自分の生活の中だけで主を探す。それは、復活イエスに出会う道ではありません。」


「最終的に女性たちは復活イエスに出会うことができたでしょう。この出会いによって、彼女たちは、自分自身を新たにし、復活の喜びを告げる者となったのです…イエスの復活は、単なる個人的な慰めに留まるものではありません。それはわたしたちの心を変え、平和を築く者、仕える者として、自己を超えて他の人々に手を差 し伸べるよう動機づける力です。女性たちは主に出会い、その喜びを携えて弟子たちのもとへ走りました。同じように、わたしたちもまた、復活の喜びの証人として生きるように招かれているのです。」


「シリキさん。恐れずに出て行きなさい。主は生きている神であり、今ここに、そしてわたしたちの周りの兄弟姉妹の顔の中に、日々耳にする物語の中に、戦争や暴力、病気、飢餓、圧政に苦しむ人々の中におられると、わたしたち一人ひとりに教えられています。」




「……。」


「ありがとうございます。教父様。」


「偶然かも、知れませんが。今の僕にぴったりの、お話だったように思います。」


薄っぺらい感想かな。


「いえいえ。決して、偶然などでは、ございません。」


「やっぱり、分かるのですか?その人が、必要としていそうな、言葉というのが…」


「そういう意味ではございません。もちろん、貴方様が思い詰めている、その様子は伝わってきます。」


「しかし、わたくしが、この言葉を選んだことすら、必然。父のお導きである、ということです。」


「そう、でしたか…」


僕は微笑み、丁寧に頭を下げた。

身に沁みた訳では、決していないけれど。

でも、少なくとも、彼女の死を言い当てていることだけは、確かだったのだ。


もし、Fenrir様が、同じような説教を僕にしたなら?

僕はもっと、貴方への信仰心を深めるだろうか。

或いは単に、結果としての、復活だけを、求めるだろうか。



頭上で、聖典が、ぱたりと閉じられる音がする。


「あ、何か、落ちました…」


「よ…?」


顔を上げると、教父様が、恐ろしい形相をして、僕を見ていた。


「シリキさん。」


「改めて、今日は、良くぞおいでくださいました。」


「どうぞ、今日はお引き取り下さいますか。」


何だ…


‘あれを、読み解ける方に、お渡しするよう、仰せつかっております。’




「誰から…です?」


「……。」



「え、何て…?」


「すみません、良く聞こえませんでし…」



「お願いします。」


「どうか、お気をつけて。」


「我々は、貴方様の味方にございます。」


「だからどうか、貴方様が、大成なさった暁…この国を治めた暁には、我々を生かしてくださいますね?」


「……?」




「さあ、早く、お行きなさい。」


「どうか、お元気で、Sirikiさん。」


アーデリンも、自分の肩にマントを被せると、その背中を入口に向けてやんわりと押す。


「あ…はい…」


「きょ、今日は、ありがとうございました…」


僕は言われるがままに、教会を後にするより他なかった。

騎士たちの前で、これ以上挙動不審になるのが怖くて、僕は逃げるように、路地裏へと足を引きずり駆けていく。



「Fenrir様…どこ、ですか…?」


早く、今あったことを報告しなくては。


元より、そのつもりでは、あった。



でも、どこまで、あなた方を信じたら良いのだろう。


どこまでが、’Wired(監視されている)’ ことを前提とした演技だ?


読めない。

‘助けて’ で…良いのですよね?




誰ですか?




Lokiって。







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