19. マーダー・ミトン 4
19. Murder Mitten 4
112、113、114、…
Sirikiがそいつの首に巻いた縄に力を込めてからの時間を、俺は慎重に数えた。
…余り、意味が無いであろうことも、分かってはいた。
絞められている側の体力によって、どうとでも変わる。
その上、段々とこいつ自身が興奮して来ているのも、見て取ることが出来ていた。
こいつの力加減で、効果的に絞首が為されているか分かるのは、犠牲者だけだ。
しかも、首回りを締める縄が、適切に気道を塞いでいるかどうかは、俺でも分からないことだった。
人間の首に牙を突き立てたことが無いので、定かでは無いが、頸椎動脈を抑えてしまっていたら、窒息の苦痛よりも先に虚血がやって来るだろうと想像できた。
もっと、細長い縄は、無かったのか?逆に、タオルのような、絞める面積が大きいものの方が良いのか、どうなのか。
Sirikiにその辺りの知識が無いであろうことは想像に難く無かったが、幸いにも今のところ、そうした事態は回避できているらしい。
それにしても、退屈…だな。
目隠し、それと酸素を薄くする役割も兼ねているのだろうが、被せるために使っていた布袋に入っていた食べ物は、野菜ばかり。
しかも、玉ねぎじゃないか。喰える気がしないぞ。
料理はどうした。俺を待っていたので無いにしても、来客にはすぐさま用意出来るものだろう。
「…どうだろう、デヴィン。何か、思い出せただろうか。」
その声を合図として、縄が緩められ、口を縛られた麻袋が大きく膨らんだ。
「……っあ゛ー…ぇぼっ……っえ゛ぅ…」
まだ、余裕がありそうだな。
暴れる動作に、意識外の痙攣が伴わない。
次は、同じ秒数から、もう10秒、数えてみようか。
「記憶を辿るのに、会話が引き金となった経験があるかと思う。そのお手伝いが出来ればとも、思うのだが。」
「それとも、邪魔をされることなく、じっくりと内省をした方が、引き出しやすいと言うなら…」
「ま゛っ…てっ…」
先走ったな。
ぐぇ、という音と共に、素早く縄が締め上げられ、彼は口述を無理やり中断させられてしまう。
俺はSirikiを睨みつけ、上唇を僅かに捲り上げる。
頼むぞ、お前の動きに、俺が台詞を合わせてやるという約束だった筈だ。
窒息に関するコントロールだって、本来はお前の仕事だろうが。
お前が俺の口上に耳を傾けて、動くようで、どうする。
お前は、俺のコマであっても、自分の意志で、これをやっているという認知がなくちゃならない。
違うか?
「っ…一つ、だけ…ある…全く、関与しちゃ、いないが…」
しかし、結果的に、効果的な尋問が為されたのなら、今回は大目に見てやろう。
「素晴らしい!是非とも、聞かせて貰えるかね?」
俺は、ぱっと顔を輝かせた訳では無いが、声音だけでも、彼に期待していることを表現する。
「誘拐、事件だ…俺も…聞いたばかりの…話だが…」
「ホットなのは、大変良いことだ。」
「夫婦で営んでいた飲食店で…妻の方が、行方不明らしい…」
「ウルヴェンワルドって名前だ…薄汚い、湿気た店だったが…」
「行方不明…夫が、そう話していたのかね?」
「ああ……直接、聞いたよ…」
4人目にして、ようやくまともな会話が成り立った。
十分な成果と、言えそうじゃないか。
俺からでは気づけなかったが、上達しているようだぞ。
しかし、妙だな。お前が、世間体を優先して、そう話したのか?
それとも、こいつが、半分嘘を織り交ぜているか、単に錯乱しているのか。
「助かるよ…」
俺はニヤリと笑って、背後でロープを握りしめたまま、息を押し殺している男に目を合わせた。
「名前は?」
目の下辺りで布の端を後ろに結び、覆面をしている。
こいつらに目隠しをしてやっているのに、そうする意味が分からなかったが、
成る程、俺に、どんな表情をしているか、とくと見物されるのが、嫌だったのだな。
実際、惜しいことだ。此処でお前の顔が見られたなら、顔面蒼白になって、唇を噛み締める様子が拝めて、さぞかし痛快だったことだろう。
「…リキ。」
「シリキ…ローレン…ス」
「ご協力、大変感謝する。デヴィン。後は、そいつに子細を尋ねるとしよう。」
「そ、それじゃぁ…」
「しかし、待って欲しい!」
「一点だけ、不可解な個所が残ってしまった。」
「実際、君とこうして聴取をする前にも、確かに、何人かが、俺に協力してくれたが…」
「その中に、そんな名前の奴は、居なかったように思うのだ。」
「……?」
「お前、まさか、嘘の名前を俺に告げていたりなど、していないよな?」
「っ?そんな筈は無いっ!」
「そうだとも。お前は真摯に、俺に協力してくれた。」
「他の誰かが、自分の名前を偽っている、そう考えるのが、妥当だ。」
「だから、デヴィン。思い出してほしい。」
「君が覚えている、最後の場面を…」
「一人ずつ、ゆっくりと。」
合点がいったぞ。鎌をかけた甲斐があった。
Sirikiの名前を出した時点で、こいつが気絶する直前の記憶を取り戻しつつあることは確信していたが。
その時だな?妻の死を失踪だと偽ったのは。
その場に居合わせた奴らの間だけで、語られた事件という訳だ。
ならば此処からが、肝心だ。
俺は机から飛び降りると、布袋の眼前まで詰め寄り、耳元で囁いた。
「その中に、シリキという男がいたのだな?そいつを、一緒に探そうじゃないか。」
「言っただろ!店主だって!」
ペースを変えたりはしない。
俺が、質問をして、お前は答えるだけだ。
「まず、女性の名前は、何だった?」
「この土地に不慣れだから、年齢は定かでは無いが…」
「ローワンだ、ローワン・ウィル…」
「ふむ…ローワン…確かに聞いた…」
じっくりと、思い出すような振りをしながら、ゆっくりと椅子の周囲を回る。
「老人の名前を、教えて欲しい。彼は、耄碌しかけているようだ…俺が…」
「シギントだろうっ!それからっ…」
「あの、大柄の男は?」
「イーライだっ!」
すらすらと、出て来るな。
生存の希望を見出しつつあるからか。
「お前と、同年代ぐらいの、男がいただろう。見たところ、そのローワンという女性の名を頻りに叫んだから、彼女の夫かと思っていたが。」
「ウィルだな…ほら、そうしたら、あと一人で最後だ…」
「そいつがシリキだ。」
「いいや、これで、全部だ。」
「……は?」
「クククッ……」
「残念だ。デヴィン。俺は確かに、他の何人かから、そのシリキという名前を聞いた。」
「この5人の中の誰かであることだけは、確かだったのだ。」
「後は、誰が、どの名前であるか、絵合わせをするだけ…」
「嘘だっ!そんな訳あるかっ!あいつだけっ、あいつだけどうしていないんだっ!!」
「確かに不思議だ。俺も同感だよ、デヴィン。」
「皆、同じように言ってくれた。」
「5人だった、と。」
「……?」
「俺は確かに、お前が話してくれた全員の名を、他の協力者たちから聞き取ることが出来た。」
「ローワン、ウィル、シギント、イーライ…」
「そして、シリキ・ローレンス。」
「デヴィン。そんな名は、一度も出ては来なかった。」
「…グルだ。そうに決まってる!俺を陥れる為にっ!」
「お前、どうして偽名などを使おうと、目論んだのだ?」
「自分の利益になると、考えたからでは、ないのかな?」
「てめぇこそっ…!なんで初めから分かってて何もっ…」
「よくも、騙しやがったな!!」
「咄嗟にそういうことが出来るのは、お前が思慮深いことの、用心深い立ち回りの、証左であると思う。」
「正直、俺でもお前のような目に遭っていたら、家族や友人のことを思って、そうしたかも知れない。」
「しかし、それが、墓穴を掘ったようだよ。」
「…シリキ・ローレンス。」
「違うっ…クロヴァドだ!クロヴァド・プロフト!」
「それは、俺の名前じゃないっ…!」
「その失踪したという妻の遺体が、その店で見つかった。」
「な、に…?」
「店主が殺したことは、明確だ。」
「どうだろう。シリキ。」
「っ……?」
彼が何か次の言葉を吐く前に、縄が首元をずるずると、獲物を締め上げるように素早く這う。
感情を持ったかのよう、そう喩えるのは間違いで、何故ならその担い手の皺に、明らかな憎悪の類が込められていたからだ。
「このままでは、俺はお前を然るべき権威へ、引き渡してやらなくちゃならない。」
「なぜなら、俺はお前が、その事件の犯人であると、知ってしまったからだ。」
「然るべき、と言っても、宛はそんなに無い。二つだけだ。」
「教会でも、俺が飯を食わせて貰っている富豪商の元でも、お前にとっては変わらないだろうが。俺は金が貰えるから、後者にしようと思っているぞ。」
「っ……!っっ……!!」
「しかし、お前にとって、希望があるのは、後者であると俺は考える。」
「これは、私的な’調査’でしかないからだ。俺は此処でお前を裁くとか、そんなものに興味は無い。」
「嫌だろう?教会で二度も、同じか、それ以上の尋問を受ける羽目になるのは。」
「それに比べて、俺の提案は、互いに利益があるんだ。」
「お前は、どのみち人間としての尊厳を剥奪される。それは変わらない。」
「しかし、裁かれた後があると、約束しよう。」
「奴隷として売られ、黒海の向こうで、慎ましく暮らすと良い。」
「だが、別の道も、こうして開かれているのだ。」
「何を隠そう、俺もその一人だからな。」
「見込みのある奴隷は…首輪をつけられた餌になれる。」
「探偵ごっこも、悪くないものだぜ?シリキ。今みたいな。」
「是非とも、その性根を曝け出し、俺の前に罪を吐いてはくれないか?」
「……!!」
「俺が、殺したと、そう告げてくれるだけで良いんだ。」
「俺にも、情というものがあるんだよ。シリキ。」
「……!……!」
「頼む、心を、開いては、くれないか。」
「……。」
指の力が抜け、黙秘が貫き通される。
「そうか。」
「…残念だよ。」
「供述は、以上のようだ。」
「気絶しているだけ、だよな…」
「頸椎を折ったので無ければな。」
「……。」
Sirikiは、何も答えない。
実際、本当らしいことは伏せて置いた。
窒息時間で言えば、数分に渡って続けてやらないと、死に至ることは無いと見た。
脈は、覚醒させる前よりも、極めて浅く、放っておけばどの道危ないだろうが。
「どうして…認めてくれなかったの。」
だがそれさえも、自分で尋ねておきながら、今の彼の興味の対象ではないらしい。
覆面の下端を捲り上げてコップに入れたお湯を飲み欲し、額の汗を拭うと、再びマントのフードを目深に被る。
「次だ。」
「次で最後…」




