19. マーダー・ミトン 3
19. Murder Mitten 3
「…貴方、僕に、言いましたよね?」
「実のところ、俺はな、俺の代わりに人前で動いてくれる、ちゃんと人間の形をした操り人形を、募集中なのだ。」
「利益に忠実で、善人を装うのが得意で、どんなに残酷な行為も、自分をきちんとだまくらかして、平気な顔でやってのけるような。」
「自分を神様だと、或いはその代弁者だと思い込んだ、真正の屑が欲しい。」
「そうなる決心をしたんです。」
「見ていたと思いますけど、僕…やっぱり、意気地なしで。」
「結局、人に手を掛けるなんて、無理でした。」
「貴方の興味を惹くような、人間を、演じることなんて。」
「でも、僕が諦めきれずに、足掻いていたのも、見ていたでしょう?」
彼は、窶れた頬に皺を寄せて、それは悲しそうに、微笑みかけた。
俺にじゃない。
天井に向かって。
「……これが、見返り、か。」
「貴方は、こんな格好の場を、僕の為に設けてくれたってことは。」
「最後のチャンス…」
「そうなる決心をしました。」
彼は、もう一度言った。
「だから、僕を、操ってください。」
もっと、震えた声で、言葉を紡ぐものと期待していたとは言うまい。
しかし落ち着き払った声で、まるでそれ自体に、覚悟なんて必要なかったかのように言うのでは、
これは、人間の姿をしているだけだな、
或いは、これこそが、人間であると、その考えを改めざるを得ない。
「この行為の主体者は、僕だ。…僕には、こうしている、という自覚がある。」
自己の行動に対する原因の認知を指し手とコマに分けるなら、それは前者だ。
「指し手」とは、自分の行動を、自分自身の意志や選択によって決定できるものと認知すること。
「コマ」とは、自分の行動は自分の自由にならず、他者の力によって決定されていると認知するここと。
その上で、自己の行動の原因が、自分にあるとすることを、放棄したい欲求があった。
僕は、この行為を、やり通したい意志があるのです。
でも、拠り所としている主体者とは、僕ではない。
無意識の次元からはみ出て、決定しようとする力があると認知している。
平たく言えば、こうだ。
盤上で、頭を摘ままれ、こう歌い、踊っている。
ラッキー。僕は行きたい所に、行かせて貰えるコマみたいだぞ。
それで、あのコマも、取らせて貰えるの?
やったね。これ、僕の手柄なんだ。
周囲の立派な背高なコマたちは、それは派手に盤上を駆け、互いをなぎ倒しては、戦場を去って行く。
段々と閑散とし始める盤の上、僕なんかには目もくれず、
到頭、反対側まで、歩かせて貰えたんだ。
良いんだよね?
僕は、何にでも、成らせて貰える。
もっと、大きな存在。
ある一つの思想に基づいて、僕の身体は統合され、動いているけれど。
行為の結果として吐き出されるそれとは、
我が主によるものである。
僕は、貴方の言葉を、そのまま口にしているだけ。
そう。
僕の身体が、うねり、くねる様を見て、
好きなように、声を当てて欲しい。
きっと、貴方の思い通りに動くから。
僕を『吹き替えて』、下さいませんか。
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「…目が醒めたようだな?」
目の前の麻袋が、僅かに傾いだ気がしたが。
一方的に話しかけるだけで、何も聞こえていませんでしたでは、格好がつかない。
もっと、確かな反応を得たいが。
俺が、そんなことを考えて、暫く口を噤んでやると、椅子の背後で動きがあった。
ばっしゃーん…
そいつに頭から勢いよく、冷水が被せたのだ。
気が利くのは結構なことだが、そうすると、布が湿って、溺れたように、息が出来なくなるぞ。
「うっ…うぅっ…うぶぅ!?」
折角温めて貰った身体が、一挙に目覚めたのか、肩がびくりと跳ね上がる。
自分の置かれている状況を理解できず、頭を揺さぶるも、顔面に張り付いて、口と鼻を塞いでしまった麻布を振り払えない。
じたばたと暴れる四肢に、括りつけられた縄が喰いこみ、長さの揃わぬ椅子の足が嗤う。
簡素な拷問部屋だが、今のところは、機能している。
俺の指示では無い。こいつが自分で、在り合わせて拵えた。
慌てて、布を口元まで上げ、息が出来るようにしてやると、また首元まで降ろして口を縛るが、何度やっても手際が悪いな。
そろそろ上手くやって欲しいところだぞ。
もう、折り返し、なのだから。
特段、順番に関しても、指示はしなかった。
もし、お前が手早く、速やかにことを為したいと願うなら、疑いの色が濃い奴から、話をしたいと思うだろう。
だが、お前は真っ先に、唯一の女性を選んだ。
力の弱い、練習台として。
その次に、老人。
そしてさっきの同年代の奴で、そろそろ自信を付けたのだと思いたい。
全員の供述を以て、推理したいと考えている。
犠牲を最小限にしようなどとは、露ほども考えていない。
正真正銘の屑だ。
俺に、見せたがっている。
俺が、それを願っていると、考えているからだ。
「…こ、こは…?」
俺は俺で、何度も繰り返した口上を、こいつの前にも浴びせ掛けてやる。
「お前…名前は?」
「…あ、んた…何もの、だ?」
「名前を、聞かせて貰えるだろか?」
俺が凄んでも、こいつには語気でしか、分るまい。
テーブルの端まで近づき、耳打ちをする距離感で囁く。
「……、…デヴィン。」
「初めまして、デヴィン。突然のことに、大層驚かれていることと思う。」
「俺は、この町を通りすがった、しがない行商人だ。」
「この土地に不慣れで、少し教えて欲しいことがあるのだ。」
「よんどころない事情で、顔を見せることを、控えさせて貰っている。許してほしい。」
「金は、無いぞ。持ってた、分しか…」
「人探しをしているのだ、デヴィン。」
「俺は、人間を殺したことのある奴を探していてね。」
「…?」
「そうだ。その前に…お前の生業について、聞かせて貰えるだろうか。」
「…答える義理は無い。」
「|金細工職人《Metal Worker》であると、お見受けする。」
「っ…」
「手に纏わりつく真鍮や、銅の臭い…一般大衆向けの、合金専門の宝飾品を扱っている工房のお方では、無いだろうか。」
「…模造輝石の制作も手掛けていたようだ。」
「もちろん、自治体の交付に依るものだろうとも。市民の要望に応えるのに、苦心しておられたことだろう。」
「見当違いであれば、お許し願いたい。」
「……。」
「俺の仕事についても、耳を傾けて貰えそうだろうか。」
「……何の、用だ。」
「ありがとう!デヴィン。」
俺は机上で腹ばいになり、朗らかな声で、俺たちの交渉が上手く進んでいることを示す。
「事情を説明させて貰うと、俺は戦争に群がる、言ってみればハイエナのような、お前とは違って、下衆の仕事をしている者だ。」
「この国は…ヴェリフェラートは、敗北を宣言した…間もなく終戦後の混沌期に入ることと思う。」
「食料は、本格的に枯渇し、今までに無いほど、治安も悪化することだろう。」
「そのため、この国の新戦力…お前も知っての通り、ヴァイキングは、既にこの国の深くまで、権力の根を張っているが、彼らは見た目としての権力と、秩序の回復の為に強力な取り締まりを行うことを決めたのさ。」
「港区に蔓延っているような、凶悪な犯罪…殺人や、恐喝と言った、今まで咎められてもいなかったような事件に、介入する。お前も、あの辺りの治安の酷さは、耳にしているだろう?」
「しかしそれは、自警団によってではない。そんなリソースは無い。とうの昔に、戦力として駆り出されているか、大規模な犯罪…先細った貿易を裏で操作する、初めからヴァイキングに肖って来た貿易商の富豪を相手に、機能していないだろう。」
「では、国は内部の自衛組織として、何を選んだと思う…?」
「その、組織だった犯罪を行っていた、貿易商そのものとの癒着だよ。」
「今度は大っぴらに、今までは混沌に乗じて、内部で甘い汁を啜って来た、膿とでも言うべき存在が、外部と手を組んで、この国の混乱を、治めようと言うのさ。」
「酷い時代になるぞ…。」
「まあ、そんなことが出来るかどうかは、俺たちの興味の対象ではない。」
「お前に知っておいて欲しいことは、これから行われることが、元から内部にあった癌が、正義の名を与えられる機会を貰い、国の再建の道を目指す…」
「何が目的だっ!!」
「……。」
饒舌に喋っていたのに、腰を折られて、不愉快極まる。
「簡単な話だ。俺は、成果が欲しい。そのための、情報収集をしている。」
「犯罪の臭いにいち早く群がるのが、下っ端の俺の役目だ。」
「ここらで最近、誰かが人を殺した話を、聞かなかったか?」
「…こんな風に話かけることが、日中の街中で、叶うはずが無いだろう?分かって欲しい…」
「情報の提供に協力をして貰えると、大変に助かる次第だ。」
「……。」
「…知らないね。」
「誰も、お前が情報源だとは言わない。どうか、腹を割って、話して欲しい。」
「この辺りで、そんな話は、聞かない。皆、細々と誠意持ってやってるんだ。」
「デヴィン。俺も、こんな汚れ仕事は、御免被りたいのだ。」
「しかし一つも情報が得られなければ、報酬も無い。一日だって長く生きたい。分かるだろう?」
「どんな些細な臭いでも、構わない。」
「恐喝…窃盗…強姦…」
「あんたが今、やっていること、それ自体が…!」
「失踪事件…」
「……。」
彼の頭上に、縄を握った両腕がゆっくりと、降ろされる。
「そんな噂話は、無いか?」




