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13. ウェル・ポーズド

ヴェリフェラートの地図はこんな感じです。

挿絵(By みてみん)

13. Well-Framed


「俺の、興味を惹くことを、して見せろ。」


それが、あの狼が俺に渡した宿題だった。



それだけを伝えると、彼は開け放しの玄関から、ご機嫌に尻尾を波打たせ、去って行った。

人間の口さえ聞かなければ、本当に、狼が、店に入り込んで、好き放題に喰い荒らして帰って行っただけのようだった。


「何だったんだ……今の…」


いっそ、只の、害獣だと、思い込んでしまおうか。

追い払うことも出来ずに、満足の行くまで、そうさせたのでは、味を占めて、またやって来るかも知れないね。

なんて、話し合う相手も、もういない。




夜が明けても、彼女は目を閉じたまま。




恐ろしいことだ。また、陽が昇る。

彼女を見つけたままの時間の中で、悲しみに暮れていたい。

こんな僕にさえ、世界は強引にでも、朝を迎えさせようと言うのだ。


「……。」


ずっと、リフィアの左手を握って、隣に座っていると、彼女の体温は、まだ残っているように感じられる。

ともすれば、冷え切ってしまった僕の身体を、あちらから温めてくれているような気さえした。



背後にある窓から注ぐ光が、二人掛けの食卓を、木目に相応しい暖色で照らす。

まるで惨劇など無かった。此処は、次に、朝食で彩られるのですよねとでも言いたげに。


立ち上がって、呆然と、喰い散らかされた卓上を眺める。

「…どうしよう。」


何せ、帰って来たばかりなのだ。


色々と、聞くはずだった。彼女から。

不在の間、この国は、どうなっていただろう。




王都ヴェリフェラート。


東部沿岸に位置するコンスタンツァ港を有する湾岸の都市国家だ。

黒海を行きかう輸送船の殆どが必須の中継港として利用するだけあって、乏しい国資源とは裏腹に、発展の速度は目覚ましい。


此処から、その港は遠くない。南北を走るDanube-Black運河に沿って、半日馬車を走らせれば、南部に聳え立つ城塞の膝元と共に見えて来る。

直接立ち入ったことは無いけれど、それでも近辺には、珍品立ち並ぶ市場と、そこでの取引を楽しむ人々で溢れかえっている。


かく言う僕も、その恩恵に肖ろうとした一人だ。

現地民が味わったことの無い食材を使って、飲食店を開けば、内陸側の人たちにとっては、諸外国の雰囲気を手軽に味わえる、貴重な穴場として、差別化が図れるのでは無いかと思ったのだ。


彼女は、僕の夢を一緒に叶えると言ってくれた。


僕らは、実際に輸入先の料理を食したことがある訳じゃないから。

現地の人たちの舌に合うように、ずっと手探りだったけど。


彼女や、周囲の人たちの協力もあって、お店も、初めは繁盛したのだ。



けれど、幸運は、何度も続かなかった。



格好の狩場であろうことは想像に難くない。港周辺での海賊の横行が激しいことは、小耳にはさんではいた。

当然、ヴェリフェラートだって、安全な寄港地を提供しなくては、船が寄り付かなくなってしまうから、潤沢な資金を軍備に充て、海軍を巡回させていたらしいのだが。


最近になって、彼らの手に負えない、強大な軍事力を備えた蛮族が北部より、姿を現すようになったと言う。

彼らは、’ヴァイキング’ と呼ばれるらしい。

何でも、彼らが信仰している神様の加護を受けているとか何とか。兎に角、段違いの強さをしているらしい。


凄まじい膂力を備えた戦闘部族による蛮行は、瞬く間に海上を支配し、貿易船の数は激減してしまったと言う。とりわけ、コンスタンツァ港へ向かう船は、彼らの絶好の標的となってしまったのだ。

貿易業に頼り切っていたヴェリフェラートは、完全に補給路を断たれた格好となり、衰退の一途を辿っている。


しかもそれだけでは、済まされなかった。

ヴァイキングは、複数の民族に分かれ、陸路からも侵攻を続けていると言うのだ。


既に、背後を取られてしまっている。

侵略されるのは、時間の問題だったが、多少は地の利のある地上戦で迎え撃つしか、生き残る術は無い。



そうして、長引く迎撃戦。

国の疲弊が、あちこちに現われるようになるまで、時間はかからなかった。


まともな食料を調達するのでさえ、難しくなって行く中で、高価な輸入品に頼った飲食店が、到底やっていける筈も無い。


それでも、溢れかえった酒場と同じものを今更出しても、人が来てくれる訳では無いことも明らかだったから。


僕は高騰し続ける香辛料を手に入れる方へ舵を切った。

戦争が終わるまで、またこの国が平和を取り戻すまで、赤字を垂れ流し続ける覚悟で、資金繰りを、僕がする。


リフィアが、水商売も辞さないなんて言うから。

僕は、絶対にそんなことさせないために、もっとお金を稼げる手段に走ったんだ。



2年間、僕は徴兵として、国外への遠征に赴くことになる。


第4次の募集と言うこともあって、褒賞金は、かなりのものになっていた。

貧しいものから、目が眩んで耐えきれず、命の切り売りを始める。

僕も、レイズに負けたと言うことになる。


志願したのは、勿論、炊事兵だった。

非力な僕が、一番役に立てそうだったし、生業の腕も衰えずに済む。

何より、戦線に立ったとして、数秒だって生き残れる気がしなかったから。


でも、いざ出陣してしまえば、此方の意志とは全く関係の無い配属なんて言うのは、良くあることらしい。

現実は全く以て、人手が足りていない。

一般市民が兵力として徴用されなくてはならない時点で、既にそういう状況であるのだと察するべきだったのだけど。

僕は何も知らなかった。



本当に、恐ろしい体験だった。


戦線に立たされて尚、ただ、傍観しているだけに等しかった。

同じ人間を手にかけるような罪悪感と向き合う瞬間すら、いらなかった。

成す術もなく、切り殺されていく烏合の雑兵を横目に。

戦場で尻尾を巻いて、命からがら逃げ帰って来られたのは、奇跡以外の何者でもない。


乗り手を失い、途方に暮れていた騎馬を拾って、門前までやって来たところで、

任務放棄した市民兵が、入れて貰える訳なんて無い。そう思っていたのに。


国のはずれの家屋は、酷い有様だった。

僕が家路に着くより早く、既に彼らの侵攻は終わっていたのだ。


彼らは、どのように、城壁の内側を凌辱するだろう。


好き放題に、家屋を荒らし、食糧をかっさらい。

内側からも外側からも、この国を、資源を、市民を、支配するだろうか。



嫌な予感がした。


そんな訳は無かった。

開城されているのだ。彼らは王城へと向かい、この戦争を完全に終わらせるだろう。

市民は捕虜となり、やがて新たな支配の下で、再び国の生産を始める。

それまで、我々は、侵されない(インタクト)はず。


静まり返った通りを歩き、やっぱり、都心部で無くとも、被害に遭った家屋は少ないようだと。そう疑念を振り払うことも出来ず。



明かりのまだ灯る、半開きの扉を、恐る恐る覗いてみれば。



僕の店だけが。

彼女だけが。




こうして、奪われている。




遅かったんだ。

あと一日、早く帰って来れたなら。



もう、この国はおしまいだ。一緒に逃げようと言って、

彼女の温かな手を引けたかも知れないのに。



どうして、こんなことが。

どうして、この世界で、僕だけが。




神様がいようものなら、そいつに向かって、

僕の持っていた運を返せと、

あらん限りの声で、泣き叫んで、



そうしていたら。







あの狼が来たんだ。







「お前が、どんなことをするか、見ていてやる。」


自分でも、狂っていると思う。


「楽しみに、しているぞ。」


しかし、彼の興味を惹くような行動の答えが、僕の中には、はっきりと出ていたのだ。




‘人を、殺して見せろ。’




彼女を殺した奴が、目の前で縛り上げられ、無抵抗に横たわっていたなら、僕は、躊躇いなくそいつの命を奪えるような人間だと、示してみろ。


そうしたなら、あの狼は、僕を選ぶ。

僕の、神様となってくれる。


あの狼は、そう告げたのだと思った。




人間、追い詰められると、こんな馬鹿な考えにも縋ってしまうのか。

神様だとか、魔術だとか、そうじゃなくても、勝ち目のない戦争でも、最後まで立ち向かえば、必ず奇跡が訪れるとか、それこそ極端な思想に走る人に、自分がなってしまっている。




「何考えてるんだろ…」




「おはよう、リフィア。」


「まだ、眠ってて良いよ。」


亡骸を、きちんとベッドの上に寝かせ、毛布を掛ける。


「買い出しに、行って来るね。」


どれだけ、そう言い聞かせてみても、表面上は、拭い去ることができたとしても。

それは、僕の胸の中に影を落とし続けた。




リフィアのこと、それだけを考えれば良いのだ。

何故、彼女は殺されてしまったのかと、考えてはいけない。


彼女を殺した奴は誰か、そう考えるだけで、留まらなくなってしまう。




誰でも良い。


誰でも良いから、誰か殺せるか?



そんなこと、今まで考えたことも無かった。

戦場でさえ。


僕が、戦地へ送り出される前だったなら。

こんな危険な思想を、寧ろ楽しんだだろう。



僕は、殺人鬼になり得る。

でも、それだけだ。

だって、誰にも見透かされることが無い。



視線を落とし、何も考えずに足を進めていると、自然と広場のある大通りへと出た。


「……!」


驚いたことに、そこには、僕を嘲笑うかのように、変わらない市場の人熱が漂っていたのだ。

街の外れは廃墟だったが、市場周辺には小規模の屋台・露店が並んでいる。

いつも、朝はこの辺りで、その日の店に出す食料の調達に勤しんでいたっけ。


‘第7次、義勇兵募集要項’


「もう、そんなに多くの募集が…」


塀に貼られた通告文や領主の紋章が破れたままだったりしていて、僕がこの土地を離れてからの荒廃を思わせる確かな手掛かりではあった。


彼らは既に、変化を受け入れた後であるのか。

それとも、やっぱり僕だけが。この戦争で、奪われた側の市民であるのか。

彼らは、そんなことも、知らずに?


だとしたら、僕の発想、それ自体は、自然だろうか?



ボロボロになった外套のフードを目深に被り、街道の隅を歩きながら、

流れる人を見る目が、まるで変って来る。


もし、僕が、僕がこの中に一人に目をつけて。命を奪う計画を立てているとしたら?

白昼堂々と、通り魔なんて、する訳が無いだろう。

僕にそんな度胸なんて無いし、もっと言えば、‘捕らえられるような’ 罪を犯したくないと考えるのが、狼に見透かされた本性だった。


では、そいつの行動を、周到に嗅ぎまわって、絶対に、誰にも目撃されることが無いと確信できる状況を見つけ、一人になったところを、襲うだろうか?

馬鹿らしい。肝心なところで、臆病風を吹かせるに決まっている。

僕は、その人の、生活の一部を垣間見ようとするだろう。

もう、見知らぬ他人とは、言えなくなる。僕が、また次にすれ違う頃には、互いの記憶にも残っていないような、そんな人間でなければ。僕は襲い掛かるであろう罪悪感に、耐え切れまい。

やっぱり、そんなことをしてまでするのなら、そいつは、悪人でなくちゃならない。


一目見て、ああ、こいつなら、良さそうだ。

相手のことなど、知りもしない癖に、こいつを殺しても、問題無いのだ。

そう思えるぐらいに、呆気なくありたい。


例えば、



ほら、あの、路地裏で、うずくまっている、浮浪人とか。




あれを、野良犬を虐げるような手軽さで。



そうだ。一見、僕よりもはるかに逞しく、

あの狼のように、強そうに見えたって。


所詮は……。




「……。」




ちょっと、真面目になって、傾倒して、考えてみただけで、この有様だ。

とてもじゃないが、やっていけない。こんなことをずっと考えていては、息が詰まる。



それでも、僕は。

僕は、ある日突然、

それこそ、行き交う人々に愛想を撒きながら、

裸で踊り出すぐらい、とんでもないことを、勝手にしでかすのでは無いかと、

恐れずにはいられない。


そんな狂気を、押し隠すため。


あの狼の言葉を、忘れるため。




平穏な日常。

そんなものを、嫌でも受け入れなくちゃならなかった。


「すみません…このお酒と…それから、塩漬け肉、幾らで買えますか?」


「あーっ?これか?もう品切れ寸前でねえ、高くつくぞ、56 Denierだな…」


「っておお……!シリキ!帰って来てたのか!」


「えっ?ああ…ご無沙汰しています…」




「嫁さんが、心配してただろう?また、店に顔出すからさ!その時また喋ろうや!」


「ありがとうございます。いつでもお待ちしていますね。」


「んじゃ、無事帰って来たお祝いに、50 Denier銀貨に負けてやるっ!」


「参ったな…こっちもご馳走しないといけなくなっちゃう。」


「何言ってやがる、当たり前だろうが!あっはっは…」






でないと。

頭の中に、その考えが、


勝手に巣食って、育っていく。







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