11. 今にも割れそうな空の下で
11. Beneath a sky on the verge of falling
「そんなっ……」
「リフィアっ……リフィアァっっ……!!」
「必ず帰るって…約束したのにっ……」
「どうして…どうして…」
氷のように真っ白な身体。
潰れそうなぐらい必死に抱えても、温まる様子が無い。
降りしきる雪が、彼女の熱をもっと奪おうと静かに纏わりつく。
嘘だ。彼女の肌は、これぐらい透き通っていたさ。
玄関には、唯一煌々と明かりが灯っていた。
街灯も、部屋の明かりも灯らぬ、見捨てられた表通りで。
そんな不用心に励むから、盗賊に狙われ、容易く命を奪われるんだ。
まだ港が、リシャーダが栄えていた頃のことを、僕らが出逢った時のことを、思い出していたの?
それとも、君も今夜は、誰かが迎えに来てくれるって、そんな気がしたの?
君も、そんな奇跡を。
やっと、帰って来れたのに。
あと一日。
あと一日早く、終戦の前に戦場から、逃げだしていたら。
君の元へと、帰っていたら。
「りふぃあ゛ぁぁぁっ……」
君を、護れたかも、知れないのに。
「あ゛ぁっ…うぁぁっ……うあ゛あ゛あ゛あ…。」
誰が、誰がこんなことを。
モノだけ、奪って行けば良かったじゃないか。
どうして、どうして、彼女の命だけが、必要だったんだ。
僕の命じゃ、どうして不満だったんだよ。
ねえ、神様。
どうして。
「……。」
通りの先から、声が聞こえた気がする。
きっと気のせいだ。
というか、関係が無かった。今だけは、僕の鳴き声だけが、世界を覆い尽くしていれば良かったから。
それを乱して良いのは、彼女の息遣いだけ。
彼女が僕の名前を呼ぶ声だけ。
シリキ、どうしたの。
お帰りなさい、って。
ぎゅ……ぎゅ…ぎゅ…
「……?」
雪を踏みしめる音で、はっとする。
気のせいじゃない。
誰かが、此方に歩いてきていると。
それも、一人じゃない。
かと言って、何人もじゃない。
嗚咽を必死に押し殺し、
玄関の明かりによって閉ざされた数歩先の暗がりに目を凝らす。
リフィアを襲った、盗賊の残党か?
彼女だけでは飽き足らず、僕からも剥ぎ取ろうって言うのか?
違う。こいつは、一切、モノを奪おうとしてない。
扉には、窓には、一切荒らされた様子が無い。
リフィアは、自らの意志で、誰かを招き入れた。
僕の命を、一緒に奪ってくれるのか?
そうしてくれるなら、寧ろ歓迎だよ。
けれど…
ぼんやりと死にたい気分じゃないんだ。
せめて、リフィアの命を奪った奴がお前らなら
「はぁっ…はぁっ……ん……あぁっ…」
僕は初めて、人のことを、軽率に、本心で殺せそうでいる。
そんな自分を、想像して今、どうでも良いと頭から押しやれない。
あっさり、首を掻き切られてしまうかな。
持ち方も覚束ない短刀の柄に手を掛け、じっと恐怖心が僕を逃げ腰にするのを待つ。
けれども、興奮して血の上った頭は、自分が既に誰かを殺した後のことを考えようとしていたんだ。
ぎゅ…ぎゅ…ざっ……
「……?」
これは…
このリズムは…
人間、じゃない…?
「おい、お前。」
「っ……?」
声の主は、闇の中から遅れて姿を現した。
「ぅっ……」
心臓が、ずきりと痛む。
「うあ゛あ゛あ゛っっっ!?」
立ち膝だった僕は、思わず体制を仰け反り、彼女と共に肩から倒れてしまう。
その拍子に、あっさりとナイフは、音を立てて氷上を滑った。
や、野犬……違う、オオカミ?
さっきの音は、人間の言葉に聞こえた。
こいつの唸り声じゃない。
まだ近くに、誰かいる。
「ふん……なるほど…」
「……!?」
こいつの真後ろに、誰かがいる。
灯りの下まで来たのに、真っ黒な外套を身に纏っているのか。
そいつは、一向に姿を現さない。
でも、この狼、何か…
じっと此方を見つめ、僕のことを、嗤っているように見える。
動物が、人間と同じような感情を持っているような錯覚に陥ることは、誰にだってある。
恐怖に突き動かされた僕は今、この狼に、寓話に出て来るような悪役を与えようとしているんだ。
咄嗟に俺は、リフィアの身体を狼から隠すようにして庇う。
こいつ…彼女のことを、狙っているのか?
獲物だ。こいつは、獲物にありつけるか、品定めをしているだけ。
武器を持って、戦う姿勢を示せば。
「ほう…好感が持てるな。」
その鳴き声に合わせて、口が動く。
「そうだな、お前…」
「’復讐’ が、したく無いか?」
……?
なん、だって…?
「その為になら、お前に力を貸してやるぞ。」
「狼と、取引をする勇気があるのならな。」




