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ソルスストーリー  作者: シフルキー
序章
9/16

砦の迷路 ④激突

土煙も晴れ、太陽が真上に昇り戦場を照らす中、

輿の上のムタレン将軍は、側に侍る愛人たちに酒を注がせながら、砦を一瞥する。


「早く片付けんか。こんな砂の城に興味などない。突撃させて陥落させろ」


将軍は退屈そうに腕を振り、命令を下す。

愛人たちは将軍の膝に凭れながら、媚びた笑みを浮かべているが、

いつ自分たちに理不尽な鞭が飛ぶのか、その目には恐怖が混じっている。

側近たちが慌ただしく動き、号令をかけ、戦場は再び喧騒に包まれようとしていた。



砦の見張り台に立つノエルが、スプライトクインテットのメンバーに声をかけた。

「やっと出番のようね。準備はいい?」


こちらへ向かってくるオロディア軍が目前に迫ったころ、

ノエルが笑いながら詠唱を終えると、地面が揺れ動き、大地から巨大な土壁が出現した。


オロディア軍は突然の壁の出現に驚き、進軍が一時停止する。


「どうなっているんだ?これは…」

督戦部隊の指揮官タキミンが困惑し、周囲を見渡す。


「お楽しみの時間よ!」

ノエルがさらに詠唱を続けると、土壁は変形し複雑な迷路が広がり始めた。

オロディア軍は突如現れた迷路に閉じ込められ、進むべき道も分からず、分断された。


「迷路一度作ってみたかったのよね~

アタシたちの出番は終わりっ。みんなのお手並み拝見~っと」


迷路の出来に満足げな笑みを浮かべていたノエルだが、

突然背後から抱きかかえられた。


「ノエル~。ひっさしぶりだな、オイ

面白そうなもん作ったじゃねぇか。」


がっちりホールドされたノエルはジタバタとあがきながら

「ちょっ、はな…痛い!ってかホント遅い!」


「悪いね~

向こうからこっち来たらアリアに呼び止められててさ~」

特に悪びれた様子もないのだが言葉だけは詫びを口にし、ノエルを離した。


「イツカさん!お、お久しぶりです!」

突然の出来事に戸惑いながらも、知った顔だったのでソファは声を掛けた。


「ん?お~

酒にやたら強ぇ姉ちゃんか。ノエルの御守りやらされてんのか?」


「違うわよ!アタシが魔法教えてたの!

ってか遅れてきて話し込もうとすんじゃないわよ!

準備は終わってんの。早く片付けてきなさいよ。」


「それもそうだな。

ノエル。合図したらこっちから迷路への入り口開けてくれよな。」


言いながら砦の入り口で準備を終えているハンター達の元へ降りて行った。


そちらでも散々遅いだのなんだのと罵声を浴びているようだが

気にするそぶりもなく、砦と一番近い迷路の壁の前に立つ。


気付けばイツカの背後ではハンターが各自武器を構え、突入に備えていた。

「ノエル~。ここ開けてくれ~」


「はいは~い、

ソファちゃん、お願い。」

突如入り口を作るよう指示されたソファは言われるがままイツカの前の壁を撤去した。


上から見ているソファには、状況が良く見える。

壁が無くなると同時に中に入ったイツカは、棒を手に持ちオロディア軍へ殴り込んだ。


そう、殴り込んだのだ。


「何ですか?あれ?

殴り込みじゃないですか…あの部分だけでも相当いますよ

あんなんで大丈夫なんですか?」

目の前の光景が信じられないといった表情のままソファはノエルに尋ねる。


「いいんじゃない?

やりたいようにやらせとけばいいのよ」

頬杖をつき興味を失ったとばかりにノエルは迷路を見ている。


「ソファちゃん知らないの?

いっつもあんな感じよ」

「こないだ魔獣に囲まれた時なんか、まんま同じだよな。」

「人がゴミのようだ…」

「相変わらずホント無茶苦茶ねぇ」

スプライトクインテットの面々も迷路を眺め観戦模様だ。


「みなさん。イツカさんとお知り合いなんですか?」

緊張感のカケラもないその様子に戸惑いつつも聞きたいことは聞いてみる。


「ここの名物オヤジだしな。みんなよく知ってるよ」

「さっき魔物に囲まれたって言ったでしょ?

こないだ洞窟の奥の方でちょっとしくじっちゃって…その時近くにいたとかで

助けられたのよ。で、お礼に来たら“これ”に巻き込まれたってワケ」

「あれは助かった。ウチにはタンクはいないからな…もう突破しやがった。」

話も気になるが戦況も気になる。

迷路では空けた入り口付近のオロディア軍は既に壊滅していた。

突入部隊はイツカを中心に何やら話し込んでいる。


「お~い!底無し娘~!次ここと、あっちも壁開けてくれ~」

イツカがこちらを向き指で指示を出してきた。


「ソファちゃん、ご指名よ」

ノエルに言われるがまま言われた壁を撤去した。


「底無し娘って?」

「ソファちゃんお酒強いんだ?」

「これが終わったらどうせ宴会だろ?」

「今日中には終わりそうだな。」

もはやスプライトクインテットのメンバーにとっては完全に他人事のようだ。


開けた壁から次々にハンターたちが飛び込みオロディア軍へ襲い掛かる。

開戦時の人数差をものともせず、少しずつだが確実に敵軍は減ってきている。


「ソファちゃんには、いいお勉強になりそうね」

セレナがソファの横に立ち状況を説明してくれる。


「まずは一撃に秀でたアタッカーが突撃、勢いが弱まればすぐにタンク役とスイッチ

側面は剣職や斧持ちがカバー。最後に槍を先頭にもう一度突撃。

小人数に分散させたノエルの迷路と、各個撃破を徹底してる所がカンペキね。」

上から見るとまさにその通りだ。


迷路の突き当りで止まった一団の背後から壁を打ち破り、一気に殲滅していくハンターたち。

ソファは息を飲んだ。彼らの動きは、まるで迷路を知り尽くしているかのようだった。


壁が壊される度にオロディア軍の一団が退路もなく撃破されている。


「どうやって突入箇所を決めているんですか?」


戦闘技術の高さや戦術行動の的確さは美しいの一言だが、

問題はどうやって迷路内で的確に背後を突けているかだ。


「イツカが見てたじゃない

どこを突破するかさっき指示出してたでしょ?」


「あんな短時間で?信じられません!」


「実際やってるじゃない。」


目の前で実行されている以上それはそうなのだが…


「でも面白くないわよね

結構自信作なのになぁ、この迷路…そうだ!」

何か思いついたかのようにノエルが迷路に手を向ける。


するとイツカのいる辺りの壁が一斉に崩れ落ち、開けた空間が出来上がった。

オロディア軍の中で一番大きな一団を含む敵軍の真っ只中に

イツカを含む数名のハンターは取り囲まれた。


「難易度変更~。

さあどうするかなぁ?」


先程までとは一転して興味津々に戦況を楽しむノエルに対し

「ちょっ、何してるんですか?みんな囲まれちゃいましたよ。」


見張り台にいる面々の中でソファだけが抗議の声を上げる。

同じく迷路内でも、こちらに向かってイツカが抗議の声を上げている。


「さっきのお返しだよ

キツ~く抱えられて痛かったんだから。」


「ノエルさん!

敵はイツカさんじゃなくて、オロディア軍なんですよ!」

見張り台での喧騒を他所に迷路内の空気は一変していた。


一番大きな一団から一人の男が前に進み出る。


「栄えあるオロディア軍の指揮官タキミンである。

そちらの指揮官は誰か。前に出よ。」


その言葉を受けてイツカがタキミンの前に立つ。

「何だよ?

さっきはこっちの呼びかけに答えなかったくせによ

降参か?」


「何を言うかと思えば、…この戦力差を見よ!

コソコソとネズミのように動いておればいいものを、目の前に現れた以上

もはや我らの勝利は明らかだ。貴様から血祭りにあげてやるわ」


言うや否やタキミンはイツカに向けて襲い掛かる。


「こっちも手間が省けて助かるぜ。ノエルに礼言わなきゃな。」

イツカは手にした白い棒をタキミンに向け構えて待ち受ける。


「その棒切れごと打ち砕いてやるわ」


装飾の施された甲冑に身を包んだタキミンは大鉄槌をイツカに向けて振り下ろした。


「フンッ」


イツカはゆったりした仕草から手に持つ棒をフルスイングした。



2人の武器が衝突した瞬間、派手な衝撃音が炸裂し、火花が四方に飛び散る。

次の瞬間タキミンの体は、まるで大空へ放たれた石弾のように宙を舞い

後を追うように砕かれた甲冑の破片と、

破れた鎧から流れる血が、空中で鮮血の花びらを散らし、美しい放物線の軌跡を描く。


“打球”はオロディア軍の真ん中に、鈍く響く金属音ととも地面に叩きつけられた。

打撃の余韻が響く中、そこに転がるのは、ひしゃげた鉄塊と化した彼の亡骸だった。


「次はどいつだ?」

弾道を確かめるようなフォロースルーの体制のまま、イツカは問い掛けた。


周囲を取り囲んでいたはずのオロディア軍は、ジリジリと囲いを広げ後ずさる。

今しがた起きた現実に理解は追いつかないが、飛び込めばどうなるかは良く分かっていた。


「指揮官はあの通りだ。

このまま国に帰ってもお前らをそのままにしておく野郎じゃねぇだろう?

ムタレンってのは、そんなヤツだ。

もう一回だけ言うぜ?

無駄な流血は望まない。投降すりゃあウチで面倒見てやるよ。」


ガシャガシャと目の前にいた者から、我先にと武器を投げ出した。

「物わかりの言い連中で助かるよ。」


戦いの趨勢は決した。投降の意思を示した以上、イツカは構えを解いた。


「お~い!

こっちは片付いたぞ~

この連中もアリアに任せるから呼んできてくれねぇか?」

こちらに向けてそう叫ぶイツカに対し、ソファは只々頷いた。


砦の反対側にいるアリアの元へ向かおうと、見張り台から飛び降りる。

「私も一緒に行くわ~。ご飯の準備もしなきゃだしね。」

そう言いながらセレナもソファとともに見張り台から降りた。


「ノエル。

迷路楽しかったぜ。邪魔だからこの壁片付けてくれや。」


「簡単に攻略しといて…。っとにハラたつわね。」

渋々といった表情ながら、言われた通り周辺の土壁を元に戻した。




戦況と伝言を伝えに砦の反対側に出たソファは、目の前の光景に目を見開いた。


砦の周辺には、村人たちや投降してきた兵士、そして一部のハンターたちが集まり

宴会の準備が始まっていたのだ。


「準備急いで!夕方には間に合わせるわよ!」

広場の中心からアリアの明るい声が聞こえてきた。


声を頼りに人混みをかき分けアリアの元へ向かうと

オロディア軍の兵士たちが運んできた水を巨大な鍋に次々と注ぎ

周辺の村人たちが野菜や肉を切り分けている。

広場の中央では、巨大な肉塊にスパイスを塗り込み鉄串を刺しているようだ。


「どうなってるのこれは?

…ってあの鍋は甲羅か何か?あっちのとてつもない大きさのイノシシの頭は何なのよ。」

今日何度目か分からない程の驚きと、その光景に戸惑いながらもアリアの元にたどり着いた。


「あら?早かったわね。

あっちは片付いたの?」

振り返ったアリアは開口一番そう尋ねた。


「えっと、アリアがこっちに来た後、

オロディア軍3000の内、2000が攻めて来たんですが、

スプライトクインテットの方々とイツカさんたちが制圧しました。

それでイツカさんが、投降した兵士を任せたいから呼んできてくれって…」


「どうせそんなところだろうと思ったわ。

ちょっと予想より早かったわね」


そう言いながら周辺のギルド職員たちに何やら指示を出すと

「じゃあ、ソファちゃん、行きましょう。

セレナ後よろしくね?レシピ助かったわ~。」


「了解~。いってらっしゃ~い。」

手をヒラヒラさせながら、後を引き継ぎギルド職員と打ち合わせを始める。


「何がどうなってるの?

アリアにしても、イツカさんたちにしても何が何やらで…」

イツカの元へ向かう道すがら、ソファはアリアを質問攻めにした。


「作戦通りじゃない?

5000人いる内、2000人は素通りさせて、とりあえずあそこで手伝ってもらっているわ。

残り3000人の内1000人は本陣でしょ?

あとは攻めてきた2000人の内どれくらいが投降してきたのかしらね?」


「確かにその通りなんだけど…

あの料理はなんなの?」


「戦闘が終われば、お腹が空くでしょう?

向こうの先陣は腹ぺこだって言うし、ご飯食べてゆっくり休んで、明日定住先に案内する手筈よ。」


「じゃなくて、あんな材料はどこから手に入れて来たのよ?」


「イツカさんに聞かなかった?

丁度こっちに来た時に見かけたから捕まえてきてもらったのよ。」


「あんなにデカいのを一人で何頭も?

どうやったらそんな事が…」


「戦ってるの見たんでしょ?

あの人ならこの辺りの魔獣ぐらい、すぐに捕まえられるわよ」


「そう言えばあの武器は何?

ただの棒なのにオロディア軍の指揮官を吹っ飛ばしてたけど…」


「あれは“羽のない竜”の大腿骨らしいわよ。

振り回しやすいらしくて、最近のお気に入りみたいね」


「骨って…武器ですらないのね。何か何でもありに思えてきた。」


「あっ、イツカさんこっち向かってきてるわね。」


アリアが目で指し示す方ではイツカが手を上げこちらに向かってきていた。

「アリア~

突っ込んできたやつらの半分くらいって所かな。頼めるか?」


「はいはい。

合わせて3000人超えですよ?町でも作るんですか?」


「それいいじゃねえか!

洞窟前が寂しいしな。拠点作っちまおうぜ。」


「またそうやって簡単に言う…。

でも資材は十分。人手は確保できたし…何とかなると思いますよ。」


「だろ?

晩飯食いながら皆で話そうぜ。」


「とりあえずこの人たちは引き受けました。

何人か手伝いに借りますよ。あと向こうは準備出来てるんで

落ち着いたら皆連れてきてくださいね?」


「了解了解~っと。

ノエル~。向こうはどんな感じだ?」


今度は見張り台に向けて声を掛ける。


「日も傾いてきたし、今日は終わりじゃない?

壁でも作っておく?さっき壊したばかりだけどね!」


「入り口だけ塞いでてくれりゃいいさ。

見張り立てとくからよ。出来たらお前らも向こうに来いよ。」


「はいは~い。

みんな~、ちゃちゃっと片付けちゃいましょ。」

砦の入り口を塞ぐように土壁が出現し、日が傾きだした戦いの跡地には静寂だけが訪れた。


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