依頼は完了と思いきや、知らされる不吉の序章
炎が洞窟内を舐め尽くした後、ナズナとメルルは静かに呪文を詠唱し始めた。
周囲に風が巻き起こり、その流れが洞窟内の空気をかき混ぜ、
熱気と煙を排出していく。
次第に洞窟内は澄んだ空気が流れ込み、熱と焦げた臭いが薄らいでいった。
マウロとデイルは反対側から換気の様子を見つめながら、コードに尋ねた。
「もう入っていいんじゃないのか?」
コードは険しい顔を崩さずに二人に声をかけた。
「密閉された空間に炎をぶち込むと、酸素がなくなって、いわゆる窒息状態になる。
風で換気しなけりゃ、俺たちも吸い込んだ瞬間に酸欠になるか、
最悪、有毒ガスでやられちまう。」
デイルが眉をひそめた。
「火が消えて終わりじゃないってことか?」
「ああ、酸欠の空気や煙が充満したままだと、こっちが先にダメになる。
こういうところで冒険者が命を落とすことがよくあるんだ。」
コードは険しい表情でそう言い切った。
風魔法が洞窟内の空気を完全に入れ替え、温度が落ち着いてきた頃、
「そろそろいいか…行くぞ
ただ俺に戦闘は期待すんな。」
コードが声をかけ、マウロとデイルはとりあえず頷いた。
洞窟内へと足を踏み入れると、ゴブリンの巣が焼き尽くされた跡が広がっていた。
岩肌は黒く煤け、焦げた肉と焼け落ちた骨の残骸が散らばっている。
ゴブリンたちが使っていた粗末な武器や食べかすも、
そのほとんどが灰となって原型を留めていなかった。
「こっちだ。生き残りや異常がないか、しっかり確認して進むぞ。」
コードが先頭に立ち、マウロとデイルは、この状況に息を呑みながらも
周囲を見渡しながらゆっくりと歩を進める。
洞窟の奥へと進むにつれ、焦げた臭いがますます強くなる。
その臭いや状況に何度も吐きながら、
マウロとデイルは黙ってコードの後をついていった。
コロニーの中心らしき場所に辿り着くと、そこには燃え尽き、
もはや形が判別できないゴブリンたちの残骸が無数に積み上げられていた。
「何も動いてない、か?」
コードが周囲を見渡し、マウロとデイルに目で確認を促す。
デイルはその光景に震えながら呟く。
「こうなると、ゴブリンがどうっていうより、ただの“焼け跡”だな…」
「“焼け跡”だけか調べるのが俺たちの仕事だ。
生き残りがいなけりゃ、それで終わりだ。
次の危険がないか安全を確認する。それが依頼の内容だ。」
コードが淡々と答えた。
彼らは最後まで洞窟内を慎重に確認し、異常がないことを確かめると、
洞窟から無事に引き上げた。
コードは洞窟から外に出ると、新鮮な空気を大きく吸い込みながら、
満足げに一つ息を吐いた。
マウロとデイルは洞窟から出てくると茂みに飛び込み盛大に吐いた。
その様子を眺めながら、コードはソファに淡々と洞窟内部の状況を報告する。
「終わりだ。内部は完全に燃え尽きていて、ゴブリンの生き残りも異常も何もなかった。
想定どおり、風魔法が効いて換気も問題なし。無事に探索完了ってわけだな。」
その言葉に、ソファが少し驚いた表情を浮かべながら口を開いた。
「正直、コードさんのことはあまり信用してませんでした…
優秀な方だったんですね。」
茂みから戻ったマウロとデイルも
「酔っぱらってばっかりの逃げ腰のおっさんだと思ってたのに…」
「少しの間でもいいんで、うちのパーティーの斥候として付いてきて欲しいよ」
「やめとけ
今回みたいな単純な仕事ならいいが、
俺はマジで戦闘では役に立たねぇ」
コードは自信満々にそう答えると、ソファが短く笑みを浮かべ、
「さ、任務は完了よ。あとはギルドへの報告ね」
そこへナズナとメルルが並んで歩み寄ってきて、ソファに告げた。
「後は頼ム。報告はそっちが上手。ココで別レル」
「それでいいの?わかったわ。
今回は本当に助かりました。」
ソファが礼を言うと、マウロとデイルも慌てて礼を言おうと前に出た。
「2人キライ。近寄ルナ。」
ナズナとメルルはそれだけ告げると、ソファに別れを告げた。
「なんであんな怒ってんだ?」
マウロとデイルの納得いかない様子を見かねてソファが言った
「あんたたち昨日酔ってあの子たちに絡んでたの覚えてないの?」
「なんの事だよ?今日初めて会ったんじゃないのか?」
ソファが信じられないといった溜息をつきながら吐き捨てるように言った。
「本当に覚えてないのね…最低だわ」
ソファの取り付く島もない様子に躊躇いながらも、残った4人は帰路に着いた。
ギルドへ戻った一行はアリアに報告を行う。
ソファが今回のゴブリンコロニーの殲滅について簡潔に伝えると、
アリアは冷静に頷き、意味ありげな視線をコードに向けた。
「他に、気になる事はなかった?」
コードは肩をすくめながら答えた。
「やっぱり裏がありやがったか
妙に辺鄙な所で、略奪の痕跡もないままゴブリンが棲みついてやがった。
普通、あいつらなら近くの村を襲うか、痕跡くらい残してもいいもんだが、
まるで誰かに指示されてたみてぇだった」
アリアは眉をわずかに動かし、やはりというように静かに頷く。
「流石ね…
その点が気になったから、実は他に手の空いていたハンターたちに
念のため近辺の調査を依頼していたの。そろそろ報告が届くころよ」
その時、ギルドに一人のハンターが駆け込んできて、アリアに書類を手渡した。
アリアがその内容に目を通すと、眉間に皺が寄る。
「……隣のオロディアから、モンスターを引き連れた侵攻作戦の情報が入ったわ。
ゴブリンコロニーが複数、あちこちに配置されているらしい。
国内の各地で似たような状況が確認されているそうよ」
一連のやり取りを聞いていたギルド内に緊張が走り抜けた。
各パーティーがざわめき始め、各人が状況を把握しようと動き出す。
「…つまり、今回のゴブリンの群れは、
単に偶然そこに居たわけじゃなかったってこと?」
ソファが険しい顔で聞くと、アリアが静かに頷き返す。
「そういうことね。すぐに対策を協議する必要があるわ。
他のギルドとの連携も考えなければならないかもしれない
上にも報告が行ってると思うし、今日はごめんなさいね
無事帰ってきてくれてありがとう」
そう言うとアリアは奥へ引っ込んでしまった。
ギルド内は対策や情報のやり取りで大騒ぎだ。
「とりあえず何も分からないし、
コードに話も聞きたいから、何か食べましょうか?」
ソファがそう提案すると、残りの3人も空いてるテーブルへ向かった。
夜が更けるにつれ人々が集まるギルドの酒場で
人数分のエールとツマミがテーブルに届けられ
ひとまず依頼の達成を祝って乾杯をした後
ソファはコードに尋ねた。
「私たちはすぐ隣の何もない村から出てきたばかりで何も知らないの
今のどういうこと?侵攻って何?」
コードは目の前のエールを一息に飲み干した後、
「ここらの村から出て来たんなら何も知らないもの無理はねぇ。」
そもそも国とは何か。
なぜ侵攻が起きたのか。
何も知らない駆け出しの田舎者たちへ
そう言って3人に語りだした。