初めてのパーティー連携
酔いから完全に覚めたマウロ、デイル、そしてコードの3人は、
ようやくアリアとソファの待つ受付に集合することができた。
汚物を見るような視線を投げかけるソファと
表情の読めないアリアがこちらを一瞥する。
向こうのテーブルとこっちの受付と、室温が5度は違う気がする。
「次の依頼が決まったのか?」
勇気を振り絞り、なるべく平常心でマウロがソファに問いかける。
ソファは深い溜息を吐いた後
「ゴブリンコロニーの討伐依頼らしいわ」
その言葉に、3人の表情が一瞬硬直する。
ソファは表情視線はそのままに、再び口を開いた。
「3パーティーかB級ハンターが必要条件な特殊な依頼だったけど、
アリアさんと相談してそこは解決済みよ。
今回連携する1組は『ナ・ゼ・カ!』待てずに先に向かっているわ。
私たちは後発組。準備ができたらすぐに出発よ。
逃げるなら今のうちだけど?」
一息にまくしたてるその言葉には微塵の温かみも感じられなかった。
マウロとデイルは、冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。
二日酔いからは回復しているのに、違った意味で吐きそうだ。
「そ、そんな簡単に言うけど…ゴブリンコロニーって、
俺たちみたいな初級冒険者が挑むような場所じゃないだろ?」
デイルが怯えた声で言うと、ソファは冷ややかに笑った。
「心配しなくても、メインは先発組の仕事だから。
あなたたちはせいぜい脱出口の見張りと確認作業だけの仕事よ。
生き残りのゴブリンに襲われたら、まあ、せいぜい怪我しない事ね。」
彼女の言葉はまるで冷たい刃物のように、彼らの不安をさらに掻き立てる。
一方で、アリアは事務的に依頼の書類を確認していた。
彼女は彼らのやり取りにはほとんど関心を示さず、
冷ややかな視線でコードに向き直り、事務的に口を開いた。
「そういえば、コード。
セレナから今回の依頼におけるあなたの報酬はなしだって話、
ちゃんと伝わっているわよね?」
淡々と、まるで何の感情もなく事実だけを伝えるように言った。
コードはその言葉に苦々しげに頷いた。
すでに全てを察していた彼は、短く答える。
「わかってる。」
それ以上、何も言う必要はなかった。
このギルドのハンターなら知っている。
セレナのスープの代償だ。彼はすでに全てを受け入れていた。
アリアはそんなコードに、指示を続けた。
「今回のあなたの役目は、ゴブリンコロニーの殲滅が完了した後、
マウロとデイルと一緒に内部の状況を確認すること。
何か異常があればすぐに報告して。」
彼女の口調には、一切の揺らぎがなかった。
彼に無報酬だと告げても、悪びれる様子もなく事務的に続けた。
コードはそれを聞いて、再び短く答える。
「了解。」
「詳細は全てソファに伝えてあるわ」
その瞬間、ふと彼女の表情が和らぎ、優しい笑みを浮かべた。
冷ややかな雰囲気とは打って変わって、柔らかい声で続ける。
「行ってらっしゃい。無事帰ってきてくださいね。」
その一言が、彼らにとって出発の合図となった。
コロニーへ向かう道中、ソファは3人に依頼の詳細について語り始めた。
「今回の作戦だけど、確認されているゴブリンコロニーの出入口は2つ。
先発の魔法使いパーティー2人が、同時にコロニーに火炎放射。
その間、マウロとデイルは2人の護衛に専念して。
コードは他の出入り口がないか確認して欲しいの
アリアさんはコードに任せれば大丈夫って言ってたけど…いいの?」
コードは質問には答えずに、ソファに尋ねた。
「作戦立てたのアリアか?」
「そう。アリアさん」
「なら問題ねぇよ。任せてくれれば大丈夫だ」
ソファはコードに不安を感じながらも続けた。
「そ、そう
火炎放射が終わったら、1つの出入り口には私と先発組が待機するわ。
もう1つの出入り口から君たち3人がコロニー内部を確認するの。
マウロとデイル、君たちは今度はコードの援護要員ね。」
マウロとデイルは、緊張した表情で互いに頷き合い、任務内容を理解したようだ。
コードも冷静に頷き、前列に立つ役目を受け入れた。
彼は偵察と索敵が得意なため、コロニー内部の状況を把握するための先頭を切ることになる。
「コードが先頭で状況を確認して、何か異常があれば即座に報告する。
マウロとデイルは後方から援護。くれぐれも無理をしないように、冷静に進めて。」
気付けばソファの態度はいつも通りに戻っていた。
なんだかんだ言ってもまだ2回目の依頼なのだ。
他のパーティーとの連携も初めてだし、コードの実力も未知数。
攻撃手段のないソファにとっては3人が無事出てくるまで
他のパーティーとただ帰りを待つしかないのだ。
少し歩くとすでに先に到着していた魔法使い2人の姿が見えてきた。
2人は入り口近くの岩陰に立ち、静かに周囲を警戒している。
ソファが近づき、短く詫びを入れる。
「遅れてごめんなさい。準備に時間がかかっちゃって」
「知ってル。問題ナイ。…ナズナだ」
ナズナが無表情のまま答えた。
もう1人がちらりとこちらを一瞥し、冷たい口調で続ける。
「準備シロ…メルルだ」
彼女たちの声には、感情がほとんど感じられなかったが、
すでに攻撃の準備を整えていることは明らかだった。
なぜかこちらに向けられている杖から揺らめいた炎が確認できるからだ。
ソファは短くうなずき、周囲に目を配りながら声を低くし
「確認されている出入口は二方向。
まず、10分後にナズナとメルルが火炎放射でコロニー内のゴブリンを一掃する。
マウロはナズナ、デイルはメルルの護衛。
火炎放射が終わったら、私とナズナとメルルは片方の出入り口で待機する。
マウロ、デイル、コードの3人は、残りの方向から内部確認よ。質問はある?」
「その前に他の出入り口がないか確認させてくれ」
コードは皆の視線を集めて
「なに…すぐ終わる」
そう言い残すと、近い方の出入口付近で奥を覗き込んでいるようだ。
やがてこちらへ戻ると
「出入口は情報通りこっちと向こうの2ヶ所だ。
小型のコロニーだが20体ほどはいやがるな。
ゴブリン以外はいねぇみてぇだから火炎放射で問題ねぇ…だが」
そう言いながらソファへ一言
「少し作戦を変えさせてくれ」
「どういう事?」
ソファが尋ねると
「一つだけだ。
火炎放射のすぐ後に入ると俺たちが死んじまう。
だからどっちか片方からでいいから簡単な風魔法を頼みてぇ。」
「問題ナイ。」
ナズナがそれに答える
「決まりだ。やってくれ」
「ちょっと待ってくれよ!」
やり取りを聞きながらマウロが叫んだ。
「なんなんだ?
どうして火炎放射のすぐ後だと俺たちが死ぬんだよ?」
「見てりゃ分かるさ。
洞窟探検しながら教えてやるよ」
不敵な笑みを浮かべながらコードが答える。
「オーケイ。
あとは問題ないわね?
ゴブリンが出てくる前にやっちゃいましょ。」
ソファはコードの言葉が気になりつつも話を終わらせた。
ゴブリンが出てくる前に終わらせたい。
その意味を理解した一行は
「了解」
と異口同音に短く答えた。
配置に着いたメルルとナズナは静かに杖を構え、呪文の詠唱に入る。
マウロとデイルはそれぞれ剣を抜き、緊張した表情で位置についた。
10分後、コロニーに向けて激しい火炎放射が放たれた。
――――――――――――――――――――
洞窟の奥深く、湿気と暗闇の中で息づくゴブリンたちに、地獄の業火が襲いかかった。
まず、洞窟の入口側にいた者たちは突如として灼熱の閃光に目を焼かれた。
咄嗟に反対方向へ振り返る個体もいたが、背後から見える景色は同じだった。
すべてを焼き尽くす炎が洞内を覆い、急速に広がっていく。
何が起きたのかも理解できぬまま、
燃える仲間の絶叫が周囲に反響し、
凄まじい炎と焼け焦げる肉の臭いが鼻孔を塞ぎ
燃えたぎる熱風に押し寄せられて逃げ場を失い
火炎の渦は恐怖の渦を呼び込んだ。
炎は毛皮を瞬く間に焦がし、皮膚を爛れさせ、
歪む皮膚の下で筋肉が熱と痛みによって痙攣を起こし、内臓が焼け焦げ
体は灰色からやがて炭のように黒く変色していった。
――――――――――――――――――――
何があった
視界に霞むように白い霧が現れ、
焼け付く閃光に瞼がじわじわと閉ざされていく。
その瞬間目に焼き付けた景色は、
歪んだ壁の影と、燃えさかる同属の姿。
まぶたを閉じてもなお視界に浮かび続ける閃光が脳内をかき乱し、
意識の中に残る色はただ一つ、灼熱の赤に満たされていた。
耳は、炎の猛りにのまれ、遠くからも近くからも響く哀れな叫び声が歪んで届く。
音が途切れ途切れに響き、断末魔は風のうなりに変わり、
最後の音は火と肉が溶ける微かな音に変わった。
鼻腔を満たす焦げた毛皮と肉の臭いは、もう嗅ぎ分けることすらできない。
空気は濁り、熱で感覚を失った鼻は、ただ刺すような痛みだけを感じ取る。
その痛みさえも、やがて消えていく。
体を蝕む鈍い焼け焦げの痛みが、脈打つように体内を支配し、
全身が灰となって崩れ去る、そんな感覚。
視界も感覚も、すべてが暗闇に消えゆくとき、
心にはただ恐怖と絶望の残響が木霊する――
永遠に焼き付いたままの、燃えさかる赤い残像とともに。
――――――――――――――――――――
炎が治まった頃、
洞窟には真っ黒な焦げ跡と焼け爛れた肉片だけが散らばり、
残されたのは重苦しく淀んだ空気と、
生焼けの内臓から立ち上る苦い臭いだけだった。