第二話:武力と兵器
タイル張りのフロアを抜けた先にあるエレベーターホールにて、上昇下降両対応式電動箱部屋を待つ事三分。
古典的な到着音と共に開きましたドアを潜って、棺桶――もとい、エレベーターに入る。いやまぁ、これが故障して落下して死んだら、棺桶だろうけども。
縁起でも無い事は、言うべきではないだろう。
ともあれ、中に入った瞬間、一番に目に入ったのは、大型スーパーなどで見かける鏡では無く、この国全体の見取り図だ。
軍艦の形をした陸部分を上部に置いて、地下を下部に、まるで根っこのように広げられたここは、大きく四つの区域に分けられている。
上部から順に、艦橋司令区、商業区、居住区、開発区だ。
そして、僕が今向かっているのは、地下三十階から成って最下層に当たる、開発区。
主に軍事兵器や電化製品を開発・生産しているその場所は、東京ドーム数十個分に値するとか。
もっとも、僕は測る必要も知る必要も無いけどね。
ちなみに、国と称しているここはどこなのか、という自然と不自然に生まれた疑問には、見取り図の上部に書かれた国名が教えてくれる。
「ノーブレス・オブリージュ。フランス語で訳すと、高貴な義務だったかな。で、元・軍艦島っと」
昔、花奈の祖父が莫大な富と権力で手に入れた軍艦島を増築し、軍事兵器を大量に設置し、地下施設まで造って、亡くなって、挙句の果てにはその娘が意思を継いで二年前、独立国としてここを認定させた。
ちなみにそれからの一年半、僕と花奈はちゃんと学業に勤しんでいたよ?
ここの指揮は、優秀な部下に任せておいたからね。
……おっと、スイッチを押さなきゃ。いつまで経っても下降しないじゃないか。
ともあれ、今に至っては、生前の祖父を慕っていた者達や花奈に賛同した者達が集い、立派な軍隊を持つ事が出来た。
その上、世界規模の大企業からの後押しもあって、今や軍事力はかのアメリカに匹敵しているのだ。
スポンサー様様だね、うん。
確実に、花奈の野望である世界征服の下準備が整ってきている。
……時期的にも、丁度良い機会なんだよねぇ」
世界は今、戦争をしている。
EU、ロシア連邦、日本を除いたアジア全域、アメリカ合衆国、そして小規模でも無数に存在する武装勢力。
この、一纏めにすると五つある勢力は、自国ではなく中東周辺の地域で、戦争を行っている。
大国はビジネスの為に。武装勢力は解放の為に。
それぞれが、己の野望を叶える為に戦っている。
良いじゃん、それ。ねぇ?
野望の為の暴力が許されるのだから。
故に、僕達も武力という名の暴力で制すれば良いんだから。
……っと、
「危険思想は駄目、絶対~ってね」
花奈の為なら、どんな事でもやってみせるけど。
これ、危険思想じゃ無い……よね?
エレベーターが降下し、それにより起きる浮遊感(?)を楽しむ事、数分。
またしても古典的な到着音が鳴り、ドアが開きますなどというアナウンスが流れる事無く、無音でドアがスライドし、開いた。
それと同時に、僕の視界に人が入り込んだ。
無精髭と白髪が目立つその男は、つなぎの胸ポケットからはみ出た数本の煙草の内、一本だけ抜いて口に銜えた。
何だ? 僕が来るまで吸うのを我慢してたってのか? なんて、思わなきゃ良かった。
ちょっと吐き気。
僕はおっさんなんぞと恋に落ちるつもりなど、微塵も無い。
「良く来たなぁ。ちょっと遅いが、まぁ良いだろうて。――ようこそ、ゴミ箱へ」
低い声で失礼な事を言う彼は、逆の胸ポケットからオイルライターを取り出して、煙草に火を点した。
メンソールの匂い――もとい、臭いのする煙が、僕に吹き掛けられる。
吐き気倍増。
僕は煙草とおっさんは嫌いなのだ。
「……相変わらず、言葉と言動が反対ですね、老けた三十路さん。歓迎されている感じが全くしません」
「おいおい、お前さんの脳はもう呆けちまったのかよ。やっぱ日頃の行いが変だと呆け易くなるんだな、二十歳の御老体」
「ボケてません老いてませんピチピチの若者です。――さて、おっさんの御託に付き合ってる暇はありません。用件は既に伝わっているでしょう?」
「へいへい、聞いてるよ聞いてるよ。嫌という位、念入りにな」
「あれ? それ程までにしつこく連絡は入れてなかった筈ですが。記憶混乱ですか? 認知症ですか?」
馬鹿にしたような言い方で問うと、うるせぇの一言で話は終わった。
逃げたな、うん。
彼、那須 太郎(30)は、この開発区の所謂工場長という役職で、仕事は真面目だけど、会話は不真面目な人である。
けれど、そんな彼だからこそか、人望というものが呪い効果付きで強制装備されるのだ。
これを外すのは彼が煙草を止める事よりも難しいだろう。
……っと、そういえば。
「太郎さん。先程、僕の電脳に何か送信しましたか?」
既に身体を翻し、歩き出そうとしていた太郎は止まり、上半身だけをこちらに向けて来た。
目が輝いている。滅多に使わない言葉だけど、気持ち悪いって言わせて貰いたい。
「あぁ、送ったぞ! 先日、大ファンなんだと話したジョン・レノンのベストアルバムをmp3形式で大量にだ!」
「そうだったんですか! なら良かったです!」
「聴いたのか!? エレベーターの中で聴いたびじゃ!?」
「ははは、いえいえ。さり気無く削除させて頂きました」
衝撃なのかは分からない真実を告げた瞬間、輝いていた太郎の目は絶望の色に染まり、口があんぐりと開いた。でも、器用に煙草は落とさない。不思議!
ってか、今なら拳が入るね、入れないけど。
だが突然、彼の表情が無に変わる。
「まぁ、本当は報告書なんだけどな。上の奴らに送信するのが面倒臭いから、送受信履歴の一番上にあったお前の名に送ったんだ」
「……あ、確かにこれ、報告書ですね。では、後で読ませていただきます」
「お前……次は必ずジョン・レノンを送るからな……――っと、そんじゃついて来い。状況報告だ、状況報告」
言って、無駄話を再度終わらせ、歩き出した。
彼が進む先には、自動ドアが見える。
そこを超えれば、開発区だ。
この国の力が、集う場所。
僕はそこへ行って、最終チェックをするのだ。
花奈に説明する為にね。
そう考えていると突然、太郎が振り向かずに一文だけ発した。
「ちなみに俺は太郎じゃねぇ、理貴だ」
あれ? また間違えた?
嫌な病気だなぁ。あ、認知症じゃないよ?
とりあえず、頭を小突いておく。
機械の稼動音や人の大声、ハンマーの打撃音などが聞こえるここは開発区の中枢近く。
実況はお馴染み、僕こと鏡華がお送りしております。
とりあえず、架空のマイクを投げ捨てて、周囲を見渡した。
僕が今歩いているのは、鉄の音が良く響く、天井から吊り下げられた鉄板の通路だ。
それも、ドーム状の広大な開発区の上に張り巡らされた手摺り付きの通路。
ビルの階数で例えれば、三十階分は優に超えているだろう。
高い、とにかく高い。
下を見れば、人がゴミのように小さかった。
別に高所恐怖症でも、天空城の王になったつもりでも無いけど。
でも、ヒュンってなった。
などと考えていたら、理貴が唐突に真下に向かって人差し指を向けた。
釣られて見ればそこには、巨大な潜水艦のような兵器があった。
シャープペンシルみたいな形だ。
「ほれ、あれだ。我らがお嬢の旗艦〝クリミナル〟。ADを採用した、極秘最新鋭技術の塊だぜ」
AD? 何それ?
疑問が生まれたのと同時に、自然と先程の報告書に検索をかけていた。
そして、刹那で結果が出る。
視界の片隅に、一箇所がピックアップされた半透明の報告書が浮かび上がる。
ちなみにこれは、脳の視覚認識機能に電脳が働き掛け、あたかもそこにあって見えているかのようにされているのだ。
最新技術って、すげーよ?
「あぁ、反重力装置ですか。Antigravity DeviceでAD……正しい気がしますが、分かり辛いですね。職業を連想しますよ」
「え? 俺は西暦を連想してたんだが……」
これが年の違いですか、という言葉は喉で止めた。
そして、代わりの言葉を喉で変換して確定、発声した。
「ADの使用によって、飛行航行が可能とありますが……航空機ですか?」
「もしかして、お前が想像しているのは旅客機みたいな奴か? そんなんじゃねぇよ。浮くんだよ、航空艦だ」
「……ゲームとかに出てくる、飛行戦艦を想像すれば良いんですか?」
「その通りだ。かなりのサイズだから、相手に戦慄を与えるぜ、絶対」
自信満々に胸を張る理貴を尻目に、僕は手摺りを掴み、もう一度目下にある巨大な鉄の塊を見据える。
……技術は進歩したなぁ。
ついこの間、核を使った小型の核融合炉を機械の動力源にするのに成功したばかりだと思っていたのに。
おかげで現在の戦争では、核爆弾を一つも使われていない、というのは余談として扱っておく。
まぁ、核爆弾なんて使ったらビジネスなんて出来ないだろうからね。
確か、戦争で武器が減るから、武器の入手経路が少ない武装集団に売り捌いて利益を得ている軍があるとか。
トップシークレットクラスの情報らしいけど、何故知る事が出来たのかは敢えてスルーしておこう。
でも、他のビジネス方法は知らないなぁ。
知ろうとしていないだけだというのは秘密だ。トップシークレットね。
ともあれ、新聞はちゃんと読まないといけないねってのが今日の教訓だな、うん。
「どうだ? 中に入って艦橋内でも見るか?」
「えぇ、是非。花奈が入っても大丈夫かどうかチェック致しますので」
「俺達技術者を信用してねぇセリフだな」
睨みのきいた半目が、僕に向けられた。
周囲からも何人かの睨む視線を感じ取れるが、気のせいだろう。
今更ながらの品定めであると、勝手に解釈しておく。
「まさか、滅相も無い。信用していなかったら、僕が直接視察には来ませんよ。ええ、そりゃあもう、全部代理に任せていましたね」
花奈が怒るから、絶対にそんな事しないけど。
とりあえず、彼女が座る艦長席が、オーダーメイドの高級製だったら文句無しだね。
もしそうじゃなかったら、絶対に乗せないよ。本人が何と言おうと。
「まぁ良い。案内してやるからついて来い」
言いながら、理貴は大股で歩き出した。
わざと力強く踏む足音が、近くに居る僕にとって五月蝿く感じた。
その歩き方が、照れているからか怒っているからかは、分からなかったけど。
かなり歩いて到着したエレベーターで下へ参ると、直接艦橋に入る形となっていた。
どうやら、上部のハッチとドッキング状態になっているらしい。
扉がスライドして開き、視界に入ったそのエリアは、奥行きのある長方形で、白を強調した床と天井になっており、丁度真正面に当たる位置にフロントガラスがあった。
横に長く、弧を描くようにして僅かに曲がっているそれは、現在は開発区の一部が見える状態になっている。
多分、外へと出たら青い空の良い景色が見えるんだろうなぁ。
また、その上部には大型の液晶モニターが二台設置されており、それらを見やすい位置となる大体中央付近、人一人分高い段差の上に艦長席があった。
次いで、その周囲の壁際には多数のモニターと操作パネル、固定式オフィスチェアがいくつも設置されている。
オペレーターや索敵班、艦内外機器の管理班の席だろう。
そして、艦長席の前方、一段下には二席の固定式オフィスチェアと、左側には旅客機特有のハンドルやレバー、右側には一枚の大きなパネルが設置されていた。
「左が操縦席だとしたら、左は……副艦長席ですか」
「おう、その通りだ。この際、副艦長席に座ってみないか? 副艦長さんよぉ」
「あれ、僕が副艦長なんですか?」
あ、馬鹿にしたような目。
「やだなぁ、僕の後ろに何か見えるんですか?」なんて言葉はもちろん言わない。
今の僕は、表面上だけ真面目なのだ。
内面はこの通りだけど。
「では、お言葉に甘えて」
先程の副艦長がどうとかっていう会話は無かった事のようにして進め、左右にある通路の右側を行き、副艦長席へと向かった。
……出入口から見たら気付かなかったけど、斜面になっているんだなぁ。
理貴の事だから、床にオイルでも塗ってるんじゃないか、と思い注意深く進み、やっとの事で到着。
結局、オイルは塗って無かった。
その代わりとしてなのか、見知らぬ女性が視界に入った。
ちなみに僕は、名前は覚えが悪くても、顔は一度会話しただけでずっと覚えていられる。
アンバランスな脳なのだ。
とりあえず、おや?っと言う、初対面時には定番の台詞を放っておく。
すると、彼女は会釈し、微笑を見せた。
あ、良く見ると可愛い。もちろん、花奈程ではないがねぇ、ふふふ。
バニラ色の長髪が腰まで伸びている彼女は小柄で、それに比例して顔も小さく、しかし目はぱっちりした大き目のブルーカラーだ。
そして服装は、白を基礎に黒と赤のラインが入った制服で、女性の場合はスカートらしい。
しかし、僕は気になったのは別の事。
何故、操縦席に座っているか、だ。
まさかとは思うけど、操縦士なのか?
いやいや、もしかしたらオペレーターかもしれない。
などと考えていると、彼女は僕の疑問混じりの視線に気付いたのか、もう一度会釈。
礼儀正しい子ってとこだね、うん。
「えと、こうして話すのは初めてですね。私は本艦の操縦士に任命されました、御坂 優衣です」
「これはご丁寧に。俺は副艦長を勤めさせて頂く、花奈総帥の側近、鏡華です。お隣さんという事で、今後ともよろしくお願いします」
こちらこそ、と言って微笑む彼女は、俺の後ろに居るであろう理貴を見やった。
ついでとして、俺も後ろへと振り向いて理貴を見る。
「理貴さん、副艦長が来たって事は、モニターを使うんですか?」
「あぁ、そうだ。すまないが、起動してくれ」
「了解しました。それでは、少々お待ち下さい」
言って、優衣は副艦長席に移り、パネルを操作し始めた。
彼女が数回タッチすると、フロントガラスと副艦長席の丁度真ん中にあった円錐型の装置が音を立てて起動した。
次いで、上部に光を灯したそれは、天井から降りて来たスポットライトのような装置の光を受け、立体的な何かを浮かび上がらせた。
例えるなら、シャープペンシルだ。
あぁ、良く見ればクリミナルっていう航空艦かぁ。
……ってか、まず円錐型の装置がある事に気付かなかった。
「これが、クリミナルの全体図を3D化した物だ。説明は今見える、赤いポインターで行う」
「何かと思えば、立体映像装置ですか。また無駄な物に予算を注ぎ込みましたね」
「うるせぇ、貰った金は出来るだけ最新技術に回すのが、俺のやり方だ」
「灰はいそうでしたねすみませんでしたごめんなさい。それで、何を説明したいんですか?」
「棒読みってのは本当、腹立つな。――とりあえずは、艦の武装を一通り説明しておく」
言いながら、理貴は優衣と副艦長席と交代し、パネルを操作した。
すると、艦後部の上に出っ張った艦橋部分にあった赤いポインターが、艦の先端部分へと移った。
引き続き、シャープペンシルを見ながら、ご想像下さい。
艦橋はクリップ部分、と言った感じでね。
ちなみに、先端には大のつく砲は付いてないよ、多分。
「本艦に設置されている武装は、全て収納型でな。砲門を展開しないと使えない事になっている。まぁ、相手から武装が特定出来ないから問題無いがな、はっはっはっ」
笑う彼は、まるでおっさんだった。
実際おっさんなのだけれども、それを言うとこのおっさん!っと馬鹿に出来ない為、敢えて言わない。自覚は不要だ。
そんな事を考えている間に、ポインターは先端から三分の一位まで後退した。
例えれば、グリップ部分。
「ここには、縦のラインに沿って上と下にそれぞれ、三連式の砲門が四門設置されている。合計、八門ってとこだな。で、両脇には収納型の25.5mm機関銃が二十門設置されている。対地空迎撃は完璧だ。相手がアサルトでも所有してなければ、な」
侵略兵器といては、十分な役割を果たす装備が既に成されている為、上出来ですと先に評価しておく。
故に、後の説明に関して駄目出しする部分は無いだろうなと判断するが、一応として話は聞いておく。
そして時は動き出し、ポインターも動き出した。
示すのは、グリップとクリップの間となった。
「ここには、側面に大型砲門を一門ずつ設置した。多種多様な弾を撃てるように内部装填式にした、電磁投射砲だ。ただ、大型だから撃った後は再装填の前に、冷却を必要とする。だから、ここぞという場面で使用する事をお勧めするぜ?」
「長々とお疲れ様です。まだ途中ですが、お身体に応えたでしょうから、休憩なさっては如何でしょうか?」
「まだまだ現役だっ。……艦橋部分の説明はまだだが、良いのか?」
「えぇ、もう十分ですよ。後の細かい所は、報告書を見て整理しておきますから。――あ、どうもありがとうございます」
いつの間にか、紙コップ一杯分のお茶を人数分持って来ていた優衣に感謝し、一つ頂く。
ん、温かい。
悴んだ手には持って来いだね。寒くないけど。
けれども、良い感じに暖かい室内で飲む温かいお茶も、悪く無いなぁ。
美味なり。
「それじゃ最後に、お前さんが要求して来たアサルトでも見に行くか? 格納庫に収まっているからな」
「それでは、見に行きましょうか。では優衣、また後程」
「はい! あ、えと……お会い出来て光栄です!」
それは最初に言うんじゃないかな、という意地悪な言葉は放たず、会釈だけしておく。
お世辞でも本音でも、嬉しい言葉だったからね。
それ相応の態度を取るのが、上司らしさってもんだ。
と、そんな風に上手く纏め、艦橋を後にした。
次は僕の力を代行する物を見に。
理貴に案内された場所は、巨大な隔壁の先にあった。
ちなみにそれまでの道のりは、迷路のような通路を通ったが為に、説明を省かせて頂く。
右行って左行ってまた左行って次は右行って……なんて説明、聞くだけ無駄だろうから。
もっとも、一人で来る機会など無いだろうから、覚える必要は無いんだけどね。
そんな事はおいといて、現在足を踏み入れている格納庫には、一機の人型兵器が置かれていた。
全長は、僕の電脳で計測する限りでは十五メートルと言った所か。
黒一色のフレームが特徴的なそれは、直立状態でカタパルトに固定されていた。
……半人型巨大戦術兵器〝アサルト〟。
それが僕の知る、開戦の一年前に登場した兵器の名だ。
動力源が核融合炉であり、当時世界一の核保有国となっていた北朝鮮が核爆弾を解体してそれを大量生産、世界各国に売り捌いた事で、既に上昇を始めていた名は一気に上がった。もう鰻上り。
戦車の次に陸上を制する兵器として需要のあったそれはコストが高いものの、信頼性は遥かに高かった。
戦争中の核爆弾不使用を暗黙の了解とした理由の一つとも言えるな、うん。
全長二十メートルの鉄塊。
上半身は人型に、下半身はキャタピラーや四脚、ホバークラフトなど国によって改良が加えられたそれを、この国も導入するという話が進んでいた。
だがしかし、目の前にあるのは全長が五メートル低く、二足歩行型だ。
正直、初めて見る。
本当にアサルトなのか不明だが、理貴は艦橋でアサルトを見に行くかと言った為、これは本物だろう。MSかと思った。サイズからして、Gかな。
「……驚いてるな? そりゃそうだ。こいつはスポンサーが特別提供してくれた、最新技術の結晶だ。世界初の二足歩行に、安定した姿勢。全長の縮小化に、各関節部位にブースターの設置。従来のアサルトとは、ザクとガンダム位の差だぜ」
「随分とはっきり言ってますが、ザクだって色が変わればそれなりに互角でしたよ? 赤とか赤とか」
「赤だけじゃねぇか。まぁとにかく、高機動型だって訳だ。操作全般はシュミレーションで慣れてもらいたいから、乗ってもらえるか?」
問われ、しかし返答は既に用意してあった。
無言で頷く。
すると理貴は、りょーかいりょーかいっと呟きながら、先に進んで行った。
……これが僕の力。
そう内心で呟き、歓喜の声を押さえ込む。
とりあえず、シュミレーションだ。
『どうだ? 息苦しく無いか?』
声と共にモニターの電源が入り、暗闇に居た僕の目を刺激する。
眩しい。
天空の王みたいなリアクションは得とくしていない為、目を細めるだけで難を逃れておく。
しかし、次の瞬間には周囲のLEDライトに光が灯り、機内が明るくなった。
僕が今乗っているアサルト内部の操縦席は、思ったより狭い。
明るくなって見渡せる機内は、例えるなら浴槽だ。
人一人が丁度入れるスペースで、尚且つ斜めに差し込まれている感じ。
あ、浴槽が、だよ?
でも、エントリー何とかとは違い、液体は流し込まれていない。
そして、狭いが為にレバーやスイッチが一つも無かった。
唯一ある目前のモニターも、外界を見る為の物では無く、通信用らしい。それも、シュミレーション時のみ。
実戦では、モニターさえ付けないそうだ。
何でも、この機体の操作は全て電脳で行うらしく、故に機器は要らないという訳だ。
「殺風景という言葉以外、何の文句もありませんよ」
『そりゃどうしようも無い要求だな。操縦席が狭いのは我慢して欲しい』
「その理由って、やっぱりあるんですか?」
『もちろんだ。操縦席が小さいのは、出来るだけ内装を駆動系機関で埋めたかったんだ。なんせ、各関節部位にブースターを付けたくらいだからな。それに耐え得る柔軟性と、搭乗者を強力なGから保護する為のAD機関をどうしても搭載したかった。だから、必然的に狭くなっちまったんだ』
一通り説明が終わると、通信が切れた。
歳だから、給水タイムだろうか。
とりあえず、おつかれさまっと通信が再開される前に言っておく。
『まさか礼の言葉が、お前さんから放出されるとはな』
聞こえていた。
質の悪い人だ。画面だけ切って通信はそのままに、だなんて。
『ちなみに、だ。核融合炉はお前さんの丁度真後ろにある。半永久バッテリーだからな、好きなだけ動き回って良いぞ』
「頼もしいですね。大破した際に核爆発が起きなければ完璧ですけど」
『お前は、今更何言ってんだよ。核融合炉は大破寸前や本体に損傷があった場合、自動で停止するんだよ。もちろん、手動も可能だ』
途轍もなく便利な物だ。
別に、だからと言って大破しに行くつもりは無いけど。
わざわざ大破しに行く強者は羽付きのあいつだけで十分だ。
『さて、それじゃ起動するか。今からお前の電脳とアサルトのシステムを同期させる。少し疲れるだろうが、我慢しろな』
言葉と共に、それが来た。
脳に、電脳に情報が近距離のワイヤレス通信で流れ込んで来る。
目を開けていれば半透明の、瞑っていればはっきりと見える多数のウィンドウ。
開いては閉じ、また開いては閉じられるそれは無数にあり、されど一つ一つのメモリーは然程重くない。
どうやら、報告書と共にインストールソフトも受信していたのだろう。
圧縮されてたから気付かなかった。
ともあれ、しばらくそれが続いた後、仮想空間接続を問われた。
〝Yes〟と〝No〟が返答を待っている。
ちなみに仮想空間とは、電脳の感覚神経をネットワーク内で構成された仮想空間で行動可能な擬似人体に移す事だ。
簡単に言えば、もう一つの世界に入るという事。別の部屋に居るもう一人の自分を操作するって事だね。
それにより、ネットサーフィンなどのインターネット利用がリアル化したのだ。
さすが2045年! よっ2045!
今回はどうやら、仮想空間内に操縦席が創造されているらしい。
故にもちろん、Yesだ。
刹那、視界一面にクリアモニターが展開され、違和感のある両手を見れば、機械の腕になっていた。
……アサルトとの、感覚リンクか。
『脳の感覚神経をアサルトとリンクしたんだ。今や四肢も頭部もブースターも、全てがお前さんと一心同体』
「よく、そんな事が出来ましたね。リンクだなんて凄い事」
『ん、あぁ……人間の脳は元々スーパーコンピュータさえも超える量子だ。それと同期させる為には、同等の物が必要となる』
量子、量子論。量子力学とも言ったか。
確か、物事の情報をあれかもしれない、これかもしれないっと考えを重ね合わせ、物事を並列に複数考える事が出来るという事だ。
あぁ、簡単な言葉があった。
自我だ。
通常、コンピュータは答えを導き出す事だけをし、しかもしれは人が作り出した、物事を処理する為の過程がなければならない。
自ら考えて成長する事が出来ない。すなわち、自我なんて持っていない。
人間と機械の違いが証明される、証拠の一つと言っても良いだろう。
だが、理貴が言う、量子である脳と同期させる同等の物を用意出来たとするならば……。
「量子コンピュータを利用したAI。自我のある機体。人間?」
『自我には成長制限を掛けてあるがな。自我を持っちまったAIを自由に成長させちまったら、ジーンとミームのバランスが悪いせいで、肉体の無い己から見る人間への価値観は、肉体いらねぇよって結果になって、架空の戦争が実現しちまう』
「スカイネットの奴ですね。名作映画集で6まで全部見ました。ドラマは見ていませんが」
『馬鹿野郎! ドラマはドラマで面白いんだぜ!?』
「ここらで話を戻しませんか?」
ぐっという、言葉を詰まらせた声がし、暫しの静寂。
大方、お前が話を振ったんだろうが! っという怒りを押し殺しているのだろう。
しかし、声に出さない分、詰まらない男である。
せっかく、乗る方が悪いっというベストな返し言葉を用意していたというのに。
ともあれ、このまま何もしない状況が続く気がしたので、話を切り出そう。
「とりあえず、セッティングが終わっているようなので、そろそろ出して貰っていいですか?」
『んあ? 模擬戦はやらなくて良いのか?』
間抜けな声で問いに問いを返して来た理貴。
ちなみに、この声はアサルトとリンクした時から脳内に響く仕様になっている。
腹立たしさ倍増だ。
「いえ、良いです。武装なども報告書で確認しておきますよ」
良いながら、システムを弄ってみる。
意識するだけでウィンドウが操作出来るのだから、やっぱり電脳は便利だ。
そうしている間に電源は切られ、理貴からシミュレーション終了の言葉を頂いた。
あぁ、脳が休養を求めているよ。