第一話:花と華
この作品は、作者のリハビリ作品です。
ですので、時々変な文があるかもしれませんが、さりげなくスルーして下さい。
別に名残惜しくも無い学び舎にさよならする、高校の卒業式。
それも無事に終え、隣の彼女と二人で桜並木の下を歩いていると、不意に彼女は言った。
卒業証書の入った筒を、後ろ腰に回した両手で掴み、僕と同じ身長の身体をくの字に曲げて、上目遣いで「ねぇ、世界征服をしましょう」と。
その日から、僕の立ち位置は完全に決まった。
愛おしい君を支える、共犯者として。
野望が果たされ、その行為が罪と成されなくなる時まで。
視界の中、朝の日差しが大窓から差し込む部屋に、二つの音が響く。
紅茶のティーパックが入ったカップにお湯を注ぐ音と、湯沸かし器がお湯を排出する際の運転音だ。僕の心音も聞こえると面白いなぁ。馬鹿め。
白を強調した十二畳程の部屋で場違いなそれを行っている僕は、中央にあるダブルベッドの横に設置された丸いミニテーブルの前で、立ち作業中だ。
本当は茶葉を使って本格的にしたかったんだけど、いかんせん茶葉が無い。茶葉が手に入らないのにティーパックが手に入っているのが何故かは、秘密だ。
とにかく、下ろし立ての黒スーツにお湯が跳ねないようにしつつ、注ぎ終えた湯沸かし器から手を離す。
次いで、一分程の時間を直立不動で待ってからティーパックを取り出し、袋から取り出した角砂糖を一つ投下。
これも、お湯を跳ねらせないようにそっと入れ、スプーンで掻き混ぜる事二十秒。
以上で、一連の作業を終える。
吐息。
面倒とは思わないけど、とりあえず吐息。
合計二回の吐息を終え、紅茶の入ったカップを左手に持ち、ベッドの方へと向いた際に鳴った靴音を聴いて、格好良いなぁと感想を内心で述べる。僕の内心は七割方どうでも良い事しか言わないのは、近所でも有名だ。
……本当、どうでも良いなぁ。
ともあれ、僕が向いたベッドには、乱れに乱れ、それでも綺麗さを保っているセピアブラウン色の長髪の女の子が、安らかな寝顔で眠っていた。
ベッドの中央を占拠し、羽毛布団を蜂のように丸めて抱き抱えて。
「はは、良い寝顔だ。一眼レフで撮って額縁で飾りたいなぁ」
言いながら、僕は彼女の露出した肩を右手で揺らし、声を掛ける。
起きてと、起床を促す言葉を何度も掛ける。
するとやがて、揺れと声に気付いたのか、彼女が薄っすらと目を開けた。
「……んぁ~……まぶしぃ~」
目を覚ました彼女は、眠気眼を擦りながら、身を捩った。
うん、彼女は今日も可愛い。
僕はそう内心で喜び、笑みを浮かべた。
すると彼女は、にゅふふっと笑い返してくれた。
そして、僕が持っているカップを見て、小首を傾げる。
ちなみに、発せられる言葉は動作と関係の無い言葉だ。
「あ、私こと神無月 花奈に、わざわざ紅茶を入れてくれたんだぁ! ありがとっ、鏡華!」
「いやいや、これは僕のだよ。欲しかったら自分で入れてね」
「……けちーっ」
花奈はそう言って頬を膨らませ、目を細めた。
あぁ、剥れる花奈も可愛いなぁ。
思わず抱き締めたくなる衝動をブレーキの壊れた理性でなんとか抑え、紅茶を一口飲む。
紅茶に含まれる何とか成分は、理性を使った抑制を促進させるのだ。
……またまたしょーも無い嘘を仰る僕。日本語もちょっとおかしいし。
とりあえず、もう一口。
そして、その紅茶のカップを花奈に差し出した。
すると彼女は、当然の事ながらきょとんとし出す。
同時に、瞼をぱちくりさせている。
……我ながら、今日はついてる。
朝から花奈の可愛い表情が三つも見れたのだから。
うん、僕は花奈の事となると、惚気ばかり吐いてしまうのだ。
まぁ、それはさておき。
とりあえず、彼女を完全に目覚めさせなくては。
故に、カフェインである。効く効かないは関係無しに。
「どうしたの? 残りは花奈の分だよ。早く飲んで着替えて髪整えないとね。朝礼、遅れちゃうし」
「え? あ、うん、そうだね。……いじゅわりゅ」
最後のは聞かなかった事にしておき、身体を起こした花奈の手に紅茶のカップを持たせる。
そして、彼女が未だに湯気立つ紅茶を息吹で冷ましている間に、僕はクローゼットへと向かった。
背後、この部屋の出口となる扉の向かって左側にあるそれの前に立ち、開く。
中に入っているのは、十着程の真っ白なスーツ。純白とも言うねどうでも良いけど。
ちなみに僕が着ている黒いスーツとは、正反対の色を持った衣服だ。
白と黒。
それは、表と裏という意味を持っていて。
互いが互いの正反対であるという事を示す物で。
けれども、それは互いがもっとも近くに居る証であって。
……だから、名前が鏡華なのかも。
花を鏡に映したら見える、華。不思議な事だ。
この名を付けられた時、既にそうなると決まっていたかのようだなぁ。
「……だって、表と裏だからね」
呟き、疑問に先程と同じ答えを王手してチェックメイト。
あれ? ゲームが違うな。
また新たに疑問を生みつつ、特に問題視する事では無かった為、とりあえず一着手に取る。
思わず語りに入ってしまっていた。
切り替え、切り替え。
そう自分に言い聞かせ、真っ白なスーツを持っていない方の手で、クローゼットを閉じた。
次いで、身体を翻してベッドの方へと向けば、その上で花奈が下着姿で直立不動の体勢をとっていた。
準備の早い子だなぁ。上手くいけば、NHK教育テレビのお着替え番組に出られるかもしれない。
ベッドの上にカップを置くのは、聊か頂けないが。
ともあれ、満面の笑みで僕を待っている花奈の下へと参上し、早々に着替えを開始した。
まるで執事だが、僕達は一応自他共に認めるカップルである。他というのは花奈の事ね。
部屋を出た瞬間、能天気な花奈の表情は、一瞬にして真面目顔に変わった。
同じく性格も、冷静且つ温情に。
その状態を維持して、廊下を歩き始める。
まぁ、いつもの事だ。
自分の素顔と素の性格を見せるのは僕にだけと、彼女の中では法律を超えた憲法として定められている。
いや、DNAに刻まれているのかな?
700ちょいしかないMBの容量に含まれているかもしれないから、光栄だねぇ。
差し詰め、1KB以下だろうか。
もし1MB以上だった場合、他の基本的情報が欠如してしまっているのではないかと思い、過去の彼女の行動におかしな点が無いか、記憶の引き出しを念入りに開け放ってみた。
……うん、思い当たる節が多過ぎて困る。
ともあれあれ、今の状態の彼女を何かに例えるなら、モスクワのとある女ボスだ。架空の人物だけど。
ちなみに、僕も自分なりに変えている。敬語になっているだけなんだけどね。
だけども花奈には、それだけで十分よっと言われたから、問題無しなのだ。
と、そんな事を内心で言っている間に、廊下を歩いていた僕らは誰とも擦れ違わずに終点へと到着した。
目前にあるのは、行く手を阻むような大扉。
軽く十メートルはあるその大扉の前で、僕らは立ち止まる。
袖を少し引いて腕時計を確認すると、二本の針は午前九時ジャストを示している。
「相変わらず、時間は丁度です」
「当然よ。遅刻は士気の低下を意味するから」
凛とした声が、大扉に当たって反射し、廊下に響き渡る。
うん、良い声だ。
「それでは行きましょうか。皆が、待っています」
告げ、僕は両手を使って大扉を押す。
すると、見た目に反して意外と軽い大扉は、外界の光を用意に僕の目に照射させた。
どうやら今日は、晴天らしい。
外へと出て、最初に視界入りしたのは、青い空に白い雲だ。ん、果物名の歌手を思い出した。すぐに忘却。
と、まぁそんな遠方を見ての感想はさておき、眼前にはコンクリートで出来た広場があり、作業服であるつなぎを着た男女多数が、整列をして立っていた。
それによって作られた列の果ては、微かに見えない。
彼らは、表情一つ変える事無く、ただ花奈を見ていた。
それは彼女も同じであり、数歩前へと出て、彼らより少し高い位置となる台の上で停止する。
僕はそれに続き、隣に立って微笑を作る。
暫し、沈黙。
やがて、顔の筋肉がその表情に模られ、普通の表情イコール微笑となりつつあるその時、隣の花奈が息を吸った。
「……この国は、今日で建国二周年を迎える。それは喜ぶべき事であり、ここまで来られた事を皆に感謝すべき事。だからまず、言わせてもらうわ。ありがとう」
花奈の正直な感謝の言葉に、作業着姿の彼らは無表情を崩し、それぞれが照れた笑みや申し訳なさそうな表情になった。
……後で、申し訳なさそうになった奴を集めて、粗品をプレゼントしよう。
「今現在、世界は三度目の大戦、第三次世界大戦の真っ最中よ。そんな中で、特殊中立国の一つとして日本が選ばれたから、隣接している私達の国はこうして無事に生きているのかもしれない。でも、いくら日本に隣接しているからと言って、平和ボケをしている訳にはいかないの」
だからと、彼女は言う。
「だから私達は、今は亡き祖父の遺産で、武力を蓄えた。同じ志を持つ企業から、技術を譲り受けた。そして何より、皆に恵まれた。だからこそ、この国は小さいながらにして、大きな力を手に入れたわ。これでやっと、私達の為すべき事を果たす準備が整った」
皆を見渡しながら、マイクも拡声器も使わず、彼女は生声を響かせる。
腹から出す、強く張りのある声は、一番近くに居る僕の鼓膜を破いてしまう程だ。
例えだから、破れはしないけど。あ、でも花奈にだったら破られても――おっと、脱線だ。
「後少しよ。後少しの最終調整が終わった時、私達は武力と交渉を持って、各国に宣戦布告を行うわ。そしてその果てで、世界征服を成し遂げるわよ!」
まだ波は起こらない。
当たり前だ、まだ話は続くからね。
「けれど、その世界征服は、為すべき事の第一段階よ。そしてそれは、最も過酷なものと成り得るかもしれない。大勢が苦しみ、悲しむかもしれない。でも、私は極力、そのような事を避けたいと思っているわ」
言って、溜息。
あ、今の溜息を聞いて苦笑した人の顔、覚えておこう。
労働時間追加……は労働基準法とやらに引っかかるだろうから、後で別のを考えておこう。
「甘い、と思っている者は当然居るでしょうね。だけど、そんな私についてきたのだから、同罪よ?」
冗談めいた、可愛い表情を見せる花奈。
ちなみに、今苦笑した者達はお咎め無しだ。
基本、僕ルールのTPOに違反していなければ、問題無いのだ。
この基準は社会的には大問題だろうけど、気にしない。
「ともあれ、もうすぐ私達は、戦争に参加する事になるわ。だから、残りの平和を十分に味わいなさい。たくさんの未練を残しなさい! 意地でも、生きて全てを終わらせ、またいつもの平和に戻る為にね! それじゃあ、頑張るのよ! ――以上!!」
刹那、波が来た。
それは、前方に広がる者達が、揃って声を張り上げた事によって起きたのだ。
皆、それぞれが歓喜を上げ、拳を振り上げている。
もちろん、男女関係無く、だ。
我らが国王はそんな彼らを見据え、微笑ましい表情をしていた。
うん、彼女は絶対女神だね、賭けても良い。
「お疲れ様です。喉が渇いたでしょうから、スポーツ飲料でも如何ですか?」
「気が利くわね、ありがとう。……ところで、貴方に頼んでおきたい事があるの」
「何なりと、お申し付け下さい」
言いながら、あらかじめ用意しておいたスポーツ飲料の入ったペットボトルを渡した。
もちろん、直前までクーラーボックスに入れていた為に、冷え冷えだ。
真夏にはピッタリだね、うん。今は秋だけど。
時にはちょっと怒った可愛い反応見たさに、意地悪したくなるのだ。
ちなみにそのクーラーボックスは、早朝にこの位置に準備しておいたんだよ。
「冷めたっ! ……後で飲んでおくわ」
あ、逃げられた。
「とにかく、私は居住区の視察に行ってくるから、貴方は開発区に行って現時点での軍事力を簡単に纏めて、後で報告してちょうだいね。良い結果を期待しているわ」
「かしこまりましめたぁ!! ――失礼しました。それでは、行って参ります」
「え? え、えぇ。お願いするわ」
不思議な物――もとい、者を見る目で礼を言う花奈。
まぁ、唐突に叫ばれるとそういう反応になるわな。
誰だよ、僕の電脳に多量負荷の掛かるデータを送信して来た奴。
一瞬、目眩と頭痛が器用な共同作業を行って、ダブルパンチを食らわせて来た。
マイクロコンピュータがの脳と直結して接続されているのだから、少しは加減してほしいなぁ。
もしショートしちゃったら、僕の脳が焼ききれちゃうじゃん。
それはさておき、花奈に一度会釈をし、身体を翻して開発区へと向かった。
確か開発区は地下であり最下層で、エレベーターは東棟が近かったな。
内心で確認し、この国で一、二を争うつもりもないだろうがとりあえず高い建物へと向かった。