みんなが幸せであるために僕たちが苦しむ世界
幸と不幸が等量になる国で、男の子は拷問を受けていた。
あるところに男の子がいました。その男の子には名前がありません。生まれたときから拷問をされ続けることが決まっていたからです。
男の子が4歳になったとき、拷問官にききました。
「どうして僕はずっとつらい目に合わされているの?」
拷問官は男の子の爪をゆっくりと剥がしながら答えました。
「みんなが幸せでいるためさ」
これまでに何度もされてきた拷問なのに、けっして痛みには慣れません。男の子は叫びながら感じました。
「自分のこの苦しみは誰かのためになっているんだ」
そう考えると、男の子はほんの少しだけ救われた気持ちになりました。
男の子が6歳のときに、いままで一人ぼっちだった部屋に10人のこどもが入ってきました。こんどは男の子だけではなく、新しく入ってきた子どもたちも拷問されるようになりました。
男の子は拷問官にききました。
「みんなが幸せになるためにぼくは拷問されていたんじゃないの?この子たちは幸せなの?」
「この子たちもみんなが幸せになるために苦しまなくちゃいけないんだ」
そう言いながら左手の小指をゆっくりと逆側に曲げます。もう聞き慣れた音と、いつまでも慣れない痛みが男の子を襲いました。
全員の拷問が終わって、男の子はしゃべりかけました。
「みんな辛くないかい?」
だれも明確な返答をしないまま、「いたい、いたい」と涙声でつぶやいています。
男の子は毎日拷問官と少しずつ話すことで、なぜ自分たちが拷問を受けているのかわかりました。この国では不幸と幸福がまったくの等量になるのです。自分たちが不幸になればなるほど、この国に住むひとたちがみんな幸せになっていくのです。それでもまだ国には様々な不幸が残っています。
少しずつ拷問を受ける人数は増えていって150人くらいになってから、増えなくなりました。国から不幸が消えたのです。
男の子たちに自由はありませんが、拷問官がいないときにそれぞれで名前をつけ合いました。男の子はイチという名前をもらいました。最初の一人だったからです。
イチが10歳のとき、王様が急病で亡くなりました。
イチは王様を恨んでいました。自分たちに不幸を押し付けることを決め、自分は王様として幸福でいつづける王様を殺してやりたいと思っていました。だから、拷問官から王様が亡くなったと聞いたときには、そのとき受けていた拷問の苦しみなんか忘れて笑っていました。
拷問官は泣いていました。
王様が亡くなってから数日経ったころ、国で感染症がはやりました。ごく一部の貴族と、完全に隔離されていたイチたちだけがその感染症から逃れました。貴族はいっこくもはやく国から離れていきました。それまでイチたちを苦しめ続けた拷問官は涙を流しながら僕たちを開放しました。拷問官も感染していたのです。
イチは150人を引き連れてその終わりゆく国を離れました。
「これからはみんなで幸せになろう。これまでの不幸をひっくり返すくらいに!」
みんな元気はないけれど、希望を抱いているようでした。
イチはふと思いました。どうして急に感染症なんてはやったんだろう。
巨大な幸福を得た人がいたのか、あるいは巨大な不幸が消えたのか。
イチは考えてもしょうがないと思い、これからの未来だけを見ることにしました。どうしようもなく幸と不幸が等量になる世界を背に。