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 それから、エヴァは人買いのポケットから手枷の鍵を探し出して枷を壊すと、死体に溢れた村を見渡してそっとため息を吐いた。別にクロが人を殺したくらいは構わないけれど、死体が腐るのは、少し困る。せっかく家もあるのだ。これからはここを棲家にしたい。


「……そうだ、クロ!これ、食べられる?」

「ゔ、ぁあーー」


 試しにエイダを指差すと、クロは心なしが意気揚々としてエイダのところに向かうと、触手で持ち上げて裂けた口を大きく開き、バリバリごきごきと咀嚼し始めた。

 エヴァはその隣でしゃがみ込むようにしてクロの食事を見ながら、「大丈夫?不味かったら吐き出して良いからね」と心配するように眺める。けれどクロにとって人間はちゃんと食事になるようで、それどころか魔物よりも食べるスピードが早かった。あっという間にエイダの死体は無くなって、クロがきょろきょろと目を動かす。

 夜になっても、ランプの灯りがあるからわかるのだ。クロの目が、確かにエヴァを見た。


「え、ゔぁ……。え……、ゔぁ?」

「………クロ?」

「え、ゔぁああ!」


 クロの触手がエヴァへと伸びた。そのまま引き寄せられるように、飛び跳ねるようにクロがエヴァに飛びついてくる。「わっ!」と慌てたエヴァが落ちないようにクロを支えると、クロの身体が僅かに縦に伸びて、多分、少し人の動体に近づいているのがわかった。


「……クロ、ねえ、もしかして私がわかるの?名前、わかるの?」

「え、ゔぁあ、え、ヴァ!」

「っ、やっぱり!!すごい、すごいわクロ!すごい!!」


「こんなに嬉しいことは人生ではじめて!」と、「ありがとう」と言いながら、エヴァがぎゅっとクロを抱きしめた。クロの触手が、エヴァの腕でも身体でもなく、確かに背中に回される。

 本当に嬉しかった。クロがエヴァの名前を呼んでくれたこともそうだけど、何よりも、真っ先に話す言葉がエヴァの名前だったことが。


 クロは、もしかしたら食べた物の力とか、特徴とかを取り込めるのかもしれないと思った。

 クロはきゃらきゃらと喜んで、「え、ヴァ、エ、ゔぁ」と繰り返しながら、また今度は別の死体を触手で引き寄せてばりばりと食べた。エヴァの顔や服にも真っ赤な血がたくさん掛かったけれど、エヴァはそんなこと気にもならなかった。


 クロがまた人を食べる。少しずつ、クロの身体が人の形になっていく。

 クロがまた人を食べる。エヴァが差し出した人間をばりばりと食べる。相変わらず身体は黒いけれど、手足ができた。

 クロがまた人を食べる。隠れていた人間を見つけたクロが、わっ!と喜んで触手を伸ばした。一つだった目がたくさんになった。

 クロがまた人を食べる。たくさんだった目が二つになって、肌と髪の色の境界線が生まれてきた。


 クロがまた人を食べる。たくさん食べて、たくさん飲み込んで、クロはやがて、小さな子供の姿をとった。


「────クロ……」

「っエ、ヴァ!エ、ヴァ!えゔぁ!」


 子供の姿なのに、重さは塊だったクロのまま変わっていない。足をパタパタ動かして、少年のクロはにこにこと表情を笑みにして、きゃらきゃらと笑った。「いっ、しょ!」と、エヴァにぎゅっと抱き付いた。エヴァの心はそれだけで、苦しいほどに満たされる。


「ええ、ええ……!いっしょね、クロ、私たちいっしょよ、一緒だわ!」


 エヴァははしゃぐようにして、クロを抱きしめたままクルクルと回った。クロの髪は長く、またクロの体のように深い黒色をしていた。サラサラと揺れるそれにエヴァは指を通して、微笑んで、「髪も切ってあげなくちゃ」と喜んだ。


「それから服も探して、あっ、その前にお風呂!きっと一軒くらい、お風呂がついてる家があると思うのよね。そうしたらクロははじめてのお風呂ね?」

「おふろ?クロ、エヴァ、おふろ?」

「そう、お風呂。ふふふ。川で水浴びするより気持ち良いのよ。きっとクロも気に入るわ。それから食事も、あ、でもクロはやっぱり、魔物とか人間の方が良い?」

「クロ、エヴァ、いっしょ、なんでもすき!」

「じゃあ、今度は二人でテーブルを囲いましょうね」


「これからは、もっとずっと一緒に居られるわ」と話すエヴァの頬は淡く色付いていて、それだけエヴァが喜んでいることがわかる。クロはエヴァが嬉しいと嬉しいから、「う、ん!」とまだどこか拙い話し方で返事をして、ぎゅうと腕を伸ばしてエヴァに抱きついた。


「クロ、は、エヴァ、すき!…すき?」

「どうしたの?クロ」

「えゔぁ、クロ、くろ、エヴァ……すき、す??あ、あい?」


 キョトンとクロが首を傾げる。やがて思い出したみたいに、探し出せたみたいにパッと表情を明るくすると、身体にも顔にも、口周りにもべったりと赤い血をつけたまま、ふわりと、少女のような無垢な笑顔で微笑んだ。


「くろ、エヴァ、あい、して、る!」


 エヴァは、その言葉に驚いたように目を見張ると、やがてポロポロと涙を流しながらクロを抱きしめ、「……うん、うん」と頷いた。


「私もクロのこと、大好きよ。愛してる」


 それは今まで誰も、誰もエヴァに言ってくれることの無かった言葉だった。



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― 新着の感想 ―
これは、これで完結でしょうか? 続きが読みたくなりました!
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