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3

 公爵家が有する広大な庭園の、けれど誰も見向きしないような隅で、小さくなって泣いていた姿を覚えている。

 政略結婚で結ばれた公爵夫妻の仲は良好とは言えず、それぞれが愛人や別の家庭を持っていた。エヴァは両親から愛を注がれることもなく、まるで道具のように扱われていたのだ。


 出来なければ叱られて、出来ても褒められることはない。エヴァはただ、王妃になる為だけに育てられていた。


 幼い頃のエヴァにとって、アレンは唯一優しくしてくれる人だった。公爵夫妻は国母となる為には甘えたがりではいけないという考えで、使用人達にもエヴァにはあくまで事務的に接するようにと命じていたのだ。

 そんなエヴァにとって、少し歳上の優しくしてくれるアレンは、婚約者というより兄のようなものだったのだろう。幼い手足で一生懸命アレンを追いかけて、「アレンお兄様、兄さま」とアレンに懐いていた。


 アレンもまた、エヴァを妹のように思っていた。大切だった。愛していた。いつかエヴァがアレンの妻になったのなら、もう二度と悲しい思いをさせたりはしないと、いつだったか泣いているエヴァを見つけた時心に誓ったこともある。

 厳しい躾の末、エヴァはどこに出しても恥ずかしくない立派な公爵令嬢となったけれど、それでも本当のエヴァはずっとあの頃の泣き虫なエヴァのままだった。そのことを知っているのは、きっとアレンだけだった。


「アレン?」


「どうしたの?」と不思議な様子で聖女……ヒナタ・フジサキに尋ねられて、アレンはハッとして顔を上げた。顎のところで切り揃えられた明るい茶色の髪。女性は須く髪を伸ばしているこの世界では見受けられない髪型は、見るたびヒナタが異世界からの聖女であることを思い出させた。


「いや……」と言い淀むアレンを、ヒナタは気遣わしげに見やる。異世界から訪れた少女。心優しいアレンの恋人。そのはずなのに、どうしてか頭の隅がズキズキと痛んだ。


「……少し、考えごとをしていたはずなんだが」

「考えごと?」

「長く考えられないんだ。思い出せもしない。最近はずっとそうなんだ。何故だろう……」


 とても、大切なことのはずだったのに。

 そう言って目を伏せたアレンに「きっと疲れちゃったんだね」と微笑むヒナタの瞳は、あいも変わらず優しげだ。アレンが「そうかもしれない」と苦笑して頷くと、ヒナタは「アレンは働きすぎなんだよ」と仕方なさそうに言って、そっとアレンの頬に手を伸ばした。


「それに、少し痩せちゃったみたい。忙しいのは分かるけど、ちゃんと休んでね」

「………ああ」


 アレンが頷くと、ヒナタはホッとしたように微笑んだ。

 何故、覚えていられないのだろう。とても、とても大切に思っていたはずなのに。


 ………何を?






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