Assassin(アササン)
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立政党の磯速正博は次期党総裁候補で次の衆院選に勝利すれば、間違いなく総理の座をも手にすることになるだろう。
今日はそんな未来の総理大臣の還暦祝いのパーティーだそうだ。政治家としてはまだ若手のうちだそうだが、小学生目線で言えば紛れもなく糞爺だ。
誰の依頼か知らないが、日本の政界を裏で操っている黒幕に不用品に指定されたただの年寄り。新しいコマも党政調会長の松川広明に決まっているのだという。ま、私には関係ないけれど。
今回は磯速の孫娘の友人の座にまんまと居座ってパーティー会場に潜入し接触の機会を待った。
子供は手っ取り早く人間関係を偽装することが出来る相手だから都合がいい。三日程でこの小学四年生の孫娘ミミカちゃん――ミミカだ、美々華、磯速美々華、魔法少女か!?――と十年来の親友になり切った。
パーティーの名目は私的な祝いの会だそうだが、札束を持って駆け付けてきた政財界の御歴々との挨拶回りに忙しい爺さんは、当然ながら私のような小娘には目もくれない。勝手にブッフェの料理でも食ってろということなのだが、そんなにローストビーフを食べられるもんでもない。
かといって、あれほど周りにボディーガードが纏わり付いていると、得意の色仕掛けもままならない。
トイレにまでボディーガードが着いて行くのだ。ターゲットが一人になるのはトイレの個室の中ぐらいしかないが、還暦の爺さんと小学六年生の女児が個室の中で二人っきりになることの方がより一層困難だろう。
正攻法で行くしかない。
ターゲットもいずれはこちらに来る。その時は可愛い孫娘にデレデレとした甘い顔で油断もするだろう。
私は孫娘のご機嫌を伺いにやって来たお爺さんに近寄って、一人前のレディを気取ったおしゃまな子に成りすまして、その皺を刻んだ頬に口付けをした。
脂ぎっている。体温で溶けた質の悪いラードようなの臭みがする。しかし、邪なものは少しもなく、覇気も自信も存分に感じられた。案外、この男はまともな政治家なのかもしれない。だからこそ周りの腐った連中に疎まれたのか。
私の熱烈な祝福に、お爺さんは少し驚き、孫娘は手を打って囃し立てて、周りはみんな微笑ましく笑った。
お爺さんはにっこりと微笑んで大きな厚い手を私の頭にポンと置いて、自分の孫娘にするように優しく撫でた。
私はその老人の目に未だ枯れない未来への希望と確かな幸せを感じとった。
そして、その日の夜、お爺さんは天に召された。
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私の名は井上朝子。
出生時刻がその日の日の出と同じだったから朝子なんだそうだ。
しかし井上夫妻の本当の子ではない。
出産直後に本物の井上朝子とすり替えられた、クローン生命体だ。
私は様々な遺伝子操作を受けて、誰かも知らない母体の中で培養されるように成長し生物兵器となってこの世に生まれた。
そんな私を井上夫妻は自分達の本当の子供だと信じて疑うことなく育てたのだった。意外と気付かぬもののようだ。手首と足首に巻かれた新生児識別標識は母親の直感をも凌駕するのだろう。
私が自分の能力に気付いたのは、十歳の誕生日だった。
突然、意識を失って、夢の中で全てを知った。
そして目覚めた時には暗殺者(アササン)となっていた。
それ以来、私は女の子であることを武器に次々とターゲットを葬っていった。
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その日、私は新しいミッションのためにターゲットに向かっていた。
六時過ぎには都内に入れるように、高崎から新幹線に乗らなければならないからだ。
そんな時にいきなり進路を塞いだのがクラスメイトの黒崎幻夢だ。
こいつは男か女か分からないような甘っちょろいスカートの似合いそうな容姿の癖に、口先だけは一人前に自分のことを俺と呼び、硬派な漢を気取ってる。ダンディーを粗暴と履き違えた幼稚なハードボイルドかぶれだ。
しかし、私を呼び止めた黒崎は、いつもと様子が違っていた。緊張に強ばった顔で微かに震えながら、私のことが好きだから付き合って欲しいんだと訴えたのだ。
ランドセル背負って通学路で告白とは随分軟派なませた小僧だ。
私は急いでいる。決してターゲットを逃がしてはならない。両毛線の高崎行きの電車に乗り遅れると後が面倒だ、田舎は本数が少ないのだ。一旦家に帰ってランドセルを置きたいし着替えもしたい。それにおやつのエンゼルパイも欠かせない。
ここは手短に行こう。
私は周りに人がいないことを確かめると、黒崎を道端の桜の木陰に手招きした。
私が微笑むと、あからさまに喜ぶ。
こういうのを冥土の土産というのだ。
私は黒崎に口付けをした。たっぷりと三つ数えながら濃厚な体液を送り込む。唇を離すと、黒崎はなんとも言えぬ驚きと感動の表情だ。
良かったな、たった十二年ほどの短い人生でも最期を飾るのはまるでテーマパークのパレードを観終わった時の充実した顔だ。さあ、夢の世界は終わった、おまえはすぐに天国に行ける。
「Goodbye honey」
別れの言葉を告げて、私は遅れないようにエンゼルパイは新幹線の車内で食べることにして、ターゲットに走った。
朝早く、IT関連企業のカリスマと呼ばれた人間がその頂点で突然倒れたのは、手っ取り早い株価の操作だったのだろう。
似たような企業家はいくらでも湧いて出てくる。
あんな品のない男は資本家にとってただの使い捨てのコマでいい。
昨夜、赤坂のシティホテルでターゲットにコンタクトした時、いつものように挨拶がわりに頬に口付けをしたら、露骨に体を触られて部屋に連れ込まれそうになった。
ああいう成金は根っからのロリコン、変態野郎だ。
部屋に戻るのが遅いと親に怪しまれるからと誤魔化して、明日会おうと約束した。おまえに明日があればだけどな。
それで、昨日は最終の電車で帰宅した私は、結局四時間程の睡眠しかとることができなかった。私の年齢なら九時間は寝たい。
ホテルの部屋もリザーブしてあって、泊まることもできたのに、翌日も学校では仕方ない。
コンチネンタルホテルのモーニングブッフェを食べたかったのに、今朝は家で餡トーストとベーコンエッグの、まるで名古屋の喫茶店のモーニングセットだ。
寝ぼけた頭で登校すると、教室で黒崎幻夢がこちらに向かって手を振っていた。
何故、生きている。
黒崎幻夢が浮かれている。
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授業か始まると、直ぐにマダムと連絡をとった。授業中は全員が前を向いていて、私はフリーだ。
なお、連絡方法は極秘事項である。
ASX→キスの効果がない場合があるのだろうか?
MTC→朝さんの体液は極めて危険だ。キスによる表皮内への体液の浸潤はターゲットに致命的な結果をもたらす。
ただし、直前の水分摂取量、食事、体調変化、インジェクション回数などで稀に有効成分濃度が低下することが考えられる。
その場合もターゲットの口腔粘膜に直接体液を注入すれば絶対的な効果を得ることが出来るだろう。
しかし、その方法はいまのところ推奨はしない。朝さんのような若年層の女性にとってターゲットとの直接的な口腔粘膜の接触は大きな精神的負荷となるであろうし、また朝さんが異性の口腔粘膜へのコンタクト経験が未だないことを考慮すればそのファーストコンタクトは十分に吟味された相手でなければならないであろう。
そうか、口腔粘膜への直接接触にはそういう意味もあったのか。すっかり忘れていた。
どうしよう、何も考えずにファーストコンタクトしてしまった。
しかも、絶対的であるはずの効果がまったく見られない。
黒崎幻夢が授業中であるにも関わらず、こちらを見て無意味に照れている。
もう、ヤツはトリートメントするしかない。
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ターゲットの方から接触してくるのは好都合だ。
私は下校時にいつもよりゆっくりと歩くだけで、黒崎が追いかけてきた。
遠くから私を「井上」と呼び捨てにする。まるで喧嘩でもふっかけるような怒鳴り声だ。
私が立ち止まって振り向くと、怖い顔をして掴み掛からんばかりの勢いで駆け寄ってくる。だが、こいつの顔は怒っていてもお嬢ちゃんのように甘い。
黒崎は私の前で立ち止まった。近い。いつもの教室での距離より一歩間合いに踏み込んでいる。それで、私に怒りをぶちまけた。
私は彼の言葉に心の中で目が点になった。
黒崎はこう言ったのだ。「朝子ちゃん」と。
〝ちゃん〟!? 聞き間違いではない。そして「どうして先に行っちゃうの、僕と一緒に帰ろうよ」と続いたのだ。
〝僕〟って誰のことだ、日頃、漢を気取るやつが半ベソ掻きながら言うようなことか?
こいつの体内で私の毒素は別の効果を生み出していたというのか?
私は二言三言、取り繕う言葉を発して、黒崎と並んで歩き出した。
みんなの前では恥ずかしいというのは黒崎も納得するいい表現だったようだ。確かにおまえのような小僧と一緒にいるのは恥ずかしいに違いないしな。
ふたつのランドセルが並んで歩く後ろ姿は、微笑ましく見えるだろうか。黒崎よ、残り僅かな人生を謳歌するがいい。
それにしても、大人しい。いつもは友達とくだらないことをべらべら喋り続けているくせに、何かを言いたげなのに、その何かを言おうとしては引っ込める、その繰り返しのようだ。
まあいい、このまま城山公園まで歩こう。あそこなら人目に触れず処理ができる。
目標を定め、現地での作戦行動をシミュレーションしていたら、右肘に何かが当たった。隣に接近し過ぎたか、黒崎の手が当たったようだ。が、次に袖口に手が触れた。偶然に当たったのではないのかもしれない。様子を伺うと、まもなく手の甲に隣の手が触れた。
これは故意だ。意図した行為に違いない。何故なら、次のステップで私の人差し指を握ってきたからだ。それは恐る恐るといった感じで、そっと摘むような掴み方だった。
こいつはいったいどうしようというのか?
私の手が逃げないことに気を良くしたのか黒崎は私の右手をしっかりと握り締めた。その手は酷く汗ばんでいる。私の利き手を封じるとは、なかなか見上げたやつだ。
隣の顔を覗くと、なんとも満足気な大きな仕事をやり遂げた人の表情だ。一年ほど前に、広域指定暴力団黄金井組を壊滅させた時の私でもこんな顔はしなかっただろう。
城山公園に立ち寄ることを提案すると、黒崎は私の手を微笑む顔の高さまで持ち上げて、握る手にぐっと力を込めた。会話のオドオドした雰囲気も落ち着いて、ぐっと引き締まった力のある言葉になった。何事にも自信を持つことはいいことだ。
公園に入ると黒崎は、尚更雄弁になった。
いつどこで私を認め、どのようなことで私に好意を抱くようになったのか、そして今どのような想いで私に接しているのかを、まるで宮廷詩人のように私への尽きることのない賛美の言葉を散りばめた壮大な叙事詩に綴って謳いあげた。
なかなか見事だ、よく観察している。これほど私の行動を調べ上げているとは、この男は極めて危険な存在だ。
私が、食べた給食の食器を人知れずウエットティッシュで拭いていることを、麗しい心遣いで淑女の証だと感嘆する。あれは過去に給食センターの職員が亡くなった悲しい事故を二度と繰り返さぬように付着した体液成分の解毒分解処理を行っているのだ。
若者よ、男と女の間には、知らない罪と知り過ぎた罪がある。おまえは私に近寄り、そして知り過ぎた。
だから、私自らがそのおまえの犯した罪を浄化してやろう。
美しく真っ白になるのだ。
私は繋いだままの黒崎の手を引いて、静かな木陰へ誘った。若者はこれから起きる出来事の予感に上気して熱い息を吐いた。
私は両腕を拡げて胸に若者を招き入れた。
さあ、おまえのすべての罪を祓って、祝福を授けよう。
私は予め自分の舌先で舌下腺を刺激して口腔内に大量の体液を分泌させておいた。穏やかな酸と複雑な酵素反応により急速に生成された有効成分によって、口腔内は芳醇なマスクメロンのような香気を放っている。
私は、私を欲する黒崎にその熟れた蕩けるメロンの果汁を分け与えた。彼は私の腕の中で身体を震わせながらその甘美な蜜液に喉を鳴らした。
通常のミッションならインジェクションの数時間後に効果が現れるものだが、これほどの体液に晒されてしまっては、恐らくこの少年の肉体は数分と耐えられない。口腔粘膜だけでなく、咽喉、食道、さらに胃粘膜までもがあらゆる生命活動を停止させるための残虐な成分を大量に吸収しているのだ。
さらに私は黒崎の口腔内を舌で刺激して唾液の分泌を促した。彼の正常な緩衝性のある唾液は私の酸性の体液を一時的に中和する。そのことによってより吸収力の高い強酸性の胃へ大量の有効成分を送り込むことができるのだ。
黒崎はもはや私が支えていなければ立っていることすらままならない状態になっている。藻掻き、震え、消えゆく命の灯火の中で、それでもメロンの蜜を求めようと懸命に縋っていたが、ついには耐え切れず私の足元に崩れ落ちた。
弱々しく浅い息で、瞳孔は既に散大しつつあった。白詰草の生い茂った木の根元に、大の字に転がった黒崎は筋肉の弛緩が始まったのか、力無くズボンの前を濡らしている。終わりだ。
私の成分は生体内で効果を発した後に急速に分解される。何を調べても、学校帰りに立ち寄った公園で、突然の心停止が起きたという事象だけしか分からない。
黒崎が私に何かを伝えようとしている。
弱々しく動く唇は〝先に帰れ〟か。
愛する者に己が朽ちていく姿を見せたくないのか、或いは一緒にいては私に迷惑が掛かると思っているのか。
人生の最期におまえの潔さ、男の姿を見た。
「では、さらばだ、永遠の恋人よ」
☆
今日は流石に疲れた。炭酸入浴剤の風呂で疲れを癒して早めに寝よう。
明日はクラスメイトの通夜で明後日は告別式だ。そう思うと、少しだけ気が重くなる。焼香ぐらいはきちんとしてやろう。
母親に先に風呂に入ることを伝えて、サファイアブルーに透き通る温かな湯に体を開いた。
私の毒が効かない者など、この世にあっては憂いを残すだけだ。全力で仕留めて正解だった。
MCT→今朝の件、少し気になったので注意喚起する。朝さんの体液に耐性を持つ特異体質は数百万人に一人程度存在するものと思われる。もし身近にそのような存在がいた場合注意が必要だ。
マダムからミッション以外の緊急連絡は珍しい。やはり早急に排除すべき存在なのだろう。
ASX→アササンの能力が露見する恐れがあると言うことか?
MTC→最も大きな問題は、その存在が同年代の異性である場合に生じる。それは、朝さんにとって唯一の性的接触が可能なパートナーになりうるということだ。
耐性は馴化によって徐々にではあるが更に強くなっていくだろう。相手が友好的で相互に許容できる対象であるなら低濃度の接触から始めて次第に濃度を高めて馴化させてやれば、最終的にあらゆる行為が可能になり殺伐とした生活に潤いを与えてくれる存在になるだろう。しかし、いきなり高濃度に晒されれば如何に耐性を持つパーソンと言えども致命的であるから注意すべきだ。
尤も、朝さんの年齢を考えればそのような接触が起こる可能性はいまのところゼロに等しいであろう。これは将来のことを考慮して予め伝えておくべきだというレベルのものである。
マダムでは朝さんに対して性的接触は未だ容認できる年齢に達していないと考えている。
なるほど、そういう考え方があったか。
体液がボツリヌストキシンの数百倍危険な私は、好きな人が出来てもキスもできないということだ。将来結婚するなんてことは夢のまた夢で、ひとり寂しい老後が待ってるだけなのだ。
だったらもう少し早く伝えて欲しかった。
生涯のパートナー候補はさっき一足先に天に召されてしまったよ。
黒崎幻夢。
クラスではでかい態度のくせに、二人っきりになったら〝僕〟だもんな。手を繋ぐぐらいで必死になって、ちょっと可愛いところもあった。
アササンの私を〝優しい女の子〟だなんて、〝好きだ〟なんて、どうかしてるよ…………。
しかし、風呂は良くない。気持ちがリラックスし過ぎる。
私はさっき仕留めたターゲットのことを思って初めて泣いた。
☆
翌朝、目が覚めたら体が鉛のように重く怠い。口の中が乾いてネバネバする。きっと成分を出しすぎたのだろう。いつもは仄かなメロンの香りがする私の口は、いまはまるで〝うんち〟の臭いだ。
これは乙女の口ではない。今日は学校を休もう。どうせ私の口なんか誰も欲しがらないんだろうけど。
それで、夜になったら、彼のお通夜に行こう。彼だったらこんな口でも欲しいって言ってくれたかな?
私は彼の甘っちょろい顔を思い浮かべて、また布団を被ってちょっとだけ泣いた。
少しして外の様子が騒がしくなって、母親が部屋に飛び込んできて、いきなり布団を捲った。
プライバシーの侵害だ、これがもし父親なら性的虐待だと、母親に向かって珍しく文句を言ったら、母親は何やら訳の分からないことを喚き散らしながら、嫌がる私をベッドから引き剥がして、追い立てるようにしてパジャマのまま玄関に放り出した。
それで私は母親の絶対的なコマンドに従ってブツブツ言いながら玄関のドアを開いた。
目の前に黒崎幻夢が緊張した顔で立っていた。
リビングでは父親が母親に向かって訳の分からないことを怒鳴っている。
私は家の外に出てやかましい両親の会話を遮るように後ろ手で玄関ドアを閉めた。
訳の分からなかった両親の言葉が一直線に繋がって訳が分かった。
朝早くに娘に男が訪ねてきた。母親は年頃の娘の成長をはしゃぎイケイケとばかりに煽り立てる。父親は娘にはまだ早いと不機嫌にダメだと怒鳴り散らす。
なるほど、男親と女親の違いだ。だが、私はまだ小学生だ。もう少し落ち着いて対応した方が子供のためだと思う。何しろ、私はいま少しも落ち着いていない。
黒崎は私だけであることに安心して、ほっと息を吐いた後、昨日の謝罪をした。
つまり、私の行動があまりにも大人過ぎた行為で感動を通り越して恐怖すら感じてしまったらしい。それであのような無惨な結果になってしまったということなのだ。あまりの恥ずかしさに先に帰ってもらったが、ズボンを濡らしたことだけはみんなには内緒にして欲しくて、お迎えを兼ねて訪ねてきたのだという。
なるほど、こちらの予想に反して興奮しすぎての失禁だったのか。うれションって、おまえは犬か?
というか、あれだけの攻撃に晒されて全くダメージを受けてないのか?
「内緒にしててね」黒崎が顔を寄せて懇願する。
「どうしようかなぁ」からかうように私も顔を寄せた。
そして、口腔粘膜へのモーニングアタックを試みた。黒崎は昨日のトラウマか、びくっと驚いて短時間の接触で顔を引いた。なるほど、よく見たらうれションしそうなポメラニアン顔だ。
可愛いじゃないか。
私は黒崎の唇を追いかけて、もう一度攻撃を仕掛けた。黒崎も今度は反撃してくる。いつもより口腔内が乾いているのが残念だ。そう考えて、私の口臭が〝うんち〟だったのを思い出した。
でも、もういい、もう逃がさない。毒で死なないんだから〝うんち〟ぐらい平気だろう。
私は玄関ドアにもたれかかってドアが開かないように背中で押さえた。中から父親がドアを開けようとしてどんどんと叩いて「何をやってるんだ!」と喚いてる。黒崎も積極的に私に唇を寄せながら、壁ドンみたいに両手でドアを押さえてる。
ASX→特異体質の同年代男性を捕獲した。現在耐性強度試験実行中。
MTC→既に試験中であるなら止むを得ない。試験の継続を容認する。但し、耐性確認は低いレベルでの口腔粘膜試験に限ること。高レベルの接触や口腔以外の粘膜接触はもう少し人間的な経験を積んで適切な判断力を身に付けてからにしてもらいたい。
ASX→了解。接触強度については試験体の耐性を見極めた上で自己判断する。
MTC→これはマダムからの要望だ。可能な限り自制しろ、そしてあらゆる場面で朝さんが最も幸福になれる選択をしろ。
ASX→了解♡
MTC→こらっ!