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第四話 豊穣の女神

 シャルムの姿を見たときから気になっていたことがある。それは、彼女の銀色の髪が聖女としての特徴を示してしまっていないかということだ。


「銀色の髪自体は、シャルムの一族のものであって、この娘に固有というわけではない。それでも気づかれそうなら、認識阻害の式をかけてしまえば良い」

「アーシャリス、聞き間違いじゃないと思うが、なぜ『術式』ではなくて『式』と言うんだ?」


 尋ねて見ると、アーシャリスは少し得意げな顔をする――彼女は胸をそらすようにしながら、人差し指を立てて言った。


「シードよ、魔術の『術』とは何のことを指していると思う?」

「詠唱や、陣といった魔術を発動するための要素のことだと思っているが……」

「人間は魔術を発動させるとき、我のような神の力を借りている。そのためのあらゆる過程を『術』と言う。つまり、神自身は魔術を行使するのではなく、自らの力を使うのみ。神は術でなく、『(ロウ)』によって奇跡を起こす」


 説明を終えると、アーシャリスはじっと俺を見ている――どうやら、感想が聞きたいらしい。


「つまり……神が自分の力を使うときは、俺たちの魔術とは比較にならないほど強くなるということか?」

「そうなる。一つ言っておくと、シードも我の力を使う場合において、術は必要がなくなっている」

「っ……それは、俺の魂を一度預けたからか? あの血印が……」


 思わず声が大きくなったところに、アーシャリスは自分の唇に指を当てる――静かに、と言うように。


「『術式(スペル)』の根源である『始式(アンセス)』を織れるのは神のみ。しかしシード、おまえが才ある魔術師なら、会得はできるかもしれぬ」

「……試してみてもいいか?」

「うむ。我の力を借りる、そう想像するだけで良い。それで『式』を織れるなら、お主の魔術師としての構成力は……」


 アーシャリスが持つ、神としての属性――それが、今の俺には分かっている。分魄を預けたときに、同時に情報が共有されたからだ。


「アーシャリス……その神力の一つは『豊穣』。その力をありのままに発現させる……!」


 シャルムの胸にある血印が輝く。魔力の波動で、銀色の髪が波打つ。


 魔術理論、そして経験で術式を織るときとは違う。どこにいるかも分からない神から力を借りるのではなく、目の前にいる神の力を直接引き出している。


(……待て、これは……こんなものは、もはや……)


 アーシャリスの話を聞いて、理解していたつもりでいた。『術式』ではなく『始式』を織るというのが、どういうことなのかを。


 魔術とは次元が違う。俺が魔術の可能性として定義していたものなど、神が起こす奇跡と比べれば本当にちっぽけで小さなものだった。


 ――豊穣神アーシャリス 第一の始式 『黄金の雨』――


「うぉぉぉっ……!!」


 俺の手には大きすぎると感じた神の『式』を、制御することができている。甚大な魔力と引き換えに起動したそれは、俺を中心にして町の周辺一帯にまで広がり、その効果を発現した。


 雲ひとつない空から、雨が降り始める。それは豊穣の神がもたらす恵みの雨だった。


「……見事なり。始式を使うに足るその魔力、我が司る理に届いたぞ」

「こんなのは、到底魔術でできるようなことじゃない。これが神の力か……」


 ただの雨ならば、絶対に魔術で不可能というわけじゃない。雨はすぐに止んだが、そのあとに残ったものは――。


 辺境の乾いた風に曝されていた、街周辺の荒れ地。収穫ができなくなり、放置された農地――その全てが、かつてそうであったことを思わせるように、黄金の穂を垂れる麦の海に変わっていた。


 この丘から見える農家から、人が飛び出してくるのが見える。あまりのことに何か大声で叫んで、腰を抜かして座り込んでしまう。


「……喜ぶよりも、恐れる方が先立つか」

「こんなことが起これば、すぐには受け入れられないだろうな……『黄金の雨』で実らせた作物は、普通の作物と変わらないのか?」

「『黄金の雨』は人の営みを阻害せず、作物を蘇らせる。その土地で可能な限り、最高のものが実る」


 その話を聞いただけで、アーシャリスは善神だと判断できる。聖女を殺せと命じた聖王に、やはり大義などはなかった。


「この辺りに凶作が訪れれば、シードたちにも影響がある。それを防ぐ手立てとして、我の神力は役に立つやもしれぬな」

「役に立つどころか……こんな力があると知られるわけにはいかないんじゃないか。この辺境じゃ、誰が見ても喉から手が出るほど欲しい力だ」

「通り雨が過ぎて、作物が蘇った。農民たちがそれを誰かのしたことと考えたとしても、我とシードのもとには辿り着かぬ」


 まるで悪戯を終えた後のように、アーシャリスが笑う。


 彼女は一つの国が動くほどの力を持っている。そんな存在を、なぜ聖王は殺そうとしたのか――そこにも何か裏があるように思える。


「……さて。我は少し疲れたので眠るが、この娘が余計なことを言っても聞かぬようにな」


 呼び止める前もなく、アーシャリスが目を閉じる。再び開いたときには、シャルムの人格が表に出ていた。


「シードさん、凄いです……この辺りはお花がいっぱい咲いていますが、違う花が咲いてきています。何か、光っているような……」

「ん……こ、これは……」


 思わず動揺を声に出してしまう。シャルムの言う通り、花冠に使われていた花の他に、光る花が咲いている。


「これは魔工術で使う、希少な花のはずだが……この場所に咲いていたことがあるのか」

「アーシャ様は、作物を蘇らせると言っていました。過去に咲いていた花が、一緒に蘇ったということでしょうか」


 年月を過ぎて、生育地の減った希少な植物が復活する。それが何を意味するか――材料の現存しなくなった秘薬でも、その気になれば再現できるということだ。


「ひとまず少し研究材料として持ち帰って、後のことはミレイナに相談するか」

「はい、シードさん」

「……ところで、今『アーシャ』と言ったが、女神のことはそう呼ぶことにしたのか?」


 やはりそれが、女神の気にしていたことのようだった。シャルムはくすっと笑う――彼女があまり見せないような、あどけない表情で。


「シードさんは、どう思いますか?」

「神を偽名で呼ぶよりはいいのかもな。『アーシャレルト』と結びつけられる可能性もあるから、注意は必要だが」

「はい、気をつけます。アスカーナ教徒の方はこの辺境には少ないですが、もしもということもありますね」


 俺たちは話しながら丘を降りていく。『黄金の雨』が過ぎたあと、辺りは西に沈む陽の光に染められ始めていた。



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