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第一章 新聞部の日常 <4>〜キメラ

「キメラ、って知ってる?」


 おいしそうにはむはむとクッキーに齧りついた麻子がそう切り出す。


「キメラ? 何よそれ? キャメラ?」

「ハハ、違うって。なるみん知らないの? 怖ーい怪物の名前だってば」

「キメラ、そうか、何だか聞いたことがあるような……」


 そこへ清人が割り込んで説明する。いつの間に現れたのか、二人の真横に立っていた。


「ギリシャ神話に登場する想像上の動物の名前ですね。女神エキドナが産んだとされ、ライオンの頭に山羊の体、蛇の尻尾を持った体だそうです。確か、火も吐くんでしたね」

「おお、きよぽんは博識だなー」


 麻子がクッキーを頬張ったまま感心した。


「いえ、それほどでも」


 言いながら、成実の箱からこっそりクッキーを掠め取る。


「あ、こら!」

「いいじゃないですか、一枚くらい……あ、おいしい」

「きよぽんもこの味が分かるか、大人だなあ」

「それはどうも」


 すると、清人を見つめながら膨れ面になった成実は、麻子に先を促す。


「それで、その怪物がどうしたの?」

「それがねえ、いるらしいんだよ」


 麻子は意味ありげにおどろおどろしさを含ませた低い声で言った。


「居る? 居るってどこに?」

「……ここ……」


 麻子は指で真下を差した。すると、成実は急に慌てだし、何を勘違いしたのか「どこ、どこ?」とクッキーが入った箱の中を探りだした。


「むふう、違うってば、なるみん。学校、学校。学校の中に、キメラが入りこんだんだって」


「学校に?」と成実。

「キメラが?」と清人。


「まだ噂はそんなに広まってないけど、面白そうな匂いがするぜ」


 麻子は残っていた最後の一枚を食べきると、スカートの膝元に落ちていた食べかすを両手で払った。満足そうにおなかをさすってみせた。


「……」


 しかし、二人は沈黙しているので、麻子は拍子抜けした顔をした。


「え、な、なんだよお、その冷たい反応は」


「何の冗談よ」

「信憑性ゼロですね」


 清人は手のひらをひらひらとさせる。


「そう、かなあ?」

「ここは高校ですよ、小学校ならともかく、そんな根も葉もない話、まだ幽霊が出るって噂の方が信頼性がありますよ。ねえ、先輩」

「そうよ、そんな噂を流そうとしている人間の顔を見て見たいわね。いったい何を意図してそんな噂を広めようとしているのかしら? 今時流行らないジョークだと思うわ」


 二人の反応は冷ややかだった。清人などきびすを返し、机に戻ろうとしている。


「あーあ、麻子にクッキーあげるんじゃなかった」

「……ちょっと待ちな!」


 麻子は清人の腕を掴んで止めた。

 せっかく自分がいち早く仕入れた情報をこんなにも無下に扱われたのであれば、彼女としてもプライドが傷ついたらしい。


「これには続きがあるんだって」

「……噂の続き?」

「そう、ここが重要なんだから」

「何よ、聞かせなさい」


 成実が興味を示したことで、彼女も少し自信を取り戻したようだ。嬉しそうに鼻の頭を掻く。


「それがね、近々、そのキメラがこの学校の生徒を襲うらしいんだってさ」

「襲う?」


 穏やかではない内容に、成実は眉をひそめる。クッキーに伸ばしかけた手が止まった。


「もしかしてその噂は、全体で何かの比喩なの?」

 

 つまり彼女が考えたことは、キメラとは何か、それに類する不吉なことや、別の恐ろしいものを例えた、言い換えた言葉ではないかと思ったわけである。


「さあ? あたしはそれ以上、知らないもん。ただ、襲うってことは確かだよ」

「その噂は近いうちに、学校で何かが起こるってことを示してるのね」


 成実が念を押すように聞くと、彼女は、「うー?」と濁った答え方をした。


「そうともとれるよ、ね?」

「そんなまさか。真剣に考えすぎじゃないですか? ただ、皆を怖がらせたい誰かが、適当に考えた話にしか僕には思えませんけど」


 清人が口を挟む。


「うーーーん」


 すると、成実は両腕を挙げて背伸びをしながら、椅子の背もたれに倒れこんだ。


「分からーーん」


 そして、体勢を元に戻すと、先ほど読んでいた雑誌に視線を落として、あ、と声を漏らした。


「何? なるみん」


 彼女が開いているのは先ほどのテーマパークのページだ。そこに掲載されているアトラクション、「モンスターダンジョン」を覗き込み、真顔でこう言った。


「ねえ、もしかしてキメラってここから逃げてきたのかな?」




―――キメラ―――



 忍び寄る闇の孤独を感じて、彼は動き出す。


 誰もいない、白い校舎の壁に囲まれた影の中で、そっと息をひそめている。


 その爛々《らんらん》と輝く双眸そうぼうが、狙うべき獲物を探していた。


 太陽の光は街の向こう、山々の稜線りょうせんの際で静かに燃え、それに対峙する空は滲み出した薄い夜の藍。


 クラブに精を出す生徒たちの声はとうに消えうせていた。教室の明かりもちらほらというほどしか確認できない。


 その時、彼が身を震わせたのは、突如響いた笑い声のせいだった。


 背丈のばらばらな少年たちが数名、門に向かって談笑しながら歩いている。


 ああ、あいつだ。


 両目がナイフのような鋭い光を見せる。


 ついに、踏み出した。


 遠い昔に大切なぬくもりを忘れていたその体がどこかきしんだ音を立てる。


 門の向こうで手を振り別れた、一人の少年に狙いを定める。


 しばらくは気がつかれないよう、息もやっと肺に届く程度の浅い呼吸だ。


 街の埃が舞う大気は冷たい寂しさを含んでいるようで吸うというより、歯で噛み潰す。


 ほどなく、少年が路地への曲がり角を曲がった。


 思ったとおりだ。


 ここまでくればいいだろう。


 待ちきれない彼は、背後からその少年に走り寄った。



 全ては、彼の行き場のない怒りによって、始まりを迎える。

これで一章の部分が終わりです。

そろそろ事件が起こりそうな気配が高まってまいりました。

次回はちょっとした過去編へ。

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