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第十章 牙を持つ者 <4>

この部分を投稿するに当たり、「第三章 新たな爪痕 <4>」の最後の数行を修正しました。些細なことではありますが、内容が少々不自然であると考慮したためです。

大した違いではありませんので、気にせず読んでいただいて大丈夫だと思います。

 透が話すには、この計画を考え付いたのは、今からおよそ一月前だったらしい。


「とにかく俺は、出来るだけ大きな事件を起こす必要があった」


 そう彼は語る。


「出来るだけ、大きな事件?」

「そうだ。新聞やテレビで取り上げられるくらいのな。複雑で、謎が多く、さらに誰も聞いたことがない。誰もが興味を持つような、そんな事件だ。新聞部なら分かるよな。人間がどんな事件に興味を持つのか」

「ええ、そうね。分かるわ」


 確かに今回の事件は人々の関心を引き、好奇心をかきたてるものだったと言っていいだろう。

 現に成実はそうなった人間の一人である。


「我ながらタネが分からなければ、なかなか面白い事件だと思う。生徒が次々に失踪し、しかも、全員が記憶喪失。さらに、学校ではキメラの噂が流行っている。不可解この上ないだろう?」

「確かに、あなたの目論見は上手くいったようね、テレビや新聞でも取り上げられている。おめでとう」


 成実は彼の計画を賞賛して軽く茶化した拍手をしながら言った。


「……拍手されるようなことをしているわけじゃないが、ともかく俺の目的はそうやって皆に大騒ぎしてもらうことにあった。しかし、そうはいっても、行方不明になった生徒の家族は、それはそれは居ても立ってもいられないくらい心配するだろう。それは俺の目的と反している」

「それで、行方不明の期間を出来るだけ短くしたのね」


 成実が言うと、急に透の表情が曇る。まるで、急に我を失い、遠い記憶を遡っているように、視線を宙に向けこう言った。


「ああ、俺は家族が居なくなる不安を知っている。だからこそ、そんな苦痛を感じさせるのには抵抗があったんだ」

「そうか、そういうことだったんですね。先輩が控えめだったっていう意味が分かりました」


 清人がぽんと手を叩く。


「控えめ?」

「その時はまだ仙崎君の目的が分からなかったから、そう思ったのよ。この事件が犯人の手によって行われているとしたら、やってることが地味だってね」


 予想外の反応だったのか、透は思わず相好を崩し苦笑する。


「まさか、そんなことを言われるとはな」

「これで事件の不自然な点は分かったわ。でも、よく被害者役の三人とも引き受けてくれたわね」

「それなんだが、まあ、かなり申し訳ないと思ってる。俺がどうにか引き受けてくれないか、と頼んだんだ。当然、むずかしかった。なにしろ彼らには何も得るものはない。自分の目的のために、こんな大芝居をやるんだからな」

「……」

「藤咲と篠田は塾で知り合った仲、沢口は中学でよくつるんだ仲だった。沢口は下校中に声をかけたんだが、まあ、三人の中では上手く説得できた。問題は後の二人だったな、何度も頭を下げて、了承してもらった」

「あの二人、人が良さそうだったから、先輩に頭を下げられたら断われなかったのね」


 成実は気の毒に、と同情した。


「申し訳ないと思ってる。特に藤咲の場合は別の問題も発生したしな」

「別の問題?」

「檜山だよ。あいつは藤咲が居なくなったことを聞いて、ずいぶんショックを受けているって聞いた」


 確かに、彼の言うとおり、千穂は親友の失踪にかなり心的なダメージを受けているようだった。

 あのとき彼女は、成実が言った些細な言葉にまで反応し、倒れてしまうほどだったのだ。もし、あのまま由貴が見つからなければと思うと、彼女は今頃どうなっていただろう、と清人は不安にも思えるほどだった。


「実の家族以上に、ショックを受けているようだった。本当に申し訳なく思ってる。謝りたいよ」

「本当にそう思ってるの?」


 急に成実がそんなことを訊く。一瞬動揺した透だったが、すぐに何度も頷いた。


「あ、ああ。心の底から謝りたい」


 そう言った彼の表情は凛とした決意が宿っていて、嘘偽りのない本心であると成実には分かった。

 よろしい、と人差し指を立てる。


「なら、今から謝りなさい」

「へ?」


 透は間の抜けた顔をした。


「先ほど連絡しておいた彼女が着いたようよ」


 すると、それと同時に再び図書室の入り口のドアが開く。

 清人は誰だか知らないが、真面目な生徒が勉強でもしに来たのかと思ったが、違う。


「あの、失礼します」

「……檜山さん」


 制服姿の彼女は、いつものようにおどおどした様子で、目が合った清人の礼をして、小走りでこちらに向かってきた。


「あれ、どうして仙崎先輩も?」


 驚いている彼女に対し、成実は静かに願い出る。


「ともかく、椅子に座ってもらえるかしら。全ては仙崎君から聞いてくれる?」


 きょろきょろと場に流れているどこか殺伐とした空気に戸惑いながら彼女は向かい合った椅子に座る。

 そこで意を決したように、透は口を開き、


「檜山に、謝らなければならない」


 と頭を下げた。

 困惑する彼女の前で、透は成実たちに説明したことと同じ話を繰り返す。千穂はその事実に驚きながらも終始、彼の話に頷き、必死に聞いていた。

 俯いたままの透が、覇気のない弱弱しい声で謝罪している。


「俺が全部悪いんだ。罵倒してくれても構わない。けれど、藤咲だけは恨まないで欲しい。あいつは俺のためを思って協力してくれた。いや、強引に俺が協力させたんだ。周りの皆に心配をかけると分かっていて」


 すると、それを聞いた千穂は怒るわけでもなく、小さく首を振った。


「仙崎先輩。頭を上げてください。実は私、薄々、今回の事件に先輩が関係しているんじゃないかとは思ってたんです」

「え? 知ってたのか?」


 驚いている彼の前で彼女は制服のポケットから携帯電話を取り出すと、なにやらボタンを押し始めた。メールの着信の履歴を見ているらしい。


「あの日、由貴ちゃんが居なくなった日に、先輩から送られてきたメールです。私、これを見て、心配している私を励ましてくれてるんだと思ってました」


 千穂が机に携帯電話を置き、その文面を全員に見せる。


「でも、読んでもらえれば分かるように、なんだか、変な箇所があるんです。私はあのとき由貴ちゃんが交通事故に巻き込まれたんだとか、誘拐されたとか、いろんな可能性をかんがえていたんですが、この『藤咲が失踪したのはお前のせいじゃない』ってところ、妙なニュアンスを感じませんか」

「確かに今思うと変な文章だな」


 自嘲気味に透は笑う。


「私もその時は気が動転していたので気がつきませんでしたが、励ましているようにみえて、まるで、由貴ちゃんがどうしていなくなったか、理由を知ってるみたいにも読めませんか。それで、先輩のこと変だなって」

「それで、仙崎君の家に来たとき、わざと紅茶をこぼしたのね」

「え?」


 今度は千穂が驚く番だった。確かに、彼女は仙崎邸で全員に紅茶が配られた際、不注意でそれを机にこぼしていたのだ。


「どうして、それを?」


 いや、この発言で故意ということが判明した。


「稲葉は何でもお見通しだな」


 透は賞賛の溜息を漏らすと、御見それしました、と頭を垂れた。


「そんなことないわ。なんとなくそう感じたの。彼女の様子からね。おそらく、帰ってくるのが遅かったところからして、お手伝いさんから話を聞いたんじゃない? 最近の仙崎君の様子を」

「すごい、全部当たってます。でも、その時には大して情報は集まりませんでしたけど」

「けれど、トイレに行くとでも言えばよかったものを。わざわざ紅茶をこぼさなくても」


 すると、千穂は恥ずかしそうに頬を赤くし、目を伏せる。


「ええとですね、それは誰かに一緒について来られると困ると思ったのが一つと、その、皆さんが真剣なムードで、なかなか切り出せそうになくて」

「……ああ、なるほど」


 清人と透は彼女のおどおどとした挙動を見ながら、深々と納得する。


「でも、切り出せなかったのはともかくとして、誰かかがついて来る可能性については気がつかなかったわ。よくいるしね、トイレに便乗する人。檜山さん、意外と頭いい?」


 それには、清人が手刀を横に振る。


「お言葉ながら、先輩。それはとても失礼な発言ですよ」

「あ、ごめん。深い意味はないの」


 過ちに気づき、慌てて謝る成実。しかし、先輩に謝られることに恐縮したのか、逆に千穂は頭を下げてしまう。この少女、誰かから謝られることに、極端に不慣れらしい。どうしても対処に困り、おどおどとした態度になってしまうのだ。


 そのぎこちないやり取りがひとしきり終わると、思わぬことを成実がつぶやく。


「でも、篠田さんもかなり控えめというか、自信がなさそうなひとだったわよね」

「あん? なんでそこで篠田が出てくるんだ?」


 透が怪訝そうに眉をひそめた。


「気がついてたのよ、私。彼女が事件の話をするとき、遠慮がちに横にいる仙崎君をちらちら見てたの。あれは、彼女が事件のことで自分が余計なことを言わないか、言ってもいいことかって、それを確認してたんでしょ?」

「……稲葉」

「何?」

「もう降参だぜ」


 彼は両手で万歳をすると、そのまま椅子の背もたれに倒れこんだ。しかし、成実は立ち上がると、びしりと透の顔を指差し、こう言い放った。


「まだよ。まだ終わってないわ」

「何だ? まだ俺をいじめるのか?」

「理由よ。この事件を起こした動機」

「動機、か」

「そうよ、全て話してもらうんだから!」


 彼女の瞳は揺るがない光を湛え、追求の色を失っていなかった。

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