第八章 キメラの急襲 <1>〜キメラ
『連続誘拐!? それとも神隠しか!? 広国高校で謎の失踪事件が多発!』
朝刊新聞の見出しにそんな文字が躍ったのは、清人たちが仙崎邸を訪れた日の翌日だった。清人は目を覚ましたばかりで、食卓に座り、母が用意してくれたハムエッグを口に運びかけて、新聞に目を運び、そのままフォークを取り落としそうになった。
目を疑うとはこのことで、最近、失踪者の事件について毎日のように調査を行っているせいで、目の知覚機能が何らかの誤反応を起こしたのかと思った。
なんでもない事件の見出しが目に入って、それが目から情報として入力され、脳に伝わる過程で、無意識に書き換えられたのだ。
それはよくある勘違いというやつで、普段なら、見間違いか、で終わるのだが、今日は違った。
ぎゅっと目を瞑ってもう一度新聞の見出しを覗き込んでも文字が変わることはなかった。
「うわ、え?」
そう思わず声を漏らしてしまった。
「嘘だろ……」
清人は半信半疑で、そこに記載されている記事を読む。そして、確信する。間違いない、今成実とともに調査している事件のことだった。
それほど大きな記事というわけでもなかったが、事件内容は三件とも記載されており、校内で流行っている謎の噂にまで言及されていた。しかも記事の後半ではまるで、そんな怪物があたかもこの世に存在するかのように、煽り立てる文章である。
さらに、警察の対応にまで記事は及んでおり、大した根拠も無いのにすぐさま厳重な対処をしなければ、次は死人が出るかもしれないと大仰に締めくくられていた。
それを呼んだ清人は事は、これほどまでに大事件にまで発展してしまったのか、と浮遊感にも似た非現実感を抱いた。
落ち着こうと、手元の牛乳を飲み干す。
「はあ……こりゃあ、大変だ」
そうつぶやいた矢先、携帯電話の着信音が鳴った。制服のポケットの中で震えている。
取り出すと、案の定、成実からだった。
通話ボタンを押すと、
「見た!? 聞いた!?」
という、情報量の著しく乏しい第一声が聞こえた。直前に、清人が新聞を読んでいなかったとしたら、朝から「説明に目的語がないんですけど」と怒らなければいけなかっただろう。
しかし、今回は幸いにも大体事情を把握していたので寛容に対処することが出来た。
「新聞のことですか?」
と冷静に訊く。
しかし、成実は思っていたことと違うらしく、疑問符がついた声を発した。
「は? 新聞? 違うわよ。テレビよ、ニュースよ。私達の高校が全国のお茶の間に流れてるわよ。大事件よ大事件」
よほど慌てているのか、着眼点が違うだろ、と清人は猛烈にツッコミたくなったが、それよりも彼女のテレビという単語が気になった。
「テレビでもそのニュース流れてたんですか?」
「そうよ、公立広国高校の怪異とか、おどろおどろしいタイトルでさあ。レポーターまで来て話聞いているのよ。アポなしだったみたいで、校長がテンパっててね……」
「それ、まだテレビでやってますか?」
清人はテーブルの上のリモコンを探る。
「ううん、もう終わったけど。他のチャンネルでやってるかもしれない」
そう言われて清人はテレビのチャンネルを回す。
しかし、残念ながら見つからない。もしかしたら、もう一度放送するかもしれないな、ととりあえず民法放送にチャンネルを合わせた。
「全く、朝から驚きましたよ」
「そうなのよね。お母さんがテレビに学校が出てるなんて言うから何事かと思ったけど」
「まあ、当然と言えば当然かもしれません。これだけ同じような事件が続いているわけですから、マスコミが飛びつくのも無理はないかと」
「無理もない、わよねえ」
自分の意見に同意したのか、と清人は思ったが、成実の言葉にどこか疑いの気配があることに気がついた。
「何か、引っかかっていることでもあるんですか?」
「いや、ちょっとね。テレビの報道を見てて思ったんだけど、地味じゃないか、と」
「地味?」
これはどういう意味だろう。
「こんな言い方するのもなんだけどさ、確かにこの事件ってさ。行方不明者が三人も出て、それも皆が皆記憶を失ってる上、さらに学校にはキメラがいるなんていう噂が広がってる」
「はい、そうですね」
「でも、これが何者かの犯行なら、実質やってることは地味じゃない? だって、たった一日だけ生徒を行方不明にして、それですぐに家に戻すのよ。それだけなのよ」
清人には一瞬、彼女が何を言いたいのかが分からなかった。
「そうですけど」
「これだけじゃ、せっかくキメラを引き合いに出してる意味がないわよね」
「え?」
「だって、こんなに大層な怪物を出してきてるのよ。もっとこう、なんていうかさ。その怪物に食い殺された! とか(見たくないけど)、夜になると校内で唸り声が聞こえるとか、そういう事件なら納得いくのよね」
「い、言われてみれば、それもそうですね」
清人もこれには頷けた。確かにキメラの噂は流行っているものの、それ自体が今回の事件に特別な結びつき方をしているとは思えない。成実が言った「わけの判らないもの」繋がりだけでその名前を使っているとも限らないし、何もわざわざそんな怪物でなくてもいい、とは思った。
「でしょう? だから私は地味だって言ってるのよ。三件も連続で事件を起こしている人間だもの、もっと大きなことが出来ても不思議じゃないわよね。それが、なんだかさ、誰かの機嫌を伺ってるみたいに、控えめになってる感じ」
「控えめに、なってる……!」
なぜだか分からないが、清人にはそれがこの事件の核心を突いているような、そんな感じがした。
「どう? そう思わない?」
「でも……だとしたら、どうしてですか?」
「うん?」
「どうして、犯人はそんなことを?」
「……」
「……」
「……妻沢君」
「はい?」
すると、彼女はすっと息を吸い込んで、
「それが分かれば苦労はしない」
ごもっとも。
―――キメラ―――
待っている。
彼は待っている。
自分が待ち望んだ時を。
そのために、もうどのくらい耐えてきただろう。
暗い土の中に閉じこもっていたのは、いったいどれくらいだったのだろう。
全てが上手くいけば、きっと報われる。
しかし、今は狩りを続けなければならない。
そう、自らを取り巻く闇の力をさらに強めるために。
それを打ち崩されてはならない。
だが、今、自らに迫ろうとしている、破滅を招く、足音が近づいてくる。
止めなくてはならない。
自らの目的の障害となるものならば、それを除かなければならない。
彼は闇の中で牙を向く。
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