第五章 手がかりはキメラ <2>
以前に書いた箇所を修正しています(6/14)。
どうにも変な癖というか……読点がやたら多いことに気がつき、削りました(変でしたよね?)。
なぜか自分、何かと言葉を区切りたがるようです。
また何か気がつき次第、修正します。
清人が再び片手に本を抱えて戻ってきたとき、ソファに座った成実はなぜか、図書室の入り口を見つめ、怪訝そうに眉間に皺を寄せていた。
「あれ、先輩。どうかしたんですか?」
疑問に思ってそう訊く。
「うん?」
「何かあったんですか?」
彼女は首を傾げる。
「ううん、なんだか、誰かに見られていたような気がして」
「誰かに?」
「座ってたらどこからか視線を感じたのよ。まるで、観察されてるみたいな」
清人はそう言われて辺りを見回す。
しかし、特におかしな人影は見当たらない。カウンターの老人は眠ったままだし、閲覧コーナーでは生徒達が教科書に向かい、鉛筆を走らせている。
「何かの気のせいじゃ?」
言いながら清人はあることに気がつく。もしかして、それは気のせいではなく、彼女に密かに恋心を寄せている誰かではないのか、と。
わがままなところも多いが、傍から見ていれば成実はかなりの器量よしだった。そのため本人にその自覚があるのかは知らないが、男子生徒たちの中では実は人気があったりする。もしかすると、そんな生徒の一人がこの場所にいたのかもしれない、と清人は思ったのである。
「……そうだといいけど。それより、持ってきてくれた?」
気を取り直した彼女は清人が持っている本に目をやる。
「はい。ギリシャ神話の本でもよかったのですが、こちらの方がとりあえず簡潔に要約して書いてあります」
彼が持っていたのは、ファンタジーに登場するモンスターたちを取り上げた、図鑑のような書籍だった。
ぱらぱらとページを捲り、この辺りですかね、と成実に開いて見せる。すると彼女は清人の手から無言でそれをぐっと引き寄せ、齧りつくように読んだ。
「ふむ……」
しかし、清人がそれを持ってきてくれたことへのお礼の一言もない。彼の眉が不機嫌そうに片方だけ動いた。
そんな彼の感情を知ってか知らずか、彼女は読み終わって顔を上げた。
「うーん。これって前に妻沢君が話してくれたこと?」
「まあ、大半は同じ内容ですね。ライオンの頭に山羊の体、蛇の尻尾を持った怪物の話です」
「……最後は、このベレロフォンって人に倒されちゃうんだ」
「そうですね。まあ、人を襲っていた怪物らしいですから、物語としては必然的な結末とも言えます」
成実の言葉に清人が返答していく。
そして、さらに読もうと文章に目を戻した成実の目が止まった。まるで、見えにくいかのように眼を細めて文字を読んでいる。
「ねえ、これ。キメラっていろんな種類があるの? 体から山羊の頭が生えてるって話も乗ってるんだけど。ああ! それに蛇じゃなくてドラゴンって説もあるわけ?」
素っ頓狂な声を出した。清人はそんな彼女に静かに、と注意してから説明する。
「ええ、キメラの容姿は実はいくつもの説があるんです。興味深いものには、人間の顔を持ったキメラもいるらしいですよ。とにかくいろんなバラエティに富んでいて調べると面白いです」
「はあ……」
「さらに、ギリシャ神話に限らず、こういった怪物の話は世界各地で見られます。つまりは複数の動物が組み合わさった生物のことですが、実は日本にもそれと似たような特徴を持った怪物がいることを知ってますか? 先輩」
成実は少し考えるように宙を睨んで首を捻ったが、皆目見当もつかないようで、すぐに清人に答えを聞いてきた。
「降参よ。全然知らない」
「鵺と呼ばれる生き物です。一説によれば、猿の顔に、タヌキの胴体、手足がトラで、尻尾は蛇という、これまたキメラに負けず劣らず面妖な姿をしているそうです。また、ヒョーヒョーという気味の悪い声で鳴いたとされていて、平家物語や、摂津名所図会などに登場しています」
「へえ、それはまた聞いただけで鳥肌が立ちそうね」
成実は話を聞いて寒気を感じたようにソファの上で首をすぼめてみせた。
「まあ、全てが全てそうだということは出来ませんが、大昔の人たちは、人知を超えた超自然的なものをそうやって怪物として具現化し、崇めたり、畏怖する対象としていたんでしょうね」
「ふうむ、なるほど。それで、他には何か情報はある?」
「それがですね、伝説上に登場するキメラではないんですが、現代にはそれとは別のキメラと呼ばれる動物がいるんです」
「それはどういうこと?」
「僕は専門家でないので詳しくは知りませんが、生物学の分野では複数の動物の胚を組み合わせて作られた生物が存在するらしいんです。例えば、山羊と羊が合わさった『ギープ』、ライオンとヒョウが合わさった『レオポン』、植物で言うと、じゃが芋とトマトが合わさった『ポマト』なるものもあります」
「……」
一気にいろいろな情報が頭に詰め込まれたせいか、成実は呆けた様子で、ぽかんと口を開けている。
「あ、あの先輩、大丈夫ですか?」
「ええ、気遣いは無用よ。少し混乱しただけ。でも、こうやっていろいろ聞いても、今回の事件と何か繋がりがあるのかは、全く判らないわね」
「そうですね」
「大体、どうしてキメラなのかしら」
腑に落ちない彼女は手持ち無沙汰に再びページを捲る。ぺらぺらと同じところを行ったり来たり、交互に見ている。
そしてそこで、キメラについての短い記載があるのに目がいった。その瞬間に彼女はひらめいた。
「ふふ、ふふふ……」
「あ、やっぱり、病院に行った方がいいんじゃないですか?」
突如、不気味に笑い始めた彼女を見て、清人は本気で心配になった。
「冗談はよしなさい、違うわよ。見なさい、これを」
「……?」
彼は言われるがままに彼女が指差す文章を覗きこんだ。そこには短い言葉でキメラを表す表現が乗っている。
「キメラは、その姿の不可解さから、訳の判らないものを例えるときに使われることがある」
清人がそれを声に出して読んだ。
「どうよ?」
「何がです?」
「訳の分からないもの、まさに、この事件そのものじゃない」
大した根拠があるわけではないのに、成実にはそれが、犯人が示したメッセージのような、一種の確信を抱く。
まるで、自分たちに向けられた挑戦状である。
この事件、真相を暴けるものなら、やってみるがいい。そう語りかけられている気がした。
面白いじゃない。
成実はうそ笑む。
もう自分の考えを疑うことはなかった。
間違いない。この事件の裏には全てを操っている人間がいるのだ。
本を静かに閉じて、深呼吸をする。そして、決意した。
絶対、この事件の真実を見つけてやるんだから。
ええと、この辺りで物語の中間地点でしょうか。
といっても、大抵予想を超えて長くなるのですが。
これからも、まだ事件が続きます。成実と清人たちにも何かよからぬことが起こる予定です。
あと、これから先は真相を予想しながら読んでみてください。
読まれた方からの感想、待ってます。