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第五章 手がかりはキメラ <1>

ええ、毎日更新していくと目標に掲げておきながら、それが難しくなったので、報告します(最近、忙しくなったため)。

極力、更新はしようと思いますが、以前も二日遅れたように当分不規則になると思います。

 週が明けた月曜日の放課後だった。

 校舎の二階の廊下を西から東に向けて成実は歩いていた。自慢の黒髪をなびかせて、小脇には教科書を詰めたカバンを抱えている。


 その表情は浮かなかった。

 授業が終わり、いつもなら生徒達の気配もまばらなはずの通路のはずが、今日は違うのだ。廊下の隅でなにやら奇妙に固まり、声を潜めて話し合う生徒たちの姿をいくつも確認できる。


 成実は興味がない振りをして、それをすがめ見ていた。

 何を話しているのかは容易に想像できた。

 その正体は最近、学校全体に広まっている、謎の噂だ。


 キメラが校舎に入り込み、生徒を次々に襲うという、シュールなB級のホラー映画のような話だった。

 生徒達のいったい何割がその話を信じているのか、成実には分からない。しかし、全くのゼロということはないはずで、そうでなければ、とっくにそんな荒唐無稽な話、消えうせているはずだ。おそらく面白がっている生徒たちの煽りも受けて、学校中に広まっているのだろう。


 成実はもちろん、そんないる筈もない怪物のことなどこれっぽっちも信じていないが、その背後で同時進行している、謎の失踪事件にどこか得体の知れない漠然とした恐怖を感じていた。


 そう言えば、さすがに藤咲由貴の事件があってから、成実たちのほかにもその失踪事件とキメラとを関連付けて考える生徒も出始めていた。その話がまた校内に広まるのも時間の問題だろう。


 成実にはまるで自分たちの目の届かないところで、何かよからぬことが行われ、近い内に底知れぬ闇が口を開けるような気がしていた。そして、その全てをどこかから見つめ、高笑いをしている人物がいる。そんな予感が頭について回って離れなかった。


 廊下の突き当たり、戸口の脇、スライド式のショーケースに新しく入荷された書籍が陳列されている図書室が見えてくる。

 成実は静かに扉を開け、中を覗きこんだ。放課後の図書室は生徒の姿はほとんどなく閑散としている。


 閲覧コーナーではやる気のある生徒たちがノートと分厚い本を開き、熱心に勉学に励んでおり、その机の背後に位置するカウンターには、眼鏡をかけた初老の男性が肘をついてパソコンの画面を眺めながらいびきをかいていた。

 入り口から見える人間はそのくらいだ。

 成実は一歩踏み出して、戸を閉める。


 本から染み出しているのだろうか、図書室はいつも独特な古臭い匂いがすると成実は思う。

 振り返り、彼女は待ち合わせの人物の姿を探した。

 ここから見えないということは、カウンターの向こうにある本棚の群れの中に彼はいるのだろう。走らないように急ぎながらラックに並べられたオススメ図書のコーナーを通り過ぎて、カウンターの端を横に曲がり、奥に進んだ。


 清人は科学に関連する本が並べられた本棚の前に立っていた。気難しそうに、めがねに手をやりながら、本の背表紙を睨んでいる。


「どう、何か収穫はあった?」


 成実は彼の肩を叩いて聞いた。清人は成実を一瞥してから、すぐに本棚に目線を戻して言った。


「いいえ。これだ、というものは何も」

「……そう」


 肩を落とし、彼が見ている本たちをざっと眺める。そのほとんどが脳の関するものだった。

 最初の失踪者の沢口和也も、第二の失踪者の藤咲由貴も同様にその間の記憶を無くしている。その異常な点を追求するために、成実は清人にその謎について調べるように頼んでいたのだった。


 成実の推理としては、やはり、二つの事件とも同一犯により実行されており(つまり、二人は誘拐されたと仮定している)、その後、二人は犯人の手によりなんらかの方法で(その理由は不明)、その記憶を消されてしまったのだと考えていた。


 清人は後半部分が少々突飛な考えだと、眉をひそめたが、成実は断固としてその考えを押し通し、その裏づけとなる情報を彼に集めてもらっていた。


「やっぱりそんなに都合よく人の記憶を消せる方法なんて無いもんだなあ」


 彼女は嘆息を漏らす。


「ええ、そうでしょうね。僕らの脳の記憶はロボットなんかと違ってコンピュータで簡単に取り出せたり、ボタン一つで消去したり付け加えたりするなんてことは不可能なんですから」


 彼は最初からこんなことは無駄足だったんだ、と言いたげな顔をして、手に持っている本を棚に戻した。

 それでも、納得の出来ない成実は、


「でも、よく映画やドラマなんかでは記憶喪失の人間が出てくるわよね? どうにかして記憶をいじくれたりはしないの?」


 と、そのことを思い出し、彼に質問したが、それはありえないと彼は即答する。


「……確かによく聞く話ではありますが、ああいうのは誰かがその人物の記憶を消そうと意図してやっていることではないでしょ。本人が事故にあったり、ショッキングな出来事に出くわしたりして、偶然に発生している事象です。まあ、誰かがそういう状況を仕組んだとすれば出来るのかもしれませんが、成功する可能性はとても低いはずです」

「ふうん、その僅かな可能性にかけるには現実的ではない、か……」

「ええ、その通りです。それに……」

「それに?」


 彼は急に真剣な表情になり、


「言おうと思っていたんですが、仮にもそんな方法がこの世にあるとすれば、それはとても恐ろしいことです」


 そう言った。


「どういうこと?」


 訝る成実に、清人はこめかみを押さえながら説明する。


「いいですか? そんな方法があれば、自分にとって都合の悪い他人の記憶を勝手に消せるわけですよ。例えば、自分が何かの罪を犯して、それを誰かに目撃されたとします。そのことを証言されれば、自分は捕まる。でも記憶を消す方法があれば、殺す危険も冒さず、永遠の口封じが出来ますよね」


 これには、成実は言葉を失うと共に、盲点に気がついた。


「……! 確かに言うとおりだわ」

「そんなものがあれば、世の中は犯人の見つからない犯罪で溢れているかもしれません。でも、現実はそうじゃない。最初からそんな方法なんて存在しないんですよ。今日、ここで調べてみて、それをさらに確信しました。さっきも言ったように人間の脳は僕らが思い通りに出来るほど、単純な作りじゃないんです」


 しかし、


「でも、でも……」


 と成実は食い下がる。


「なんですか?」

「逆に考えてよ。そんな方法がないとしても、行方不明になった二人が記憶を失った事実は変わりない。その不自然さは残るわ。清人君は、それが偶然だと言い切れるの?」


 清人は言葉に窮する。確かにそう言われると、自分の考えに対する自信が霧散していまう。


「……それは、分かりかねます」


 そう弱弱しく返した。


「でしょう? まだ、記憶を消す方法がないとは断言出来ないわ」


 勢いを取り戻した彼女がふんと胸を張る。


「分かりました。でも、僕が調べられるところはもう調べましたよ。ともかく、この点は保留ということでいいですか?」

「いいわ、そうしましょう」


 話を終わらせ、二人は本棚たちの隅に設置されたいたゆったりとした長いソファの上に腰掛けた。清人が何をするのだろう、と見ていると、成実はカバンから一冊の大学ノートを取り出した。大きく『取材ノート』とサインペンと書かれている。


 筆記用具を手に取り、なにやら熱心に文字を書き込み始めた。

 おそらく、今までの情報を整理しているのだろうと考えた。ただでさえ不可解な事件だけに何が分かっていて、何が分からないのか、書き出していかなければ混乱してしまう。

 結構ずぼらに見えて、こういうところはしっかりしているのだなあ、と清人は人知れず感心した。


 ちなみに、清人が中身を覗きこもうとすると、信じられないスピードでノートを閉じられてしまった。


「乙女のノートを覗き見だなんて、いい根性じゃない」


 というわけだ。

 同じ新聞部だというのに、情報の共有は許されないらしい。


 その点を不服に思う気持ちと、確かに、女性の持ち物を覗き見るというのはセクハラになるのかもしれない(彼女なら本当に訴える可能性が大)、と退く思いがぶつかった。

 結果、危険性の高い後者が勝ち、大人しく彼女の作業が終わるのを待つことにする。


 数分後、


「じゃあ、次の調べ物ね」


 ペンを仕舞うと、彼女は開口一番そう言った。


「はい?」


 ノートを指でトントン叩きながら、彼女は説明する。


「キメラについて調べるのよ。手がかりとなるとすれば次はそこね。そこに今回の事件のヒントになるものが隠れているかもしれないわ」

「……さいで」


 まだ調べるのか、と清人は呆気にとられてしまった。そんな彼を見て、成実はあごをしゃくって指示する。


「ぼっとしてないで、資料を探してきなさいよ」

「……はいはい」


 清人はなんとなく言い返せず、彼女の指示に渋々立ち上がる。


――――――――――――――――――


 そんな二人を遠くの閲覧コーナーから見つめている人物がいた。


 机に座り、分厚い専門書に目を通す振りをしながら、隙をみては、視線を彼らに向ける。

 そこからは彼女たちの潜めた声を聞き取ることは出来なかったが、話している大まかな予想をこの人物はつけていた。


 清人が立ち上がり、本棚の間に姿を消す。

 その様子を目で追い、それから、本に視線を落とす。細心の注意を払いながらの偵察だ。

 この人物としては彼らを偵察していることを悟られてしまうのは、都合が悪かった。


 そして、しばらくしてもう一度本から顔を上げ、成実を見た。

 幾秒かの沈黙の後、

 ふいにこちらを見た彼女と目が合った――気がする。

 慌てて本に目を戻し、その人物は平静を装った。右手に持ったペンを回す。


 妙な緊迫を感じ、額に冷や汗が垂れる。

 しばらくして怪しまれないよう本を閉じ、その人物は椅子から立ち上がった。この場から立ち去ろうと判断した結果だった。


 勉強している他の生徒たちの間をすり抜け、出口に向かう。


 今日のところはこれで終わり。

 彼らに自分の存在を悟られては困る。

 だが、

 近いうちに何らかの然るべき手を打たねば。


 その人物は胸の内に思考の火を灯らせ、ゆっくりと扉の向こうに姿を消した。


――――――――――――――――――



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