六ノ業 彼女の名の意、明かされる怪霊衆
所変わって地下階段、少女ルナは登りながらブツブツと自身の名前を確かめるように呟く。
ルナ、ルナ…と口元で繰り返して、はにかんだ顔を両手で隠す。
「ルナールもルナも大差無いだろ。馬鹿馬鹿しい」
彼女と並んで歩いていたヴィスがそう言って鼻で笑うと、ムッと口を尖らせたルナから頬へと素早く拳が飛び出す。
それは回避も防御も許さず彼の頬に衝突し、手の甲が皮膚を削り取っていった。
「痛ッ…! …このッ、また泣かされたいか貴様ぁ!!」
「ディアナがつけてくれたなまえにもんくつけんない! ハラワタひっこぬいてあすのあさげにしてやんぞ!」
「反響するから、静かに」
頬から血を滴らせて逆上したヴィスにルナが気丈に言い返すも、反射の多い階段とあっては先導するディアナに窘められてしまう。
ルナは彼女の言うことには素直に従って口をバッと押さえるが、その内首を傾げ始めて「はんきょー、ってなんでぇ?」と彼女の背に問い掛けた。
ディアナが「響くってことだよ」と律儀に答えてやっている中、ヴィスは腕を組んで不機嫌そうに舌打ちした。
「新しい名前などと言っても二文字に縮めただけだろうが。そんなもの変えたとは言わん。それにも関わらず能天気に騒いでいるそこの餓鬼も大概だがな」
「…もしかして、ルナールから離れた名前をちゃんと考えろって言いたいの? あなたに一発当てられたから?」
「そうでなければ筋が通らんだろ」
ディアナがからかって告げた言葉に、ヴィスは当たり前のようにそう言い返した。
不意に彼女の足が止まり、大きく見開いた目を彼へと向けて振り返ると、彼は鬱陶しそうに睨んで「何だ?」と威圧した。
「…急に優しくなって気持ち悪い」
「あぁ?」
ディアナが思わず口にした言葉にヴィスは首を傾げ、その意図する所を理解するとハッと笑い飛ばして肩を竦めた。
「勘違いも甚だしいな。まるで俺様がこの餓鬼のために甲斐甲斐しく世話を焼いているとでも言いたげだが、俺様は有能な下僕が欲しいだけだ。この餓鬼には怪霊衆として名を上げられるだけの力がある。まずはこいつの思想を正して誇りある怪霊獣へと染め上げる。名前の件はその第一歩だ。だから生まれ変わるための新たな名前を決めなければならんのだ。ルナなどと曖昧なものでは意味が無い」
「ゆーのーなげぼくぅ?」
ヴィスの言い分にディアナが一転して呆れていると、その脇で何とか話に付いていこうと頭を抱えていたルナが困ったように呟いた。
ディアナがそれにまた「ルナにとってのお世話役の人みたいなものだね」と答えてやると、ルナはしかめっ面なヴィスをじっと見てから敵意の満ちた視線を送って胸の前に握り拳を作った。
「オレっちがなんでてめえのおせわなんざしなきゃなんねぇんでい! ねがいさげでい!」
「馬鹿、誰が貴様の世話など受けるか。そうではない、俺様の命令で人間どもを殺戮する従順な駒となるのだ」
「さつりく…じゅ、じゅーじゅ……う、うるせぇやい! とにかくてめえなんかのげぼくにゃあならねぇぞ! バーカ!」
イーッだ、と口の両端を引っ張って挑発するルナだが、ヴィスはそれに怒るどころか寧ろ満足げに笑っていた。
ルナは意味が分からず拍子抜けした顔で彼を見た。
「フン…、今はそれでいい。貴様にはまず誇りと意思の強さを身に付けさせる。俺様に楯突くぐらいでなければな。従順にするのはその後だ。それまで多少の非礼も見逃してやろう、感謝するがいい」
「……え、ディアナ、こいつなにいってんだ?」
「気にしなくていいよ、その人ちょっとおかしいから」
二人に渋い顔をされるとヴィスも少し決まりが悪く感じて舌打ちし、それをきっかけとするように三人は再び階段を登り始めた。
そして一階と地下フロアを隔てる大きな扉に着くと、ディアナがその錠を解いて扉を開ける。
薄暗い地下しか知らないルナには、眩い程の照明やそれを過度に反射する白い壁と床が目新しく、好奇心と恐怖が入り雑じって扉の敷居を踏み越えず顔を覗かせてキョロキョロしていた。
「どうした、何をモタモタしている。さっさと出ろ」
「…あなた、情緒っていうものが無いの?」
ルナの気も知らず急かしたヴィスに、ディアナは黙っていろと言わんばかりのジト目を向けて言い放った。
フン、とそっぽを向いてルナを通り越して行ったヴィスとは逆に、ディアナはそっとルナの肩を後ろから触れた。
「ルナ、この先はあなたの知らない世界だよ。今日からずっとあなたの知らない場所を歩いていくの。だから、勇気を振り絞って踏み出してみて」
ルナは返事こそしなかったが、覚悟を決めるように唾を呑み込んだ。
そして顔をあちこちに向けながらクンクンと鼻を利かせ、両手も付いて床を嗅いだ。
暫くそれを繰り返してから漸く、そぉっと右手を一階廊下の床に置いた。
地下の床よりずっと温かく柔らかい肌触りに驚き、一度手を持ち上げ、またゆっくりと置く。
続けて左手を置き、安全を確認してポタポタと両手を這わせる。
そうして四足歩行で進み両足にも温かい床の感触を覚えると、振り返って交互に足を上げてみたりした。
「…よ、よしっ」
ルナは今一度覚悟を決めると、ゆっくり身体を起こして床から手を離した。
そうして慎重に立ち上がると、背を伸ばしきった所で真正面のヴィスと眼が合う。
ヴィスは待ちくたびれた様子で彼女を眺め、「ビビりが」と呟いた。
「う、うるせぇ! オレっちこんなまっしれぇゆかみたことねぇんでい! かんがえなしにすすんですっころぶかもしんねぇだろ!」
「俺様がこうして先に出てやっただろうが。俺様が平気で貴様が手傷を負う道理など無い。忌々しい封印のせいで今の俺は貴様より弱くなっているのだからな。貴様は俺様の後ろを堂々と歩けばいいのだ」
「そ、そんなのっ………! ……そんなの…。……そっか、おめえがへいきならオレっちもへいきか…」
ヴィスの言うことなのでまた何か良からぬことだと思ったが、存外に頼もしいことを言われたのでルナは少し返事に困った。
その二人のやり取りに目を点にしていたディアナも遅れて廊下に出て、重々しい扉を閉じて鍵を掛け直した。
そして歩き始めると、中断されていた会話に戻る。
「で、ルナが嫌なら何がいいの? 一応『ルナ』にだって僕なりに意味を込めてるよ」
「ほう…。どんな意味だ、聞いてやる。狂気か?」
「違う。悟りを求め、教えを学び、そして実践していく意志の象徴である月輪に因んで名付けてるの」
ルナはいまいち分からないといった顔で「…おー」と呟き、ヴィスは馬鹿にした風に鼻で笑った。
「…悟り、教え……くだらんな。一体何人の人間がそんなものを信条にしているというのだ。どいつもこいつも目の前の利益のために自分を裏切ってばかりだろうが」
「だからこそ信条にして欲しいんじゃない」
「世に悟りと叫ぶ者らがどれだけ悟っているものか御目にかかりたいもんだな」
そうしてヴィスが憎まれ口ばかり叩くのでディアナも律儀に相手をしてやっているのが馬鹿らしくなっていった。
そのため話を切り上げようかと考えたが、それが却って彼女に話題を思い出させ、『これは話さなければならない』という使命感を呼び起こさせた。
ディアナはまた言うべきか言わざるべきかと頭を悩ませ、意を決すると足を止めてヴィスに話し掛けた。
「…ねぇあなた、封印のせいで自分がルナより弱いと言っていたけど、決闘の時は封印が少し解けてルナ以上の力を出してたじゃない。まさか自分で気付かなかったの?」
「…なに?」
ディアナに首を傾げながらそう言われて、ヴィスは初めてその事を知った。
半信半疑という風で自らの両手を見つめた彼を見て、ずっと気になってたとばかりにルナがコクコクと頷いた。
「エサばやかいだんじゃあオレっちがかるくなぐっただけでちぃだしてたってぇのに、てめえからショウブふっかけてきたときゃあなんでぇへんなピカピカだしやぁるしオレっちがなぐってもてんでこたえやしなかったもんなぁ。てつでもなぐってるかんじだったぜ」
ディアナに続きルナまで同意すると、ヴィスは今一度肌の削れた頬を撫でて、「ふむ」と冷静な態度で壁に右手を向けた。
直後、その腕に赤い光が灯る。
「ちょっ…!」
慌てて駆け出しヴィスの前に立ち塞がったディアナだったが、ヴィスの腕に集まった怪霊力は我霊射となる前に抜け出ていき破壊には至らなかった。
彼はもし強くなっているなら玉座の間で溜めた以上の力を込めても発動可能と考えたが、やはり封印が既に元に戻っていたため限界に達した力はそのまま制御を離れて霧散していったのだ。
ヴィスはつまらなそうに下ろした手を見下ろして舌打ちし、ディアナは一安心して溜め息をつくと透かさず彼に詰め寄った。
「ちょっと! いきなり公共物を壊そうとしないで!」
「壊してないだろうが」
「力が出せたら壊す気だったでしょう! …僕達と行動を共にする以上最低限こちらの指示に従ってもらう…もう忘れたの?」
ヴィスは「チッ、鬱陶しい…」と悪態をついて彼女に背を向け、歩き出す。
少しは改心する気になったのかと思えばすぐこれだ、とディアナはうんざりに思いながらもルナを呼び寄せて彼の後ろを歩いた。
「憶測とはいえ、封印が殺意の有無に多少なり関係しているのは確かなのだろう? ならば、俺がそこの餓鬼を殺すためでなく活かすために力を使ったから、その間頭が殺意から逸れたために封印が薄れたということだ。…馬鹿馬鹿しい、何者も殺せぬ力など意味は無い。女、封印が完全に解けて貴様を叩きのめしたら俺は思う存分に人間を殺し回るぞ。そのつもりでいろよ」
「はい、ご自由に。僕もそう簡単には敗けないよ」
二人はそう言い合って顔を背け合う。
それを見て面白そうな予感を察知したルナはディアナの服を引っ張って告げた。
「よくわかんねぇけど、そのフーインがとけたらヴィスがつよくなって、ディアナとふたりでショウブするってんだろ? オレっちもまざっていいか?」
「ええ、いいけど…」
「貴様、俺と女のどちら側につく?」
ディアナの返事に被せるようにしてヴィスがそう訊ねた。
しかしその問いはディアナも重要と感じたため、二人してルナを見つめて回答を待っていた。
ルナは二人から注目されてドギマギしたが、割りとすぐディアナの手を持ち上げて答えた。
「ディアナとくんでやるぜ。てめえとなんかなかよくしたかねぇや!」
「フン、なら丁度いい。その時に女も餓鬼も揃って俺様の下僕にしてやる」
そうしてヴィスとルナが視線でバチバチやりあっていると廊下は十字路に差し掛かる。
ルナが懐いてくるのを快く思い密かに微笑んでいたディアナは、「ここ、右だよ」とルナの手を引いてヴィスを通り越し、その後を先導していった。
※※※※※※※※※※※
「それで、またここか」
ヴィスは飽き飽きだとでも言いたげに吐き捨てる。
一度ディアナの待機室へと戻って服を取ってくると、彼女はその足で再びシャワー室へとルナを連れて入っていた。
待機室の木の床に格闘していたルナはディアナが持ってきたもう一つの物には気が付かなかったであろう。
呼び掛けられて正面を向けたルナに、衣服とタオルを篭に入れたディアナは残る小物を両手に掲げていた。
その手の物は、歯磨き粉の小箱と馬毛の歯ブラシ。
「ルナ、これが何かは分かるよね? 地下では週に一回で良かったかもしれないけど、これからは人里にいる間は基本毎日しなくちゃいけなくなるから頑張ってね」
暫しポカンとしていたルナだったが、彼女がケースから粉を取って歯ブラシに乗せ、ジリジリと近づいてくると漸く危機感を覚えた。
「いっ……」
地下暮らしでの唯一の憂鬱を思い出すと、ルナは短い悲鳴と共にササッと後退って身構えた。
「い、いやでい! いやでい! オレっちハミガキもみずあびもでぇっきれぇなんでい! どっちもおとといやったばっかしなのになんでやらなきゃなんねぇんでい!」
「確かに地下じゃ糖分も取らなかったし人にも会わなかったからそれで良かったけど、どちらも立派な人として認められるにはしなくちゃいけないことだよ。嫌がるなら無理にでも動きを止めて歯ブラシを捩じ込む。怪我するかもね」
「ひぇ……」
ルナは両手で口を覆い隠しながらビクビクと震え、助けを求めてヴィスに視線を投げ掛けた。
しかしヴィスは興味無さげに顔を背け、「貴様でどうにかしろ」と突っぱねた。
ルナはそうして救済を探して辺りを見回したが、とうとう諦めて両手を下ろす。
それを見たヴィスは腹立たしげに舌を打ったが、ディアナは慰めるように優しい笑みを湛えた。
「そう、いい子だね。…後でご褒美に甘いもの食べさせてあげるから、それを励みにしてなさい」
そうしてケースをしまい、空いた左手でルナの頬を撫でながら歯磨きを始めていく。
ルナは警戒するようにディアナの手つきを眺めていたが、次第に安心してきて肩の力を抜いていった。
「じゃあ、ヴィス、今の内に怪霊衆のメンバーを教えて」
「あ?」
不意に彼女からの指示が飛ぶ。
暇を持て余していた彼にはそれ自体は悪いことではなかったが、ルナの歯を磨きながらの指示というのが彼には気に食わなかった。
「貴様、俺の話をついでで聞くつもりか。舐めやがって…」
「別についでって訳じゃないよ。仕事が同時に進むのはいいことじゃないの。ここなら廊下と違って込み入った話が出来るし、ルナもそれで気が紛れるでしょ。ほら、スタート」
ディアナの雑な急かしにヴィスはまた苛立ち、誰が話してやるものかと腕を組んで他所を向いた。
しかし、ルナの視線が一心にヴィスを向いていた。
それはただ歯磨きから意識を逸らすための視線でしかなかったが、彼女が怪霊衆の一員になることを望むように仕向けるためであれば話してもいいだろうと彼は考えた。
そうして彼は彼女の目だけを見つめて話し始めた。
「フン、精々よく聞いておけ。弱い者から順に並べ立ててやる。まず第一、その美を女神に妬まれた蛇髪の女王――メデューサ。正確にはメデューサ二世とでも言ったところだろうがな。こいつは腕も霊力も大したことはないが、見るもの全てを石へと変える特殊な能力は他者の霊力を操る希少な才能だ。その才能が育てばやがて誰も未だ見たことの無い素晴らしい力を開花させ得るだろう。その期待も込めてメンバー入りを果たした」
ディアナはその一人目についてだけは熱心に聞き耳を立てたが、続いて二人目が語られると歯磨きに専念した。
「第二、百鬼を囲う妖怪の長――ぬらりひょん。こいつは単体の力ではメデューサよりもっと弱い。しかし奇妙な術を使い多くの妖怪らを従え、更に如何なる者の技であっても易々と潜り抜けてしまう俊敏さの持ち主だ。まぁ、実際に戦ったことはないが俺様の技まで避けられるとは思わんがな」
「…ぬらりひょん、といえば仙儒の国の離れ島に伝承されてきたものだね。妖怪というのもその島に伝わる悪魔のようなもの」
「第三、四神の柱――朱雀。こいつより先は皆その力量で伸し上がった者達だ。餓鬼、貴様の霊力を一回り超えた先にこいつがいる。良いライバルだとでも思っておけ」
「四神も仙儒の国由来。朱雀、青龍、白虎、玄武の四の神獣を指してこう呼ぶの。伝承としては基本的に四神には縦の繋がりは無いから、四神の柱…というのはあくまでも代表者的な立ち位置でしょうね」
片手間で注釈を入れるディアナに、鬱陶しくなったヴィスが睨みを利かせて「気が散る、黙れ」と怒鳴り付けた。
彼女は「はいはい」と少しだけ気落ちしたような声音で答え、その後を彼に任せるべく静かになった。
「第四、混沌と夜闇を司りし太陽の敵――アポピス。第五、九つ首の不死蛇――ヒュドラ。こいつらは生命力こそ果てしなく、朱雀に比べれば天と地の差がつくほどの霊力の持ち主だが、この二者同士で比べればどんぐりの背比べだ。こいつらを更に大きく越えて三之幽と呼ばれる三者組がいる」
ヴィスは勿体ぶるように少し間を置いた。
誇らしげに胸を張り、心なしかニマニマと頬を弛ませた彼に対し、ディアナは半ば呆れて目を薄くしている。
また丁度ルナの歯磨きが終わった所で、早くコップを用意したいディアナも口を濯ぎたいルナもヴィスのことなどどうでもいいような様子でソワソワしていた。
「第六、悪魔王の半身――イナベル・ゼブブ。第七、怪霊の智聖――リーラハールス。第八、怪霊の暴君――ラーベルナルド。この三者が三之幽だ。さっきも言ったがこいつらの強さは第五までとは比べ物にならん。この俺様を除けば地上で最強の者達だ。…そう、俺を除けば、な。……俺様こそが第九の怪霊衆にしてその頂点に座す者、怪霊王――ヴィスドミ――」
「終わったなら一区切りつけさせて。ルナが口を濯ぐから」
ディアナが至極面倒臭そうに言い放つと、気を削がれたヴィスは怒る間も無くあんぐり口を開けた。
そうして話が途切れてくれるとディアナは急いで篭の隣に置いていたコップを手にシャワーまで歩き、チョロチョロと流した水を貯めながら「ルナ、こっちに」と呼び寄せた。
「…お、女ッ…! ここまで俺を侮辱した者は貴様が初めてだぞ…! いつか後悔させてやる!!」
「あー、はい。頬に怪我したまま言われてもね。自分の力で治癒出来てから言いなさい」
激怒したヴィスにも彼女は豪胆に対処する。
そうして彼女がルナに水を含ませ排水溝に吐き出させている間、彼は彼女を見返したいがために自らの手を見つめて意識を集中していた。
「…み、見ていろ…! 一度は解けた封印だ! 今に必ず完全に解いてみせる!」
しかし彼が行えるのは一心不乱に怪霊力を引き出し、限界を迎えて無意味に発散することだけだった。
そこでまた、ルナは口がすっきりすると、漸く言えると言ったような解放感を帯びて声を上げた。
「で、けっきょくかいれいしゅーってなんでぇ?」
「え?」
「は?」
コップと歯ブラシを洗っていたディアナも、封印解除に熱を入れていたヴィスも呆気に取られて手を止めた。
そして彼女はそのままじっとして少し考え、彼はほとほと呆れると云った顔で彼女を睨んだ。
「おい女、貴様また順序を間違えたのではないか? そもそも怪霊衆の前に話すべきことが山ほどあっただろう」
「…いえ、あなたの話は僕さえ理解していれば十分だし、ルナには今の話は今後伝えることの掴みくらいに思ってもらえば…」
「苦しい言い訳だ」
ディアナは鋭い指摘に喉を詰まらせつつ、
「ねぇルナ、今日話したことの中で分からないことはいくつあったの? とりあえず列挙――……じゃない…――い、言ってみて」
と屈んで目線を合わせながら微笑み掛けた。
ルナはそれに少し首を傾げながら思い返していく。
「まずれいりょくりょーもれいりょくもわかんねぇだろ? かいれいりょく、かいれいじゅつもわかんねぇ。それからへんれーじゅつ、やこ、こーはい、ざっしゅなんとかもわかんねぇ。…かいれいじゅーとかいれいしゅーはなんかちげぇのか? にててヤヤコしいんだよなー」
ヴィスは呆れてその場から背を向け、ディアナは苦笑して優しくルナの手を取った。
「…じゃあ、身体を洗いながらでも簡単に説明するよ。…歯磨きに立て続いてだけど、いい?」
「おうっ、へいきだ。ディアナにしてもらうんならこわくねぇ」
ルナがそう言って笑い返すと、ディアナは嬉しそうに頷いて彼女の世話を焼き始めた。
※おまけ※
ルナ「けっきょくよー、『ルナ』がダメってんならてめえでなまえつけるとしたらどうなるんでい?」
ヴィス「…ふむ、…霜手人狐。どうだ」
ルナ「ルナのがいいぜ」
ディアナ「ルナでいいね」
ヴィス「チッ…」