六二ノ業 望まぬ旅を続ける三之明、足取りを掴むフォルティス小隊
RPGツクール手に入れたから魔王討伐軍のゲーム作って遊ぼう(個人的に楽しむだけ)
「はっ? ディアナ、旅続けんのか!?」
牧舎の前で立ち話をしていたディアナとノサティスの下にヴィス、ルナ、天狐が合流した。
目の前に進み出たディアナが打ち明けた決定に、ルナはあんぐりと口を開け、困惑を隠さずそう聞き返す。
ノサティスは牧舎の壁に背凭れて視線をヴィス達から逸らしていて、ヴィスはルナの隣に立ちながらノサティスの態度から漂う白々しさに首を傾げている。
「ええ、まだ引退する程の重症ではないみたいだし、これは人間と怪霊衆との戦いでもあるんだから、監督としてあたしが見届けないといけないでしょ?」
「重症になってから辞めるんじゃ意味ねぇよ! 大体、ディアナはオレっち達に任せるって言ってくれたじゃねぇか! なぁそれ、誰の決定なんでい!? 皇帝か!? オレっちが文句言ってきてやる!」
「いいってば。正直あたしも、何だか自分の責任から逃げ出すみたいで引っ掛かってたし、これでいいのよ。…でも、やっぱり戦うのは無理そうだから、できる限り司令塔で頑張ろうと思う。…まぁそれも、今はルナがいるから要らないかもしれないけどね」
「そ、そんなこたぁ…ねぇけどよ…。…でも、……」
ルナはその決定に異を唱えたくて堪らなかったが、ディアナが足手纏いのように言ってしまうのだけはどうしても避けたかった。
それで強く反対はできずルナが困っていると、ディアナはヒョコッとルナの肩越しに顔を覗かせ、その後ろに立っている天狐を見つめた。
「それで、後ろの人はどなたなの? …奇抜な色してるけど、…人、じゃないでしょ?」
天狐は都市圏内での立ち振舞いに当たって人の姿に変化していた。
それは街を歩いていた民間人の男性をモデルとし、肌は色白で、肩まで伸びた白髪に赤い斑がポツポツと模様付いた美青年だった。
天狐はジロジロと人間のディアナに観察されると僅かに狼狽えて金色の瞳を脇に逸らし、また彼女に眼を合わせて答え始めた。
「私は天狐。ジーファン島で九尾として暴れ回っていた者だが、ルナの言葉で目を覚まさせられ、憎しみの呪いを抜け出すことが出来た」
「…え…じゃあ、あなたが、九尾の正体…」
「左様だ。けれども今は九尾の時より遥かに弱い。故に役に立つとは確約出来ぬが、私は私を救ってくれ、友になると言ってくれたルナと共に行く事とした。この怪霊衆との戦いについてもある程度は聞き及んでいる」
「……ルナと、友達に……?」
ディアナはルナと天狐とを見比べた。
天狐はコクンと変わらない表情で頷き、ルナは少し照れ臭そうに「おう、そんな感じでぇ」と笑う。
ディアナはそんな二人の様子を見ると、ニマニマと込み上げてきたように笑みを浮かべて、「そうなんだ」と大きく頷いて近寄っていく。
「じゃあ、あたしからもよろしく。天狐」
「うぬ。宜しく頼む、ディアナ」
天狐が慣れない腕の動きでディアナからの握手に応じると、ルナは嬉しそうにそれを眺めた。
しかし、ヴィスだけはそんな和やかな雰囲気に呑まれること無く、天狐を興味深そうに見つめているノサティスへ「おい」と声を掛けた。
「貴様、ここに着いてから今までディアナといたのだろう? ディアナが旅に同行すると決めるに至るまでに何があったのか話してもらおうか」
ノサティスは困り顔でディアナを一瞥すると、お願いするような微笑を返されて溜め息混じりに口を開いた。
「先程ディアナが告げた通りだ。自身の責務を他人に押し付けるのが後ろめたいから、やはり自分一人逃げ出すべきではないと考えたらしい」
「そんな自責は五体満足でいる時だけで十分だろうが。そもそも、俺様もルナも『他人』ではない。…ディアナ、貴様だってそう思ったからこそジーファンでは俺達に任せたはずだ。それが何故今更手の平を返すのだ」
「ヴィスドミナトル、あの時は私もディアナもまともには戦えない状態にあった。土壇場であってはお前達に任せるしか道は無かったのだ。しかし今、落ち着いて考えられる場所に来て、ディアナなりに思い直した結果が――」
「もういい、ノサティス。もう貴様には聞かん。……ディアナに何か口止めされているのだろう。貴様は嘘が下手だ、すぐに分かった」
ヴィスはノサティスを片手で制すると、その視線をディアナへと向ける。
少し責めていながらも、優しさを内包した柔らかな眼はディアナの胸の小さな傷に滲みてきたが、それでも変わらず彼女は笑った。
「いいじゃない。…役には立てないけど、もっとあなた達と旅がしたいんだもん」
「………」
ヴィスは何も言えず眼を逸らすと、ぶつけどころの無い苛立ちを舌打ちに乗せた。
ルナも渋々了承するしかない気がしていたが、それでもやはり無視できない問題があった。
「じゃあ、ディアナはもう仙攻丹は使わねぇのか? いくら司令塔でいるっつっても、やっぱり前線に出たら自分で自分の身を守らなくちゃいけねぇ時があるはずでぇ。そーゆー時、仙攻丹無しでどーすんでぇ?」
「そうだね、仙攻丹は極力使わない。…ルナみたいなやり方ができたらいいかな。読霊と操霊を駆使するの」
「…でもディアナの強みって近接戦のセンスだろ? だから仙攻丹を使った戦闘スタイルが出来上がってる。それを今から変えようとしたって土壇場で混乱を招くだけだ。…それにオレっちの戦い方は、…ちょっと、ディアナには難しいと思う」
「…うん、そうだね」
「…だって、ディアナは、ほら、まだ霊玉操使えねぇだろ? 二つ以上の怪霊術を同時展開できる技術力が無いと無理だ。…ディアナが危険な目に遭うのが嫌だから今の内にハッキリさせちまうんだけどよ、霊玉操を維持しながら自分も操霊で移動してなんて戦い方、ディアナには合ってないと思うんだ」
「…ん、分かってる」
ディアナは開き直ったような爽やかな笑顔を返してくる。
ルナにはそれがとても痛ましくさえ感じられた。
「あたしはもう、戦わないよ。ピンチになったらひたすら逃げる。あたしの感覚能力があれば、回避だけならこのメンバーでも未だ飛び抜けてる自信あるしね。だから、攻撃については今のところ考えてない」
「…そ、そんなの、確実性がねぇだろ…。……少しくらい抵抗ができねぇと、逃げるのだって…」
どうしても納得できず反論を重ねてしまうルナに、「もう無駄だ」とヴィスの声が遮った。
ルナは縋るように彼を見たが、ヴィスはその期待には沿えないというように深く首を左右に振る。
「ディアナはもう決めたのだ。俺達が何を言っても変わらん。…それと今の貴様の発言には俺様でも反論ができるぞ。半月前のお前は今のディアナ以上に動けなかった。俺様とディアナが貴様を守りながらメデューサとの戦いに挑んだのだ。…忘れた訳ではあるまいな?」
「…そりゃ、確かにオレっちは守られてたさ。でも、ヴィスとオレっちでディアナを守りきれるかは別だ。しかも敵はどんどん強くなってきやがる…」
「今からそんなに気弱でどうする。貴様も貴様なりに守られる側から守る側へ段階を移ったのだということだぞ」
「気弱なんじゃねぇよ、冷静な分析でい。…搦め手タイプのメデューサやぬらりひょんとは違って、朱雀は純粋なパワータイプだった。多分他の四神もそうなんだろ。…今までは搦め手の相手だったから単純な力比べなら有利に立てて、だからオレっち達は守り合えるだけの余裕を持ててきた。…でも相手のパワーが強いんじゃそうはいかねぇ。一人で複数相手にゃあできねぇはずだ。ってぇなると単純に一人一体を食い止めんのが限界。オレっちとヴィスと天狐でカバーできるのは三体ってこたろ。残りの一体がディアナを襲ってきたらどうにもできねぇんだよ」
「朱雀と戦ってみた感触だけで言わせてもらえば、現状俺様の方が幾らか強い。…だが貴様の言う通り、奴と同じレベルの相手を二体、三体と相手取れるかと言えば確かに否だ。やるならば、更にもう一押しの成長が必要だな」
「そーゆー話してんじゃねぇって! だからっ、…あぁもう、何で分かってくんねぇんだよ…!」
ルナは腹立たしそうにガシガシと頭を掻き、ヴィスはというともはや彼女を見てすらいない。
ディアナがどうあっても譲らないなら、それを受け入れた上で先を見据える方が理に適っているとヴィスは判断したのだった。
正直なところこうしてルナと言い合っているのも時間の無駄だとすら感じていた。
ディアナは入り辛そうに二人の間に割って入って「ごめんなさい、話逸れるけど…」と前置きして訊ね出した。
ルナもヴィスもあまり余裕が無いせいで、「何でぇ」「何だ」とやや怒気を孕んだ素っ気無い返しとなる。
「その…『朱雀と戦った』って言わなかった? 初耳なんだけど…」
「あぁ、ここに着く直前に待ち伏せに遭って交戦した。実際に戦ったのは俺様だけだが、既に朱雀の実力の底は見えている」
ルナに代わりヴィスが答えると、ディアナはやや肩透かしを食らったような顔をして頷いた。
「…そう、なの。…『大丈夫だった?』なんて、愚問だよね」
「フッ、まぁ…今回は大丈夫だったさ。単純な格闘能力はスピードとパワー、耐久でも俺様が優位で、怪霊術も奴は然程幅は無い。あのまままともにやり合えば俺様の圧勝だったろう。……だが、奴は勝負が見えるとすぐ飛び去っていった。昔から好戦的で様々な相手に突っ掛かってきただけあり戦況の判断力は一級品だな。おまけにリーラから俺様達の技や戦い方を聞いているらしい。あまり奴に策を練る暇を与えるのも危ういかもしれんな」
「…それだけ分析が出来てるなら、本当にあたしの出る幕なんか無さそうだね。……やっぱりただの荷物になっちゃうけど、…お願い、一緒に行かせて」
「無論もう俺様は止めはせん。その代わり、仙攻丹無しでも動き回れるよう貴様にも修業してもらうぞ」
「分かってる。…ありがとうね、ヴィス」
ディアナが告げた感謝にヴィスは何も言い返すこと無く背を向ける。
ディアナは続けて天狐と眼を合わせた。
「…あたしとは初対面だし、多分特に何も思わないと思うけど、一応聞くね。天狐はあたしが旅についていくのは反対?」
「私はルナの意思に従う。強いて言う事があるとするならば、私は朱雀と戦える程強くはない。故にルナが挙げたような一人一殺の戦法にもならぬ。来るのならば、より厳しい戦いになるであろう事は理解して欲しい」
「うん、分かった。…何か気が抜けるな、そんなこと胸張って言われちゃうと」
ディアナは天狐に優しく微笑むと、次にルナへと顔を戻した。
ルナは未だ渋い表情ではいたが、分別を弁えて然るべきという空気に押され、勢いは削がれてしまった。
「…ルナ、お願い」
「………やっぱ駄目だよ。…オレっちが守れればいいけど、それにだって限度はあるし、…現実はそう上手くなんか……」
「……お願い」
ディアナの想いは変わらない。
これではいくら断り続けてもついてきてしまうようにルナは思った。
深々と胸に溜まった息を吐き出して、俯いたままボソリと呟くようにして告げた。
「…一個だけ約束。危なくなったらオレっち達を置いて逃げてくれ。……ピンチになってまでウロチョロされんのは、…迷惑…だからな…」
「うん、ありがとう。…ごめんね」
ディアナはホッとして頬を綻ばせたが、ルナが彼女の目を見ることはない。
ぱったりと静まった冷たい空気の中に、壁から背を離して歩き出したノサティスが言い出しにくそうに切り出す。
「…では、私はここでの務めを果たした。リーラ様の元へと去ろう」
「あ、うん。ここまでありがとうね、ノサティス。…敵同士になっちゃうから、あまりこう言うのもそぐわないかもだけど……元気で」
ディアナは感謝と心配と警戒とが混沌とするような顔でそう返す。
ノサティスは柔らかく笑ってやろうとしていたが、どうにも引け目があり表情はくぐもっている。
「うむ、達者でな。…公平を期すため宣言するが、私は極力ディアナの事は狙わぬ。戦えぬのを良いことに人質に取るような真似や利用するようなことも無いと誓おう。…無論、ディアナが戦わなければの話ではあるが」
それからノサティスはルナとも顔を合わせる。
ディアナの件で暗い顔をしていた彼女も、別れの時とあって気持ちを切り替えようと無理にニカッと笑顔を作る。
「じゃあな、ノサティス。…今度は敵同士だから、オレっちも手加減はしねぇ。状況によっては殺し合うことになるかもしれねぇ。……お互いに仲間を殺されるようなことも……そうはさせねぇけど、あるかもしれねぇ…」
「…そうだな。だが、仲間だったことはその際関係無い」
「あぁ、その通り…恨みっこ無しとは言わねぇぜ。きっかけがあれば憎しみ合い、殺すことに躊躇いも無くなる程嫌い合う結果になるだろうな。でも、敵同士ってなぁそーゆーこった。その時になって、『仲間だったのに』なんて甘えたことは抜かすんじゃねぇぞ。そしてオレっちも、おめえを特別扱いはしねぇ。…おめえがヴィスや天狐を殺そうとするなら、ウダウダ言わねぇで殺してやる」
「うむ。まぁ、戦う理由が無ければ戦わぬつもりではいるがな。…スティリウスのことも心配するな。私は正式に奴を守るよう指示を受けている。必ず死なせたりはしない」
「……。うん、頼んだ」
互いに頷き合うと、惜しむように暫し見つめ合ってからノサティスはヴィスへと向いた。
口を開きかけ、思い直して一瞬天狐へと視線が動くが、やはり語ることはなくヴィスへと向き直る。
「…ヴィスドミナトル、私は……」
「貴様とはジーファンで既に言葉を交わした。これ以上話すことは無い」
「…いや、もう一度最後に話をしたい。少し長くなるが、今後のことを考えればお前にも益になる」
ヴィスは少し鬱陶しそうにノサティスを睨んだが、その内ピクリと目を細める。
ノサティスが放つ妙に危機迫った真っ直ぐな視線を、彼が背を向けているディアナとルナには窺い知ることはできない。
「…つまらん話だったらすぐに切る」
「うむ、それでいい」
ヴィスがぶっきらぼうに了承すると、ノサティスはチラリと背後の二人を気にして押し黙った。
すぐに察したヴィスが代わりにディアナへと声を張る。
「貴様らは先に城へ行き、皇帝に朱雀が近くにいたことを伝えろ」
「…皇帝に? 何故…」
「朱雀が此処へ来て俺達と会ったのだぞ。俺達の拠点がパロであることが知られたのだ。…また麒麟の雷が降らぬとも限らん」
「そっか、じゃあ別のところで修業するってことを報告しないと…。それにパロの住民やクレドにも逃げてもらうように指示を…」
「そういうことだ」
「意外ね、あなたがパロの人達のことを気に掛けてくれるなんて」
「パロの奴らはどうでもいい。皇帝に話を通せばクレドに……それにもし戻ってきていたならあの老い耄れにも話が行くだろう。いずれにしろ時間は無駄にできん。ノサティスに時間を取られている場合ではないだろう」
「分かったわ。先に行こう、ルナ」
ディアナはコクンと頷くと、ルナへ歩み寄ってその手を取る。
ルナも小さく頷いて共に歩き出した。
ヴィスはそれを見送りながら、残ったノサティスと天狐のそれぞれに確認するような視線を送った。
「…人払いはしてやった。天狐が残ったが、構わんな?」
「…うむ、いいだろう。…天狐、あの二人にはここでの話は出さぬように頼む」
ノサティスの願いを聞き入れ、物静かに深く天狐が頷くと、再度二人が去ったのを確認して話が始まった。
※※※※※※※※※※※
「何だと…! 以前の雷の主が現れたというのか!?」
謁見の間に改めて訪れたディアナにフリヴォラは冷や汗混じりに聞き返した。
ディアナは語弊を正すべきか少し悩んだが、人間にとっては同じ事かと思い直して鈍く頷いた。
ルナはそんな彼女の隣で、何故か皇帝が不在になっている玉座を不可解そうに見つめて静かにしていた。
「ですから、住民をパロから避難させていただけますか。私達は一足先に拠点を移して、打倒四神のための修業に入ります。また出発前に報告に上がりたいと思いますので、何処へ避難するか今ここで決めてください」
「…なるほど、確かに避難しなければならない。…が、」
フリヴォラは汗をハンカチで拭いながら、至って冷静に判断を下した。
「今住民の大移動を始めては混乱が生じ、皇帝捜索の任務が頓挫する懸念がある。少なくともクレドがソルム・ルベル商会の調査に一区切りつけなければ避難はできない」
「…そ、そんな馬鹿な話は無いでしょう!」
ディアナは激昂というよりは、もはや呆れに近い形で声を上げた。
ルナは『皇帝捜索』の単語を聞き逃さず、フリヴォラに目を見張った。
「皇帝がどうとか関係無いじゃない! そんな悠長な事言ってないで、さっさと住民を逃がさないと! 先日の雷を受けてもまだ危機感が足りないんですか!? 大勢の人が死ぬことになるのが分からないの!?」
「頭を失った集団はいずれ混迷を極める。集団が大きければ大きい程、特にな。…住民は減っても栄えれば自ずと増える。しかし代々世襲制を採ってきたラティナ皇帝は、現状、次期就任の目処が立っておらん。…今皇帝を失うのは取り返しのつかない大きな損失になるのだ」
「民を守らずしてッ、何がッ…!」
「案ずるな、官僚達は先に避難させる。お前達も先に移動しておけ。場所は…うむ、ブルセアが良いだろう。他国との流通ポイントにもなっている大規模の港町だ、輸入ルートの整備に掛ける手間や移動距離も考えて決して悪い立地ではない」
「そういう問題じゃないって言ってるじゃない! 官僚だけ逃がすなんてッ、ホント、どうかして―――」
――頭に血が昇り過ぎたのか、ぬらりひょん討伐で蓄積した疲労か、仙攻丹の後遺症か、またはその全てか…。
ディアナは不意にくらりと揺れて額を押さえ、そのまま――
「――ディアナッ!」
後ろに倒れ掛けた彼女をルナが素早く抱き止めた。
…気を失っていた。
瞑られた瞼は苦痛に小刻みに震え、浅い呼吸を繰り返している。
額に触れ、その熱さに驚いたルナは、キッとフリヴォラを睨み上げる。
グワリと大きく開かれた漆黒の瞳孔、僅かに逆立った長髪と尻尾に、ピリピリと針が刺すような空気の強張り。
フリヴォラは本能的に危機を感じて柄に手を添えた。
「…住民の件はオレ達が折れてやらぁ。けど、オレ達はそのブルセアとかいう町にゃあ行かねぇぞ。前に一度修業で使ったモンヴァーティって霊峰に籠る。…てめえらが住民避難をノロノロやってんのを見ながら修業するんじゃあ、ディアナの体調は一向に良くならねぇだろうからな。いいか、異論は一切認めねぇぞ。そもそもはてめえが言い出した無茶のせいなんだからな」
「…構わんぞ、それで許可してやる」
「それから、住民は勿論、クレドが死ぬようなことはぜってぇ許さねぇ…。もしクレドが死んじまってたら、オレはてめえを殺すぞ。てめえも死んでたら、後からあの世まで追い掛けてってもう一度殺すからな!いいな!」
「………」
フリヴォラは無言を貫き、手は柄から離さない。
そこにはルナの意思を汲もうという対等な目線など見受けられない。
ルナはその無言を了承として受け取ることにし、ディアナに肩を貸して立ち上がる。
そこへ、出入扉の向こうから衛兵二人の短く小さな悲鳴と共にバァン! と扉を蹴り開けてヴィスが現れた。
ルナが振り向いて見ると、衛兵は二人とも何かされた訳ではなく単にヴィスに怯えていただけのようだ。
ヴィスは入って早々両手を合わせてバキッ…バキッ…と骨を鳴らしながらフリヴォラを睨みつけていたが、ルナに担がれるディアナを見るなり、「…どうした!?」と慌てて駆け寄っていった。
「大丈夫、ちょっと疲れが出て失神しちまっただけでい。話し合いも終わったし、後は休ましてやろう」
「…そうか…。……話はどうなった?」
「修業、モンヴァーティでやることで決まったぞ。あと、パロの奴らは官僚だけブルセアに逃がすってよ。皇帝が拐われたとかでその調査がしたいから、人の移動を制限したくて住民やクレド達兵士の連中は暫くこのままだとさ。……なんだかなぁ、『ふんっ!』て感じだよな」
「……ふむ、それについては致し方無かろう。頭が機能せんままではどうにもならんからな」
「えー、ヴィスはそっち派かよ…」
ヴィスはルナの答えに一安心すると、不満そうにするルナを通り過ぎてフリヴォラの前まで進み出る。
フリヴォラは更に強く柄を握り締めたが、きっとその剣は通じないであろう事は頭の片隅で理解していた。
そのために、ヴィスが喉笛にソッと指を突き立ててきても、フリヴォラは身動き一つ出来ないでいた。
「以前にも確か言ったはずだ。俺様は、人間の味方ではない…ディアナの味方だとな。それが何を意味しているか、分からん貴様でもあるまい。なぁ、おい」
「…そんなもの…承知の上だ…。…だが、…私には、皇帝に代わり…この帝国の安寧を保つ義務があるのだ…!」
「『帝国』…? 馬鹿を言え、保ちたいのは貴様の立場だろう。…これ以上ディアナを苦しめるならばこの指を貴様の喉へ深く沈み込ませてやっても良いのだぞ。未だそうせんでいるのは、それがディアナの意に反するからだ。貴様はディアナに生かされているのだということを肝に銘じていろ」
フリヴォラは慄然と喉に唾を押しやり、しかし恐怖に負けずヴィスと睨み合い続ける。
ヴィスは品定めのように眼を据わらせて、一頻りそうしていると、パッとフリヴォラから指を離して「行くぞ、天狐が待っている」とルナに声を掛けた。
おう、とルナが返事をし、揃って謁見の間を出ていくと、フリヴォラは腰の抜けた身体を玉座に凭れ、そのまま天井を仰いで苦々しさを吐露するように、呟く。
「…何とでも言え……それでも私は…」
その一言を言い切る気力は、気付くと重圧に押し出されていつにやら無くなっていた。
※※※※※※※※※※※
同日夕時のロンドラン市街貧困区域西区、テラプルーヴ孤児院の応接室にて。
小卓を挟んで一方のソファーにはクレドが座り、その背後にルキウスと、隊員一同が立ち並んでいる。
対面には院長と数名の職員が座り、居心地が悪そうに視線を交わし合っていた。
「…申し訳ありません。仰ることがよく分からないのですが…」
初老の院長はハンカチでペタペタと汗を拭いながら恐縮ぶって訊ね直す。
クレドはそれにニコリとも笑わず、少し脅しを含むような凄みを掛けてジッ…と院長の瞳を覗き込んでいる。
「平素からこちらの孤児院に支援をしていらしたソルム・ルベル商会ですが、その商会の本部に今日伺ったところ、既にもぬけの殻でして。…何かご存知ではないかと訪ねさせていただいた次第です」
「…私どもは何も知りません。先月から急に音沙汰も途絶えて、不思議に思っていたくらいですから。…というより、何故ソルム・ルベルさんの方へ出向かれたのですか? 確か帝国側の関与は極力控えている方針だったように記憶しているのですが…」
「いえいえ、少々確認事項があったもので。紙面よりも直接話ができないかと考えただけですよ」
院長から伝わる変に急いだ空気…早く話を切り上げたいという焦燥感を感じ取ったクレドは、「しかしおかしいですね」とさも不思議そうに首を傾げて見せた。
「今月、こちらに商会の方がお見えになっていた記録があるのですが…。…こちら、この資料が直近の訪問記録なのですが…」
クレドはフリヴォラから渡されていた資料の冊子をペラペラと捲り、『ソルム・ルベル商会 六月訪問履歴集計』と標題のついた一覧表を差し出す。
院長は一覧を流し見するなり顔を真っ赤にして立ち上がった。
「これではまるで監視ではないですか! 我々は商会の支援があってこそ成り立っているんです! それをあなた方は反乱因子か何かのように勘繰って、こんな記録を取るだなんて横暴ですよ! だから帝国軍は嫌われるんです!」
「…今月、音沙汰が無かったと言ったのは嘘だと認めるんですね」
「首を取ったような物言いをしないでくださいよ! これが民衆に知れ渡れば、批難されるのは果たしてどちらでしょうかね!?」
「ご安心ください。今のはただの鎌掛けですから」
クレドが標題の頭文字に添えて資料を掴んでいた指を数本パッと離すと、院長は暫し呆気に取られた。
指の後ろに隠れていた文字を付け足すと、標題は――
「…『ロンドラン工廠よりソルム・ルベル商会 六月訪問履歴集計』…?」
「はい。つまり、さっき僕が言ったことは出任せです。あなたは焦る剰り資料もよく読まず逆上した。…やましいことを隠しているからだ、と捉えることもできますね」
「…あ、あなた方がソルム・ルベル商会を良く思っていないことは知っています。あなた方にしてみれば、国の非常事態に備えて医薬品類は牛耳りたいでしょうからね。…そのとばっちりを受けたくはなかったので、無関係を装いたかっただけです」
「支援までしてくださる心強い協力者である商会が、『無関係』ですか。…それと一つ気になるのですが、ロンドラン工廠――つまり武器工場とソルム・ルベル商会が取引をしていることを示すこの標題……あなたは何の疑問も持たず、動揺もせず、スラスラと読み上げましたね。何で武装取引があったことを簡単に受け入れるんです?」
院長はそこでソファーに座り直し、黙り込んだ。
下手に口を開くと土壷に填まる一方だと理解したのだ。
…どうやら院長は結局のところ、単なる孤児院の院長に過ぎないのだとクレドは判断した。
それは、交渉事をするには剰りに思慮が足らなかったからだ。
孤児院はただ、ソルム・ルベル商会の隠れ蓑として使われているだけだ。
「院長さん、伺いたいのですが…」
「…何でしょう」
「ここでは拳銃の手入れなんてされてるんですか」
また院長の表情がはっきりと曇る。
「…いいえ。どうしてそんなことを?」
「怪霊術師には『読霊』という術があるんです。本当は孤児達のプライバシーまで侵害してしまうので使いたくはなかったのですが、今の一連のやり取りで疑わしいと思ったのでこの院内一帯を読ませてもらいました。…一階の倉庫から梯子を伝うと地下に出て、そこから一本道の通路と、両サイドには小さな牢屋が並んでいますよね。そして通路の突き当たりの扉の先には大部屋が。……その中で、十五人の男性が寛いでいます。その内の若い八人は重火器の手入れをしている。…これが孤児院の仕事だと言えますか?」
クレドは有無を言わさず捲し立てた。
院長は遂に顔を真っ青に染めて、手足が僅かに震え出している。
…聞くまでもない、明白だった。
ソルム・ルベル商会のメンバーがこの孤児院の地下に隠れている。




