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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
五行之篇
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六十ノ業 殺人鬼との共同戦線、手放せない剣聖の責務

キャラ紹介とか要らんと思ったので消しました

 遡って六月十日―――ラティナ帝国、首都パロ。

 謁見の間へと招集された兵士達、その先頭にはクレド・フォルティスの姿があった。


 皇帝代理の証である深紅のマントを纏った軍総司令フリヴォラは王座の前に立ち、厳かに跪くクレドへ「そう畏まらなくとも良い」と真剣な表情は崩さずに言いつけた。


「私はただ一時の代理だ、王のように担ぎ上げられても振る舞いに困るからな」


「はっ…」


 クレドはやはり堅苦しく会釈を返し、ただ命令に従うのみと言うようにスクッと立ち上がる。

 そも真面目過ぎる男だったなとフリヴォラは苦笑し、まぁいいと本題に入った。


「話というのは、例の件についてだ。皇帝を誘拐した団体の消息の手掛かりを得た。……順を追って話すぞ。まず、襲撃してきたメンバーの内の二人と思われる遺体が城内で見つかったことはあの後行った会議の通りだ。そしてその二人の装備品を調べ、型式番号から武器の製造工場を割り出した。…考えられんことではなかったが、その工場は工業都市ロンドランにある―――つまり、我らラティナ帝国軍も取引を行っている武器商のものだった」


「…つまり、ラティナ皇帝を襲ったのは内部の者…ということでしょうか?」


「いや、その可能性は低い。帝国から兵器の発注を行う際は私と皇帝の承認印付きの承諾書が不可欠という取り交わしになっているし、帝国内で武器商と直接交渉できる人物は私の他には僅か三名にまで制限している。一応そちらの可能性の調査も進めてはいくが、あまり労力は掛ける気は無い」


「……承知しました。お話を止めて申し訳ありません、どうか続きを」


「うむ。…実はな、既にその武器商とは話をつけてあるのだ。謀反の罪を受けたくなければこの調査に全面協力せよと命じればすぐだった。その結果、武器商はここ数年の取引履歴をこと細かく記載した極秘リストを提示してきた」


 クレドはフムと小さく頷いて静かに耳を傾け、フリヴォラは先の発言に出たリストを手にペラペラと捲って、その中の数行に眼を落とすと一際大きく頷いて告げた。


「殆どは当然ラティナ帝国軍の発注履歴で埋まっているが、中には大富豪お抱えの警備部隊や、我々でも存在を認知しているとある反社会派団体、更には国外への武器の横流しでも行っているのか運輸者まで確認できた。これらは全て捜査対象だが、実は以前から探りを入れていた相手だ。警備部隊の方は問題無かろうし、反社組織は既に拠点も判明している。とっくに部隊編成して突入捜査に乗り出させた。……しかし、そのリストの中でも一際異彩を放つ名前があった。これからクレド、お前に捜査を命じる対象組織―――ソルム・ルベル商会だ」


「…ソルム・ルベル商会……と言いますと、確か…主に医療薬品類の運輸・卸売を行っている民間の小規模商社ですか。……ですが、あそこは……」


「うむ、先代の……世界大戦の時代から、武器や医薬品などの戦争に大きく関わった事業はその殆どを国有化、または同盟国との共有資本にしている。いつまた他国とのいさかいが起こるとも分からぬから、万一の事態に備えて国が管理をし易くするためだ。…そんな中、ソルム・ルベル商会は特例で国有化を免除されている」


「私も話に聞いたことはあります。確か、ソルム・ルベル商会は売り上げた利益の多くをラティナ帝国の福祉活動や、修道院・孤児院への支援金として寄付している慈善的な組織だったとのことですね。そのことが国民からも支持を集めていて、あまり厳しく取り締まろうとすると国民からの批判が相次ぎ、デモ運動にまで発展したのだとか」


「そうだ。そもそもの医療関連事業の国有化が戦争と関係した事情であることも、慈善組織のソルム・ルベル商会とは相性が悪かった。最終的には年に一度の事業報告と視察監査に持ち込めた訳だが、それでも今日まで内情へと深く踏み込んだ調査は行えたことがなかった」


「…そして、帝国の福祉を憂う慈善組織であるソルム・ルベル商会が、何故か武器商の取引先リストに登場してきた。それが怪しいと睨んだ訳ですね」


 フリヴォラはクレドの解釈に深く首肯すると、王座の後ろに控えさせていた兵士へ振り向き、「資料を」と前へ進ませた。

 兵士は紐を通して纏めた文書を「こちらです」とクレドに差し出して引き返し、クレドはそれを数頁パラパラと読み飛ばす。


 その中から拠点の住所一覧を見つけ出すと、更に城から本拠地への地図、支援先の孤児院一覧とじっくり眼を通していった。


「…では、まずは本拠地から洗います。部隊を散らせて複数拠点を捜索するより、本拠地のみに絞った方が何らかの妨害工作があった場合にも物量で対処できるでしょうから。それに支部に比べて本部は撤退にそれなりのコストが掛かるはずですから、迅速に動けば尻尾を掴めるはずです」


「うむ、やり方はお前に任せるぞクレド。…しかし、お前は元々怪霊獣の脅威から国民を守るために入隊した兵士だ。…人を殺した経験が無い。こと捜索の任務ではその裁量を信頼しているが、時には非情な選択を余儀無くされる事態もあろう。お前はその時、人を殺せるか?」


「いざとなれば私も人を手に掛ける覚悟はあります。皇帝が不在の現状は、まさしく国家転覆の危機ですから。……それに、ディアナは既に通ってきた道だ。僕がそれに臆する訳にはいきません」


「いや、いい。お前がそう気負うことはないのだ。私はお前が人を殺すことなど求めてはおらん。…それに、剣聖ディアナが殺したのはペール・ルナールだ。あれは人では―――」


「軍総司令が普段ペール・ルナール一二六番体とお呼びになっている少女は僕にとっては友達です。二度と僕の前で人でないなどとは言わないでください」


 フリヴォラはクレドの敵意染みた視線に言葉を詰まらせると、一つ咳払いして、


「…まぁ…そうだな。……お前と剣聖ディアナはやはり似たところがあるな。奴もあの決定を下した際には『人殺しはしたくない』と皇帝に食って掛かって…」


「………」


「………とにかくだ、クレド。お前に人は殺せない。ならば、いざというとき率先して人を殺せる人材が必要ということだ」


 フリヴォラは決まり悪そうに眼を背けてから、クイッと顎でクレドの後ろを指した。

 その意図が読めず眉を顰めながらも、扉から誰か入ってくるのだと後ろを振り向く。


 しかし、その考えは安直だった。

 扉などと遠巻きなことはせず、()()は彼の背後に立っていた。

 そこにいたはずの兵士達は随分と前にクレドから距離を取り、注意を向けられないように青い顔で口を閉ざしている。


 黒髪を赤いターバンで覆った長身の男―――その漆黒の冷たい眼に、クレドは思わず剣柄に手を掛けた。


「ル…ルキウス…様…!」


 クレドの声音には明らかな敵意が滲む。

 …忘れもしない。

 その男はディアナの第二の師匠でありながら、彼女を何度も死の間際に追いやった。

 メデューサとの戦いを控え、血反吐に塗れながら修業に臨んでいた彼女の姿が、先日のことのように思い出された。


「…ディアナの男か。クレドと言ったな、確か」


 ルキウスはチラリとクレドの手元を見ると、僅かに口端を上げて自らも柄先に手を添えた。

 フリヴォラはそんな二人に「やめろ!」と語気を強めた。


「謁見の間を血で染める気か! …よいかクレド、そいつはこの調査の間お前の部下だ…。お前が上手く舵を切れ」


「正気ですか、総司令…!? 今までこの方を前線に起用してこなかった理由をお忘れなのですか!? …僕だって、先輩達から話に伺っていますし、ディアナからも聴かされているんですよ…! こ、この方は……この男は、味方であろうと殺す男なのでしょう!? 放っておけば誰彼構わず殺す男だ…! だから怪霊領域の拡張などの人死にを出してもいい訓練等に雇ってきたんだ…! …それを……―――」


 控えていた兵士の内、若い者は何人か小さく悲鳴を上げ、怯えた眼でルキウスを見つめた。

 ルキウスは退屈な話だとでも思っているのか、溜め息混じりに柄から手を離す。


 フリヴォラはクレドの反対を真っ向から押し切る。


「決定は決定だ、クレド。…お前も先程言ったように、事態は一刻も争う。もはや形振り構ってはおられん。指揮系統を失った事実が他国に知れれば、忽ち砲弾の雨が降るぞ…!」


 クレドは暫し強く柄を握り締めながら反論を探し、しかし泣く泣く手を離した。

 しかし、敵意の視線が消えることはない。


「よろしく頼もう。…クレド・フォルティス」


「………カニバリストめ」


 剣帝ルキウスはそんなクレドの眼を、どこか楽しそうに笑っていた。



※※※※※※※※※※※



 十一日、怪霊王国の最北端の地下空洞。


 何食わぬ顔をして現れたリーラハールスの前に、暮明から銀の瞳を光らせてラーベルナルドが待ち構えていた。

 瞳に照らされた眉根は些か機嫌悪く縦皺を立てている。


「汝が何故此処に呼び出されたか、分かっておろうな…?」


「いえ。何故でしょう?」


「惚ける気か。…知っておるのだぞ…汝が我輩の指示無くラティナを襲い、終極戦争(ウルベル)の真似事を始めていること…!」


 怒りを露にしているラーベルナルドの、地響きすら沸き起こる程の威圧に対しても、リーラは未だ爽やかな微笑を以て応じていた。

 そのことが、却って余計にラーベルナルドの胸中に憤怒の火を点ける。


「真似事ではございません。終極戦争(ウルベル)そのものですよ。…剣聖ディアナはメデューサを討ち取った。その瞬間から、第十の怪霊衆の枠に、我々が待ち望んだ『人類』が収まったのです。……その怒りを私に向けるのは少々的外れと言うものですよ。終極戦争(ウルベル)を始めたのは私ではなく、人間なのですからね」


「…ならば、何故その報せを我輩にしなかった? 終極戦争(ウルベル)の提案者――もとい、主催者は汝のはず。始まったというのなら、汝には我輩にそれを報じる義務があったはずでろう。何故だ、言うがいい」


「報せても報せずとも、我々のやることは変わらないからですよ。…剣聖ディアナ並びに前怪霊王ヴィスドミナトルは、我々への宣戦布告と共に条件を呈示しました。『メデューサ、ぬらりひょんと下から順に攻撃を仕掛ける。怪霊獣として正々堂々と戦い、小細工はするな』とのことでした。この事は以前の集会でノサティスよりお伝えしていますが、その際にラーベルナルド様を含め皆さんに賛同いただいたはずです。謂わばあの時点で、終極戦争(ウルベル)はトーナメント制へとルールを変更して始まっていたのです。ですのでラーベルナルド様は、剣聖ディアナが勝ち上がってくるのを座して待つだけで宜しいのです。以上が、ラーベルナルド様に敢えてお伝えする必要が無かった理由です」


「ならば汝がパロを襲ったのは何だ」


「ラーベルナルド様をあまりお待たせするのも忍ばれますので、少し人間に危機感を煽り急かして参りました」


 ラーベルナルドはそれを聞き終えてもなお、怒りの滲んだ眼で睨み続けていた。

 リーラはそれを『意外だ』と驚いて目を見開くと、また(こな)れた微笑を差し向けて首を傾げる。


「…何か、気に召しませんか? 確かに了承していただけたと覚えていますが」


「……終極戦争(ウルベル)の運用は納得した。それで構わぬ」


「左様ですか。では―――」


「汝が何もかも決めてゆくことが気に食わぬ」


 それこそ、鳩が豆鉄砲を食ったような呆気に取られた有り様でリーラはラーベルナルドを見つめた。

 その様を単なる傲慢と捉えたラーベルナルドは、変わらず睨んで続けた。


「怪霊王は今やこの我輩だ。その我輩を差し置いて汝が盤面を操るは如何なる了見だと聞いているのだ」


「…どういうも何もありませんよ。私からは飽くまでご提案を致しましただけで、それを採用するか否かはその場その場の怪霊王様に委ねておりました。故にこれまで、大局を操作するのは怪霊王であるという前提を覆したことはありませんでしたよ。…それは、場合によっては、現行の怪霊王の意向と怪霊衆全体の利益とを鑑みて私が独断で行動したことはございましたが、ヴィスドミナトル様にも、ラーベルナルド様にも、その事で別段責め立てられたことは無かったはずです」


 リーラの返答を聞く内に、ラーベルナルドの中には不気味な猜疑心が膨れ上がっていく。

 リーラが今しがた答えた内容にはおかしなことは何も無い。

 全くといって尤もな話で、ラーベルナルドも以前はリーラに対し不思議な程に文句が浮かばなかった。


 かつて似たようなことがあった時には、『汝は本当に気が利く』と褒めたことさえあった覚えがある。

 今回だって、取り立てて責め立てる程に前例の無い独断行動では決してなかった。


 それでもラーベルナルドは、今、リーラハールスが自分一人の判断で好きに動き回ることに無性に憤りを感じていた。


「…そこまで仰られるのでしたら、この戦い…私はもう運営の座を降りましょう。どちらにしても、剣聖ディアナは次の目標である朱雀を攻めてくる。流れは既に出来上がりましたから、敢えて私が行動を起こす必要もありません。各々、自分の番が来るのを好きなように待つとしましょう」


 リーラは捨て去るように言葉を残すと、了解も取らずしてラーベルナルドに背を向けて歩き出していた。

 ラーベルナルドも彼を引き留めることはせず、ただ目の前の不可解な相手の背中をじっと睨み付けていた。


 リーラは地下を出るなり読霊を一方向へと伸ばした。

 そして次の瞬間には仮拠点の入口まで移動を終えている。


「……あの()()()、洗脳が解け始めていますね。…予想より早い……が、それも私がスティリウスとルナに現を抜かしていてケアを怠ったからでしょうかね。ともあれ、決まっていた流れとはいえ、ぬらりひょんを失ったのはやはり痛手だ。あれは本当に使える手駒だったのに…」


 リーラは少し俯いて呟くと、すぐに笑みを浮かべて顔を上げた。

 仮拠点の中には、既に招集を掛けた一団が集まり、処狭しと冷たい岩の洞窟で押し合っている。


 鋼鉄のような美しく鈍い輝きを放つ鱗に覆われ、筋骨隆々な四肢の先には至極色の鋭く長い爪を持って地面を掻き荒らす。

 月色の光を放つ双眼が、一同にリーラを向いた。


 ―――そのドラゴン達に、リーラはにこりと微笑み掛ける。


「…しかし、裏からの支配ができないなら堂々と矢面に立つまでです。そのための最高の戦力は、これより私の手の中に生まれる」


 リーラが洞窟へ進むと、ドラゴン達はその巨体で可能な限り畏まって、「お呼びになりましたか、リーラ様」と口を揃えた。


 リーラはドラゴン達の脚の間から更に先へと視線を向ける。

 洞窟の奥では、何も分からず連れてこられ、化け物に囲まれた恐怖から縮み上がっている人間の男達が壁に寄り集まって抱き合っていた。


「ドラゴン…お前達の誇りと私への忠誠、どちらが上か、試させてもらいますよ……」



※※※※※※※※※※※



「…ありがとう、ノサティス。この子達の墓を作ってくれて」


 ノサティスはラティナ城の牧舎の裏に小さな山を三つ作り、ディアナが操霊で作った木の十字架をその上に立てた。

 ディアナの柔らかく儚い微笑に、ノサティスはポリポリと頬骨の辺りを掻いて墓へと眼を逸らす。


「人間の感傷の浸り方は時折分からぬ。…この馬達はとうの昔に死んでいる。その遺体を使って作ったのが首切れ馬――つまりは道具だ。お前の着ている服とて、動物の皮から作ったものだろう。…すまぬが、私にはその違いが分からぬ」


「…そうね、何も違わないわ。…生きている姿を知ってるものだから、命として扱いたい気分になっただけよ。人だって、全ての命を慈しめる訳じゃない」


 ディアナはそう言いながら墓へと向かって両手を合わせようとする。

 その一瞬、右腕が僅かにぎこちなく上がる。


「……ならばディアナ、お前は自分の命と身体を、少しは慈しめ。怪霊獣と人間では、生き方が違う。怪霊獣のように戦闘に明け暮れるようには、人間は出来ていない」


 ディアナは瞑っていた目をゆっくりと開け、細めながら物思いに耽る。


「…もう、分かってるってば。これでお役御免よ。ヴィスとルナはあたしより数段上手くやるだろうし、そこに今のあたしがいても邪魔なことくらい分かる」


「そうじゃない、皆お前の身体を――」


「ごめん、分かってる。心配してくれてるんだもんね。…ただ、罪悪感は無くならないから…」


 ディアナはそう言うと両手を降ろして翻り、城へと向かって歩き出す。

 ノサティスはその小さな背中を見つめながら、「罪悪感…?」と首を捻ってついて歩いた。


 城門の近くまで進んだところで思い直し、一度ディアナとノサティスは別れることにした。

 皇帝やフリヴォラ軍総司令の前にノサティスを連れていっても混乱を招くだけだろうという判断からだった。

 ノサティスは牧舎で待っていると言って引き返す。


 その後一人で城内を歩いていたディアナは、ルナール・プロジェクトのための地下室への出入口が未だ封鎖されているのを横目で見ながら、三人での旅の始まりを思い返した。

 ふと空虚染みた風が背を撫でていく寒さを感じると、その脚は謁見の間とは別の方へ向き、徐々に逸る気持ちに急かされ始める。


 ――ディアナ自身も、少し意外だった。

 何ともないつもりで、ずっと平静でいたはずなのに、気が付くと彼女は最愛の彼の自室のドアへと飛び付いていた。


「――クレド、あたし…!」


 …しかし、縋るような叫び声はそこでピタリと止んだ。

 ドアノブは鍵がされていてピクリとも回らない。


 クレドは普段、こういった部分は気が抜けていて、訓練をしに出ている時も鍵は掛け忘れているものだった。

 彼がきちんと戸締まりをしているのは、大抵重要な会議に向けて気を引き締めているか、遠征などで長期間留守にする時だった。


「……クレド…」


 思わず頼りない声が出てきた自分に今更驚き、彼女は俯いて喉を擦る。

 すると、床にポツリと雫が落ちて、彼女は急いで目元を腕で拭った。


「………」


 少しの間目を閉じて呼吸を整えると、今度こそ謁見の間を目指す。

 今はまだやるべきことが済んでいないのだと、クレドと会えるまでもう少し頑張るのだと、自分に言い聞かせながら歩いた。


 謁見の間の扉前には普段通りの衛兵が二人いて、ディアナに気付くと大きな所作で敬礼して扉を開け放った。


「失礼します、皇帝陛下!」


 ピシャリと叩きつけるような声量で宣言して入ってきたディアナは、王座の前にいるのがフリヴォラだけだと知るとキョトンと目を丸くした。

 そんな彼女に振り向いたフリヴォラは、「…おぉ、そうだった」と何やら想起した顔で手招きした。


「お前には言っていなかったか。すまんな、騒ぎを広めたくなく一部の者にしか伝達しておらんかったのだ」


「……あの、要領を得ませんが…。皇帝陛下はどちらに?」


 フリヴォラは少し困った様子で「実はな…」と続ける。

 そんな彼の前で、ディアナの心は『クレドはここにもいなかった』と少し逸れていた。


「……皇帝陛下は何者かに拐われた。今、疑いのある団体に部隊を送って調査している」


「さ、拐われた? …い、いつですか?」


「数日前、このパロに怪霊獣達の襲撃と異常な落雷があっただろう? その隙をついて、人間組織によって拐われた」


 ディアナは深く驚いたが、一種の納得があった。

 そのせいもあり、一応の知人とはいえあまり心配をする気にはならず、態度としてはかなり他人事のようになってしまった。


「…クレド伍長も、その部隊に?」


「うむ、奴はこのラティナでもかなり手練れの怪霊術師だからな。最有力の拠点を調べさせに出している。つい昨日からだ」


「危険な任務なのでしょうか? 相手は武装組織ということでしょう?」


「うむ、危険だろうな。相手もそうだが、何しろクレドの部隊にはあの剣帝ルキウスがいる。制御するのも一苦労だろう」


 そうと聞くとディアナの顔はサーッと血の気が引いた。

 クレドがルキウスと行動している、その意味はルキウスの弟子である彼女が誰よりも分かっている。


「な、何てことしてるんですか…! それは、師匠が剣帝と恐れられるまでの経緯をご存知で判断したのですか!? …ルキウス様を部隊なんかに組み込んだら、…――」


 食って掛かったディアナだが、この件が事実なら喋っている暇も無い。

 すぐにでもクレドを探し出して、ルキウスから遠ざけなければと、彼女の心はその一点だった。


「おい待て、どこへ行く!?」


「クレドのところです! 部隊編成をしたのが昨日なら、まだ作戦会議の段階でしょう!? まだ城内にいるはず…!」


「クレドの段取りがそう悪いと思うか! 今朝の内に出ていった!」


「なら居場所を教えなさいッ! 今すぐに!!」


 ディアナは怒りのまま右手で剣を抜こうとし、失敗して一度その手が虚空を彷徨う。

 ピクリとフリヴォラの視線が訝しく細められる中、ディアナは左手で剣を取り直して突き出した。


「……教えなさい…!」


「…クレドとて兵士だ、お前の保護を受けていて任務などできるか。それよりも、お前は怪霊衆を打倒する使命があるだろう。今回の報告をするためにここへやって来たのではないのか? 先にその報告を済ませるのだ」


 ディアナは暫しフリヴォラを睨み付けるも、彼がそれに対して強い視線で応え続けたため、攻め方を変えることにした。

 怪霊衆と戦う使命に専念する必要が無いと分かれば、彼女も皇帝の捜索を命じられると踏んだのだ。


「……ぬらりひょんは多数の怪霊獣を洗脳して使役する相手です。ヴィス、ルナ……それにスティリウス――例の脱走したペール・ルナールですが、彼らの協力もあってぬらりひょんとその部下達を仕留めることができました」


「そうか。ご苦労だったな。ならば次は―――」


「しかしぬらりひょんが封印していた強力な怪霊獣である『九尾』が復活し、今は先程挙げた三名が戦ってくれています。あたしは戦力になり得ず、こうして先に戻ってきました」


「……何?」


 フリヴォラは眼の色を変えてディアナを見た。

 彼女の眼の奥に真意を探し、それでもなお臆せず話し続ける彼女の気が知れなかった。


「ヴィスとルナは既にあたしよりずっと戦力になりますし、そこにあたしがいては寧ろ邪魔にしかなりません」


「…お前の実力では役に立たないからこの戦いから抜けたいというのか? お前の責務は怪霊衆の殲滅と、それに伴うヴィスドミナトルとルナールの管理だ。その責務を放棄すると…?」


「…放棄、そうですね。あたしはもうそのどちらも満足にはこなしていけません。あたしの戦いは、……ここで終わりです」


 フリヴォラは静かに聞いていたが、その眉間は徐々に怒りで皺を寄せ、歯が欠けそうな程に噛み締めていた口からは、ふと怒鳴り声のような響きが奏でられる。


「…いいか。お前は確かに、行き掛かりに才能を見出だされ、姉の使命に引かれるような不名誉な形で服役しただけの女だ。ほんの二、三年前は気弱な小娘でしかなかったことは知っている。…しかし、今、命を懸けて任務をこなしている他の兵士達や、お前が案じてやまないクレド伍長とて元はただの一般人…この私とてそうだ。……皆、自分が必ず全てをやり遂げられると思って戦っているのではないのだぞ…! 自分にしかできぬことならば尚更、簡単には投げ出さん! それを差し置いて自分だけのうのうとしていけると思うな…!! 兵士の責任とはそんなに安いものではない、恥を知れ!!」


 その怒号にディアナは怯えなかったが、表情はやはり曇った。

 ヴィスやルナ、ノサティスにまで御膳立てされた決定ではあっても、彼女が今まで抱いてきた使命感を無かったことにはできない。


 しかし、どれだけその気持ちがあろうとも、物理的に難しいとなれば話は別だ。

 彼女は真っ直ぐフリヴォラと向かい合ったまま、打ち明けた。


「…確かにそうです。けれど、その理屈にも限度はあります。腕や脚を欠損し、兵士として標準を満たせない者は別でしょう。…失明や、神経症でも、おそらく廃兵院行きだったはずです」


「…何が言いた……いや、……まさかお前…」


「…あたしはもう、仙攻丹の後遺症で五感も鈍り、全身に麻痺症状が起きています。以前のようには戦えませんし、怪霊獣と渡り合う戦いを続ければ症状は深刻化していきます」


 フリヴォラは、先程気に掛かっていたディアナの右肩に視線を注ぐと、額を押さえて大きな溜め息をつく。

 怒りは鳴りを潜め、打って変わって不憫そうに彼女を見るも、しかし譲ることはできず顔を横に振った。


「…すまんが、お前の他に怪霊獣と戦える人間などおらんのだ。……無理に戦えとは言わんが、引き続きヴィスドミナトルとルナールを管理して旅を続けてくれ。お前がそれほど信頼に足ると言うのなら、戦闘はその二人に任せてもいい」


「……総司令、人同士の戦争では兵法と物量がものを言うのでしょうが、対怪霊獣戦では個々が持つ力量が全てです。弱い者ではダメージを与えることも陽動になることすらも出来ませんから、そんな人を庇って戦わなければならない場合、戦況は圧倒的に不利になってしまいます。…それに、二人は既にあたしが守る必要も無い程に強い。あの二人に任せれば、あたしの代理を用意する必要も無いはずです」


「いやそうはいかん。この戦いの結末は人類の命運に関わる。その戦いの前線を人間が管理できずどうするのだ。……廃兵とは深刻な負傷等によって日常生活が困難とされる兵のことだ。だがお前は、今そうして無事に立っている。この私に啖呵を切ることもできる。多少の不便はあれど日常生活も送れるレベルではないか。…戦えとは言わん、前線の戦いに立ち会ってくれるだけでいい。…何とか頼めんか?」


「…だからっ、あの二人はあたしの仲間で、友達です! 信用できます! あたしがいなくても問題は起こしませんし、あたしがいたら庇うために不要な傷を負うことになるんです! 別にあたしだってすぐに退役したいなんて言いません! 怪霊衆に対抗する程の術を使えなくなったと言っているだけです! だからあたしを、他の怪霊術師達と同じ立場で戦わせてくれればいいんです! 今からでも、クレドの隊にあたしを入れてください! そこでだったら、絶対に他の怪霊術師達よりも命を懸けますし、最大限の戦果を挙げてみせます!!」


 徐々に怪しくなる雲行きに、ディアナは取り繕うのも止めて捲し立てた。

 これだけ真っ当な理屈を立てても何故伝わらないのかと、そんな怒りが彼女の胸中に燃え上がる。


 しかし、フリヴォラはそんな彼女の嘆願を聞き入れはしない。


「…もう、お前一人の問題ではなくなっているのだ。お前が無理だと言うなら、お前の代役となる兵士を探さなければならない。…だがその兵士は、きっとお前ほど強くはならない。お前がこなす以上に危険な戦いに身を投じなければならなくなる。下手をすれば、お前の代役に就任してすぐに雑魚の怪霊獣に殺される可能性すらある。……分からんか、お前がその役を続けることこそが誰にとっても安全だと言っているのだ…」


「………」


 自分の代わりに誰かが犠牲になる。

 彼女の後ろめたさに、これ以上に利く言葉は無い。

 遂に彼女はその口を噤んでしまった。


「…お前がそれでもいいと言うのなら、こちらはお前の代わりを探す。メデューサ、ぬらりひょんと激化してきた戦いに、いきなり人間の兵士が加入するのだ。…その悲惨さ、無謀さが分からんお前ではあるまい。先のディエシレの丘の戦いで、一体何千という怪霊術師か命を落としたことか……。…それでもお前は、その使命から解放されたいのか…?」


 ディアナは、鬼だと思った。

 この男は人間の皮を被った鬼だと…。


 そう言われてしまえば、彼女には返せる返答が一つしかない。


「……旅を、続けます……」


 フリヴォラは肩を震わせて唇を噛む彼女に、せめてもと、


「…戦意に関わるならば仕方無い。クレドの隊からルキウスを引き抜くことは約束しよう。…だが既に出動しているクレドの部隊を後追いすることになる。すぐには脱隊させられんことは理解してもらおう」


「……はい、それなら、いいです。…それなら」


 同情によってではあるものの、目的だったクレドの安全の確保には成功したディアナだったが、それでも彼女の胸にはまた別の沈みが生まれた。


 いつかあたしがこの旅を止めれば、代わりに人間が犠牲になるのだと……。

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