番外ノ三
「…どういった御用件でしょう、皇帝陛下様」
葬儀場へ兵士をぞろぞろと引き連れて来た皇帝に、執事長は迷惑を隠しきれない様相で訊ねた。
執事長の傍にはメイドが一人と、その脚の後ろに隠れて不安そうに兵士達を窺っている少女が二人いた。
皇帝は喪服とはかけ離れた装飾だらけの装いで現れた無礼も意に介さず、ジロジロとメイドの胸元を眺めた。
それにメイドが必死に表情を取り繕って身動ぎすると、フンと鼻で笑って漸く皇帝が喋り出す。
「テネリタス夫妻とはじきに商談が纏まるところへ来ておったのに、このような不幸があろうとはと悔いてならん。工場都市計画の件は見送りとなるであろう。一つは、その報告に出向いた」
「…ええ、御二人ともこの領地を発展し未だ困窮している住民達をお救いになられる夢を抱かれておりました。その夢が、まさか怪霊獣の襲撃によって頓挫する羽目になるとは…。…いえ何より、ご息女様達がおいたわしい。ディアナ様もアモル様も、まだ十歳にも満たない子供にございます」
ふむ、と皇帝は難しそうな顔をしてみせると、メイドの陰に隠れているお人形のような二人に眼を向けた。
肩から足元までお揃いの淡いピンクのドレスに覆われた二人は、姉と思われる一人は警戒するように皇帝を見上げ、妹は頬に涙の跡を残したまま縋るように姉の横顔を八の字眉の表情で見つめていた。
「…遺産はどうなる? アランドルス男爵は、このロンドラン市街の領主。…土地も豪邸も、欲しがる者はさぞいるだろう」
「御夫妻は、両家からの駆け落ちの末ラティナへ亡命した経緯がございますから、今や信頼できる親族もありません。遺産はアモル様に相続となりましょうし、当面は我々で生活を支えて差し上げたいとは思います。…しかし遺産相続者も子供となってしまった今、領主としての信用は無いでしょうし、邸宅の警備も厳重にせざるを得ないとなれば、遺産は日に日に削れていくことでしょう。生前メディナ夫人が尽力されていたこの領地に招き入れた人々への支援も打ち止めになりますし、少なからず反発もあるかと思いますと、アモル様ディアナ様の成人まで家柄の権威が保たれるかさえ危うい状況です」
「ふむ、不安は尽きんか」
皇帝は少し顎に手を当てて考え、妙案があるという風に顔を上げた。
「ならば、相続人であるアモル・テネリタス嬢の成人まではロンドランの領有権を帝国に預けるがいい。まともに運用などできぬ子供が持っておっても誰も得はせん。ましてや子供に代わりお前達が管理を行うなどとなっては、筋が通らんだろう?」
「…しかし、……」
「アランドルス男爵との取り交わしは我が父、先代の皇帝により成されたこと。私とてその顔は立てる、決して悪いようにはせん。そして必ずアモルの成人の折には領地を返却することをここに誓おう」
執事長は返答を渋る。
一召し遣いに過ぎない自分にその決定権が本当にあるだろうか、ということだった。
しかし、例え誰であっても、その提案に『イエス』以外の何を言えただろうか。
皇帝の命令があった時点で執事長の取れる行動など一つしかありえなかった。
「…はい、それではそのようにお手続きを―――」
「そのヒト、ワルいかおしてる!」
答えかけた執事長の言葉を、あどけない声が遮る。
執事長はヒヤリと悪寒に包まれて、メイドの横に立つアモルを見つめた。
アモルはピッと皇帝を指差して、毅然として叫び続けた。
「あなた、ナニかたくらんでるわね! だって、おかしやさんのおじさまがオツリをケチするときとおんなじめ、してるもの!」
「…ほぉう。私が悪い人、か……」
皇帝にピクリと目尻を痙攣させながら笑うと、その背後から数名の兵士が怒号を飛ばす。
「皇帝に対し何たる無礼だ!」
「おい、そこの給仕の女! 即刻娘を連れて去れ!」
「子供とて許されるものではないぞ!」
メイドはただ恐縮し、すみませんすみませんと平謝りしてアモルとディアナを抱き上げて走り去っていった。
皇帝がその後ろ姿をいつまでも眼で追うので、執事長はその視線の間に割り込んで深々と頭を下げた。
「ま、誠に申し訳ございません! どうか、ご無礼をお許しください…! 領地の件は、皇帝陛下の御召すままにお願い致します!」
「うむ、そのつもりだ。…私は何も、間違ったことは言っていなかった。そうであろう?」
「ええ、ええ。仰る通りにて…!」
「うむ。…では、また正式な場を設ける。今日はこれにて失礼するぞ」
執事長がじっと頭を下げたまま見送る中、皇帝は早足に背を向けて葬儀場を後にする。
道を開けろと兵士達が横暴に叫んで人混みを掻き分ける中心で、皇帝は険しく眉根を寄せていた。
「…あぁそうだとも小娘…この国全てが私の領土だ」




