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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
樹海之篇
61/67

五七ノ業 復活の三之明!満を持しての逆転劇!!

「…こりゃあ…ちぃと計算違いじゃな…」


 啜り泣くルナの声から僅かに離れた小山の頂上で、森林の中に身を潜めたぬらりひょんは顔を渋くして呟いた。

 その隣には未だ片前足が癒えない鵺がいる。


「…あのルナとか言う娘の憎悪はとんでもなく大きなものだったはず……分からぬ…何故あやつは殺すのを止めた…? ……全く以て、理解できぬぞ……」


 恨むような音色でぶつりと呟き続ける彼の上空で、大きな鷹が旋回していた。

 彼はそれを鬱陶しく一瞥すると、どうでもいいと断ずるように素早くルナ達に視線を戻す。


「折角仲間同士潰し合う様が見られると思い準備を進めたと言うのに無駄足じゃったな…。剣聖ディアナと半怪霊獣が潰し合い、残った側を徹底的に責め立て嘲笑い、そして手も足も出させず殺す。…その二つの死体を前に怒り狂い、戦う意思とは裏腹に封印により這いつくばる哀れなヴィスドミナトルを肴に一杯やる計画が、まさか最初の一歩で頓挫する羽目になろうとは…。…じゃが、まぁいい。どうせワシと鵺、それに海に待機させた牛鬼もいれば十分全滅できるじゃろう。楽しみは落ちるが、まだまだ遊ぶ余地は残っておるよ…ケケケケケケ……」


 ぬらりひょんは涙するルナとそれを抱き返すディアナの様子を悔しげに眺めながら、強がりのようにそう笑う。

 その頭上で舞っていた鷹が、不意に羽を止めて急落下を始めた。


 鷹はぬらりひょんを目掛けて異様な加速度で接近する。

 訝しく感じたぬらりひょんは再びそれを見上げ直すが、既に展開していた読霊では鷹の霊力は読めない。

 通常の動物は怪霊領域が開いておらず余程近づかなければ霊力を読むことはできない。


 ぬらりひょんはそれほど不自然な状況とは思わなかった。

 彼の禍々しい気配に抵抗して飛び掛かってくる動物の前例には覚えがある。

 術など使わず素手で叩き落としてしまえばいい。


 その油断は、鷹の霊力を読み取れるだけの距離まで接近した瞬間に崩れ去る。


「…!? な、何じゃこやつ――」


 突如その鷹に秒速八千メートルもの加速が加わる。

 それと同時に鷹の全身を紫の放電が覆い、その姿は鷹から雪のように白い少年―――スティリウスへと変わる。

 スティリウスは具象変化で瞳に光を取り戻すと、その腕でぬらりひょんの右腕を引きちぎりながら着地した。


「――慢心、それがあんたの弱点だ」


 ぬらりひょんは突然の攻撃に驚く剰り、咄嗟の『ぬらり』を忘れて這うようにして後退した。

 その隙にスティリウスは腕を投げ捨て、全身から狭い範囲に濃密な怪霊力のバリアを展開する。


 咄嗟に動けなかったぬらりひょんに代わり鵺が体当たりを仕掛けるが、スティリウスは仙攻丹の蹴りでそれを弾き返し、ぬらりひょんへと向かっていく。


「もう油断はしないぜ。耳栓に、バリアまで展開した。これであんたの声もテレパシーもオレには届かねぇ!! 味気無いがここで終わらせてもらうぞぬらりひょん!!」


 ぬらりひょんはそれを聞き、スティリウスの大きな耳に詰まった練り布の耳栓と、その身体を肉眼でも認識できるほどに濃い紫色の怪霊力が包んでいるのを理解する。

 …しかし、ぬらりひょんは何も関係無いと言うように『ぬらり』と呟く。


「――なッ…!?」


 スティリウスの仙攻丹とバリアはその瞬間解けてまい、彼は思わずその場に立ち止まった。

 鵺とぬらりひょんがゆったりと立ち上がる。


「…どういうことだ…声は聞こえなかったぞ…!?」


《…クヒヒッ…! 惜しいなぁ小僧…十点満点なら七点と言ったところか…? ……耳を塞ぎ、『心送』にも対処した、そこまではいい。…じゃが、ワシの『ぬらり』は耳で聞こえずとも認識さえしていれば効果があるのじゃよ。……おぬしは耳を塞いだ代わりに、具象変化で視力を戻した。その目で、おぬしはワシの口の動きを見たはずじゃ》


 ぬらりひょんはテレパシーで答えると、それきり『ぬらり』送り続ける。

 スティリウスは苦々しく舌を打ち、耳栓を引き抜いて地面に投げつける。


「…なるほど、あんたが夜の戦いを避けたのは、視界が悪くなり『ぬらり』が掛かる確率が僅かだが減少すると考えてのことか。…だがそれなら、あんたの口元さえ見なけりゃいい訳だ」


「ケケケ…足でも見て戦うのか? ワシが空を飛んでしまえばおぬしは顔を上げてワシを探さざるを得ない。不可能なのじゃよ、そんなものはなぁ…!」


「…嫌な奴だよ…本当に…!」


 スティリウス嫌味たらしく言うスティリウスに、もはや油断せず鵺は飛び掛かる。



※※※※※※※※※※※



「ごめん…ごめんな、ディアナ……ごめんなぁ…!」


 ルナはディアナの胸に額を押し当てて泣き腫らしていた顔を上げ、真っ直ぐにディアナを見て謝った。

 ディアナはそれに大きく首を振り、「いいのよ」と静かに、けれど鮮明に答えた。


「…復讐なんて、間違ってた…! ディアナを殺したからって、オレっちもにぃちゃんも気が晴れる訳がねぇ! ……止めなきゃいけねぇのは、にぃちゃんの方なんだ…!」


 ルナはゴシゴシと腕で瞼を拭うとスクッと立ち上がり、ディアナに手を貸して起こした。

 そしてまた深々とディアナに頭を下げる。


「ディアナ…、今日のこと……一生を掛けてでも償うからっ…! …だから、今はぬらりひょんを倒すのを優先したい…それを許してくれ! …早くヴィスとノサティスとにぃちゃんと合流して、ぬらりひょん達をやっつけねぇと…!」


「…ええ、そうね! とにかくヴィス達を起こしましょう!」


 ディアナは快く頷いて、率先して走り出した。

 ルナは少し安堵の息をついてから気持ちを切り替えてそれに続き、横たわらせたノサティスの傍まで戻ってきた。

 しかし、そこに寝ていたのはノサティスだけ。


「あれっ? ヴィスも、一緒に寝かせてたはずだったけど…」


「…あいつ、起きて一人で行きやぁったか…? …とにかく、まずノサティスを起こそうぜ!」


 キョロキョロと辺りを探したディアナの横でルナはしゃがみ込んでノサティスの頬をピチピチと叩く。

 それから間も無く、大地が震えるような凄まじい衝突音が森林から響いて鳥の群れが空へ羽ばたいていった。



※※※※※※※※※※※



「…な、…な、……何故ッ…おぬしが…!?」


 ぬらりひょんはヘタリと木に凭れ、ズルズルと背中を擦らせて座り込んだ。

 右足は引き千切られ、そして怯えた眼で目前の相手を見上げている。


 スティリウスも少々驚きを隠せず、棒立ちでそれを見ていた。

 彼へと向かってきていたはずの鵺は首を刎ねられて力無く転がっている。


 ヴィスは両手を見せつけるようにヒラヒラと振ってぬらりひょんを見下ろしていた。

 失われていたはずの両の腕は一切の傷も無く再生している。


「よぉ、会いたかったぜゴミ野郎」


「…な、何故じゃ…!? おぬしは封印によって怪霊領域や回復力、腕力や脚力さえも著しく弱体化していたはず…! い、いやッ、動くことさえままならなかったはずじゃ!!」


「フン、下らんことを訊く。貴様の洗脳を俺様が自力で解いたからに決まっておろうが」


「い、いや、そんなはずは無い! ワシの洗脳は完璧じゃった…! おぬしが憎しみに踊らされるように言動にも注意し、自然になるように司念波のタイミングを合わせた…! おぬしはワシらの顔を見ただけで殺意が増すよう誘導されたはずじゃ!! 一切全て成功していたはずじゃろう!!」


「汚ぇ声で吠えるなよ溝鼠。俺はその全てを克服してきたのだ」


 問答を止めてヴィスが拳を振り上げる。

 しかし、絶命したはずの鵺が不意にムクリと尾を上げて、その先端の蛇の顔を上空へと向けた。


 ヴィスは咄嗟に振り返ってぬらりひょんから飛び退き、鵺の攻撃に身構えた。

 しかし、赤く輝いた鵺の尾はヴィスに狙いを定めなかった。


「…な、何だ…?」


 ヴィスは困惑の声を上げた。

 鵺の尾は空にVの字を描くように二本の我霊射を放った。

 それと共に蛇の顔は爛れて崩れ、そのまま静かに尾が倒れる。


 それきり鵺は微動だにしなかった。


「…生きていた…が、…今、やっと死んだのか…?」


 何故鵺が生きていたのか、何故我霊射を撃って死んだのか…この場で判断するには材料も時間的猶予も無い。

 今はとにかくぬらりひょんを殺すことだと振り返ると、ぬらりひょんは木にすがったままゲラゲラと笑っていた。


「クヒヒヒッアヒャアヒャヒャヒャヒャヒャッ!! こ、これでもう終わりだぞッ、ヴィスドミナトルよ!! 今のは九尾の封印を解く合図じゃ!! これでワシを殺したとしても、おぬしらは九尾の圧倒的な力の前に為す術無く全滅することになるッ!! ワシに勝てたつもりだったか、ざ、ざまぁみろよ能無しめ!! おぬしら諸とも全員ぶち殺してやる! ゲヒッ、ゲヒヒャハハハハハッ!!」


「…ッ、ほざけ…!」


 ヴィスはその首を刈ろうと回し蹴りを仕掛ける。

 そこへ三体の犬神が飛び込んで間に入り、その六つの腕で蹴りを受け止めた。

 直接打撃を受ける形となった先頭の一体は片腕をへし折られ、続けて脚を砲台代わりに放たれた零距離の我霊射に頭を粉々に打ち砕かれる。


「…クッ…! ぬ、鵺とも比較にならぬ強さ…! 何故…封印はどうしたのだ…!?」


 残る犬神は一体がぬらりひょんを担いで離れ、もう一体がヴィスへと連続で我霊射を放つ。

 しかしヴィスは飛び退いてそれを冷静に観察し、仙活湯の恩恵で瞬時に回復した脚で大きく動きながら我霊射外しを併用して対処する。


「さっきぶりだな犬神! もう会うことはないとか言っていなかったか? …弱体化した俺を野良の怪霊獣に殺させるシナリオでも組んでいたのだろうが、とんだ計算違いだったようだな。これから貴様は大天狗の二の舞になるのだ。ぬらりひょんの盾として死ぬことを精々あの世とやらで誇りに思うがいいぜ!」


「戯れ言はいい…! どうやって洗脳を解いた!? しかも封印まで、この島に到着した時よりも遥かに解除されているではないか…! 一体どんな仕掛けでそこまで――」


 攻撃役を担っていた方の犬神は、その言葉を最後に左腕の我霊射で心臓を貫かれ、声も無く倒れる。

 逃げようとしていた犬神は焦燥の汗を額に滲ませながら振り向き、視線を彼方此方に彷徨わせる。


「仕掛けなんざねぇよ。…簡単なことだ、ぬらりひょんの洗脳は自覚と強固な意思で打ち破れる。俺には貴様らへの殺意よりも優先すべきことがあった。それが洗脳を解く鍵となり、同時に急激な封印解除を齎した。値にして、解除率は洗脳前の〇・〇六(れいてんれいろく)パーセントから一パーセントに跳ね上がった訳だ。…癪だが、ノサティスのお蔭で気付けたぜ」


「………」


「…『仲間を助けたい』――その他者を憂う心こそが、アモル・テネリタスがこの封印術『カリバン』を解放する条件に指定した資格だったのだ。だから俺様は、ディアナとルナを守るため…今ここで貴様を討つ」


 犬神はゴクリと喉を鳴らし、その覚悟の表情に僅かだが恐怖した。

 スティリウスは背後からヴィスを見て、その見上げるような強大さの奥に潜む微睡むような温かさに、懺悔のような言い知れない痛みを感じる。


「……あんたは……ズルいな、本当に…」


 ヴィスはスティリウスの声に振り向く。

 その言葉の意図するものに思い当たらず、ヴィスは少し訝しげな眼を向けた。


「…ヒッ、ヒヒッ…!」


 そこへ、ぬらりひょんの噛み殺したような笑い声がして、二人はぬらりひょんを睨む。


「い、いくら粋がったところで、おぬしらでは九尾には勝てぬぞ…! あ、アレは、このワシが天狐(てんこ)を相手に洗脳に洗脳を重ねて殺意と憎しみを極限まで増幅させ、その強い破壊欲を以て魂魄昇華(イクシード・ソウル)を果たしたワシの最高傑作じゃ!! アレを止めるならばリーラハールス様やイナベル・ゼゼブ、ラーベルナルド程のレベルでもなくてはな!!」


「フン、どのみち賽は投げられたのだろう? ならばやれるだけのことをやるだけだ。…それよりも、やはり貴様には訊かねばならんことがある。リーラハールス()とやらとの間柄…俺様に永年リーラを信用するように洗脳を施していたのは一体誰なのか……等な」


「……ケヒヒ…今更それに勘づいたところで遅いのじゃ…! 犬神、もういい、奴を乗っ取れ!」


 犬神はやっと許可が出た、と安堵するように「ハッ」とよく通る声で答え、キッとヴィスの目を睨み返す。

 ヴィスはグワリと目を見開き、小さな舌打ちを残すとその姿を犬神へと変える。

 変身の直後、封印の影響を受けてその身体はバタリと倒れ、動かなくなる。


「キヒャヒャ! 残念じゃなヴィスドミナトル! おぬしさえ封じ込めれば残りはワシのぬらりで完封できる! そぉら『ぬらり』、『ぬらり』、『ぬら―――」


 ぬらりひょんは立て続けに言ってスティリウスの行動を縛る。

 今何をしても裏目に出る…そう考えるとスティリウスはただ立ち竦むしかない。


 ――しかし、『ぬらり』の連呼は唐突に途切れた。

 遠方から突き進んできた螺旋状の赤い二本の光線が、一つの槍となってぬらりひょんの背中を刺し貫く。

 その光は真っ直ぐに森林を通り抜け、更に奥へ行った山肌へとぶつかった。


「――な、何ッ!?」


 犬神の涼しい顔も遂に崩れた。

 自分の手を離れて地面へと転がっていくぬらりひょんに脇目も振らず、犬神は光線が来た方を睨む。


「…ノサティス殿か…!」



※※※※※※※※※※※



「…『ぬらり』に対抗するには、その声が届かない程の遠距離から狙撃をすればいい。その上、『ぬらり』の効果を過信して自分の頭で予想しようとしないぬらりひょんは、こう言った不意打ちの攻撃にとても弱い。……流石はルナの分析力ね」


 操霊で作った細い岩の高台の頂上で、うつ伏せに寝そべって両腕を突き出したノサティスの上に覆い被さったディアナ。

 ノサティスの両腕は後ろから彼女の手で形を整えられ、我霊双嵐槍の発射姿勢を取らされていた。

 その両腕は腕と肉が逆剥けて血塗れになってはいるものの、同じ威力でもう一度は撃つことができる。


「……犬神がこっちに気付いたわ。あと一回お願いできる?」


「ああ。どうせもうこの腕では格闘もできぬからな、この一発が私にできる最後の攻撃だ」


「ありがとう。……さぁ、やりましょう」


 ノサティスは右腕で犬神に狙いを定める。

 その右腕に合わせ、ディアナは彼の左腕を持ち上げ、更に姿勢の調整を行う。


 二つの我霊射が放たれ、回転し絡み合う。

 やがてそれは一つとなり、犬神の心臓へと突き進む。

 犬神はノサティスの波長を覚えていて、我霊射外しで対応を試みた。


 ディアナはフッと、それに不敵な笑みを浮かべる。


「残念ね、この技は二つの我霊射が引き合うことで威力を生む技。だからそれ故に、―――」


 我霊双嵐槍は揺るぐこと無く犬神を貫く。


「――この技に我霊射外しは通じない」



※※※※※※※※※※※



「――ぐぅうおッ…! ふぅ、う…グッ…! ぐぁぁあ…あぁッ…!!」


 犬神は仰向けに倒れて潰れた胸を押さえながら呻くと、数秒後サイクロプスの姿へと戻り息を引き取った。

 ぬらりひょんも虫の息で、ヒュウ…ヒュウ…と風を切るような音を漏らしながら必死に左手を腹に開いた穴へ向け、操霊を用いる。


 ぬらりひょんは怪霊力で仮の細胞を作り出し、腹の欠損を埋め始める。

 その傍に、全速力で駆けつけ、森林の中に飛び降りてきたノサティスが、背中におぶっていたディアナを降ろした。


「…無駄よ。怪霊力で作った肉体には霊力が宿らない。数分で腐敗するし、それに接していた無事な細胞達まで汚染されてしまう」


 ぬらりひょんは口腔を満たした血を吐き出して、ヴィスの身体を借りている犬神を向く。

 犬神はジッと周囲を眼だけで見渡すと、落ち着き払った溜め息をついた。


「…い、犬神…! き、九尾は…まだか! …は、早く憑依して、ここ…、…ここに、連れてこい…!」


「…いや、…我の憑依術は噛みついて、それを認識されなければ成りません。…私の噛む力では、九尾には痛みにもならないのでしょう。…全く憑依ができず、挙げ句存在を気付かれた瞬間、尾の一振りで殺されてしまいました。……あのまま再び自ら眠りにつくことも考えられますし、……九尾が暴れ出したとしても、ここへやって来るにはまだまだ掛かります」


「………ぎ、…牛鬼は…どうした…! ……歯向かわれる、可能性など……案じてる…ば、場合では、ないっ…!」


「……さぁ…。先程の鵺の合図でも来ないのでしたら……我々を助ける気などきっと無いのでしょう…」


「……ふ……ふざ…けるなぁ…! そ、それを、どうにか…するのが、…おぬ…しの……し、仕事じゃろう、が…! は、…早くしろ……! …地下の…サイクロプスどもを…全て、使え…! …もう、九尾など、いい……! …ワシを……ワシを、たす…け、ろぉ…!」


 犬神はジッと、目の前の地面に目を落とし、…突如――


「……クク……クックックッ…!」


 ――冷たい声で笑い出した。


「……ぬらりひょん殿…貴方様とは本当に長い付き合いでした。貴方の遊びは我にとっても楽しく、実に有意義な時間でしたが……生憎我は、貴方様と共に死ぬ気は毛頭ございません」


「……な…に……」


「ここで、死んでください。我には五十体ものサイクロプスを島の外へ連れ出すという仕事が残ってます。…それを献上品に、リーラハールス様の下で過ごすと致しますよ」


「…ぬ、ぅぅ…! ……き、…きさ…まぁ…!」


 ぬらりひょんは身体を起こそうと無理をしたが剰りに激しく血で噎せ返る。

 犬神は別れの挨拶でもするように穏やかに笑い、ディアナ、ノサティス、スティリウス…と見回していったが、ふと気付いて眉根を寄せた。


「……剣聖ディアナ……半怪霊獣の娘は、どこだ…?」


「あなたが今行こうとしてる、五十体ものサイクロプスのところよ」


「―――…クッ、クソォッ!!」


 犬神は血相を変えるとヴィスの身体を憑依から解放して去っていく。

 ヴィスは元の姿に戻ることができると、ゆっくりと起き上がってボキボキと首の骨を鳴らした。


「…い…いぬが…み…! ……きゅう、び……ぎ、ぎゅうき……! ……か…かしゃ、でもいい……ワシを…ワシをたすけろっ…!」


「哀れな男だ。助けがなければ何もできん」


 ヴィスが膝をついて顔を覗き込んでくると、ぬらりひょんは全身をブルブルと震わせ、喉笛を押さえられてでもいるように浅い呼吸を繰り返した。


「…う、ぐ……! …ぬ、ぬら…り…ぬら……ぬらり……ぬらり…!」


「今更それをして何になる? 貴様自身が動けなければ意味は無い。それに、俺様が何もせずとも間も無く貴様は息絶える…」


「……ま、…まて…! ……ワシを…ころせば、…きゅうびが…あ、あばれても、…ふうじることが、できんぞ……!」


「貴様の洗脳術は感情を送り込むだけだ。つまり貴様自身がその感情を持っていなければならん。今の貴様が、九尾の憎しみを取り払ったり睡魔に襲わせたりできるか? …要するに、貴様では九尾を止めることなどできん」


「……そ…そう、じゃっ…! …だ、だっ…たら、…おぬしの、ふういんを…といてやろう…! …ちからを、…と、とりもどし……たいじゃ、ろう…? …い、いや…それどころ…か……きゅうびの、ように……ワシの、じゅつで……つよく…してやることも…できる……! …そ、それでワシを……みの、がし…―――」


「貴様には仲間を想う気持ちは無い。そんな貴様に、このカリバンをどうにかできると思うか。……第一、俺様は貴様など必要とせん。俺様は、俺様の力でカリバンを解き放つ。……他人を取り込むことでしか強がれん貴様とは格が違うのだ。失せろ生ゴミ」


「……た…たすけろ…たすけろぉ…!! ……ぎゅうき…ぎゅうき…こい!! ……ま…またッ…うみから、でられない……か、からだに、されたいか…!! ……さ、…さっさと…こい、やくたたずゥ……!!」


 ヴィスの言葉などぬらりひょんの胸には響かない。

 ぬらりひょんの頭には、ヴィス達を出し抜き、部下を踏み台にして生き残るための算段しかない。

 そんな矮小な存在を、ヴィスは憎らしく、ディアナは哀れんで見つめた。


 ――そこへ、彼らを巨大な陰が包む。

 その落下に逸早く気がついたディアナとヴィスはそれぞれ走り出し、ディアナはノサティスを、ヴィスはスティリウスを引っ張って転がるように避けた。


 木々が押し潰され、土が巻き上げられる。

 四人が共に顔を上げると、そこにはぬらりひょんを跨ぐような形で巨大な蜘蛛が立っていた。

 哺乳類の柔らかい茶色の毛皮を持ちながら、八本の脚の先端が黒く鋭い槍のようになっていて地面に突き刺さっている。


 顔は牛そのもので、銀の大きな角は怒りを表すように前へ前へと伸びている。

 そしてクリクリと丸まった漆黒の目玉はヴィスへと向けられている。


「…や、…やっと…きたか……! …うひ…うひひひ…そ、…そう…だ! …さっさと…こやつらを……―――」


 次の瞬間、牛鬼はぬらりひょんの顔を見ることも無く前足で貫いた。

 ぬらりひょんはそのまま、ピクリともせず崩れた頭から地面へと血を広げていった。



※※※※※※※※※※※



「…ま、間に合え…! 間に合ってくれ…!」


 犬神はペタペタと非力な身体に鞭打って地下道を急ぐ。

 銀の山伏衣装を靡かせ、小さな身体で懸命に走った。


 そして、大量のサイクロプスが収容されていたフロアに辿り着くと、そこは既に普段とは様変わりしていた。

 拘束具が散らかり、照明は破壊され、床には至るところに血溜まりができている。

 その中心に立つ少女は、指先に作った小さな光の玉をゴクンと呑み込み、そのままスタスタと犬神の方へ歩いてくる。


「よお、犬神。…本体は結構小さいんだな。それに霊力も、まるで大したこと無ぇみてぇだ。…弱い者いじめみてぇになるのはちっとやだけど、……おめえらみてぇな悪い奴ぁ、手加減なんかしてやらねぇぞ」


 犬神はゾクリと背筋に電流が走り、全身を汗に濡らした。

 そして、ルナの一歩毎に一歩後退し、噛み合わさらない口で言葉を紡ぐ。


「…き…き、…貴殿が……殺したのか…。……こ、ここの……」


「サイクロプス、全部で五十一体か。…喰ったよ」


 犬神の脚は震えて、もう動かなかった。

 ヘタリと尻餅をつき、正面に立ったルナを引き攣った顔で見上げる。


「おめえの記憶は既に一回読んでる。ここにいたのでサイクロプスのストックは全部だ。そしておめえが本体でここにやって来たってことは、サイクロプスの他にはまともな憑依対象がいなかったってこったろ。…おめえの悪巧みもこれでもう終わりだ、大人しく―――」


 その時、突如として地震が起き、天井が崩れ始めた。

 鳴り響く轟音の中、ルナは少し額に冷や汗を滲ませた。


「…やっぱり、()()()()()は間に合わなかったか…。…オレっちだけでやれるとは思えねぇけど……」


 大量の岩が降り注ぐ。

 ルナは犬神に構う暇など無く、操霊で作った岩の盾を圧縮して強化する。

 それで以て落石に対処していると、ふと眼を離している隙に犬神は姿を消していた。


 ルナは一瞬顔をしかめるも、直面している危機へと意識を戻し、防御に専念する。


 開いて光が差し始めた天井を更に突き破り、巨大な黄金色の毛並みの脚がルナのすぐ前に着地する。

 その瞬間に戦慄したルナは、息を殺したまま仙攻丹でその場を脱し、不安定な足場に翻弄されながらも黄金色の脚から遠退いていく。


 そしてある程度離れたと思われた所でクルリと旋回して振り返ると、地震のような足音と共に、彼女の前にその化け物が駆けてきた。

 血走った黄色い目、ルナの顔よりも大きな牙、意志を持つかのように暴れ狂う九本の尾―――それらの物理的な恐怖が、その九尾という化け物の凶暴さを暴力的なまでに示していた。

・ヴィス(封印解放度1%)

握力2,951.25t

パンチ力8,263.5t

キック力20,068.5t

耐久度4,958,100

走力200,685m/s

霊力99,874,913/99,999,999

怪霊領域999,999

術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊、幻弄、洗脳変化

回復力:5,000,000(仙活湯効果)/100,000


スティリウス

握力4t

パンチ力8.63t

キック力25.8t

耐久度5697

走力243m/s

霊力8,901,958/8,914,246

怪霊領域8,192

術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、吸霊、具象変化、洗脳変化、幻弄、操霊、発霊、仙攻丹

回復力:13


・ぬらりひょん

握力250t

パンチ力666t

キック力1,666t

耐久度416,666

走力16,666m/s

霊力417,227/500,000

怪霊領域500,000

術:我霊閃、読霊、操霊、発霊、司念波、具象変化

特殊技能:ぬらり…ぬらりひょんが発した『ぬらり』という単語を認識すると暗示に掛かり、現在の思考を怪霊力を使ったテレパシーでぬらりひょんに報せてしまう。副効果として被術者は使おうとしていた術がキャンセルされる。

回復力:1,666


犬神(本体)

握力500kg

パンチ力1t

キック力3t

耐久度833

走力33m/s

霊力1,000

怪霊領域1,000

術:我霊閃、我霊射、読霊、操霊、発霊

特殊技能:憑依…噛みついた相手に乗り移り、意のままに操ることができる。ただし、発動には相手が噛まれた際に認識していることが必要となり、また憑依は対象者が目の前にいる時にしか行えない。また乗っ取った身体は犬神の姿に変化するが、傷は修復されず死ねば憑依も解ける。

回復力:3

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