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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
6/67

四ノ業 悪魔の取り引き、血濡れた地下牢にもう一人

暫くまともなバトル系書いてなかったので、こっちの雰囲気の方が書いてて楽しくなってきましたね…。



また、異世界チートストラグルの方もそうですが、今後は投稿が安定しなくなるかもしれません。

もし熱心に読んでくれている人がいたら申し訳ありませんが、ご理解していただけますと幸いです。

 ディアナはまた腕を組み、思い出すように右上に視線を流して引き続き今後の予定を説明する。


 ヴィスは未だ予想を逸した彼女の言葉に間の抜けた表情で見ていた。


「今、最北東の大陸メリカナキダは怪霊獣の猛攻により完全に占領されている。先住民は南の大陸サメリカへ逃げ込み、そこでサメリカの政治的主権と引き換えにエクソシズム連合を掲げて防衛策を講じた。…けれど怪霊獣達はその勢力を分散させ、全世界への同時進行を始めた。エクソシズム連合軍が防衛するのは自国だけ、僕達も自力で対処せざるを得なくなった」


 フン…と彼は自らの功績に鼻高に笑った。

 ディアナがじとりと睨むと、眼を逸らしもせず馬鹿にしたような顔で「続けろよ」と促す。


 彼女は深呼吸して気を鎮めた。


「けれど、エ連が組まれたことは無駄にはならなかった。そうして組織化した体制の中で最前線の情報を共有し合い、対抗するための技術捜索が大規模で行われることになったの。ただの人間に既存兵器での対抗では限界がある。…そしてそのために、早期に怪霊術の布教が始まってくれた」


「ああ、そこだ。何故人間どもが急速に俺達の術を使い始めたのかは気になっていた。生け捕りにされた野狐がいたようだが、奴らが貴様らに術をバラしたのか」


「いいえ、違う。野狐を生け捕りにしたのは怪霊術が十分広まった後だよ。人々に怪霊術を伝え広めたのは、仙儒の国最高峰、怪龍山の頂上に住む高僧だった。世に怪霊神仙と呼ばれるその人は、エ連が見つけ出したその時には既に、たった一人で厳しい修業を遂げて怪霊術を極めていた。その術の習得量はあらゆる怪霊獣をも凌いで――」


「ふざけるな」


 ヴィスはディアナの言葉を遮って低い声を上げた。


 鬱陶しそうに「何?」と睨む彼女に、彼も負けじと立ち上がって睨み返した。


「人間の分際で神仙を名乗るなど烏滸がましいにも程がある。怪霊獣を凌ぐだと? ならば以前の俺様より強いとでも言うのか? 笑わせるな」


「沸点が低いよ、あなた。術だけなら普通の怪霊獣より上だと言っているだけでしょ? それに神仙になるには強さだけじゃなく悟りこそ重要で、道と徳を通じて拓かれた真理に心を通わせて初めて――」


「黙れ。雑魚は雑魚だろうが。俺は認めん」


 頑ななヴィスにディアナは苛々と指先で腕を叩き、眉間に深い皺を寄せて大きな溜め息を吐いた。


 しかし、今重要なのはその話ではない。

 彼女はまた目を瞑り深呼吸を二、三と繰り返してから話題を元に正した。


「ともかく、神仙様の下に多くの門下生が集って怪霊術が広まったの。神仙様の修業は厳しく大勢の死者が出たけれど、その釣り合いは取れた。エ連はもはや全員怪霊術者の軍隊となった。今はその連合軍から派遣された教官の指導で更に多くの術者を生み出しているところ」


「貴様も派遣の教官とやらに鍛えられたのか?」


「…いいえ、姉さんが初めに教官に眼を付けられ、その成長力に期待されて神仙様の下での修業を勧められたの。僕はその妹だから見込みがあるはずだと一緒に連れていかれた」


「ハッ、なんだ貴様。姉のオマケでついてきただけか」


 これにはとうとうディアナの堪忍袋も緒が切れ、彼女らしくもなく早口で捲し立てた。

 ヴィスは彼女の逆上を面白がりニタニタと笑う。


「確かにきっかけはそうでも、こと戦闘にかけては僕は姉さんよりずっと強いよ。姉さんと違って僕は初めから神仙様の修業を受けてきたことになるし、封印術を開発しなければいけなかった姉さんよりゆとりのある環境で鍛えることができた。それに、僕の師匠は神仙様だけじゃない。神仙様の下で怪霊術を学びその筋を認められた僕は、軍総司令の紹介で剣聖ルキウス様に弟子入りし腕を磨いた。お蔭でこの大陸では師匠達に次ぐ第三の強豪とまで呼ばれるに至ったんだ」


「…フハハッ! 貴様、さっきは悟りがどうなどと言っていたが、貴様自身はその器ではないようだな。剣聖ディアナが聞いて呆れるぜ」


「……ほんっとに疲れる人…。僕、こんなのとずっと旅をするの…」


 ディアナは下らないやり取りで悦に浸っているヴィスと、それにムキになってしまった自分を省みてパタリと怒りが消え失せた。


 実際今の発言はみっともなかったと彼女も自覚している。

 しかし何よりも、ヴィスの性格は矯正不可能とすら思える凶悪さだと感じられた。


 この先協力してやっていくにはまず、その酷い性格を少しはマシなレベルまで正していかなければ身が持たない。

 彼女は一先ず、彼の罵詈雑言を俗物の戯言だとして往なすことにした。


「僕だって霊峰剣聖の名は身分不相応だと思ってるよ。それはもう置いておいて、今は僕とあなたとの話。順を追って話すつもりだったけど埒が明かないから率直に行くよ。まず、あなたは力を失って僕の制御下にある」


「ない」


「ある。そしてあなたは怪霊獣を束ねる幹部達、怪霊衆のメンバーを把握している。あなたを除いた怪霊衆残り八名について話し、その居場所まで案内しなさい。これがあなたへの命令」


 問答無用でディアナの胸ぐらへ手を伸ばしたヴィスだが、彼女はパシッとその手を叩き退け、また彼の方も一瞬の脱力を受けてよろめく。


 彼は舌打ちして後退り、悔しげに睨み付けた。


「調子に乗るなよ小娘が! 何故この俺様が貴様なんぞの指図を受けなければならんのだ!」


「あなたの意見なんて関係ない。拒否するのならいくらでも拷問に掛けるけど? 幸いあなたは抵抗も出来ないようだし」


 ヴィスは彼女の言葉をはね除けるようにフンッと鼻を鳴らす。


 彼はプライドの塊だった。

 拷問などでは従わないだろうことも想像に難くない。


 そこで彼女は一つ、妙案で出し抜くことにした。


「なら、取り引きをしましょう。正当な取り引きを」


「…勝負に、取り引き…。貴様ら姉妹はどこまでこの俺を侮辱する気だ…!」


「まぁ聞きなさい。あなたにとっても悪くない話だよ。協力してくれたら全部終わった後にあなたの封印を解いてあげる。これならあなたも協力してくれるでしょ」


 彼女の悪戯めいた笑みにヴィスはピクリと眉を揺らした。

 そして彼の心も疑念と共に揺れ動く。


「…封印を解けるのか? …貴様が…?」


 ディアナは肯定とも取れる自信に満ちた笑みを浮かべ、「さぁ、どうする?」と顎をしゃくった。


 選択を迫られたヴィスは少し悩んだが、やはり舌打ちして彼女を更に強く睨み付けた。


「貴様に媚びて封印を解いてもらうくらいなら死んだ方がマシだ。この俺を見くびるな!」


「…なんて馬鹿な人。大人しく協力してくれればいいのに。それならもう拷問に掛けるしかなくなるけど、いいの?」


 彼女の呆れた顔に彼は苛立ちを強める。


 彼には怪霊王としての自負とプライドがある。

 誰であろうとそれを汚すことを彼は許さない。


 しかし、彼もそれだけで思考を停止している訳ではない。

 彼女を上手く出し抜いてやれれば彼のプライドは守られるのだ。

 そしてその手段はすぐに思い付く。


「いいだろう。貴様に協力してやる」


「……へえ、どういう風の吹き回し?」


「なんてことはない、貴様と正々堂々決着を着けるためだ。封印を解いた後、俺様本来の力で貴様と戦う。そして勝った者こそが最強だ。貴様が敗けたその時は、俺様の手下として死ぬまでこき使ってやる。これを受けるなら協力しようということだ。…さぁ、どうする?」


 彼は敢えて彼女が使ったのと同じ言葉で選択を迫った。

 彼女はそれを聞くとお返しとばかりに鼻で笑い飛ばしてみせ、「いいでしょう」と頷いた。


「フン、交渉成立だ。…まずは、怪霊衆のメンバーを言えばいいんだったな。だが何度も言うつもりはない。一回で覚えろ」


「待って。話すのは後にして」


 ヴィスはその気になっていたのに出鼻を挫かれ、「…何だ」と腹立たしく問い返した。


 ディアナは長椅子の上のタオルや脱ぎ捨てて床に置いていた服も全て籠に収めると、それを片脇に抱えて出入口へと歩き出した。

 ヴィスはその場に立ち止まったまま両手を腰に当てて眺める。


「もう一人旅の同行者がいるの。大事な戦力になる。その子と合流してから話した方が効率がいい。ついてきて」


 そうしてスタスタと進み、彼女がドアノブに手を掛けても、ヴィスは一向に歩き出す気配が無い。

 彼女は振り返ってじっと待ったが、状況が変わらないので「何してるの」と改めて声を掛けた。


「何故俺様が貴様の後を歩かねばならん。さっさとここへそいつを連れてこい」


「…あなたって、ほんと……。…言っておくけど、その子には僕もまだあったことがないの。人伝いに場所を聞くことになるかもしれないから、あなたここで待っていたら時間が掛かって退屈するかもしれないよ。それにここは女性用の浴室。例えあなたに性別が無いとしても、留まり続けたら大騒ぎになる。待ってても利点がない。…第一、さっき協力するって言ったでしょ? 情報提供と案内があなたの仕事だけど、最低限のことはこちらに従ってもらわないと困るよ」


「…チッ。ついていってやる。感謝しろ」


「はい、どうも」


 相変わらず態度の悪いヴィスだが、従うと言うならこれ以上揉めるのも馬鹿らしい。

 ディアナは言葉だけの返事を返すと、彼を待つことなくスタスタと歩き始めた。



※※※※※※※※※※※



 それからたったの三十分、早くもヴィスは我慢の限界を迎えていた。

 そうと言うのも、目的地が分からないディアナが予ての宣言通り人伝に訊き回ることの無計画さに苛々し続けていたのだ。


 まずディアナが脱いだ服を置きに荷物のある部屋まで戻ると、その後最初に廊下で擦れ違った兵士に話を訊く。

 すると、その人物の居所はフリヴォラが知っていると言われた。


 そしてフリヴォラを求めて玉座の間に赴くと軍法会議中だと廊下で待され、区切りをつけて抜け出してきたフリヴォラには所轄の者に訊けと盥に回されたのだ。


 フリヴォラが指名した人物自体はすぐに見つかったが、そちらも手を離せないというので地図を渡されてまた自分達の足で探しに回らなければならなかった。

 そうして『その子』の軟禁エリアとされている岩石張りの地下フロアまで降りていくと、その廊下の途中でヴィスが騒ぎ出した。


「…おい、いい加減にしろ女ぁ! この俺様をいつまで歩かせる気だ! そもそも会わせる予定だったのなら予め居所くらい調べておけよ愚図!!」


 初めて尤もらしい正論が彼の口から飛び出したので、彼女は決まりが悪く言葉を詰まらせてキリキリと奥歯を噛み締めた。

 そして振り返ると、逆ギレも甚だしい勢いでそれに怒鳴り返す。


「…し、仕方ないでしょ! この国でその子のことは僕と姉さんに次ぐ極秘事項なんだから!」


「貴様の()だと言うなら尚更貴様だけでも知っていなければおかしいだろうが!! 大体貴様! 俺が寝ている間に幾らでも時間があったはずだろう! 先に見つけてくれば良かったのだ!!」


「僕だって何日もご飯抜きでお風呂も入れなかったんだよ! どうせあなたとの話は拗れると思ったから下手に巻き込まないように探すのを先送りしてたの! 案の定あなたって本当に面倒臭い人だったし!」


「何だと貴様俺が大人しくしてやっていれば!!」


 二人分の叫び声はそう広く無い地下に反響して、ワーン…というような低い響きを引き摺りながら立ち去っていく。

 ヴィスはともかく、ディアナはそうして音が響いたことに敏感に反応し、仮にも城内でこんな風に騒ぐのはやめようと常識を重んじた。


 すると、音の去っていく方向からキィキキィと妙な鳴き声が聞こえてくるのに気が付いた。

 城の地下だというのに奇妙なことだった。

 今の自分達の騒ぎで動物が驚き鳴き出したのだ。


「…猿?」


「何だと貴様!」


「黙って、あなたに言ったんじゃない。…ほら、聞こえない?」


 そうして目を瞑り耳を澄ませている彼女に、「あ゛ぁ…?」と不満たらたらに聞き返しながら彼も続く。


 そうすると、キキィッと猿が鳴くのに混じって鼠やリスなどの齧歯類の鳴き声や、バサバサと鳥が羽ばたくような音も聞こえてくる。


 暫くそうして耳を傾けている内に、彼にも彼女の言うことが分かってきた。


「屋内に畜生が彷徨いているものか? …おい、俺様は見世物小屋には興味ない。無視して地図の印まで進め」


「…いいえ、どうやらあの鳴き声の方向に目的の子がいるみたいだよ」


「……まさか連れていくのは獣使いではないだろうな。それなら戦力になどならんぞ」


 彼女は敢えて返答しなかった。

 その訳を知らない彼は無視をされたと思って舌を打ち、先へと歩き始める。


 急に重くなったディアナの足取りに、「もたもたするな」と一方的に怒鳴ったヴィス。

 彼女が気を取り直して彼を追い越していくと、彼はまた一言声を掛けた。


「そういえば貴様、同行者の名前すら知らないのか? 人に訊ねるのも『例の子』、『もう一人』、『プロジェクトの選抜者』…。一貫して名前呼びを避けているようにしか見えんぞ」


 彼女の身体は射抜かれたようにビクリと震え、その足も忽然と止まった。

 ヴィスは彼女の静止に鬱陶しそうに舌打ちしてその背中を眺めた。


「どうした、さっさと歩け」


「…ルナール」


「あ?」


「その子の名前、ルナールって呼ばれてる」


 彼女は少し振り返り気味にそう告げると、また早足に歩き出した。

 ヴィスは彼女の機微に不可解な感じを見受けたが、そのもやもやも舌打ちで一蹴して気に留めようとすら思わない。


「ややこしい…。知っていたならさっさと話せ愚鈍が」


 しかし、彼の罵声に彼女は何も言い返さなかった。


 そのまま無言で空気の冷たい廊下を進んでいくと、獣達のざわめきが一層強く耳に届く。

 ヴィスは耳障りな鳴き声に顔をしかめ、気に障る度に舌打ちで発散する。


 普段の調子で居合わせたならそのあまりにも不快な空気に滅入ってしまうであろうディアナは、今は別の気掛かりに夢中で何も思わなかった。


 その内、突き当たりを曲がってすぐの部屋に『ルナールプロジェクト総務担当』とのプレートが貼られているのを見つける。

 彼女は「…ここだね」と重苦しく呟いてそのドアをノックし、「どうぞ」と男の声が返ってくると溜めもなく開け放った。


「おお! お待ちしておりました! …いやぁ、噂はかねがね。こうして人類救済の第一歩を見送られるというのは仕事冥利に尽きますな」


 中から出迎えたのは小綺麗な白衣を纏った細身で小さい白髪の初老だった。

 そして老人はディアナにそうして話し掛けるとその後ろから如何にも見下した態度で見つめてくるヴィスに気付いてパッと背を向けた。


「インフェリオ博士、例の選抜者をお迎えに参りました。彼女はどこへ?」


「あ、あぁ…今は餌の時間ですので、世話係が生き餌小屋に入れさせています。そちらの方に案内しましょう」


「…餌……」


 ディアナが物言いたげに見つめるのも構わず、博士は一足先に廊下へ出ていった。

 彼女は諦めて博士の後をついて歩いたが、それに続いたヴィスの表情は随分と険しかった。


「おい、インフェリオ。貴様、俺様を見て顔を背けやがったな」


 早速噛みついたヴィスに「やめなさい」と止めに入るディアナだが、彼はそんなことでは止まらない。

 無視すんな、と再び呼び掛けられると博士は歩きながら怯え腰で愛想笑いを浮かべた。


「そ、背けてなんかいませんよ…。やだなぁ、ははは…」


「貴様、死にたいか」


「え、な、何故…」


「貴様の笑う顔は見ていて不快だ」


 理不尽極まりない理由で殺されそうになっている博士だが、そんな彼が視線で助けを求めてもディアナは然程気乗りしない様子だった。


 とはいえヴィスの制御は彼女の使命でもあるため、放置という訳にもいかない。

 彼女は溜め息をつきながらヴィスを睨み付けた。


「そうやって誰彼構わず因縁を吹っ掛けるのもやめなさい。それは自分の格を下げるだけの行為だよ。怪霊王だっていうプライドがあるならつまらないことで怒るような器の小さい真似は止すべきじゃない?」


「……フン…、まぁいい。別にこんな雑魚をどうにかしたところで何も面白くはない。ルナールとやらを引き渡したらさっさと失せるんだな。十秒くらいなら待ってやる」


「…いや、だから………はぁ、もうそれでいい」


 ディアナの呆れた声にヴィスはフンと鼻を鳴らす。

 しかし、これでもまだ彼にしては聞き分けが良かったと思い、彼女はそれ以上とやかく言うことはなかった。


 博士は早くヴィスから離れたい一心で足を早めて合流を急ぎ、そうしてみるみる内に獣の鳴き声と異臭が近付いてくる。


 しかし、そのけたたましさは異様だった。

 まるで猛獣に追われて死が迫っているかのような騒ぎ様で、その鳴き声は一つずつ甲高い声を上げてはプツンと途切れていき、少しずつ数が減っていく。


 また臭いも異様だった。

 雑食獣の濁った臭みや糞尿の激臭までは当たり前として、血の臭いまで広がってきている。


 博士が"生き餌"と言っていたが、…まさかあれだけ多くの鳴き声がしていたのに全て食べさせるのだろうか…。

 ディアナはおおよそ人間に向けるべきではない恐怖を胸に抱きながら、その事に胸を痛めもした。


「さぁ、ここです」


 博士は重厚な鋼鉄扉の前までやってくると横の壁のバルブハンドルを力一杯回した。

 ディアナも手を貸そうとしていたが予想よりあっさりと扉が開いていくので動き出さず、扉が退いて露になった鉄格子をヴィスと共に眺めた。


 大きな部屋はその大半を鉄格子の向こうに仕切られており、そこには無数の血溜まりと肉だけを食い千切られた小動物の屍が続いていた。

 血の臭いがより鮮明に、風となって三人へと降り注ぐ。


 …そこに一羽の鷹が飛んでいた。

 何処か憔悴が窺え、半ば諦めたようにすら感じる弱々しい飛翔。


 そしてその鷹は、壁を蹴って翔び上がった小さな人影に連れ拐われ、その影が床にぶつかると同時に血肉と臓物を撒き散らした。

 細くて白い小さな手で床に押し付けられ、鷹はぺしゃんこに潰れて息絶えていた。


 人影は少女だった。


「…あ…お、お疲れ様です博士。ただいま丁度、給餌が終わりました…」


 入り口の側で青冷めて立っていた世話役の男は、博士の姿が見えると愛想笑いを浮かべる余裕すら無く振り返って報告した。

 博士も部屋の有り様にはごくりと喉を鳴らす。


 潰した鷹からセセリを血塗れの両手でもぎ取った少女は、クチャクチャと音を鳴らしながらそのセセリを頬張り、項垂れていた頭を起こして振り向いた。


 腰に届く程伸び散らかしたボサボサの朱色髪と同化するように、普通よりやや高いところから大きな狐の耳が生えている。

 その耳は、縦長に瞳孔が開いた黄色い瞳をヴィスとディアナに向けると同時にピクリと震えた。


「…そいつも、オレっちのエモノ?」


 髪や肌は悉く返り血に濡れ、口から溢れた獣の血が白いチュニックを胸元まで真っ赤に染めている。


 色白の肌と相俟って奇妙な神聖さを纏った恐ろしい少女は、皮肉めいた笑みを浮かべて睨みながら彼らに歩み寄った。

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