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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
樹海之篇
54/67

五十ノ業 狡猾なる悪魔の慢心、地を這う獣の悪足掻き

 大天狗の踵は深い捻りに導かれ重たく大地に突き立てられた。

 轟音、地割れ、砂塵、突風。

 衝撃が過ぎ去ると大天狗は前を向いた。


 その足は何者も踏みつけていない。

 ヴィスの身体は横たわったまま離れた場所に浮いていた。

 彼の肩から細く赤い稲妻が伸び、それはルナの指先に繋がっている。


「二人は、やらせねぇ…!」


 彼女はヴィスを背後に隠して降ろすと、同じようにディアナに操霊を掛けて手元に引き寄せる。

 殆ど瞬間的に怪霊力の波長を変えていくルナの技術力に、大天狗は「ほう…」と感嘆した。


「…ル、ルナ…! ……退いていろ…、そいつは…俺様が…!」


 倒れたまま額に青筋を立て、必死に大天狗を睨みつけるヴィスだが、やはり一向に封印が弱まる気配は無い。


「…ここはオレっちがやる。倒せるかは分かんねぇけど、時間稼ぎくらいならできるはずだ。ヴィスは封印を解くのに専念してくれ。ちょっとでも動けるようになったら助太刀頼むぜ」


「………チッ…! …解き方が分かれば、こんな苦労など…!」


 ルナに窘められると、彼は悔しげに舌打ちして、黙想を始める。

 封印を解く鍵は、『アモル・テネリタスが取り決めた資格を有するか否か』。

 それは果たして『優しさ』か、『不殺の意思』か、『謙虚さ』か…。

 ヴィスは思い当たった端から自らにその資格の有無を問い直す。


 ルナはヴィスの判断の冷静さによしと頷くと、再び大天狗に向き直る。

 大天狗はルナの背格好を興味深そうに眺めたが、火車達が島全体に張り巡らせている読霊が邪魔をしていて自身の読霊を展開できず、彼女の実力の真価を測りかねていた。

 しかしまた、自分の一存で火車の読霊を吹き飛ばしてしまうことも得策ではなく、大天狗は一先ず彼女への興味は捨て置くことにした。


「…人間……いや、雑種か。…興味深い敵だが、今お前に構う気はない――」


 言って、腰に提げた刀に手を掛けようとした大天狗は、唐突に横から赤い我霊射を放たれ、避けるべく半歩後退る。

 そうして振り向くと、震える足で立ち上がったノサティスが無傷の左手を突き出して大天狗を睨んでいた。


「…わ、私が相手だ…!」


「……なるほど雑魚とは違うようだが、俺に勝てる程ではない。よぅしわかった。お前から殺そう」


 大天狗は白い翼を大きく広げて天高くへと飛翔した。

 ノサティスは見逃すまいと仰向いて眼で追い、負傷した右腕は垂らしたまま左手を脇に引いて待ち構えた。


「バッ、バカ! やめろノサティス! そいつぁおめえが勝てる相手じゃねぇんだぞ! 霊力も、動きも、…多分知恵と術もおめえより上だ! ここはオレっちがやるからおめえはヴィスとディアナと馬連れてどっか安全なとこにッ…――」


 ルナは言いながら、ハッと思い直してスティリウスへと眼を戻した。

 …そう、敵は大天狗だげではない、ぬらりひょんも相手にしなくてはならないのだ。


 そのぬらりひょんは今まさに、スティリウスの傍に歩み寄り、その場にしゃがんで彼の頭へと手を伸ばそうとしていた。


「ひひひ……戦いなんぞ、野蛮なことじゃ…。…無抵抗の者を殺す方がずぅっと楽しい……そうは思わんか? ……いひひひひ…」


 ぬらりひょんは横たわったスティリウスにそう囁き掛ける。

 ルナは形振り構わず駆け出していったが、出だしが剰りにも遅すぎた。

 これではもう間に合わない…!


「や、やめろ…! 待って! に、にぃちゃん―――」


「きひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 彼女の懇願は、縋りつくように弱々しく、情けなく響き渡る。

 ぬらりひょんはその声を甲高い大声で笑いながら、彼の頭蓋を押し潰そうと掴み掛かる。

 直後、スティリウスの純白の髪が鮮血を浴びて染まり上がる。



「――悪いな…小者の趣味は分からねぇ…」



 ぬらりひょんの右腕は白くて小さな手に掴まれ、ブチリと気味の良い音を鳴らして直角にへし折られていた。

 その小さな手から、肩、頭、全身へと掛けて紫の放電を纏っていた。

 ――その放電の主、スティリウスは、盲目の瞳でぬらりひょんを見上げながら素早く立ち上がる。


「あッぐ…ぬ、ぬら―――」


 スティリウスは、ぬらりひょんが言い切らぬ内にその口へ右手を突っ込んだ。


「撃てッ、ノサティス!!」


 振り返って大声で呼びつけたスティリウスにノサティスはビクリと反応し、反射的に我霊射を放つ。

 彼の左腕は自らの一撃に耐えきれず血塗れになり重力でぐにゃりと曲がる。

 そして赤い光線は、ぬらりひょんの心臓へ向かった。


「――ハッ…!? ぬ、ぬらりひょん様…!!」


 ノサティスを狙って急降下してきていた大天狗は地上の異変に気が付き、急いで方向を転換する。

 しかしその心の動揺は大きな隙を生み、ノサティスが警戒心から繰り出した愚直な右手の我霊射が、何ら障害無く大天狗に直撃する。


 ヴィスの蹴りで抉れた大天狗の右腕が、その一撃の後押しでブチンと切り離された。

 大天狗は右肩を押さえながら地上へと墜落していく。


「がぁあッ!!あッぁあッ!!」


「あ、当たった…!」


 大天狗の悲鳴に安堵の笑みを溢したノサティスは、続けてぬらりひょん達へと視線を戻す。

 彼が一瞬眼を離していた間に、スティリウスはぬらりひょんから跳び退いていた。


 スティリウスが荒々しく腕をぬらりひょんの口から引き抜くと、仙攻丹で強化された腕力に負けてバラバラと歯が抜け落ち、顎が抜けてダランと垂れ下がる。

 スティリウスの力に身体が揺れ、更に反応も遅れたぬらりひょんは、体勢を元に戻そうとする内に近づいた我霊射を避けることすらままならず、右脚に直撃を受けてその場に倒れ込んだ。


 スティリウスは紫の放電を失い、フラフラと身体が泳ぐままに後退ると、そのままバランスを崩して地面に尻餅をつく。

 そして、呻きながら這いつくばっているぬらりひょんの姿にニヤリと笑った。


「あぅぅうあッ…! お、おぉ…お…!」


「…クッ…ククク……アーッハッハッ…ハッ………! …油断しきって…自衛を疎かにしたのが命取りだったな、ぬらりひょん…。…あんたが無駄口を叩かず、一秒おきに『ぬらり』と呟いていれば…避けられた結末なんだぜ。なぁ…そうなんだろう…?」


 ぬらりひょんは忌々しげに目を剥いてスティリウスを見つめる。

 大天狗は苦痛に呻きながら立ち上がろうとしたところにノサティスの跳び蹴りを胸に受け、地面を転がりながら大きく噎せ返る。

 両腕が使えなくなって我霊射が撃てず、大天狗への安全な決め手を失ったノサティスは、大天狗の動向を探るように見つめながらじっとそこに立ち止まった。


 ルナはあっという間の出来事に当惑していたが、スティリウスの発言の意味、そしてぬらりひょんの能力のタネに辿り着いていた。


「…オレが気を失って油断したあんたは…そこで『ぬらり』と呟くのをやめてしまった。そこにオレが起きてしまったのが運の尽きさ。…あんたが…オレの攻撃を事前に察知して最適な回避行動を選んだのも、オレの怪霊術が無効化されたのも…、…どちらもあんたが『ぬらり』と呟いた直後だった。メデューサが『顔を見せる』ことを条件に相手を石化させたのと同じさ……あんたの能力は、あんたが発した『ぬらり』の一言を耳にした相手に暗示を掛け、自発的にテレパシーを発信させること…! 相手は暗示に掛かると今考えている事柄を怪霊力に乗せて放ち、あんたはそれを受け取って攻撃の来ない場所に動くだけでいい……それがあんたの回避能力の仕掛けだ…」


 ぬらりひょんはギラリとスティリウスの双眼を睨んだ。

 スティリウスも毅然と笑い返す。


 …しかし、スティリウスには見るからに余力が無い。

 尻餅をついてからずっと座り込んだまま立ち上がる様子が無く、まるで立ち上がれないのを見透かされないためのように立てた膝を肘置きになどしている。


 もしスティリウスが万全の状態であれば、『ぬらり』を封じた瞬間にそのまま心臓を突き刺すだけで良かった。

 しかし実際にはわざわざ離れた場所にいるノサティスを頼り、自分は逸早くぬらりひょんから退避した。

 それは、身体的な疲労に加えてまともな術も使えない程に霊力を消耗している事実をはっきりと証明していた。


 そしてそれを、老獪なぬらりひょんが気付かないはずもない。


「…フェ……フェフェフェフェ…!」


 垂れた下顎を揺らしながら奇怪に笑ったぬらりひょんは、チラリと大天狗に眼を配せる。

 大天狗は頷き返し、左手を天へと向けた。


 そして大天狗の我霊射が、上空へと一筋の線を描いてそのまま消えていった。


「な、何だ…!?」


 光を眼で追ったノサティスは意図が掴めず困惑の声を漏らすも、何かをするつもりだとは分かってすぐに大天狗の下へと駆け出す。

 その直後、ぬらりひょんがスティリウス目掛けて片足で地を蹴って走り出す。


「ファヒャヒャヒャヒャーッ!」


「…来るだろうな、そりゃ…」


 奇声を上げるぬらりひょんに対して、スティリウスは動けないにも関わらず動じていない。

 すぐに「ノサティス!」と呼びつける。


「大天狗はいい、ぬらりひょんを殺れ!! こいつを倒せるのは――」


 ――今、この瞬間だけ。


 しかし、ノサティスは大天狗に狙いを定め、それを変えることはしなかった。

 彼にとっては、自分がやるよりも確実な人物の心当たりがあったのだ。


「…ルナ、やれ!!」


 ノサティスの叫び声に、その発言を予想すらしていなかったスティリウスは「…はあ…!?」と信じがたそうに怒鳴り返した。

 そして彼が振り向こうとすると、既に動き出していたルナがその目の前を横切る。


 ルナはぬらりひょんの走力に並ぶ速度の操霊で駆けつけた。

 スティリウスとぬらりひょんとの間に立ち塞がり、両手の先に霊玉操を発動し大きく振りかぶる。


「…ば、バカやめろ! 邪魔だッ、退けッ、キョロすけ…!!」


「……にぃちゃんは、オレが…!!」


 必死に呼び止めようとするスティリウス。

 しかし、ルナは犠牲になる気など無い。

 勝てると踏んだから前に出ただけのことだった。


 スティリウスの発言通りなら、今のぬらりひょんは先程までのような回避能力や、怪霊術の無効化能力を持ち合わせていない。

 ぬらりひょんの移動速度はルナの全力の操霊一回分とほぼ等しく、更にぬらりひょんは足に怪我を負っている。


 経験則として怪霊獣の身体能力は霊力量と比例関係にあることが多く、ルナの見立てではぬらりひょんの霊力量はそれほど多くないはずだった。

 ならばぬらりひょんが操霊で逃げ切るには限度がある。

 陽動で翻弄しつつ霊玉操を仕掛ければ、十分勝てる。


 ルナは両手の霊玉操を投げ、…―――


「――……え…?」


 彼女は耳を疑った。

 そして両手に完成していた紫の光玉は、宙に溶けるようにして消えていく。


 スティリウスは『それ見たことか』と苦々しく顔を歪ませ、棒立ちのままぬらりひょんの接近から逃げることもできないでいるルナへと必死に叫びかけた。


「いいから退けよキョロすけッ! お前が土壇場でいつも通りやれるわけねぇだろ! お前は後ろであたふたしりゃいい、後のこたぁ全部にぃちゃんに任せて―――」


 思わず飛び出した言葉を、失言と悔やむ暇も無い。

 ぬらりひょんは既にルナの目前で拳を振り上げている。


 ルナはじっとぬらりひょんの奇怪な笑みを睨んでいた。

 両手で耳を塞ぎ、一度目を閉じ、それでも不可解が発生して、今度は彼の口の動きに注視した。

 …そうして理解する。

 霊玉操の消失から今、立て続けに起きている現象の意味を。

 耳を、目を、いくら塞いでも聞こえてくる、その声を…。


「こ、こいつ…テレパシーで『ぬらり』を…!」


 今更気付いたルナの憎たらしそうな声に、ぬらりひょんは満足そうに笑みを深くする。

 拳は真っ直ぐに振り下ろされる。

 どうせ動きを読まれるなら、術を無効化されるならと、ルナは動かないで考え続けた。

 『ぬらり』の効果を打ち消す何らかの方法を、焦燥に曇った頭で…。


「に、逃げろキョロすけ! 逃げろ!!」


 スティリウスはもはや何も隠し立てしない。

 ただ必死に叫んでいる。

 そうして立ち上がろうと身体を伸ばすが、その瞬間目が眩み、もう動くことも叶わない。


 ノサティスはルナの危機に駆けつけようとはしていなかった。

 ぬらりひょんは他に任せて、彼は今確実に仕留められる大天狗だけに照準を合わせていた。

 そうして、腕を上空に突き上げたままの大天狗の胸をしっかりとした圧力で踏みつけて、身動きの取れないその身体を右足からの我霊射で貫く。


 零距離の赤い閃光は大天狗の胸から背中、地層の奥深くまでへと風穴を作り、島全体が濡れる程の大地震をも齎す。

 大天狗は薄れていく意識の中、細く深い深淵へとその血を垂れ流しながらポツリと呟いて逝く。


「……おくびょ……ものめ…むすめ……みご…ろし…か…」


 しかしそれにノサティスは首を振る。

 彼は信じていた。

 ルナが危機に陥った時、絶対に助けに現れるであろう、その存在を…。


「…あぁ、起きてきた」


 ノサティスは右足を失ってバランスを崩しながら振り返り、その存在を見て笑っていた。



 赤い我霊射が弧を描く。

 引き寄せられるように曲がりくねった閃光はルナの頭上に迫っていたぬらりひょんの左腕を弾き飛ばす。

 その光は命中した前腕の肌を引き裂き、鮮血を撒き散らさせた。

 片脚立ちで体勢を崩したぬらりひょんの下へと、続けざまに五つの閃光が、弧を描いて迫り来る。


「…カ…ッ………ヒ…ッ…!」


 ぬらりひょんの顔が、恐怖で強張った。


「ギャアババガアバガギャッ――」


 ――左頬、電光、左肩、右伏兔、水月――。

 赤い光に殴り付けられぬらりひょんはくぐもった悲鳴を漏らす。

 急所に狙いを定めた射撃に呼吸すらままならず、ぬらりひょんはバタリと仰向けに倒れ、全身血で汚れた姿で白目を剥いた。


 ルナとスティリウスは虫の息になっているぬらりひょんを呆然と見ると、その我霊射が来た方へと振り返る。

 そこには両腕を紫色に腫らし、歪に屈折させてだらりと垂れ下げながら鬼の形相をしているヴィスがいた。


「…ルナを…殺らせるかよ…! ブチ殺すぞゴミ虫が…!」


 ヴィスは数秒おきに脱力して膝をつきながら、ヨタヨタとルナ達の下へと歩いてくる。

 封印の状態はまだ完全に戻ったわけではないが、何とか動けるまでには回復しているようだった。


 暫し呆気に取られてそれを眺めていた二人だったが、不意にスティリウスが思い返してぬらりひょんを見る。

 ぬらりひょんは既に意識を失っていたが、まだ微かに息がある。


「…ヴィスドミナトル…早くしろ…ぬらりひょんを殺せ……。…それで全て終わりだ…」


 スティリウスは限界に近づいている体力を振り絞り、その望みをヴィスへと託そうとした。

 しかし、ヴィスはギロリとスティリウスを見ると、じっとその場に立ち止まって狙いを定める。


 ルナはハッと息を呑み、スティリウスの前に立ち塞がって両手を突き出した。

 直後、ヴィスに操られて足下から放たれた粘土の槍を、ルナが操霊で主導権を奪いプラズマ化させて掻き消した。


「…や、やめろヴィス…! おめえ、にぃちゃんを殺す気か…!?」


 ヴィスはルナに敵意染みた視線を送ると、再びスティリウスを狙って走り出す。

 ルナは素早く操霊でヴィスの身体を支配し、助走の段階で金縛りに遭わせた。


 ヴィスは舌を打って彼女を睨む。


「…殺すに決まっておるだろうが…! 一体いつまで甘い夢を見ていやがる、ルナ! そいつは貴様の腹を刃で刺し、いずれはディアナを殺すとまで言った紛うこと無き敵だ! しかも、今の実力のほどは知らんが、ルナと同様に無限の成長の可能性を持つペール・ルナールなのだぞ! 殺しておかねばいつかかならず寝首を掻かれる! まともに動けぬ今こそが絶好の機会だろうが!!」


「にぃちゃんは大丈夫だ! さっきもオレっちが危なくなったら声上げてくれた! 今もきっと、根っこは昔の優しいにぃちゃんのままのはずなんだ! だから待ってくれ! 今殺しちまうのだけはやめてくれよっ! オレっちがぜってぇ説得してみせるから! 人間を滅ぼすのなんかやめてくれって! ディアナを殺すのはやめてくれって! だから、―――」


 スティリウスは必死で庇おうとしているルナの背中を眺めると、僅かに目を細めて強く唇を結び、俯きながら、


「…プハッ…」


 心底可笑しそうに吹き出した。


「…相変わらず甘いな、…ルナール。…怪霊王さんの…言ってることは……あぁ、正しいぜ…。今ここで…オレを殺さなければ……人間どもは滅びる…。…剣聖ディアナは、必ず死ぬ。……ルナールよぉ、お前は…オレが昔から優しかったとか言ったが、…ならもう一つ知ってるだろ…。……オレは昔から、一度決めたことは曲げないんだよ…」


「…バ、バカ…やめろ、にぃちゃん! 何意地なんか張ってんでい、おめえ殺されんぞ!」


 ルナは懸命にスティリウスの発言を取り下げさせようとしたが、彼はただ笑っているばかりだった。

 ヴィスは牙を剥くようにして彼を睨みつける。


「…俺様がぬらりひょんの小細工で力を出せなくなったからと油断しておるのだろうが、今に見ていろよ…! 俺様は必ずこの封印を破り、元の力を取り戻してみせる! 手始めに殺すのは貴様だと云うことを一生忘れるな…!! …そうでなくとも、貴様はこの場で始末するつもりだがな…!」


「………ハッ、だったら…まずぬらりひょんを殺せよ…。オレなんか…より……そっちが先だろ…。……早くしろ…早く……奴が…い、いや……()()が……目を覚まさないとも…限らないんだ…。……はや…く…」


 スティリウスの言葉が、意識が切れ始める。

 目は焦点が合っていない。

 ルナはフラフラと頭が揺れ始めたスティリウスを急いで抱き止め、その胸に彼の頭を凭れさせながらヴィスを見上げた。

 そうしてヴィスに掛けていた操霊を解いて、真剣に頭を下げる。


「ヴィス、お願いだよ。今日だけでいい、にぃちゃんを見逃してくれ…。にぃちゃんが頑張ってくれたお蔭でぬらりひょんの特殊能力を制限できたんでぇ。喋られなくなったぬらりひょんはテレパシーで『ぬらり』の声を送り込んできたけど、対象者に合わせた波長を使わないといけないテレパシーは、一度に一人にしか効果を発揮しない。ぬらりひょんはオレっちにだけテレパシーを送ってたから、おめえの我霊射が通じたんでい。…分かんだろ…にぃちゃんがいなきゃ、あのまま全滅してたかもしれねぇんだ…。……な、お願いだ…」


 ヴィスはじっと二人を睨みつけると、気配を察して後ろを見る。

 フワフワと操霊で宙を浮いてやってきたノサティスは、「…私からも、頼む…」と満身創痍の掠れた声で訴えた。


「…私はリーラ様より、…ルナとスティリウスを守れと仰せつかっている…。……その任に従えば、私はお前と戦ってでも守らなければならぬのだ。……そうはしたくない。…だから、頼む…。思い止まってくれ…」


 ヴィスは、ノサティスの傷を見た。

 両腕は自分と同じく複雑骨折の有り様で、片脚は自らの攻撃で吹き飛んでいる。

 …しかしそれだけのハンデがあってなお、封印が強まった今のヴィスではノサティスの動きにはついていけないだろう。

 今はそれだけの力の差がある。


 ディアナは寝ているだけだが、特殊な術で眠らされているため暫くは起きないであろう。

 起きた後に味方につけるにも、彼女はルナへの罪悪感から強気には出られない。


 スティリウスは重傷などではないが、単純に体力が著しく落ちている。

 殺すなら今だが、それを守っているルナにはまだ随分と余力がある。

 しかもこれだけスティリウスと密着されては、無理に攻撃もできない。


 ヴィスは大きな溜め息をつくと、ルナとスティリウスの横を通り過ぎてぬらりひょんの前に立った。


「…今俺様が暴れたところで、無力化されるだけだ。力が戻り貴様らを振り切れるようになれば今度こそスティリウスを殺す。見逃したのではない、物理的に殺せなかっただけだということは覚えておけよ、この愚鈍ども…」


「……あぁ、分かった。ありがとう、ヴィス」


 ルナはホッと息をついて微笑んだ。

 ノサティスもフッと笑って操霊を解き、地べたに座り込む。

 スティリウスは、何処か無気力な表情でルナの胸に身体を預けていた。


「……しかし、随分と呆気ない幕切れだったものだな…ぬらりひょん。……まぁ、所詮、部下頼りで出世した非力な怪霊獣…ここまでが限界だろう」


 ヴィスは倒れているぬらりひょんへと左足を向け、その足に怪霊力を送る。


「あばよ、ゴミ野――」


 その時、突如上空から赤い我霊射が撃ち込まれた。

 咄嗟に気付いたルナが操霊でヴィスの身体を引き、その攻撃を寸前に避けさせる。

 受け身も取れず倒れ込んだヴィスは、咳き込みつつも起き上がってぬらりひょんの方を向く。


 そこには空から降りてきた二体の怪霊獣が、冷たい眼でヴィス達を見下ろしていた。


 ボロボロの布切れを纏った長身の白い男は、細長い犬とも狐ともつかない顔を持ち、至極色の目を静かに見開いている。

 その凛々しい立ち姿は神聖味を帯び、また薄らと煙を上げる左手から、先程の我霊射の主であることが仄めかされていた。


 もう一体の容姿は、これを何と呼ぶべきかも分からない異形そのものの姿だった。

 ぼってりと膨れた狸の胴から、裂け目のような黒い横縞模様を大量につけた虎の手足が伸び、尾からは灰色の蛇が生えて金色の小さな目で獲物を探す。

 そして真っ赤な猿の顔は唸る度に唾液を垂らし、その朱色の目はこの世を呪うように血走っている。


「…い…犬神(いぬがみ)と……ぬ…(ぬえ)…だ…! ……く、…くそ…! やはり…起きて…きやがったか……!」


 スティリウスはルナの腕から身を乗り出し、ピクピクと目尻を震わせながら二体を睨んだ。

 ルナはそんな彼をぎゅっと抱きかかえて庇いながら、絶体絶命の危機に陥ってしまったことを悟った。

・ヴィス(封印解放度0.006%)

握力300t

パンチ力840t

キック力2,040t

耐久度504,000

走力20,400m/s

霊力99,804,997/99,999,999

怪霊領域5,999

技: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊、幻弄、洗脳変化

回復力:600


・ルナ

握力2.7t

パンチ力5.75t

キック力17.2t

耐久度3798

走力162m/s

霊力7,903,178/8,224,380

怪霊領域16,384

技: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、吸霊、与霊、具象変化、洗脳変化、幻弄、操霊、発霊

回復力:9


スティリウス

握力4t

パンチ力8.63t

キック力25.8t

耐久度5697

走力243m/s

霊力123/3,993,637

怪霊領域4096(300収霊済み)

技: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、吸霊、具象変化、洗脳変化、幻弄、操霊、発霊、仙攻丹

回復力:13


・ノサティス

握力675t

パンチ力1,800t

キック力4,500t

耐久度1,125,000

走力45,000m/s

霊力1,170,000/1,350,000

怪霊領域1,350,000

技:我霊閃、我霊射、読霊、操霊、発霊

回復力:4500



・大天狗

握力900t

パンチ力2,400t

キック力6,000t

耐久度1,500,000

走力58,500m/s

飛行速度67,800m/s

霊力1,800,000

怪霊領域1,800,000

回復力6,000

術:読霊、我霊閃、我霊射、操霊、発霊

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