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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
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三ノ業 怪霊王はご立腹、旅は道連れ世は情け

 早速説明に入ろうとしていたディアナは、今なお血塗れの拳や肩を押さえて悲鳴を噛み殺している兵士二人が眼に留まると、「その前に失礼」と断って右腰の革袋に手を突っ込みながら歩き出した。


 袋からカチカチと音を立てて取り出されたるは変哲も無いガラス小瓶で、それを五瓶両手を負傷した兵士達の前に置いていきながら話した。

 その中身は透明で、容器の内側で白気を立てている。


仙活湯(せんかつゆ)です。整復しますので終わったら飲んでください。…いえ、手が使えないようなら僕が飲ませます。五本でも半日待てば癒合するでしょうが、必ず後で医務室に行ってください」


 そう言って彼女はつまらない顔で兵士の両手を持ち上げ骨折部分を親指で押し込んだ。


「い゛っ…! ぐ、あっ! い、いた…ぁああッ!!」


 彼の悲鳴を聞いても彼女は躊躇無く骨のズレを直していく。

 そして一通り整え終わると再度全体を触診して、「飲ませますよ」と左手で彼の顎を掴み、右手に持って親指でコルク栓を弾いた小瓶の水を飲ませた。


 それも彼のペースを考慮せず矢継ぎ早に。


 彼は涙目でそれを受け入れ、五瓶飲み終えて解放されると息を切らして項垂れた。

 彼女はまた、肩を庇う兵士の下へと歩いた。


「…お、おっかねぇ……」


 フリヴォラの傍で尻餅をついたままの格好でいた兵士の一人がそれを眺めて本音を漏らしていた。


 その他の兵士も、出会い初めには頬を染めていたにも関わらず今ではすっかり青冷めて彼女を見ていた。

 フリヴォラや皇帝すらも淡々としている彼女に恐怖のようなものを感じざるを得なかった。


 しかし、ヴィスは特に彼女の行動について何を思う訳でもなく、寧ろ患部を触れられて悲鳴を上げていた兵士を睨み付けて恨み言を一つ呟いた。


「…あれくらいでピーピーうるせぇ野郎だ…。喉でも潰しておけばよかったな…」


 他の者はヴィスの発言にも恐怖の反応を示していたが、もう一人の肩を整復し終えて小瓶を並べたディアナは注意が向いたというだけの様子で彼を見た。


 そして彼女は視線を虚空に落として暫し悩んでから、真っ直ぐヴィスの目を見つめてスタスタと歩いてきた。


 そしてまた袋を漁り、なけなしの二瓶を彼の前に突き出した。


「何の真似だ、女。俺様の前に立つと殺すぞ」


「あなたも両腕が酷いでしょ。今の手持ちはこれだけしかないけど、何もしないよりはマシ。使っておきなさい」


「ハッ! 俺様はな、ガキの頃ストリボル火山の噴火口に飛び込み身体が半壊した時も死ななかったんだぜ。腕二つくらいでどうこうなるかよ。それにこの傷だって本来の力があれば一瞬で治せる」


「死ななかったのも封印される前の話でしょ。今のあなたがどれ程の自己治癒能力を持っているかは知らないけど、普通の人間なら全治に七、八ヶ月以上は掛かるほどの傷だよ。自分の生命力を過信せず治療に専念した方がいいと思うけど」


 そうした彼女の善意もヴィスにとっては口煩く身の程知らずな()()だった。

 彼は腹立たしく彼女を見て舌打ちし、「偉そうな女だ」と悪態をついて小瓶を乱暴に左手で奪い取った。


 そしてその栓を開けると、冷たい小瓶から白気が立ち昇るのを眺めて妙な気がし、その直感を信じて読霊を試みる。


 彼はその水が持つ霊力を見てピクリと額を震わせた。


「…おい女、仙活湯とか言ったな。こいつは何だ? どこで汲んだ水だ?」


「別に特別な水を汲んだ訳じゃない。水の霊力波長に合わせて練られた怪霊力に治癒力を付加して、それを水の中に封じてあるの。湯というのも名前だけで密集した怪霊力が大気に干渉して白気を放っているに過ぎない」


「フン…なるほど。だから水のくせに怪霊力を含んでやがるのか。この俺に毒でも盛るつもりかと思ったぜ」


 ヴィスはまた頻りに小瓶の中をじろじろと覗いて、嗅いで、そして漸く飲み込んだ。


 飲んでも身体が熱くなるとか、身軽になるとかといった内側の変化は然して感じられない。

 ただし傷口には酷い痒みが走り、その引き換えに痛感は薄まっていた。


 謂わばそれこそ、仙活湯が自己治癒の促進を担っていることの証明でもあった。

 ヴィスはディアナが言ったことが嘘ではなかったと理解すると安堵し、彼女を見つめて鼻で笑った。


「"質問には答えない"、などと言った割には気前がいいじゃないか。姉の仇に薬を渡した挙げ句に詳細まで律儀に話して聞かせるとはな。自分で言ったことを忘れたか、それとも然して恨んでいないのか」


 ディアナは彼の嫌味にしかめた顔を背けると、手当てした兵士達の様子を確認してから皇帝達の前へと戻った。

 そしてまた、ヴィスの言葉を敢えて無視するかのように話を進める。


「お待たせしました。では、皇帝のために我々怪霊術者の常識からお話ししましょう」


 それまでまるっきり蚊帳の外だった皇帝とフリヴォラは文句を言う間も取れず、目を丸くしたまま彼女の語り種に耳を傾けた。

 また、そんな彼らの傍で座り込んでいた兵士達はいそいそと立ち去って怪我人達の介抱に回る。


「この世の全てのものは魂のエネルギーとも呼べる、()()を内に秘めています。そしてその霊力を、肉体の活動のためでなく破壊や機能増幅など技術のための力としたものが()()()です。霊力は()()()()と呼ばれる体内のタンクで怪霊力へと変換されて一時的に貯蓄され、怪霊術の発動の際に出力として用いられます。この怪霊領域が大きいほど大量の怪霊力を使用して出力の大きい術が扱えますが、これが小さければ例えどれだけ保有霊力量が多くても大した力は使えなくなります。ここまでが怪霊術を扱う者達の常識です」


 彼女の説明は丁寧かつ端的だが、肝心の皇帝はぽかんとしたままで大した反応も示さない。

 しかし、フリヴォラの方はふむふむと頷き話の流れに理解を示していたため、皇帝に伝わらなかった部分は彼から説明してもらえば良いという判断になった。


 彼女は話を進める前に一応、ヴィスにも確認の視線を送った。


「…元々は怪霊獣の間で作られ広まった技術だ。俺様が知らない訳がないだろうが」


 心外そうに舌打ちする彼の返事に、ディアナは一言、


「あなた、毎日牛乳でも飲みなさい」


「あ゛ぁ?」


 吐き捨てるように告げられて、内容に関係無く苛立ったヴィスはビキビキと額の血管を浮き彫りにして彼女を睨み付けた。


 しかし、彼女はそんな圧力も無視して先に進む。

 一瞬、次の言葉を躊躇うように彼女の眼が揺れたが、すぐにまた元の冷たさが宿った。


「これを踏まえて封印術は、変質化した自らの怪霊力を相手の怪霊領域へと送り込み、強制的に怪霊領域の窓口に鍵を掛けるものです。…しかし、一般的な封印術である『ケージ』により怪霊王の力を封印するのは人間では無理があり、僕の姉は急遽自作した『カリバン』という術を使用しました。……『カリバン』は、術者の意志を封印に織り混ぜて怪霊領域に馴染むことで対象者に()()を問い、その資格の有無によって封印の強度が変わる…――謂わば対象者が自分で自分を封印してしまう暗示のような術です。術者の怪霊力はあくまで、その『資質を問うための心』と対象者の感情とのリンクを強めるためのものでしかなく、理論上は少ない怪霊力でも完全に封印させることが出来る代物です」


「…つまり、今でも怪霊王が多少力を使えているのは、その資質があるからだというのか? ならばただの欠陥術ではないか!」


 フリヴォラは説明を聞き届けてなおそうして怒鳴った。

 これにはディアナも流石に少し声に怒りを滲ませて反論する。


「しかし『カリバン』以外に怪霊王が持つ膨大な力を封印する術はありませんでした。もし完璧な封印を施したいのであれば、怪霊王を超えた怪霊領域を持つ者が『ケージ』を発動するしかありません。そんなことが出来るならそもそも人類滅亡の危機になど瀕していないのです。それに見たところ、怪霊王は身体能力まで封印の影響を受けています。姉から聞かされていた『カリバン』は、あくまで怪霊領域のみを封印するものでした。…姉は命を懸けて本来以上の仕事をしてくれたのです。それでもまだ文句を言うつもりですか?」


 フリヴォラは彼女の威圧感と言葉の正しさに口を噤み、それ以上何も言えなかった。


 またいかに邪知暴虐の皇帝と言えども、流石にここまで聞かされてはディアナにもアモルにも非が無いどころか、十分に与えられた使命を全うしていることを認めなければならなかった。


 しかしそこで、黙って話を聞いていたヴィスは唐突に「フッフッフッ…」と笑い声を上げた。

 ディアナは冷たい眼を彼へと向けた。


「何がおかしいの」


「何がおかしい、だと? フフフ……これが笑わずにいられるか。小娘風情がこの俺様に資格を問うだと…? …つくづくふざけた女だぜ貴様の姉はよぉ!!」


 彼は怒鳴り声と共に全身から赤い光を放った。

 しかし、やはりそれはそよ風を立てるだけの力だった。

 一度ならず、二度も三度も、彼は我霊閃を繰り返した。


「何をしているの?」


「…貴様は"鍵"だと言ったな。怪霊領域を閉じる鍵だと。ならば資格など問われずとも、力で鍵を破壊するまでだ! この俺を侮辱したクソアマに思い知らせてやるッ!!」


「そ。好きにしたら? 僕は止めないけど、どうせ無意味だよ」


 ディアナはさもつまらないというように彼から眼を離すと、皇帝達に続きを言い聞かせた。

 その後も暫く、ヴィスはアモルへの恨み一つで我霊閃を繰り返した。


「それに、怪霊王が『カリバン』を解く資格など得られるはずがありません。僕の姉が問い掛けた資格は、今の怪霊王の性格とは対称的なものですから。…憶測ですが」


「対称的…? どういう資格だというのだ?」


 フリヴォラがヴィスを警戒して剣を構える後ろで、皇帝がディアナの言葉に耳を貸していた。

 彼女はそれに首を振って「ただの憶測です」と断りながら告げた。


「僕も姉から確かなことを聞けてはいないのです。ですが、先程の一連の騒動を見ていて感じました。…どうやら、カリバンの封印は怪霊王が明確な殺意を覚えると大きく強まるようです。皇帝を手に掛けようとした際にもそうでしたが、小耳に挟んだ話ではディエシレの丘でも戦士にとどめを差そうとした瞬間に身動きが取れなくなっていたようでした。つまり、…カリバンの資格とは、『殺意の有無』ではないかと思います」


「…なるほど、つまり此奴(こやつ)はもう誰も殺すことができんという訳だな。それを聞いて安心したぞ」


「ええ」


 皇帝の浮かべた嫌らしい笑みに対し、ディアナは複雑そうな寂しく小さな笑みを浮かべて顔を背けた。

 そして盗み聞いていたヴィスはフンと鼻で笑って我霊閃での抵抗を諦めると、右手を胸の前に突き上げて拳を握り締めた。


「馬鹿馬鹿しい…! 貴様らがそのつもりなら俺様にも考えがあるぜ。殺すのはやめだ。…人間全てを暴力で従わせ、死よりも恐ろしい生き地獄を味わわせてやるッ…! この俺を怒らせたことを死ぬほど後悔させ―――」


 悪魔の形相で笑うヴィスの言葉は、それで途切れた。

 彼の身体はまたも力を失い、そのまま頭から前へと倒れていく。


 そしてそのまま額を床に強く打ち付け、無様にもそれだけのことで気を失ってしまった。


 室内を静寂が充たし、安全を確認すると皇帝やフリヴォラは深い息をついて安堵した。

 そして示し合わせたようにディアナと皇帝が眼を合わせた。


「…この通りです。怪霊王が力を取り戻す日は永遠に来ないと考えていいでしょう。彼にはもう誰も殺せません」


「…ふむ、そのようだな。…先程は謀反者などと言ったが、…水に流せ。褒美をくれよう」


「僕はそんなもの要りませんし、姉も死後の名誉には興味が無いでしょう。…気を利かせたいなら、姉の墓石に山積みのブリオッシュでも供えてやってください。姉の好物です」


 と、そこまで話してからディアナは予てから聞きたかった情報を思い出す。


 …戦死者、特にその功労者はこの城の所有している墓地に埋葬されることが決まっている。

 アモルはその役目が初めから決まっていて、その死も予定されていたので、葬儀から埋葬まで全てが準備されていた。


 だからそれに関して訊ねる場合、その相手は皇帝や城の役人達となる。


「…聞き忘れていました。姉は、…姉さんは、僕が寝ている間にもう埋葬は済まされましたか。もしまだでしたら、…死に顔くらいは、この目に…」


 彼女は伏せ目がちに、一転して弱々しい声で訴えた。

 その様子に、先程まで恐れをなしていた兵士達も今一度彼女に可憐さを思い描いた。


 一方、皇帝とフリヴォラは顔を見合わせて困惑していた。

 そして押し付けられたように、フリヴォラから苦しげに伝えられる。


「遺体は無い。…我々も把握しきれていないが、どうやらカリバンの発動と同時に身体が消失したようだ。生け贄装束のドレスとティアラ、それに靴と下着だけが遺されていった。身体は肉片も血も残らず消えた」


「…消失…?」


 ディアナは驚愕して目を見張った。

 その反応には寧ろ皇帝達の方が困り、フリヴォラは皇帝と見合わせた後に続けて会話に応じた。


「ああ。…カリバンの副作用かと思ったが、違うのか?」


「…いいえ、知りません。…姉からは、カリバンには自分の魂をまるごと使うから、生きては戻れないとだけ伝えられています」


 全身の霊力と魂を代償に放たれるカリバン。

 そして肉体と霊力には互換性が無い。

 ならば当然、魂が抜けた後には身体だけが無傷で残るはずだった。


 しかしアモルの身体は消失した。

 彼女は混乱し、自らの感情すら分からなくなったが、今はそれを汲んでやっている時間など皇帝達にも無かった。


 不明なものは不明だと、皇帝は敢えて話を進めた。


「それより、怪霊王の管理はお前に任せて問題無かろうな? やはり万が一にも封印が解ける可能性があるのなら、今の内に始末する方が…」


「――……いえ、僕が責任を持って制御します。怪霊王を生かして同行させるのは、怪霊衆の殲滅の近道になりますし、姉の希望でもありましたから。今後のことは僕に一任して、引き続き怪霊術者達の教育と防衛体制の強化に努めてください」


 ディアナの勧めに皇帝が静かに頷くと、彼女は「頼みます」と残してヴィスを腕に担ぐ。

 他の者が無言で彼女が立ち去るのを眺めている中、彼女は力無く身体を垂らしているヴィスの体重と体温を肌に感じた。


 今や自分の肩ほどの背丈に縮んだヴィスの姿に妙な憐れみを抱く。

 こんな極悪人でも触れた身体には血が通っているのだと。


 ざまあみろとでも笑えばいいのか、姉が死の決心をする前にどうして悪事を止めてくれなかったのかと恨めばいいのか、…姉の置き土産だと受け入れるしかないのか…。


 …姉が命を捨てて弱らせた彼に何を思えばいいのか分からなかった。

 ましてや、姉は死に行く前に言い残していったのだ。


 "怪霊王をよろしく"と…。


「…姉さん、どうしてあたしを残して……」


 ディアナは玉座の間を出ると、たった一人の廊下を歩いて途方に暮れていた。



※※※※※※※※※※※



「――ほら、起きなさい」


 ディアナは声を掛けながらヴィスの脚を蹴り飛ばした。


 その痛みに反射的に怒りが湧いたヴィスは「ッてぇなぁ!!」と怒鳴りながら身体を起こし、しかし辺りを見回して様子が変わっていると分かると僅かに怒りも逸れていた。


 そこはモルタル張りの薄暗い一室で、灯りと言えば小さなランプが入り口と対面の壁に一つずつと、部屋の左右で小刻みに塀で仕切られたスペースの内一つに掛けられているだけだった。


 スペースのある場所は床が一段低くなり、そこに排水溝がぽっかりと開いている。

 また壁からは蓮口の短い蛇口と青銅製のコックが飛び出し、そこからスペース全体にかけてが水浸しになっていた。


 そして当のディアナは、濡れた身体に首から大きなタオルを提げ、それだけの姿で目の前に立っていた。

 その足下には着替えの入った篭がポツンと置いてある。


「今後のことを伝えておくからちゃんと聞いてて。…あぁ、それと、寝ている間に仙活湯を数瓶飲ませたから。でもあれだけ飲んで水っ腹にもならずトイレにも行かなくていいなんて、便利な身体だね」


 ヴィスが起きるなりタオルで身体を拭き始めた彼女に、彼はじとりと視線を送ると続いて自らの腕を見た。

 吹き出したまま固まりかけていた黒い血はすっかり拭き取られていて、傷口は全てぶつぶつとした瘡蓋で閉じられている。


 腕の奥まで治りかけの状態で逆に痛みが増している様子だったが、まだ眠気が残る彼には丁度いい刺激といったところだ。


 また自身の身体を見たことでもう一つ、拘束を外された代わりに服を着せられていることに気がつく。

 深碧で金の縁取りをしたチュニックを銀のベルトで締め、更に下は黒く細いズボンとレザーブーツを着けさせられていた。


 そして再び彼が顔を上げると、彼女はタオルを彼が寝ていた長椅子に投げて、シフトドレスを身に付け始めたところだった。


「…貴様、何のつもりだ」


「何が?」


「全てだ。俺様の傷を治したこと、人間の服なんぞを着せたこと、俺様の前で悠々と水浴びして着替えていること、平然と見下ろして恐れもせず話しかけやがること、そして"今後"などと妙なことを言って俺様に指図しやがったこと…全て気に入らん」


 彼女はそれを聞いてじっと彼の顔を見つめると、続けて腰や太腿のラインが分かるほどに細い白のドロワーズを穿いて溜め息をつき、身体を彼へ向け直した。

 そうして腰に両手を当て、あからさまに見下ろした様が、彼には余計に気に障った。


「…おれ()()、おれ()()、ね…。何でもいいけど、少しは立場を理解した方がいいよ。あなたはもう最強でも何でもない。僕の手下なんだから」


「…手下だぁ…? …貴様、誰に向かって口を利いてやがる…!? 力が有ろうと無かろうとこの俺こそが怪霊王だ!! 存在そのものが貴様とは遥かに格が違う! 下等種族の癖して偉そうに俺様に意見するなど…――」


「あぁ、はいはい。そこまで行くともう尊敬すらしそうだね。…でも、言わせてもらえば力を失ったあなたなんてチンピラみたいなものだよ。脅威じゃない」


 額に浮き出た血管が今にもプツンとはち切れそうに膨らみ、ヴィスは長椅子からバッと立ち上がると下着姿の彼女に詰め寄った。


 彼女は腕を組んだままそれに対峙し、全く動じることも無かった。


「…十分待ってやるから剣を取ってこい。貴様など簡単に捩じ伏せられることを証明してやる」


「分からない人だね…。…いいよ、相手をしてあげる。けど主従関係が理解できたら僕に従うこと。さ、掛かってきなさい」


 ディアナはそう告げると数歩下がってヴィスの蹴りの間合いに合わせてやった。

 それに気付いた彼はヒクヒクと目尻を怒りで震わせながら、「どうした、武器を持ってこい」と告げる。


 彼女はそれに静かに笑い返した。


「腕が使えないあなたへのハンデだよ。腕も組んだまま使わないであげる」


「…フッ…フフフッ! フハハハハハッ!! …なるほど、確かに貴様はあの女の妹のようだな。その生意気な口振りがそっくりだ。……絶対に許さんぞ忌々しいメスどもが!!」


 ヴィスは猛獣が如き荒々しい所作でその拳を振り上げ、しかしその瞬間に体勢を崩してフラフラと長椅子に倒れ込んでしまった。


 ディアナはポカンと目を丸くして彼を見つめ、彼は「クソッ! クソアマがッ!」と奥歯をギリギリ言わせていた。


「…その腕でも殴ろうとするなんて、根性だけは見事だね。殺意を抑え込めてちゃ動けないよ。ほら、殺さずに決着を着けないと僕を見返せないでしょ? 思考を切り替えなさい」


「黙れクソ女! …クソッ、何でだ…! 殺す気なんざねぇぞ…右腕を指先から肩までじわじわと切り裂いていく…それだけだ! それだけのつもりなのに、何故動けない…!?」


 彼女はそうして踠こうとしている彼を冷静に分析し、腕を下ろして近づいた。


「殺意以外にも(しきい)があるのか、それとも姉さんが僕を守ってくれてるのか。…いずれにしても、僕には逆らえないようだね」


「クソ野郎が…! 封印なんざなければ貴様など一瞬でッ…!」


「…確かに僕があなたの前に立っていられるのは封印のお蔭だよ。けど、あなたが封印を掛けられた原因の一端は僕にある。それに姉さんにもあなたを従えるように指示があった。だから今となっては、封印に従わされているあなたは、僕に従わされているのと同義なんだ」


 ヴィスはディアナの意味深なフレーズにピクリと眉を動かし、「一端だと…?」と訊き返した。

 彼女はそれにコクリと小さく頷き、顔を寄せた。


「気狐を殺してあなたを呼び寄せたの、姉さんだと思った?」


「…! …まさか、貴様が…!?」


「ご名答。僕だよ」


 冷酷な笑みを浮かべた彼女に、漸く封印が弱まった彼が起き上がる。

 そして、じろじろと彼女の身体を見回し、改めて霊力を確認すると「なるほど」と忌々しく顔を歪めて頷いた。


 彼女は無遠慮な視線を浴びせられると、ムッと眉を寄せて急ぐように黒い長靴下とレザーブーツを履いた。

 そして続けざまに深紅のコルセットスカートを身に付けると一息ついて彼を見た。


「…確かに、あの封印女は貴様より霊力も気迫も見劣りしていたな。封印術を極めた姉と、武術に秀でた妹か。姉妹総出で俺様を捕らえてくれやがった訳だ。…功績も二人で山分けか。ムカつくな」


「そう、だからあなたは僕のもの。僕の手下だ。…だから、力を貸してもらうよ」


「フン、力を封じてきた癖に、今度は貸せと来たか。聞くだけ聞いてやる。言ってみろ。どんな図々しい指図を受けるか楽しみだ」


 挑発するように嫌らしい笑みを浮かべて促した彼に、彼女は、自分でも納得はしていないと言うような苦々しい顔でそれを打ち明けた。


「怪霊衆を討ち滅ぼす旅に出る。案内役として同行しなさい」


「…はぁ?」


 ヴィスは予想外の命令に間抜けな声を上げた。

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