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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
樹海之篇
49/67

四五ノ業 羽休めのルナ、されど戦場は待たず

エロいのが書きたくなったので、カリバンの中弛み防止もかねて、一週毎に交代で投稿していきたいと思います。

一回目ということで今回は同時投稿しましたが、来週はエロの方を投稿したいと思います。

まともにエロ書くの初めてなのでノクターンノベルズが利用できる暇な方は生暖かく見守ってください。

 朱雀基地の鍾乳洞は、ラティナ帝国北東の国――レシスタンの平原にぽっかりと空いた湖の岸辺にその入口がある。

 数日ほど空を飛び回っていたノサティスは諦めて戻ってくると岸辺に立ち、その場でリーラを待ち続けていた。


 彼の願いが天に通じたのは一週間は経とうとした頃だった。

 突然彼の身体を鋭い冷気が包み、瞬きの内に何処かから瞬間移動で現れたリーラが「おや、やはりノサティスでしたか」と涼しげに告げた。


「リーラ様、どちらへ行かれていたのでしょうか? 心当たりのある場所へは向かったのですが何処にも見当たらず…」


「四神のアジトを見て回っていたのですよ。お前も見てくるといい。滅多に見られない遊びが見られますからね」


「…遊び…ですか。…いえ、それより!」


 通り過ぎて奥へと進もうとしていたリーラにノサティスが立ち塞がる。

 無視をしても良かったが、彼が剰りに熱心に訴えかけるのでリーラは立ち止まって聞いた。


「スティリウスがメデューサを討ったというのは嘘です! 私はこの目で確かに見たのです…。メデューサはステンノーとエウリュアレという不死の(しもべ)を操っていたに過ぎず、怪霊衆に与していたのはメデューサの影武者たるステンノーであったこと! そしてスティリウスが倒したと思い込んでいた相手はステンノーだったということを…!」


「ほう、それだけ調べてよく死なずに戻りましたね。どなたかの助力でもあったのでしょうか?」


「リーラ様、スティリウスに怪霊衆の資格などありません! 何卒お考え直しを…!」


「ほう、何故です?」


 リーラは用件が分かると心底つまらなそうに冷笑を浮かべて問い返した。

 ノサティスは予想外の返事にキョトンと呆けたが、ただ伝わらなかっただけのものと思い再度声を上げる。


「…で、ですから、あの者が倒したのはメデューサではなかったのです! メデューサを倒さなかったのであれば、怪霊衆に加わる資格など――」


「そんなことは以前から知っていました」


 プツンと言葉を断ち切られたノサティスは、リーラの妙に強みのある語気にたじろいだ。


「確かに彼はメデューサを殺しはしませんでしたが、彼の実力の程ほどは十分です。そもそもステンノーは不死でありながら何故首を斬られただけで反撃もせずあっさり彼を返したのでしょうか? 答えはこうです、『見逃してもらわなければメデューサ諸とも全滅させられていたから』。第一スティリウスがメデューサ達の能力に敗ける要素が何処にあるのですか? 今のお前は双方の実力を理解しているでしょう、どうですか」


「…そ、それは…確かに…」


「そうでしょう。…それで、お前にはスティリウスの動向を見ているようにと命じたはずですが、こんなつまらないことを調べるために後回しにしたのですか? そして、こんなつまらない報告をするために戻ってきて何日も待ち惚けていたと」


 リーラからの激しい追及…静かに尖った声…これはノサティスには初めてのことだった。

 ラーベルナルドの叱責とは別の恐怖を彼は抱いた。


「も、申し訳ございません! た、ただちにスティリウスと合流を――」


「いいえ、お待ちなさい。お前はまだ私の質問に答えていませんよ」


「…は…はい…」


「メデューサ基地へ潜り込んだのはお前一人ですか?」


 ノサティスにはそれを隠す理由などは無かったはずだ。

 リーラへの貢献としてはまさにこの上無い情報で、今回の非礼を詫びるには打ってつけの機嫌取りだった。


 一時とはいえ信頼を示してくれたディアナの笑顔、敵味方関係無く対等な立場で接してくれたルナの明るい声に、彼の胸は訳も分からず掻きむしられる。

 そして基地を立ち去る寸前にヴィスから誘われた、『俺達と共に来ればいい』の一言が一瞬彼の口を滞らせた。


「…剣聖ディアナと、その一味です」


「やはりそうでしたか。以前私達の基地でお前と戦ったという四人ですか?」


「いえ、三人です。今回、老人の姿はありませんでした」


「ふむ、では…剣聖ディアナ、ヴィスドミナトル、…それと…ルナールでしたか。この三名ですね。生きて戻ったということは、メデューサは彼女達の手で?」


「…はい、終始ヴィスドミナトルが抜きん出た実力でメデューサ達を凌いでいましたが、目を開けられないので決定打にならず、そのため最後は剣聖ディアナの手でトドメを差していました」


「抜きん出た実力、ですか。順調に封印を解いているようですね。しかしヴィスドミナトル様はともかく、剣聖ディアナがトドメをですか。…彼女は石化能力を防げるのですか?」


「奴は目や読霊で見ずとも相手の動きを悟れるのです。そして肉体を著しく強化する術…そう、確かセンコウタンとか呼んでいました。その術を以てメデューサに対抗したのです」


 ふむ…、とリーラは腕を組み片手を顎に触れて耽考した。

 その手応えにノサティスはホッと胸を撫で下ろす。


「その術はおそらくスティリウスが好んで使っている術と同じですね。彼のオリジナルかと思っていましたが、なるほど、因縁の相手と同じ術で人間を滅そうという訳ですか。彼も中々に趣深いことをする。私にもそういう相手がいれば面白いのですが…フフ…残念ながら…」


「…はは……。…スティリウスに引き換え、ルナールの力は取るに足りません。多少術に幅があり技の発想に富んではいますが、肉体と領域の乏しさで大きく損しています。実際に戦わせても野狐と五分というところでしょうか」


「それはそれは、不思議なものですね。スティリウスはルナールに、ルナールはスティリウスに、互いにコンプレックスを抱き合っている様子ですか。私も妹さんには一度お会いしたいと思っていますよ。兄妹で力を合わせて怪霊獣全体を率いてくだされば楽しいではありませんか」


「ハハハ、ご冗談を。両者ともリーラ様やラーベルナルド様の足元にも及ばないではありませんか」


 リーラはそれにフッとただ笑って返した。

 お世辞のつもりが無かったノサティスには心外な反応だったが、リーラはまたころっと話を変えたので追及は無かった。


「ともあれ、剣聖ディアナがお前の言う通りの実力ならばぬらりひょんすらも打倒し得るのでしょうね、策にも依りますが。…つまり、人間がそこまでの進化を遂げたと判断しても良いということ。…フフフハハハッ………ヴィスドミナトルを焚き付けるだけのつもりでしたが、本当に良いタイミングでした」


「…良いタイミング…?」


「ええ」


 それは本当に楽しそうな笑みで、ノサティスとしては喜ぶべき所だったはずが、彼を包んだのは幸福ではなく底冷えから来る鳥肌だった。


「……そうだノサティス、お前に報せておくことがありました。まず、お前の後任が決まりましたよ。オーガなのですが、特別な進化を遂げたのか知能等が他より高いのです。『アーク・オーガ』と呼んで差別化しています。お前ほどの力はありませんが、一個体完結種であるお前より部下達と距離が近く、指示に小回りが利く良いリーダーです」


「…そう、ですか」


「今後は彼に部下達の面倒を見させます。お前には今後は私の指示と自己の判断の下、単独で動いてもらいましょう。しかし、そこでです。一先ずお前には、『スティリウスとの合流を果たし、彼のぬらりひょん退治に助力せよ』と命じてありましたが、その前に前任者としてアーク・オーガの初仕事に協力していただけますか?」


「初仕事…ですか。はい、何なりと…」


 憂鬱そうに答えたノサティスに、リーラの口付きは細く弧を描いた。



※※※※※※※※※※※



「全力で打ち込めと言っておろうが!」


 ディアナとのいざこざから数日経った正午、ルナはヴィスから一方的に組み手に付き合わされていた。

 甘い一時に慰められる日々になると期待したルナの乙女心は残念ながらものの一日でへし折られたのだった。


「技の組み立ては洗練されてきているが締めの一撃に殺意が足らん! どうせ貴様の攻撃では幾らやっても俺様は倒せんのだから遠慮せず攻めてこい!」


「あぁもうバカ…! オレっちのバカっ! ヴィス相手にとちくるうんじゃなかった…!」


 ルナは恥ずかしさに顔を真っ赤にしてパチンと額を叩くと、ヤケクソに走り出して彼の望み通り攻撃を仕掛けた。

 走りながら足を通じて地面に操霊を流し、一歩毎に土の槍をヴィスの胸へと伸ばす。

 ヴィスは怪霊術は使わないながらも、容赦なくその槍を砕いて退けていく。


「またそれか! 肉体動作のついでに操霊を用いるコントロールの良さだけは褒めてやるが、陽動にするにはまだ怪霊力が足りん! もっと工夫してみろ! 貴様ならすぐに思いつく!」


「ホントもう、何でオレっちこんなのに付き合ってんだ…。…わぁったよもう! やってやるよ、やってやりゃいいんだろ!」


 ルナは段々腹が立ってきていた。

 彼なら優しくしてくれると思っていたのに、傍に来てみればこれだ。

 ならば逸そ彼の予想を超えてやって一泡吹かせてしまえ、そのまま怪我でもして後悔してしまえと、彼女は心の内の黒い感情に身を委ねた。


 突如、ルナの足は操霊を受けた地面に押し出され、彼女の移動速度が二倍に跳ね上がった。


「…む」


 それを見たヴィスは目の色を変えた。

 ルナはその一歩を踏む毎に自身の足場を地面から押し出させ、急激に加速を重ね続けていく。

 ディアナが仙攻丹に頼って得た推進力を、操霊の原始的な技により勝ち取ったのだ。


 その技は、仕組みは単純だが見た目よりずっと難しい。

 そも操霊は対象物の動きを術者が決めなければならない。

 それを用いながら術者も動くというのは、二つの身体を同時に操っているのと同義なのだ。

 更にルナは足場のベクトルと身体の軸を常に合わせなければならない――それは、並のコントロールでは制御しきれない。


「なるほど、速度を補ったか…。しかし貴様の肉体が強化された訳ではない! その速度で俺様に突っ込めば貴様の身体がただでは済まんぞ! さぁ、それでどう攻めてくれる!?」


 楽しげに笑うヴィスの周りを大きく弧を描いて一周した彼女は、足場で押し出す角度を少しずつ変えて、安定した速度でヴィスへと直線に突撃を掛ける。

 しかしヴィスには確信があった…ルナがこれだけで終わるはずがない。


 笑いながら待ち構える彼を前に、彼女は領域限界の怪霊力を展開して洗脳変化を仕掛けた。

 直後視界に彼女の姿を認識できなくなった彼はようやく我霊閃で抵抗を試みる。


 そして洗脳変化を破った後の正常な視覚に飛び込んできたのはルナではなく、彼女がいたはずの場所からヒュンと飛ばされた鋭い鉄杭だった。


「…何だと…!」


 もう目前まで来ていた。

 焦った彼は振るった腕で鉄杭を打ち落としたが、その鉄杭は触れた瞬間にただの砂となってパラパラと飛び散り、その粉塵が彼の目の中に入り込む。


「チィッ! 具象変化か…小癪なッ!」


 ヴィスは目をぐわりと見開いて我霊閃を放つことで目の砂を弾き、すぐにルナの居所を探った。

 しかし、左右と見回してもその姿は無い。

 足音もしない。


 ならば上空かと急いで顔を上げると、その視界の端に一瞬だけ彼女の脚が映った。

 そして振り向くと、ルナはその手に赤い霊玉操を作り出して今まさに投げ飛ばしていた。


 ヴィスの目を眩ますための洗脳変化で展開した怪霊力を使っての霊玉操…つまりヴィスの波長に合わせた霊玉操ということ。

 怪霊力の無駄が発生しない上に誘導効果の付加で確実なトドメの一手と化していた。


「く…よ、避けられん…!」


 彼は明確に危機を感じた。

 そして一撃は、身を捩った彼の胸へ命中し爆発を起こした。


 しかしその爆発の後に彼の胸は傷一つ受けず、痛みすらも無いのを自覚して、今更彼はルナの怪霊領域がたったの一二八しか開いていないことを思い出した。


「…ハッ、何て野郎だ…。この俺様が、たかが一二八に遊ばれたではないか…!」


 ヴィスは天晴れと笑ってルナを見上げた。

 彼女は攻撃後の崩れた姿勢のまま放物線を描いて落下していく。

 …しかし、そこに受け身を取る気配の一切も見受けられないのに気がついた。


「…? ルナ、気を抜くな! まだ着地が――」


 言いながら、彼はハッとして宙へと飛び出した。


 ルナは受け身を取らないのではなく、取るための動作に移れていないだけだった。

 何しろ彼女が得た推進力は地上で外的に受け取っていたもので、空中で身動きが取れないことには依然変わりがなかったのだ。


 ヴィスが自身への操霊で空を飛び、彼女に負担が掛からないように飛ぶ方向を合わせながら抱き上げると、速度が落ち着いてきた辺りで目を開けたルナが困ったような笑みを浮かべて頭を掻いた。


「…ははは…、わりぃ。実は途中からまともに周りが見えてなくてさ、勘でジャンプして攻撃組み立てたりしてみたんだけど、全然止まり方分かんなくてピンチになっちまった」


「…全く貴様は、思慮があるのか無いのか…」


「わりぃって、サンキューな」


 カラカラと笑うルナに彼は少し呆れたが、何処か安心もしていて微笑みながらゆっくり地上に降りた。

 腕から降ろすと彼女は腰が抜けてフラフラとしていて、ヴィスはそれに肩を貸してやりながら座り心地の良い芝生まで連れていってやり、そっと座らせた。


「今日の組み手はこのくらいでいいか。…漏らしていないな?」


「漏らすかっ!」


「うむ、ならいい」


 真っ赤になって怒鳴ってきたルナを軽く受け流し、彼は一人縦長の石の仕切りを作る。

 それはただの長方形ではなく、足下には外へ水が逃げるように踝の高さまで隙間が空いている。

 そこに簡易ながら小さな扉を取り付けて、出来映えに満足すると彼は「立てるか?」と振り返った。


「…ん、まだちょっと立てねぇかも。いいよ、まだ明るいからシャワー要らねぇ。代わりに座禅組んでるから」


「ふむ、そうか。なら俺が見ててやろう」


 ヴィスの返事を聞くとルナは安心して足を組み直して座禅を組む。

 彼はその正面に腰を落とすと、じっと彼女の様子を眺めて姿勢が崩れる度に指先の我霊射を食らわせて教えた。

 そんな静かな時間が数時間と続いても、彼は飽きずに彼女を見守り続ける。


 突如、ふとルナが目を開けたので、彼は「どうした?」とすぐに訊ねた。


「…ちょっとは良くなったかな? 座禅」


「正当な判断を仰ぐならディアナに訊くんだな。俺様には呼吸の乱れが有るか否か、身体が動いているか否か、姿勢が崩れているか否かしか分からん」


「それでいいから。おめえからはどう見えてるんだ?」


「…ふむ、いずれもかなりよくなっていると思うが。ディアナの言を借りれば、『静の状態』とやらに十分到達していると窺える」


 ルナはそうして褒められると、「へへへ、そっかぁ」と溶けたように笑った。

 ヴィスがそれにフッと笑みを返すと、ルナはニコニコ笑ったまま少し瞳を伏せて声を落とした。


「…ヴィスはさ、男でも女でもないんだろ?」


「うん? ああ、雌雄の概念はないな」


「恋愛の概念も無いよな?」


「当然な」


「…じゃあ、例えば、オレっちがおめえのこと、男だと思って接しても…嫌な気持ちはしないか?」


 そう口にした彼女の頬は別段染まってもいなかった。

 彼女は何かから、或いは彼からも眼を逸らすようにして訊ねていた。

 ヴィスはそれに、正直に「分からん」と答えた。


「俺には何も分からん。それに俺が頷いてどう変わるかも、それが貴様にとってどんな意味を持つかも皆目見当がつかん。今俺が分かっているのは、貴様のその選択がただの代償行為でしかないということだけだ。俺は貴様の兄にはなれん」


「…そーゆーの、思ってても言わねぇでくれよな。女ってのは必死になった分だけ、生きるのが恥ずかしくなるもんだぞ」


「…訳の分からんことを言うな。詩人にでもなるのか貴様は」


 ルナはそれに苦し笑いを浮かべて足を伸ばした。

 空の青さを確かめれば始まりに戻られるような気がしたのだ。


 けれど仰いだ空にはあり得ない人影があったもので、彼女はよたよたと立ち上がって「…あれ」と指差した。

 ヴィスが訝しそうに続いて空を見ると、丁度その人影が真っ直ぐ二人の前まで降下してきた。


 二人とも警戒は特に無い。

 ただ意外で、純粋な疑問が感情を占めていた。

 現れたのは妙に焦った様子のノサティスだった。


「貴様、一体ここへ何しに来た? まさかとは思うがこの俺様を倒そうとは言うまいな」


 ヴィスが剰りにも冗談のように言うのが心外で、ノサティスは「…あぁ、その内な…」と言い返したが、馬鹿にしきっているヴィスはわざとらしく肩を竦めて笑みを堪えてみせた。


「…んで、ホントに何しに来たんだ? 結局ディアナがメデューサ倒しちゃったから約束破りで引っ叩きに来たのか?」


「…そうだったな、それもその内だ。だが今日は別件だ。ともかく剣聖ディアナもここへ連れてこい。お前達三人に伝えることがあるのだ」


「オレっち達三人に?」


 そう言われ、ルナはパチクリと目を瞬きながらヴィスと顔を見合わせた。

 一先ずノサティスからの敵意は感じられないため、彼の要求を呑むことに抵抗は無い。

 しかし、先日の一件以来全く関わっていないディアナと会うことに彼女は躊躇いがあった。


 その躊躇いを知ってなお、彼は一つ言い付けることにした。


「ルナ、ディアナを呼んでこい。俺様はこいつを見張っておく」


「う……や~…、見張りはいいんじゃねぇか? 一遍一緒に戦った仲だし。だからヴィスも一緒に…」


「ディアナからは一度限りの共闘だったと聞いているぞ。安心はしきれん」


 頑なにルナ一人に行かせようとするヴィスの思惑が分からないルナではないが、踏ん切りはつかなかった。

 ディアナにもクレドにも、あれだけの暴言を浴びせてしまって、どんな顔をして会えばいいのか…そんな思いが募っていた。


「だ、第一よ、オレっち何にも改善しようとしてこなかったから、…顔会わせたら、また二人に嫌なこと言っちまうかも…」


「そう思えているならば心配はあるまい。それに対策ならしていたぞ、『何もしない』という対策をな」


 ルナが彼の発言に要領を得ず固まっていると、彼はポンと肩を叩いた。


「メデューサから受け取った記憶は、所詮は他人の記憶だ。意識しないように努めていれば勝手に消えてくれる。事実今思い出そうとしても断片的にしか思い出せまい? 溜まっていたストレスは俺様との手合わせで解消し、瞑想の時間が良い精神統一の場になっていたはずだ」


「……え……あ…ホントだ…。全然覚えてねぇ…。…あ、あれっ? オレっち、いつから治って…?」


「しかし記憶が薄れたとは言っても、貴様と深くリンクしていた記憶までは完全に消しきれんだろう。今も少し口調やものの考え方が人間の女寄りに染まったままだしな。それはもうおそらく一生消えん。己の意思を正しく理解し、自らを見失わぬように気をつけろ」


 ルナは呆気なく解決してしまった自分の問題にポカンとしていたが、「分かったら最後の一仕事をこなしてこい」とヴィスに急かされて困惑顔のままトタトタと去っていった。

 それを見届けたヴィスの背に、状況が呑み込めなかったノサティスが「何があった…?」と視線を注いだ。


「なに、もう終わった話だ。貴様が気にすることではない」


「…気にしてなどいない」


 釈然としないノサティスは、遠退くルナの背をチラチラと見ながら「ならもう一つ」と予てから訊きたかったことを訊ねる。


「何故私にあの時、『共に来ればいい』などと勧めたのだ…?」


「勧めた? 誰が」


「お、お前だヴィスドミナトル! メデューサ基地での別れの際、私にそう言ってきたのではないか」


「ふむ、そうだったか。いや何、貴様がそのまま去っていったのでそれが答えだと思っていたのだ。今のように行ったり来たりと優柔不断を晒すとは思っておらんかったのでな、すっかり忘れていたよ。悪かったな腰抜け」


「なッ…私が腰抜けだと!? ヴィスドミナトル、お前など人間の小娘に封印された分際で!」


「貴様だってその小娘の妹にボロ敗けしたのだろうが」


 ピキピキと額に青筋を立てたノサティスを、ヴィスは涼しい顔で往なしていった。

 しかしただ噛みついて来るばかりで実力行使には来ないノサティスの弱気に気付くと興が冷めてしまい、彼の言葉を片手で遮って話題を変えることにした。


「もういい、奴らが来る前に少し俺様に状況を聞かせろ。貴様には二度手間だろうが、此方としてはその方が途中で話を止めずに済んで良い」


 ノサティスは喉から飛び出しそうな文句を何とか呑み込み、音のでかい舌打ちを一発かましてから話した。

 彼を小物と断じていたヴィスには、もはや腹立たしくすらなかった。


 しかしヴィスの冷めかけた態度も、ノサティスの言葉を聞くと僅かに熱を呼び覚まされる。


「…三日後、リーラ様配下の部隊がこのパロを狙って総攻撃を掛けてくる」




「…えーと……『ディアナ、クレド、ごめんなさい。あの時のオレっちは』……あーっと…うーん……」


 城に入り滞在部屋に面した廊下に突っ立って、ルナはああでもないこうでもないと謝り方を模索して唸っていた。

 するとふと、カチャッと小さな音を立ててその扉が開いた。

 ひょこっと顔を覗かせてきたディアナは、どうすべきか困ってしまったルナの硬直を見ると扉を押し退けて彼女の前まで走ってきた。


「…ル、ルナ! 来てくれたのっ? 気分は…体調は、どう? 良くなった?」


 ガシッと両手を包まれてワタワタと焦ったルナは、振りかぶるようにして大きく頭を下げて声を張り上げた。


「…ご、ごめんなさいでした! ディアナにも、クレドにも、嫌な態度取って、ホント、ごめん! ゆ、許してくれるなら…許してくれるなら、また…友達に…!」


 ルナが言い切るよりも早く、ディアナがその身体を強く抱き締めた。

 反射的に押し退けそうになった両手を宙に浮かせたまま、ルナは涙ぐんだディアナの声に耳を傾ける。


「あたしこそ…! あなたの友達でいる権利なんて元々持っていなかったけど、もしあなたが望んでくれるなら…また友達を続けましょう…!」


 ルナはそれを聞くと急に胸の中が静かになり、何も感じなくなって、少し間が空いてから「うん、友達」と淡白に告げた。

 ディアナはそれに「ありがとう!」と泣き笑いを見せた。


「…あの、それでさ、ディアナ。今日ここに来たのは用事があってさ、実は今ノサティスが街の外に来てるんだ。何か大事な話があるんだとよ」


「え、ノサティス…? 彼とはまた敵同士に戻ったつもりだったけど、…まさか…」


 ディアナは突如そうして切り出されると少々混乱した。

 けれどすぐに些事を切り捨てて用件を呑み込むと、ルナの手を引いて部屋まで連れて戻った。


「それならクレドを起こしてからでいい? 今の状態で残していくのは不安なの。もう一日経っているし、起こしても大丈夫なはずだから」


「ん、クレド寝てんのか? 何か徹夜でやってたのか?」


 ディアナは訊ねられると、振り向いてルナの顔を見て少し言い辛そうにした。

 ルナもその雰囲気を悟ってはいたが、もう包み隠すのは止めて貰いたかったので「クレド、どうしたんだ?」と引き下がらず問い質す。


 ディアナは少し悩んで視線を揺らしたが、ルナの真剣な目を見ると意を決して告げた。


「クレドが昨日、経練の業を行ったのよ。それで、一日経って無我の瞑の状態から少しずつ立ち直ってきた」


「経練の業…? …え、じゃあ、…クレド……オレっちより先に修業を達成したのか?」


「…彼は、以前から少しずつ無我の瞑を目指して修業を重ねてきたから、ルナよりも蓄積があったの。それにルナはこの数日、記憶のせいで色々大変だったでしょ? ルナにはこれからあたしが修業をつけてあげられるから、すぐ巻き返せるわ」


「…うん」


 別にルナだって遊んでいたわけではない。

 この数日も、ヴィスの気遣いのお蔭でそれまで以上に集中して座禅を組むことができていた。

 しかし、その上でクレドの方が上達が早かった……それこそが事実だった。


 静かになってしまったルナを気に掛けつつ、ディアナはベッドの上で座禅を組んだままでいるクレドの肩を揺する。

 クレドは眠りから覚めると、微睡んでぼんやりした顔のまま愛しそうにディアナに笑い掛ける。

 それを横から見ていたルナは、強烈な怒りに支配されることはないにしても、ほんの少しだけ冷たい顔をしていた。


「…あ、ルナちゃん…? …ここにいるってことは、そっか。ディアナと仲直りしたんだ?」


 ルナはそれに「うん…」と笑って頷いた。

 そんな彼女の前にクレドの右手がぬっと伸びてきて、彼女は反射的にバッと後退った。


「…え、と、まだ本調子じゃない?」


「…あ、や、ううん。ごめん」


 心配そうなクレドに、ルナは苦しげな愛想笑いを返して握手に応じた。

 クレドは少し彼女を不審がったが、結局自分がやることは変わらないのだと自らに言い聞かせて告げた。


「くどいようだけどさ、ディアナと仲良くしてあげてね。彼女にとって君は一番の親友だから」


 ルナは首を縦に振って応えたが、それを声に出すことはどうしてもできなかった。

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